SS17 サクラとシンティの出会い(3)
本日3回目の投稿です。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
しばらく目をつぶっていたシンティが、そっと、目を開けた。
「ダメね、うちにはまだ言葉として感じられない」
「大丈夫よ、私も初めはそうだったもの」
サクラがにっこと笑うと、シンティも吹っ切れたように笑顔になった。
「ねえ、パルトさんの工房って見学できないかな」
シンティがサクラの肩に手を置いてじっと顔を見ていた。
(ああ。これは断れないお願いね)
サクラもナツメ兄様が持っているまだらの角がどうなるのか気になっている。断られればあきらめればいい。お願いだけしてみよう。
「うん、一応聞いてみるね」
2人で手を繋いで工房に向かう。途中にいくつか扉があるが、今は防犯機能を停止している。誰の邪魔も入らずに工房前の扉にたどり着くことができた。
トントン
扉を叩いてみた。返事はないが人の気配はある。
「ナツメ兄様、サクラです。今、工房を見学することはできますか」
何やら相談している雰囲気を感じた。
「サクラ、あぶない素材を保管するから少し待っていてくれ」
「わかりました」
やった! 2人で顔を見合わせて小躍りをした。もう、期待で目がキラキラしているはずだ。
「待たせたな、サクラ、今ドアを開ける」
扉が開いた。そこには、優しい笑顔のナツメ兄様が立っていた。
「よく来たね。歓迎するよ」
ナツメ兄様がシンティに優しく話しかけた。シンティはちょっと頬を染めておじぎをする。
「ここがパルトさんの工房なんですね」
そう言って、シンティがぐるりと部屋の中を見回した。
机上には、作りかけの細工や加工前の板材などが置かれている。サクラから見ると散らかっているように見えるが、シンティは違うようだ。
「作業しやすいように工夫された配置だわ。すごい! 私でも次に何をすればいいかが分かるもの」
この言葉に驚いたのはパルトだった。
「シンティさん、あなたなら次に何をする」
「この『音なし』の羽をここに取り付けるわ」
「……正解だ!」
音なしとは、大樹の森の6層以降にいる昆虫型魔物のことだ。音よりも早く飛ぶのでそう呼ばれている。
「うーん、おどろいたな。パルトの工程はベテラン職人でも間違えるんだぞ」
ナツメがびっくりして声を絞り出した。
「うち、何となくだけど分かるの。こうすればもっとよくなるって素材が話してくれるもの」
大人達が顔を見合わせた。何かに気がついたようだ。
サクラも思うことがあった。
(きっと、精霊の声が聞こえているんだわ)
この話はここで終わりにした方がいい。みんながそう思ったのだろう。パルトが話題を変えたが気にしていない。
「シンティさんは親方の工場で見習いをするのかな」
「うん、そうなると思う」
「ならば、ちょくちょくこの工房にも来ることになるよ。どこに何があるのかゆっくり見ていきなさい」
「いいの、うれしい。サクラ、一緒に見よう」
工房はお店よりもかなり広い。そして、貴重な素材が至る所に出しっぱなしになっている。それらに触らないよう気をつけながら歩かないといけない。
「凄い、私が見たことも聞いたこともないような素材がたくさん置いてある」
まだ7歳だよね。それって、当たり前なんじゃないだろうか。シンティの後ろを歩きながらサクラはそう思い、クスクスと笑った。
「あれ、うち何かおかしなこと言ったかな」
「ううん、シンティは凄いなって思っただけ」
「凄くないわ。みんなエルの受け売りよ」
「エルってだあれ?」
「うん、うちの兄様みたいな人。凄い錬金術師になる人」
「へー、いつか紹介してね」
「もちろんよ!」
シンティの足が止まった。じっと何かを見ている。
「何を見ているの」
「これよ、バラバラになっているけど凄くきれいなの」
シンティが指さしている物をサクラものぞき込む。
「本当! 凄くきれい。まるで風の結晶みたい」
「いいねえ、その例え気に入った」
いつの間にかパルトが2人の後ろに立っていた。
