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新たなる変化


 数日後。あれだけの出来事がありながら、田中リゼの自宅はなにごともなかったように穏やかな日常を迎えていた。近隣の住民も大きな光の柱が降ってきていたことを全く知った気配もない。


『それで、他にチームに入っていただける方のアテはありまして?』

「うーん。そのことなんだけど今のところ全くない。正直、手詰まりかな」


 登校前、自室でリゼが携帯魔境(ミラーズホン)で通話をしているのは、金髪を結って支度をしている星村レティシアその人である。互いに連絡先は残していたのだ。



「大会の活躍で宣伝できればスカウトにもなるかと考えていたけど、あたし達全員一回戦で終わっちゃったし、振り出しだね、川上先生はきっと四人じゃチームとして認めてくれないんだって」

『仕方ありませんわね。そこはかとなく、わたくしの方からも当たってみますわ』

「やっぱりレティシアあたし達のところにこられない? ウィドだって実は認めてたし、みんな歓迎してくれるよ?」

『ダーメですわ。こちらにも所属がありますもの。それこそ試合で勝って仕方なく移籍でもない限り、突然の心変わりなんて不誠実で許されないことですの』

「そっかぁ。しょうがないよね。あぁー、こんなことなら生徒の前で啖呵なんか切らなきゃよかったー。レッサーレッサーって言われっぱなしはもうこりごりだし……」



 制服の袖を通しているリゼのぼやきにクスクスとあちら側から笑いがこぼれた。


「変なこと言った?」

『いいえ。こうも意欲的になられていると微笑ましくてつい』

「もう、からかわないでって」

『そのようなつもりは毛頭なくってよ。ただ、これが本音ですわ。だって貴女は、他人の視線ばかり気になされて自らうずくまることを選ばれた。ようやく自分の力で立ち直られてホッとしておりますのよ』


 そう言った金髪令嬢に対し「それはちょっと違うかな」と魔族の少女は訂正を入れる。

 ──俯くな、その度に頭が重くなるぞ

 すべてはあの言葉がきっかけだった。


「あたし自身の力なんかじゃないよ。ひとりじゃずっと、こんな風に前を見ることはできなかった」

『それもあの男のおかげでいらして?』

「そうなるのかな。確かに自信や度胸は、間違いなくアイツの影響。でもいっつもトラブルばかり起こすし、無駄に振り回されたりして大変だよ?」


 思い返せば、あの魔王ウィズウッド・リベリオンが居候になってからとんでもない出来事ばかり身に降りかかっている。



 都市を警備するゴーレムに襲われ、影で操っていた男に命を狙われて。

 地下迷宮に潜り、そこで待ちかまえていたドラゴンと対決して。

 そして今回、因縁浅からぬ勇者の子孫と対立し、彼の部下であり姉のような存在である清水ニーナの奪還に乗り込んだ。


 見方を変えれば厄介事や問題ばかりを引き寄せる疫病神であるのだが、それとは別にリゼの身の回りを大いに変化をもたらしていた。



 魔族として生まれによって蔑まれ忌避され見下され、窮屈で鬱屈とした世の中に俯いてばかりだった自分が、少しずつ前を見られるようになった。ボルタやドゥーゴといった仲間ができ、再びレティシアとも対等に話し合えるようになった。

 それは、あの堅物でお節介で説教臭いアイツの存在がなければ決して為しえることはなかったことである。



「……ホント、いい迷惑だよ」

 自嘲とともにそんな台詞をこぼすリゼを見たレティシアはパチクリして、


『もしや、恋をなさってるのでは』

「ハァ!? 違う違う違う! そんなんじゃないって!」

『本当かしらぁ?』

「アンタそういうキャラだった!? 絶対にないから!」


 悪戯っぽい笑みでの追求に対し、顔を真っ赤にしてリゼは否定する。


『からかっただけでしょうに。そんなムキにならずとも』

「あのねレティシア、アイツは親戚なの。なんで身内にそんな感情──」

「おいリゼよ、支度はまだ終わらぬのか」

「だから入る前にノックをしろォおおおおおおおおおおおおお!」

『んまぁ! 同棲されていらしたというのは初耳──』

「まーたーこーんーどぉねー!」


 通話を切り、有無を言わせぬ剣幕でウィズウッドに詰め寄る。魔王はその気迫に柄にもなくたじろいた。


「何故そうも腹を立てておる」

「さぁねなんだろうね!」

「顔が真っ赤だぞ、熱でもあるのか?」

「時間になったら下に降りるからほっといてっ!」


 閉めたドアに背中で寄りかかり、後ろで嘆息とともに踵を返す彼の気配に集中している内に心音が高まり出した。

(いやいやいやアレ中身おじいちゃんなんだよ!? ないないない! それならギルバート先輩とかの方が全然アリでしょ! こんなのレティシアが変なこと言うから無意味に意識しているだけ!)


