エピローグ
「まだ帰らぬのか、王子は。
まさか、アンブリッジローズ姫を迎えに行った先で果ててしまったのであろうか」
王は塔の上から街並みを見下ろし、溜息をついていた。
「いや、途中で連絡あったじゃないですか」
とラロック中尉の父が淡々と言う。
「1000歳の姫に喰われてしまったのかもしれん」
「ああ、それはあるかもですねー」
と息子と同じく、王を王とも思わぬ口調で返事をするラロックの父は、おや? という顔で街の先を見た。
遠くで砂埃が上がっていて、それが街に向かいやって来ているのだ。
懐にしまっていた金細工の小さな望遠鏡を伸ばし、ラロックの父は近づいてくる砂埃の方を見た。
街の先、森より手前の広大な荒地の辺りだ。
砂埃でよく見えないが、すごい勢いで馬がこちらに向かい、駆けてきているようだった。
後方に何処かで見た豪奢な馬車が見えている。
「王よっ。
あれは花嫁を乗せた馬車ではっ?」
なにっ? とラロックの父から望遠鏡を奪った王は身を乗り出し、そちらを見る。
「おおっ、戻ったかっ」
そう声を上げたとき、先頭の馬の辺りで、ドレスが翻るのが見えた。
砂埃でよく見えないが、馬の白い脚の感じからして、先陣を切って走っているのは息子の馬のようだった。
「姫を抱いて走るとはなかなか」
と息子の帰還にホッとしたこともあり、王は笑ったが、素晴らしい手綱捌きで荒地を駆け抜けてきたのは、息子ではなかった。
王たちは城門まで迎えの兵士たちを引き連れて行く。
だが、下ろされた跳ね橋を通り、駆けてきた馬を操っているのは見たこともない美女だった。
彼女の纏うドレスは、淡いピンク色の柔らかな生地でできており、それが薔薇の花弁のように幾重にも重なっていた。
色の白い彼女の美貌に、そのドレスはよく似合っていた。
ヒヒン、と一度いななき、馬が止まる。
その美女は馬から降りずに言ってきた。
「馬上から失礼します。
初めまして、私、アキと申します。
王子をお連れしました」
なにっ? 王子は何処だ? と王たちはやってきた一団を見回した。
あまりにも艶やかなアキの登場にみな目を奪われていたが、実はアキが乗る馬に、くったりした王子も一緒に乗せられていた。
アキの前に、まるで鞍の一種であるかのように二つ折りになっていたので気づかなかったのだ。
「王子っ」
「息子よっ」
とラロックの父と王が叫ぶ。
王子を抱え、馬で駆けてきたアキは、駆け寄る王たちに、
「いや、すみません」
と苦笑いしながら説明をした。
「旅の途中、突然、大地に亀裂が入ったので、閉じてもらえるよう、地下にいる大地の神のところに王子とともに下りたのですが」
「おお、なんと勇敢な」
「すると、王子は名誉の負傷か」
と城の兵士たちがざわめく。
「……帰る間際、神に手土産にと持っていったイノシシが王子に激突しまして」
どんな状況だ……という顔を王とラロックの父がする。
「それで大地の神に回り道できる場所を聞いて、此処までお連れしたのです」
ラロックが先導し、共に旅をした兵士たちが王子を下ろした。
それを見ながら、王が言う。
「ありがとう、アキよ。
息子を連れてきてくれて。
……ところで、息子は花嫁を迎えにいったはずだが」
アンブリッジローズ姫は何処だ、と王が見回したとき、みんなに抱えられ、城へと向かいかけていた王子が目を覚ました。
「父上……、大臣」
と王とラロックの父を見て言う。
王子はふらつきながらも自分の足で立ち、なにかを探していた。
アキと目が合うと、
「よかった」
と笑う。
「目が覚めたら城だったから、今までのことすべてが夢だったかと思った。
……よかった、アキ。
なにもかもが夢であったとしても。
お前がいるだけでよかった。
今、そう思ったよ」
王子は側にいたアキの手を引き、軽くキスをする。
みながどよめいた。
王子は、父とみなに向かい言う。
「アンブリッジローズ様は、民たちのためにこれからも研究を続けたいということで。
彼女の遠縁に当たるアキノ姫を紹介してくだったのです」
アキはラロックのデザインしてくれたドレスと髪飾りを揺らし、優雅にお辞儀をしてみせる。
「アンブリッジローズ様の遠縁に当たるマダムヴィオレの娘、アキ……ノでございます」
まだ一応、ノをつけとくか、と思いながら、アキはそう言い、微笑んだ。
「おお、王子が姫を連れて戻ってこられたぞっ」
「アキノ姫っ」
わっと盛り上がる兵士たちの声を聞き、賢人たちが現れた。
先に来ていた貴族たちと話す声が聞こえてくる。
「なにやら、すごい花嫁がやってきたらしいな」
「ほうほう、そんなに美しく賢いのか、この国は安泰だな」」
「いや、馬の扱いがすごいらしい」
などと呟かれている。
そのとき、途中合流し、ラロックと一緒にいたパリスがアキに、
「もうこれ、いらなくなったみたいだな」
と笑いながら、手回しの携帯充電器を差し出してきた。
「ありがとうございます。
約束を果たしてくださって」
そう礼を言ってアキは受け取る。
王子はパリスに、
「ゆっくり滞在していってくれ。
ああそうだ。
褒美と一緒に、これもやろう。
もう俺たちには必要のないものだから」
と言って可愛い色のコンペイトウが入った小瓶を渡していた。
アキはぐるぐる回して、あのガラケーをふたたび充電してみる。
その間、ラロックと父の会話が聞こえてきていた。
「息子よ。
この旅で立派な騎士になれたか」
「はい、父上。
立派なデザイナーになれました」
「……何故だ」
そんな話を聞きながら、立ち上げたガラケーの中を見て、アキは微笑んだ。
その中には、洞穴の中、一歳くらいのアキを抱いたマダムヴィオレとその横に立つ大地の神と、祖母と祖父が写った写真があった。
横から覗き込んだ王子もそれを見て、また微笑む。
「さあ、花嫁の到着と王子たちの帰還を祝う宴だ。
みなのもの、準備をせいっ」
そんな王の言葉を聞きながら、アキは王子に言った。
「そういえば、王子は私に付いて普通に洞穴に入っちゃいましたけど。
王子の真の名はなんなんですか?」
「真の名もなにも、お前、俺の名前を知らないだろう……」
「そうだ。
アントン様に訊きそびれましたよ」
「私の名前は、お前たちの世界の薔薇の名だとマダムヴィオレ様が言っておられた。
当ててみろ」
「えーっ。
薔薇の名前っていっぱいありますよー」
アキは指折り数えながら、王子とともに兵士たちの後をついて城に入る。
「タイガー・テール」
「それ、お前だろ」
「わたらせ」
「何処の国の人だ」
「伊豆の踊り子」
「だから、何処の国の人だ」
「エンペラー」
「……偉そうだな」
気に入ったと笑いながら、みんなが自分たちの前を歩いて見ていないのをいいことに。
王子はアキの手を引き、キスしてくる。
運命の人、見つかりました――。
「いや……、だからお前、運命の人探しに来たんじゃないよな?」
洗脳されてる、そう笑いながらも、王子はそっと口づけてきた。
騒々しくも楽しげな、みなの声を聞きながら。
完