「パルトさん、この素材は何なの」
シンティが我慢できなくなったようだ。
「精霊玉と呼ばれているものだよ」
「完成形は玉なのね」
「そうだよ、でも、欠けていない完全な玉はまだ発見されていないんだ」
「エレウス王国の湖でときどき見つかるのさ、それは私が見つけた物だよ。つかんだ瞬間にバラバラになったが、組み合わせればかなり完全な玉になるはずだ」
ナツメもサクラの後ろに立ちそう説明をする。
「兄様、さわっても大丈夫なんですか」
「ああ、問題ない。なんなら待っている間組み合わせていてもいいぞ」
シンティと顔を見合わせる。
「サクラ、おもしろそうだよ。やってみよう」
「うん、たのしそう」
「さて、我々は話しの続きだ。だが、その前にお茶にするか」
パルトはそう言って、奥にある厨房の方に歩いて行った。
せっかく机上を片付けたのだから、散らかる前にお茶にしようという事だろう。
「この欠片とこれが合いそうね。ほら、ぴったりよ」
「この欠片には、うーん、たぶんこれね。うん、ぴったり」
天才の名は飾りではない。シンティもサクラも信じられないスピードで玉の復元を始めていた。
「おいおい、もう半分近く完成しているぞ」
お茶を飲みながらのんびりと世間話をしていた大人達が慌て出す。
「これとこれね」
「うん、つぎはこれよ」
「ここはダメね。合う部品がない」
「全部は見つかっていないようね」
大きな固まりが3つになった。後は、それらを全て貼り合わせれば完成である。大人達が紅茶を飲み終わる前に終わりそうだ。
「まじかー! 一流の職人が1ヶ月はかかる仕事だぞ」
パルトが呆れている。
「せーの、はい」
最後の欠片がはめ込まれた。所々足りないところはあるが、ほぼ球体になっている。
「できたー!」
崩れないようにそっと机の上に置いた。接着はひっつき草の粘液である。それなりに強力だ。
「まいったな。こりゃー、作業料を支払わないといけねえな」
パルトがニコニコしながら拍手をしている。
「カルコス、優秀な弟子の誕生だな」
「ふん、おれより手際がいいわ」
ナツメとカルコスが騒いでいる間、サクラはじっと完成した精霊玉を見つめていた。少し気になる事があるのだ。
「ねえ、シンティ、声が聞こえない」
「え、うちには聞こえないよ。サクラは聞こえるの」
「うん、メームって言っている。前の言葉は分からない」
「ん、めざめよメームか、風の道の詠唱だな」
ナツメがさりげなくそう言うと、サクラもその詠唱をつぶやいた。
「めざめよメーム」
この言葉を言うと、サクラは意識を手放した。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
風色の精霊玉が光り輝いた。欠けていた部分が自己修復されていく。そして、完全な球体になる。
そこから風が渦になって吹きだした。
ナツメが直ぐに反応した。
「まずい、何かが起きている。パルト結界を張れ。おれはサクラ、シンティをカルコスが確保しろ」
カルコスがシンティを抱えてパルトの後ろに走り込む。
ナツメがサクラを抱えようとしたが、風の渦がそれを拒む。そして、ナツメを吹き飛ばした。
「く、近づけない。どうなっている」
サクラにはもはや意識がないようだった。うつろな目で立っている。その周りを風の渦が取り囲んでいる。
「世界樹の枝」
感情のない声でサクラがそう言うと、右手に世界樹の枝を握っていた。
「なんだと! 風の道を発動させるつもりか」
ナツメが叫ぶ。
「風の道なら私に害はない。パルト、そちらで結界を張れ」
「分かった」
工房は、危険なときブロックごとに結界を張ることができる。それを発動させた。
「こちらの安全は確保した」
パルトがそう叫ぶと、ナツメが手を上げた。
サクラが枝を頭上にあげ、何もない空間を叩く仕草をする。
ビーン
空気が振動した。
「めざめよメーム」
キーン 金属音の澄んだ音がする
「太古のメーム」
キーン 振動が魔法陣のように広がる。
「自我のメーム」
キーン 振動が包み込む。
「ふるえよメーム ひとつになれ」
