12
チャイムにこたえてドアを開けた曽根和幸はこの世の中で一番見たくないものを目にした。等身大のフランス人形。
「車で轢こうとしたということはオレに恨みがあるということだよな」
「あ、ありません……」
あの針で刺されたイヤな記憶が鮮やかによみがえった。このフランス人形は狂っている。
背筋が冷たくなる。
膝が勝手にブルブルと震え出す。
どうしても止められない。
体が、あのときの恐怖をはっきり覚えているのだ。
「じゃあ、なんで車で轢こうとした? 嫌がらせか? オレに対する挑戦か?」
「ああ……」
叫びながら玄関口から部屋の奥に逃げる。しかし、一Kの狭いアパートだ。曽根はすがるような視線を左右に動かす。目に入ってきたのは窓だった。
ベランダに出る。振り返るとフランス人形が窓のすぐそばまできていた。あわてて窓を閉めたが、外側からでは鍵はかけられない。
いや、鍵をかけたところでガラス窓くらい簡単に破るだろう。
下を見る。二階だから高いというほどではない。だが、低くもない。
「うわっ……」
悲鳴ともつかない声を漏らしながら、目をつぶって飛び降りする。痛む足で立ち上がって走ろうとした。
ポン!
後ろで軽い音がした。曽根はそこにフランス人形を見た。
フランス人形は一瞬の躊躇もなくベランダから飛び降りたようだった。しかも、体勢を崩すこともなく、早くも走り出そうとしている。
慌てて顔を前へ戻すと、目の前に男が逃げ道をふさぐように立っていた。
「なんだ?」
「大神康三、と言う。一生忘れられない名前になるはずだ……ということは、命まではとらんという意味でもある。一週間は足腰が立たないだろうがな。その間にたっぷり反省して、今後は真面目に地道に生きるがよい」
三十前後のメガネをかけた男は、ボソッとつぶやくようにしゃべった。背筋の寒くなるような冷たい声だった。




