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場外乱闘



 櫻井エドウィンは競技ステージに長居することなく早々に退場する。その背後では戦闘不能となった同じコボルトの獣人がが救護班によって担架で運ばれていた。


 クソ雑魚が調子に乗ってるからだ、そう毒づいて悠々と会場の通路に出るなり、


「待ちなさいエドォ!」

 甲高い怒声とすさまじい剣幕で白いサルーキ系のコボルトが彼に詰め寄ってくる。先ほどの涼やかな態度とは打って変わってかなりご立腹だ。

 ウゼェのがきやがった。エドウィンは心底嫌そうに顔をひくつかせる。


「あの子は学校の後輩よ! さっきの試合はどういうこと!? 最後の技でもっと早く決着つけられたのでしょう!?」

「ワザと痛めつけてやったんだよ」

「だからどうしてそんな真似を!?」

「っせェバーカ! オメェに関係ねぇんだよ!」



 糾弾をまともに取り合わずエドウィンは罵倒で一蹴。

「親戚にバカとは何事よ!?」

「ぶへぁ!?」


 と、思いきやジャスミンの強烈な平手打ちが彼を襲う。

 周囲の人目もはばからず折檻が始まった。



「貴方はいっつも! そういう素行の悪さで! 問題起こしてばっかり! 何度迷惑かければ気が済むの!?」

「テメ──ぐべっ、やめ──ぶぉっ、この──がぶっ!」

「そんな態度だから一軍から外されるんでしょう!?」

「まだ外されてねぇ──ほぎっ!?」

「言い訳は要りません!」


 勝者の筈なのに年下の従姉妹にこっぴどく叱られ、なす術なく往復ビンタを受けていた。

 狂犬のような彼であっても斎藤ジャスミンには頭が上がらない。


「とりあえず謝りに行きましょう。試合したボルタくんに対してあまりに失礼だったわ」

「っざけんな!」

「ふざけてない大真面目です」

「オメェはアイツの傷を舐めに此処にきたのか! あァ!?」



 強引に手を引いて連行とするのをエドウィンは抵抗しながら怒鳴り散らした。

 ピタリと、ジャスミンは動きを止める。



「ちげぇよなぁ!? 試合で勝つ為にきたんだよなぁ!? もう始まるんじゃねぇのか、負け犬にかまけてる場合かよ!」

「いやそこは貴方が必要以上に彼を痛めつけたからでしょう?」


 冷静な突っ込みなのだが「そうじゃねぇだろ!」と逆ギレするエドウィン。


「それによ、おめぇが謝らせにきたら野郎の(オス)としてのプライドが完全に折れるだろうが。どうでもいいがよ」

「そんな意地の張り合い……!」

「いいや、ソイツの言い分には賛成だぜ」


 二人の問答に割って入ったのは赤髪にねじれ角と鱗がびっしり覆われた太い尻尾という特徴を持った少女。


「貴女は確か、ボルタくんのお友達の」

「坂本ドゥーゴだ。対戦相手としてお見知りおき願うぜ」


 それよりも、と彼女は先程の話に戻す。


「アイツにだってプライドがあんだよ。みっともなく負けたのは事実だし、今行ったところで詫びを入れても逆に傷つくだけだぜ? 余計なお節介はやめとけやめとけ」

「んなこと言う為にわざわざツラを貸したのかよ」

「それだけじゃないぜ。オレはお前に用があるんだわ」

 名指しでエドウィンを彼女は指名した。


「アイツとの試合、つまんなそうだったな。まるで口ごたえ(・・・・)……じゃなかった、えっとォ? 手ごたえ(・・・・)、じゃなくて食いごたえ(・・・・・)いや……噛みごたえ(・・・・・)でもない。なんだったかなァ」

歯ごたえ(・・・・)?」

 ジャスミンが適切な言い回しを示唆する。



「ああそれだそれ。歯ごたえがなかったんだろ? 顔でよく分かるぜ。贅沢な野郎だ、あれだけフクロにしておいて随分物足らなそうなツラだ。確かにボルタのヤツがロクに反撃できてなかったからなァ。いくら蹴ろうと殴ろうと退屈だったんじゃあねェか?」