「ホスタンツァ ライエン」
ナツメの樹魔車両である『青竹号』が反応した。
後輪がソリのように変形する。それに伴い、魔道具になっている前輪が収納された。
「風の道」
世界樹の枝を頭の上でクルクルと回すとそこに風の渦ができた。
その渦をポンと手前に投げるように置く。
桜色の風のトンネルが静かに青竹号を包み込んだ。
そして、静かに浮かんでいた。
そのままサクラは後ろに倒れた。風の渦がその体を優しく受け止め静かに浮かんだ。
ナツメがそっと近づいてみた。もう拒む渦はない。
宙に浮かんだままのサクラをそっと抱きかかえる。
すると、青竹号の風の道も解除された。
「何てことだ。風の道を5歳で発動させてしまった」
ナツメが困惑するのも無理がない。エルフは、どんなに早くても10歳ぐらいにならなければ風の道を発動させることはない。
5歳のサクラができることではないのだ。
「そうだ、精霊玉はどうなった」
視線を移動させると、バラバラになった精霊玉が見えた。
(こいつは当分封印しておいた方がよさそうだな)
欠片に近づくと、それを手で集め特殊な袋の中に入れた。
そして、様子を伺っている者達に声を掛けた。
「パルト、もう大丈夫。結界解除だ」
結界が解除された。シンティが飛び出してきた。
「サクラは大丈夫なの」
顔をのぞき込む。
「意識がないだけだ。やがて目覚める」
ホッとするシンティ。
「なにがどうなったんだ」
カルコスが首を傾げながら聞いてくる。
「サクラが、風の道を発動させた」
「……」
誰もが口を開かない。
「え、なんで黙るの」
シンティがふしぎ顔になる。
「シンティ、エルフが風の道を発動できるのは、早くても10歳位だ」
「……」
シンティが、サクラの異常さを理解する。
(はぁー、まいったな。父達にどう説明すればいい)
ナツメは、こから始まる家族会議のことで頭痛がしてきた。腕にはサクラの小さな重さが乗っていた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
ここはカルミア邸の執務室だ。
来客用のソファーには、ナツメが落ち着かない表情で座っていた。テーブルをはさんだ向かい側には、カルミアがやはり心配顔で座っている。
医者と一緒に様子をみていたビオラが部屋に入ってきた。
「サクラはすやすや眠っています。医者が言うには、心身共に正常でありやがて目覚めるそうです」
その言葉を聞きカルミアが安堵の表情になった。ナツメも一安心と胸をなでおろした。
「しかし、本当に風の道だったのか」
カルミアが確かめるようにそう言うと、
「ああ、間違いない。私の青竹号が反応したのだから、あれは風の道だ」
ナツメが静かにそう言った。
「大樹の愛し子の影響なのかしら」
ビオラが心配そうにつぶやいた。
「サクラの髪の毛の色は、この大陸にたぶん1人しかいない。エルフの魔法属性も未だに分からない」
カルミアの言葉にナツメが続く、
「分からないというのは、やっかいだ」
エルフは、髪の毛の色でだいたいの魔法属性が推測できる。ナツメは水色なので『水属性』。カルミアは銀色なので『氷属性』。ビオラは茶色なので『土属性』になる。
「そもそも、サクラからは魔力が感じられない。多分だが、魔法属性はないのではないかと思う」
カルミアが自身の感じていたことを言うと、
「ええ、間違いなく魔力はないはずよ」
ビオラが断言する。
「大樹の愛し子とさくら色の髪の毛、そして魔力がない。どれをとっても特別すぎるぞ」
ナツメが唸る。
(サクラが特別なエルフであることは間違いない。兄として、いったい何ができるのだ)
部屋に沈黙が漂う。
「このことは、しばらく秘密とする。ナツメ、カルコス達にもそう伝えてくれ」
「大丈夫です。かれらが口外することは絶対にありません」
彼らに対する絶対的な信頼をナツメは持っている。
もし、サクラがそこであったことを覚えていないようなら、しばらくは話さないでおこう。父達もきっと同じ考えだ。
そして、何があってもサクラを守る。
ナツメはそう決心した。




