Snipe(2)
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「あいつはいつも喧しい」
不機嫌そうに吐き捨てる声。
ベッドの上の繭は解けていて、起き上がっていた彼は、あぐらをかいる。
寝起きの機嫌が悪いのはいつもで、今日はケリーが来ていたから、余計に苛立っている様子だった。
「はい、どーぞ」
ケリーに受け取られなかったチョコレートを手に取って、彼に投げると、
「要らん」
サッと避けられた。
「お前はお前で、面倒臭い絡み方してくる」
険しい表情をした彼は、こちらに歩み寄ってきたと思えば、窓の外に顔を出す。
すぐに、煙草の匂いがしてきた。
前の彼は、ヘビーというより、チェーンスモーカーだった。それが、部屋の中で吸わなくなって、必然的に本数が減った。
昼下がりの無遠慮な陽射しの中、彼は咥え煙草で周囲を見回している。
それから、全体的に寝癖がついて、ボリュームが増えた髪を、鬱陶しそうに掻き毟った。
「昨日、ケリーが名前出した武器商人のこと、調べてみたんですよ」
ケリーに誘導されたみたいで、ちょっと納得いかないながら、私はその名前を調べた。
ヴァンサン・ブラック。
「この一年で急に出てきた、武器商人のフランス人」
25歳。私より5歳年上。
もとは、地元のギャングのリーダーだった。
そこから、ヨーロッパで一番規模の大きいマフィアと手を組み、武器売買のブローカーの役目を担当するようになった。
そして今は、マフィアから独立して、いろんな勢力に顔を売り出し中、といった様子。
顔を売るのは、買い手だけではなく。
「老獪な武器商人連中に、相当かわいがられて、協力関係をどんどん結んでる」
いわゆる大物と呼ばれる武器商人の懐にも、うまく入り込んでいるらしい。
「要するに?」
灰色の眼が、やっと私を向く。
眉間に皺が寄っているのは、陽射しが眩しいからか、話の中身のせいか。
「新人くんの後ろ盾になっている連中は、イヴァンの後釜に据える人材は、扱いやすくて使い易い駒がいいと思っている。その条件に当て嵌まるのが、新人くん」
イヴァンの死後、宙に浮いた市場は、何億ドル、何十億ドルを生み出す可能性があるものだ。
みんなで仲良く市場を分け合いましょう、なんて話になるわけもない。
浮いた市場を手に入れるため、この二年の間、武器商人同士の衝突は何度も起きている。
「オーナーが私に尋ねたいのは、武器商人連中の、そういう流れに乗っていいのか、って話」
ギャングやマフィアにとっても、武器商人の権力闘争に無関係ではない。
自分と取引のある武器商人が、この権力闘争に負けてしまうと、武器の入手が途端に難しくなる。オーナーが気に病んでいるのは、そこなのだ。
「随分とあっさり、情報が集まるな」
私がペラペラと話している内容に、彼は怪訝な顔をする。
「武器商人は、横の繋がりが強いから。なんだかんだ、昔の誼で、聞けば教えてくれる」
私の情報収集能力が高いのではなく、零細武器商人をやっていた私の姉の人脈が、広かったおかげだ。
この横の繋がりも、私が武器商人を継がなかった以上、そろそろ効力を無くすはずだ。
ヴァンサン・ブラックの話が私のもとへリアルタイムに流れてこなかったのも、その影響だと思う。
「オーナーにとっては、私に意見を聞いたなんて、他に知られると厄介なんですよ」
寝起きの喫煙タイムが終わって、彼は私の向かい側に座る。
何も言わず、視線はテーブルの上のチョコレートを見ているだけなのは、私の話を黙って聞こうとしているからだ。
「武器商人は、基本的にイヴァンの取り巻きだった連中が多い。イヴァンの死で、市場が混乱しているのを良く思っていないのも、それなりにいる」
死んだ後でも、イヴァンは私の進路を塞ぐのに余念がない。
「だから、私と手を組もうなんて、現状では誰も思ってない。オーナーだって、厄介なヤツらが来たって内心、困り果ててるはず」
二年前までは、イヴァンをトップに、有象無象の武器商人がいた。
どんな末端の武器商人でも、イヴァンとは全くの無関係ではいられない、と言われるほど、イヴァンが築いた地盤は、強固で広大だった。
死んだ今こそ、思い知らされる。
こんな風に、意識をイヴァンに持っていかれるのが悔しい。
テーブルの上に積み上げたチョコレートの山に手を伸ばして、わざと崩した。
軽い音を立てて、チョコレートが散らばる。気を紛らわすための、下手な芝居。
「そういえば、新人くん、めちゃくちゃ顔がいいらしいですよ」
無理矢理話を変えてみたり。
「武器商人に、顔の良さは大事か?」
彼はつまらなそうに、鼻で笑った。
「で、どうします?」
散らばったチョコレートを、また積み上げながら、私は尋ねた。
「何が」
軽く俯いて、気怠そうにしている灰色の眼が、こちらを見てくる。
「ケリーが尻尾出してきたけど」
「まだだ。痺れを切らして、後ろにいる大物が現れるのを、手ぐすね引いて待つ」
据わった眼で、口角を上げる顔は不気味そのもの。
「趣味悪いなぁ」
想像通りの返事すぎて、必死に笑いを嚙み殺す。
「俺の趣味が悪いって、知ってるだろ」
「よーく知ってる」
もはや、笑うしかない。
積み上げ直したチョコレートは、頂点部分の一個が足らない。さっき、寝起きの彼に投げてしまったから。
不意に、チョコレートのピラミッドの土台が、崩れた。
崩れたんじゃない。
狙撃された。と脳が判断する前に、その場から身を捩って、床へ伏せていた自分に、いまさら驚いた。
チョコレートのピラミッドを狙って撃たれた弾丸は、目標を撃ち抜いた後、居室の玄関ドアに埋まった。
彼の顔を見ると、椅子に座ったまま姿勢を動かさず、灰色の眼を窓の外へ向けていた。そして、小さく口が動いて、声を伴わずに何かを呟いた。
何を呟いたのか、唇の動きだけで読み取るのは難しかった。
日本語ではなく、英語でもなく、きっと彼の母国語だろうから。




