その6-2 お酒臭い単眼のお姉さん
スノーフィの後ろをしばらく歩いていると、大きな扉の前に辿り着いた。
ここから先が『傍観派』のエリアである。
スノーフィ曰く、大ボケの『傍観派』が主に生活する空間。
ガチャリ、と金属音を立てて扉が開かれる。
その先は大広間だ。
廊下より天井も高く、とても広々とした空間。
クリーム色のふわふわとした絨毯が一面に敷かれ、木製のテーブルや柔らかそうなソファがいくつか配置されている。
その、一つ。
こちら――小悪魔達が入ってきた扉に向かって座る、一人の女性と目が合う。
「んんん? ありゃりゃ、珍しーね。スノーフィさんと、小悪魔ちゃん。どーかした? どうかー、しちゃいましたかー?」
顔を赤らめ、どこか惚けたような表情で、その彼女はこちらに向かって手を振った。
彼女。
モコモコとした水色のセーター。
さっぱりとした紫色のショートヘアー。
そこから覗くのは、嫌でも目立つ、くりくりとした大きな単眼だ。
「……お酒臭いわよ……キュクロちゃん……」
そのテーブルには、真っ昼間だというのにお酒の瓶がいくつも転がっていた。
キュクロと呼ばれた彼女。
『政府』『傍観派』『序列十二位』の魔族。
『定点観測』という二つ名を持っているが、どちらかというと『酔っぱらいお姉さん』と呼ばれる方が多いような気がする。
彼女が『酔っていない』様子を、小悪魔は見たことがない。
それくらい、なんかいつも飲んでいる。
本人曰く、お酒を飲むことが魔法を使う『代償』なのだとか。
……いや、たぶんブラフだろう。
「なっはっはっは。スノーフィさんもどーお? これ、すんごく美味しーいんだよ。『保守派』は忙しーでしょ? たまには息抜きも必要だしー、飲もー飲もー飲みましょう!」
キュクロは瓶をフリフリと振りつつ手招きをする。
「……遠慮しておくわ……」
呆れたようにスノーフィはうなだれた。
キュクロは一応『傍観派』に所属してはいるものの、『派閥』関係なく、誰とでも気軽に、何の摩擦も無く接している。
というか、いつも酔っ払っているので、まともに話が通じない。
何を言ってもスルリとかわされてしまうので、摩擦の起こりようがないのだ。
なんかもう、ダメすぎて逆に「まぁ、キュクロさんだし」で片付けられてしまったりする。
フルクスといいキュクロといい、『傍観派』は基本的にこういうテキトウな人達ばかりである。
「酔っ払うのは良いんだけど……っていうか……諦めているんだけれど……仕事はしっかりしてもらいたいのよね……」
「んんん? 仕事?」
「メリーゼちゃんの偵察を頼まれていたでしょう……? 報告は……まだ……?」
スノーフィがここを訪れた理由。
キュクロは監視魔法を得意とする。
その監視魔法でメリーゼの行方を追う、という仕事がキュクロに任されていた。
しかし、その報告が全然上がってこないので、スノーフィが直接確認しに来た……ということらしい。
「そー! それー! その話なんれすけどね!」
タンッ、とキュクロは勢いよく瓶をテーブルに置いた。
というか呂律が回っていないのだが大丈夫なのだろうか。
「なんか私の魔法、壊されちゃったっぽいんですよー」
と、どこか不貞腐れるようにキュクロは大きな単眼を閉じながら言った。
「……壊されちゃった……?」
「私の監視魔法って、でっち上げた人形を『魔法道具』として自動操作して監視するんだけど……って、それは知ってるでしょ?」
「……知ってるけど……」
「んで、それって、基本は生き物ベースで作るんだけどー、脳みそとかは入ってないんで、頭潰されても動いたりできるんだよね」
「それも……知ってるわよ……。身体を真っ二つにされたとしても……中身をグチャグチャにされたとしても……数時間もあれば再生しちゃうんでしょ……」