 頭を振るい、田中リゼは必死に否定する。




 いつもの登校風景に些細な変化が訪れていた。普段であればウィズウッドはリゼと並んでプレアデス学園に向かう筈なのだが。


「リゼよ、足取りが遅れているではないか」

「……大丈夫。ちゃんとついて行くから」

「まっことどうしたというのだ」

「気にしないで」


 まるで警戒する猫のようにウィズウッドから一定の距離を取り、彼が立ち止まれば同じく足を止め歩みを再開すれば後続から続くという徹底ぶりである。


 今朝からずっとこの調子であることに彼としては皆目見当もつかない。眉を寄せていぶかしむばかりだ。



 そしてその道すがら、太い尾と巻き角を持った同じ制服の少女が待っていた。

「んあ? おふぇ・ぉおうぁうぇうァー」


 遅ぇぞお前らァ、をもごもごと言う坂本ドゥーゴは、焼鳥やフランクフルト、唐揚げ棒といったホットスナックの数々を手にあるいは口に咥えている。


「朝ご飯食べてこなかったの?」

「いいや、別腹だぜ」

「学校で購買以外の買い食い禁止。そのまま持って行ったら怒られるよ?」

「心配すんな。残さず食う」

「……ゴミを校内で捨てたらバレバレだからね」

残さず食う(・・・・・)


 言って木製の串をバリバリとたいらげる様子にリゼはもはや「そう……」と反応したきりなにも言わなかった。



 彼女は清水ニーナとマンションの方で暮らすことになった。ニーナの主人とも呼ぶべきあの人物から彼女に連絡があり、二人をリゼの家で匿う必要がなくなったのである。



 それだけではない。ウィズウッドとリゼを取り巻く日常は既に水面下で変化を引き起こしていた。


 入り口の校門で生徒達は昇降口に向かうこともなく何故かごった返しになっている。そしてその人たがりに混じっていたコボルトの獣人の姿を見つけ、二人は合流した。


「ボルタ、おはよう。これどうなってるの?」

「おはよーっス。今日は転入生がくるらしいっスよ」

「ええっまた!?」

「このガッコーやりたい放題だな」

「おぬしの口がそれを言うか」



 集団から一際大きなどよめきが広まる。「お嬢様学校からだってよ」とか「二人も転入してくるんだな」といった反応である。


 この学園とは異なる制服を着た二人組の女子生徒が出てきた。片割れに関してはウィズウッドとリゼが、もう片方にはドゥーゴに面識があった。


 若葉色の美しい長髪と小柄であどけない顔立ちの少女。

 背後で縛られた黒い髪と長身。抜き身の刃物のような鋭い印象を持つ少女。


「嘘、どうして……!?」

「あァー!? あん時のォ!」


 安部(あべ)マリア及び辻 セツナ。ウラノス女学院二年として在籍する彼女達が前触れなくしてやってきたのである。


 人混みの方へと自ら近づき、自然と波が引くように生徒達をかき分け、ウィズウッドのもとへ。おくびもない様子で口を開いた。


はじめまして(・・・・・・)森野ウィドさん。良好な関係を築きに参りました」

「……アヴェ(・・)マリア。よくぞぬけぬけと顔を出せたものだな」

「安部ですよ、イントネーションが違います。どちらかといえばおずおずと、顔を出した次第で。それはもう、おっかなびっくりでした。しかし言いましたよね? 詫びをするなら直接赴くのが筋だと」


 言動とは裏腹に全くそんな素振りを見せない。それどころかいけしゃあしゃあと彼に接近する。


「色々考えた結果こうした方が都合がいいと判断しましてね、明日からこの学園に通うことにしました」

「なにを企んでおる」

「いいえ。やましいことなどなにひとつないですよ? むしろ先日の償いも含めて積極的に協力する方針で動いています。入り用とあらばいつでも言ってくださいね? たとえば風の噂で聞きましたが、魔戦興行(ウォーゲーム)をするにあたってチーム集めに大分苦労なされているとか。及ばずながら私達も加わらせていただけないでしょうか? 私はともかくセツナも」


 好戦的に笑うドゥーゴに「この前の続きやろうぜメイドォ……!」と間近でガンをつけられるも、黒髪の彼女は反応を示さずマリアの隣で控えている。

 都合のいい申し出をウィズウッドは素直に受け取る筈もなく、


「ぬかせ。言うまでもなく裏切る腹積もりであろう」

「裏切り? とんでもない」


 深い新緑の瞳がかすかに細まった。

「私は誰も裏切ることはありません。ただ利用していただき利用するという至極単純な話です。重要なのは価値があり、使い道があり、打算で動くに値するかどうかですよ。それが損なわれた時、手を切られるだけ。貴方はくれぐれもそうならないよう、気をつけてくださいね」



 両腕を組む太古に名を馳せた反逆の魔王と、見上げる勇者の血を引き聖母の名を持つ少女。相容れぬ二人が顔を合わせた。



「ちょっと転入生」

 と、やり取りに横槍を入れた女生徒達がマリアの方へ歩み寄る。


「その魔族二人とはあまり関わらない方がいいって。悪い噂ばかりだしこの前も揉め事を起こしたばかりよ?」

「そうそう。先日の大会だって初戦で脱落した落ちこぼれチーム」

「付き合う相手は考えた方がいいわ」


 自分達の派閥に引き入れようとこれ見よがしに嘲りながら忠告する。

 振り返り、クスリと笑うマリア。


「ご助言ありがとうございます。お耳には入れておきましょう、そのような雑音が参考になるかは分かりませんが」

「なっ……!」

「私は自分の目と耳で物事を判断するようにしています。第一印象で全てを決めてしまうのは愚か者のすることだと学びましたから。そうでなければこの地域が他よりも差別的で陰湿な市民性があるという下調べによる風聞を鵜呑みにしてしまったところでしょう。くれぐれもそうではないと判断したいですがねぇ」


 絶句する彼女らを尻目にマリアはウィズウッドに視線を戻した。


「それで、色よい返事をお待ちしているのですが」

「おぬしの押し売りなぞハナからいらぬわ」

「そう決めかからずに是非見定めてください。一考の価値があるか、私が使えるか否かを。時間はたっぷりありますから」

 などと限りなく自然に近い笑顔でそう言ってのけたのであった。

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