「あァ!? なに寝言言ってんだテメェも救護送りするぞゴラッ」

「やめなさいエドっ」


 エドウィンが胸ぐらを掴みかかって凄むなり、ドゥーゴは大いに気をよくして引き裂けた笑顔を見せた。

 ガッシリとその手を掴み返した途端、想像だにしない握力で引き剥がされた。彼を止めようとしていたジャスミンがえっ、と声を出す。

 単純な力負けをしている事実と際限なく締め上げられていく苦痛でエドウィンの顔が歪んだ。



「な、ん……っ!?」

「ガハハ! やっぱりオメェはいい(・・)。似た匂いを感じてたんだ。そうだよなァ、そうこなっくちゃなァ。鬱憤溜まってんだろ? ちょっくら裏で存分にやり合おうや」


 そのまま頭上に吊り上げ、誘いをかける。もっと激しい殴り合いがしたいのなら自分が相手をしてやろうと。


「好きなんだろゥ? ステゴロタイマン。殴り殴られ、ぶちのめしぶちのめされ、ぶち殺しぶち殺されそうなあの緊張感がたまんねェよなァ」

 坂本ドゥーゴもとい災竜ドゥーレゴエティアの暴性が表面に現れつつあった。



 別に彼女としては敵討ちに動くのは柄でもない。かといって身内をこれだけ可愛がってくれた輩に対し全く苛立たなかったという訳でもない。

 だがそれよりもまず、血の気が多いこの灰色の狼獣人と遊ぶ(・・)のは楽しそうだと、ドゥーゴはちょっかいを掛けたのだ。


「ダメよ、そんなの許さない。此処で喧嘩を起こすなんてもってのほか」

「野暮なことは言いっこなしだぜ。すぐに終わる」

「貴女は試合を捨ててまで揉め事を起こしたいの? 運営に知られたら間違いなく失格よ」

 しかしそんな一触即発な空気をジャスミンが治めた。

 確実に効果があったのか、竜女の動きが止まる。


「それだけじゃない、最悪出禁にされて二度と公式の大会に出られなくなるわ。それに私が先約でしょ? もう始まるの、坂本さん」

「……そいつは困る。アイツらにどやされるのもめんどうだしな」


 仕方なさそうにドゥーゴはその場を退くことにした。

 パッと手放し、元きた道を引き返す。エドウィンは痺れる片手を抑えながら、恨めしげににらみつける。


 だがその程度の敵意や憎悪など歯牙にかけるまでもなく、ひらひらとした手の動きを送った。


「楽しみはとっておくとして、そっちが先約だな。そんじゃまた試合で会おうや」


 二人の獣人は知らない内にのしかかっていた重圧感に開放され脱力する。種族として野生の本能が戦意を見せたドゥーゴに警鐘を鳴らしていた。

 それは正しい。彼女の正体を考えれば至極まっとうな反応である。


 だがそれほど圧倒されていながらも櫻井エドウィンは憎まれ口をたたいた。



「クソッタレが、あの細い腕のどこにあんな馬鹿力があんだよ……!」

「止めに入らなかったら今頃大騒ぎよ?」

「邪魔すんなや」

「……分かってるでしょう? ルール無用の本物の喧嘩だったら私が加勢しても蹴散らされてた。生きた心地がしなかったわ。こんなの初めて……何者なの、あの子」

「ケッ、そんな調子で勝てんのか」


 だが「それとこれとは話が別」とジャスミンはきっぱりと言って退ける。


魔戦興行(ウォーゲーム)はいくら体格や力、魔力に恵まれている人でも勝ち進められるほど甘くはない。あの子がルールに則っているなら勝機はあるわ。立ち回りや技術がなければ蹂躙されるだけ」


 エドウィンは閉口し舌打ちした。彼の苛立ちが晴れなかった理由が、まさにそれだ。


 試合序盤の鈴木ボルタは櫻井エドウィンにとって非常に強大な脅威になり得ていたことを、戦意と冷静さを奪っていなければたちまち逆転されていた可能性があった事実を己の立ち回りで認めてしまっていたからだ。


 それには奥の手を決めるまでありったけの攻撃を加えても復帰してきたボルタのタフさがなによりの証左である。本当はもっと早く倒すつもりだったのに。


 奴の鼻っ面はへし折れても牙と心は折ることはできなかった。


 そして聞けばそんな彼が素人で今回が初めての試合だったという話が、俄然エドウィンを激しく苛立たせ続けていたのだった。


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