「そうなんだよ。んまぁ、目を潰されちゃったら一発で終わりなんだけどね。でも今回、それとはまた違うっぽいんだよ」
「……どういうことかしら……?」
「んーと、イメージで言うとね、私の魔法って、こう、魔法の糸で人形を操るんだよ。基本は勝手に動いてるけど、その糸を伝って操作できるし、人形が見たものも見えるのね」
クニクニと指を曲げながらキュクロは言って、両手を広げた。
「でも、その糸が完全に斬られちゃったーって感じ。糸が切れたからどうすることも出来ないんだなーこれが」
なっはっはっは、とキュクロは笑った。
いや、それは笑っている場合じゃ無い気がする。
「勘弁して欲しいよマジでー。というか、壊されたっていうよりも……なんだろ、ニュアンス的には『殺されちゃった』って感じなんだよね」
「……『殺されちゃった』……って……魔法が……?」
「うん。私の魔法が殺されちゃった感じ。だから報告も何も出来ないのね」
魔法が『壊される』という表現はまだしも、魔法が『殺される』という表現を小悪魔は初めて聞いた。
それはスノーフィも同じだったのかは分からないが、どこか困ったような表情をして首を傾げる。
「正確には、実際に殺されたのは半分なんだけどね。でも、残りの半分もその煽りを受けたっぽいんだよね。情報が回収できなくってさ、まいったまいった、なっはっはっは!」
「でも……ちょっと待って……キュクロちゃん……それ、おかしいでしょう……? というか……ヤバくない……?」
「なっはっはっは! ヤバいかもねー」
「あの、すみませんスノーフィ様、何がヤバいんでしょうか」
思わず、小悪魔はスノーフィに聞いてしまった。
二人の会話に若干ついていけていない。
「……メリーゼちゃんは召喚魔法に特化した使い手……だから……キュクロちゃんの魔法を殺すなんて……出来るわけないのよ……」
「それは、確かにそうかもしれない……ですね」
魔法にはそれぞれ得意分野があって、取り扱う『魔法道具』もそれぞれ特色がある。
例えばあのロリババア、フルクスだったらその能力……あの鎌の正体を知るまでもなく、それが戦闘に特化した『魔法道具』であることは見て取れる。
メリーゼの場合は、明らかに戦闘向きではない。
召喚魔法は、そういうタイプの魔法ではない。
少なくとも、破壊に特化した魔法ではない。
ならば……。
「それなら、どうしてキュクロ様の魔法が?」
「なっはっはっは! だからね小悪魔ちゃん、メリーゼちゃんがやったんじゃないとしたらさ」
「……メリーゼちゃんが召喚した『何か』……が……やったってことでしょう……?」
ようやく、そのヤバさに小悪魔は気がついた。
キュクロの魔法を殺せるということは、つまり、『政府』の『役人』に匹敵する力の持ち主……能力の使い手であるということ……!
確かに序列で言えばキュクロは『傍観派』で最下位の『十二位』……。
それでもスノーフィやフルクスと同じ『役人』だ。
名のある『悪人』でも簡単には歯が立たない存在だ。
その力に匹敵する『何か』をメリーゼは召喚した……。
召喚、してしまった。
おそらくそれが、スノーフィが言っていた『嫌な予感』の正体。
「…………」
優秀な召喚魔法の使い手であり、その力は『魔法道具』である『喚起之杖』を使用することで、更にその脅威を増す。
メリーゼ。
『政府』にある『派閥』の中で、最も人数が少なく、最も他との繋がりが無く、最も行動的で、そして最も『政府』の思想と掛け離れた『派閥』、『過激派』。
その『序列四位』。
二つ名『羽衣の扉』。
ローブを羽織った赤茶毛の人間族、メリーゼ。
『政府』の意向に反し、自ら『世界』に変化を与えようと召喚魔法を繰り返したために、地下深く幽閉されていた『役人』である。




