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Snipe(2)

          *


 


「あいつはいつも(やかま)しい」

 不機嫌そうに吐き捨てる声。

 ベッドの上の繭は解けていて、起き上がっていた彼は、あぐらをかいる。

 寝起きの機嫌が悪いのはいつもで、今日はケリーが来ていたから、余計に苛立っている様子だった。


「はい、どーぞ」

 ケリーに受け取られなかったチョコレートを手に取って、彼に投げると、

「要らん」

 サッと避けられた。

 

「お前はお前で、面倒臭い絡み方してくる」

 険しい表情をした彼は、こちらに歩み寄ってきたと思えば、窓の外に顔を出す。

 すぐに、煙草の匂いがしてきた。

 

 前の彼は、ヘビーというより、チェーンスモーカーだった。それが、部屋の中で吸わなくなって、必然的に本数が減った。


 昼下がりの無遠慮な陽射しの中、彼は咥え煙草で周囲を見回している。

 それから、全体的に寝癖がついて、ボリュームが増えた髪を、鬱陶しそうに掻き毟った。

 

「昨日、ケリーが名前出した武器商人のこと、調べてみたんですよ」

 ケリーに誘導されたみたいで、ちょっと納得いかないながら、私はその名前を調べた。

 

 ヴァンサン・ブラック。

 

「この一年で急に出てきた、武器商人のフランス人」

 25歳。私より5歳年上。

 もとは、地元のギャングのリーダーだった。

 そこから、ヨーロッパで一番規模の大きいマフィアと手を組み、武器売買のブローカーの役目を担当するようになった。

 そして今は、マフィアから独立して、いろんな勢力に顔を売り出し中、といった様子。

 

 顔を売るのは、買い手だけではなく。

「老獪な武器商人連中に、相当かわいがられて、協力関係をどんどん結んでる」

 いわゆる大物と呼ばれる武器商人の(ふところ)にも、うまく入り込んでいるらしい。

 

「要するに?」

 灰色の眼が、やっと私を向く。

 眉間に皺が寄っているのは、陽射しが眩しいからか、話の中身のせいか。

 

「新人くんの後ろ盾になっている連中は、イヴァンの後釜に据える人材は、扱いやすくて使い易い駒がいいと思っている。その条件に当て嵌まるのが、新人くん」

 イヴァンの死後、宙に浮いた市場は、何億ドル、何十億ドルを生み出す可能性があるものだ。

 

 みんなで仲良く市場を分け合いましょう、なんて話になるわけもない。

 浮いた市場を手に入れるため、この二年の間、武器商人同士の衝突は何度も起きている。

 

「オーナーが私に尋ねたいのは、武器商人連中の、そういう流れに乗っていいのか、って話」

 ギャングやマフィアにとっても、武器商人の権力闘争に無関係ではない。

 自分と取引のある武器商人が、この権力闘争に負けてしまうと、武器の入手が途端に難しくなる。オーナーが気に病んでいるのは、そこなのだ。

 

「随分とあっさり、情報が集まるな」

 私がペラペラと話している内容に、彼は怪訝な顔をする。

 

「武器商人は、横の繋がりが強いから。なんだかんだ、昔の(よしみ)で、聞けば教えてくれる」

 私の情報収集能力が高いのではなく、零細武器商人をやっていた私の姉の人脈が、広かったおかげだ。

 

 この横の繋がりも、私が武器商人を継がなかった以上、そろそろ効力を無くすはずだ。

 ヴァンサン・ブラックの話が私のもとへリアルタイムに流れてこなかったのも、その影響だと思う。


「オーナーにとっては、私に意見を聞いたなんて、()に知られると厄介なんですよ」

 寝起きの喫煙タイムが終わって、彼は私の向かい側に座る。

 何も言わず、視線はテーブルの上のチョコレートを見ているだけなのは、私の話を黙って聞こうとしているからだ。

 

「武器商人は、基本的にイヴァンの取り巻きだった連中が多い。イヴァンの死で、市場が混乱しているのを良く思っていないのも、それなりにいる」

 死んだ後でも、イヴァンは私の進路を塞ぐのに余念がない。

 

「だから、私と手を組もうなんて、現状では誰も思ってない。オーナーだって、厄介なヤツらが来たって内心、困り果ててるはず」

 二年前までは、イヴァンをトップに、有象無象の武器商人がいた。

 

 どんな末端の武器商人でも、イヴァンとは全くの無関係ではいられない、と言われるほど、イヴァンが築いた地盤は、強固で広大だった。

 

 死んだ今こそ、思い知らされる。


 こんな風に、意識をイヴァンに持っていかれるのが悔しい。

 テーブルの上に積み上げたチョコレートの山に手を伸ばして、わざと崩した。

 

 軽い音を立てて、チョコレートが散らばる。気を紛らわすための、下手な芝居。

「そういえば、新人くん、めちゃくちゃ顔がいいらしいですよ」

 無理矢理話を変えてみたり。

 

「武器商人に、顔の良さは大事か?」

 彼はつまらなそうに、鼻で笑った。

 

「で、どうします?」

 散らばったチョコレートを、また積み上げながら、私は尋ねた。

 

「何が」

 軽く俯いて、気怠そうにしている灰色の眼が、こちらを見てくる。

 

「ケリーが尻尾出してきたけど」

「まだだ。痺れを切らして、後ろにいる大物が現れるのを、手ぐすね引いて待つ」

 据わった眼で、口角を上げる顔は不気味そのもの。

 

「趣味悪いなぁ」

 想像通りの返事すぎて、必死に笑いを嚙み殺す。

 

「俺の趣味が悪いって、知ってるだろ」

「よーく知ってる」

 もはや、笑うしかない。

 積み上げ直したチョコレートは、頂点部分の一個が足らない。さっき、寝起きの彼に投げてしまったから。

 

 不意に、チョコレートのピラミッドの土台が、崩れた。

 

 ()()()()()()()()


 狙撃された。と脳が判断する前に、その場から身を捩って、床へ伏せていた自分に、いまさら驚いた。

 

 チョコレートのピラミッドを狙って撃たれた弾丸は、目標を撃ち抜いた後、居室の玄関ドアに埋まった。

 

 彼の顔を見ると、椅子に座ったまま姿勢を動かさず、灰色の眼を窓の外へ向けていた。そして、小さく口が動いて、声を伴わずに何かを呟いた。

 何を呟いたのか、唇の動きだけで読み取るのは難しかった。

 日本語ではなく、英語でもなく、きっと彼の母国語だろうから。




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