その5-3 黒瀬という殺人鬼は
「あっはっはっはっはっはっは!」
溜め込んでいたものを全て吐き出すように黒瀬は笑う。
「……ッカ、フ……」
吐血し、胸から血を流して、メリーゼはバランスを崩す。
メリーゼは椅子を巻き込み、鈍い音を立てて床に倒れ込んだ。
ぴくり、ぴくり、と身体を痙攣させて蹲る。
「んー、スカッとしたっす」
それにはもう興味が無くなったように……壊れた玩具には用がないとばかりに、すでに黒瀬はメリーゼを眼中に入れず、加賀に向かって満面の笑みを浮かべた。
「くふふふ、いやー、今日ばかりはもっと我慢しなきゃと思ったんすけどねー。一回暴れちゃうと、栓が緩んじゃうんすよ」
異常なまでの殺人衝動。
まともに生活が送れないレベルの、殺人中毒者。
それが、黒瀬。
殺人鬼、黒瀬。
加賀の、後輩。
だがこれでも大分マシになった方だ。
それこそ以前は我慢なんてせず、思いついたらすぐに殺す、手の付けられない猛獣だった。
「加賀先輩、次はもうちょっと我慢してみるっす。怒っちゃいやっすよ」
悪びれる様子もなく、ちょっとゲームでミスしちゃった、みたいに黒瀬は微笑む。
人を殺すのは……悪いことだろう。
殺し屋の加賀は、そう思う。
だからこそ加賀は、殺し屋という稼業に対して疑問を持っていた。
疑問を抱きながら、疑問を放置して、疑問を孕んだままに、殺していた。
一方で黒瀬は、何の疑問も抱かずに殺しているようだ。
そこに『理由』があれば、人を殺す。
ただし、『殺したくなったから』というあまりにも軽すぎるものですら、その『理由』に含まれてしまうわけだが……。
それでも黒瀬は、加賀と、ある約束してくれた。
あの日。
加賀が黒瀬と初めて出会った、あの日。
『僕と一緒の時以外は殺さない。一緒の時でもなるべく我慢する』
そんな、加賀にとっても黒瀬にとっても、特に何のメリットも無い、そんな約束。
どうしてそんな約束を提案したのか、加賀自身にも、よく分からなかった。
自分のことは棚に上げて、どうしてか加賀は、人を殺して欲しくないな、と黒瀬に対して思ったのだ。
そして黒瀬も何故か、そんな約束を守ってくれている。
「…………」
だから加賀には、黒瀬を責めるつもりも、怒るつもりも全く無い。
本来なら、一つ目の化物を倒した後……メリーゼを捕縛した時点で殺していただろう。
約束が無ければ、メリーゼの敵意など関係なく殺害していたはずだ。
だが、黒瀬なりにそこでは我慢したのだろう。
加賀との約束だから。
そんな黒瀬には、怒れない。
どうしたって、責められない。
「……いや、頑張った方だと思うよ、黒瀬後輩」
メリーゼには申し訳ないと思うが……しかし、今日出会ったばかりのメリーゼよりも、後輩である黒瀬に気持ちが傾いてしまうのは仕方がないだろう。
優劣は、どうしたってつけてしまう。
なぜなら加賀は、正義の味方ではないのだから。
不純で、格好悪くて、皆が蔑んで、世界を陥れるような、心貧しい悪人なのだから。
「だけれど、どうすんだよ黒瀬後輩。せっかくメリーゼちゃんが目標を与えてくれたのに、僕たちはこれからこの世界で、何をすりゃあいいんだよ」
元々考えてはいなかったが、元の世界に戻る、という選択肢も、あるにはあった。
ただしそれは、メリーゼを殺してしまっては叶わないだろう。
……いや、『魔法』については加賀も黒瀬もほとんど知らないわけで、ひょっとしたら元の世界に帰るのは簡単なことかもしれないが……。
と、加賀はまだ息のあるらしいメリーゼに目を落としつつ思った。
「いやいや加賀先輩。メリーゼちゃんの依頼じゃあなくっても、そんなの関係なしに『悪人』ぶっ殺しちゃえば良いんじゃないっすか?」
「……ん……まぁ、確かに、そうか」
それは黒瀬の言う通りかもしれない。
『悪人』を倒して居場所を奪う。
この世界での居場所を作る。
そこだけを取ればメリーゼは必要ないのかもしれない。
「んじゃまぁとりあえず、明るいうちに、窓から見えた中世ヨーロッパっぽい街、探検にし行くっすか。メリーゼちゃんの話でいけば、あの街にも『悪人』がいるっつーことっすからね」
「……まぁ、『悪人』を倒すっていっても、まずは情報収集からだけどな。誰かさんがメリーゼちゃんを殺しちゃうから」
「まーまー、難易度高い方が楽しいっすよ」
「人生の難易度は低いほうが良いんだけどな……」
加賀は溜め息混じりに肩を落とした。




