不干渉のゴールドレター
「おうちさんおうちさん、私のおうちさん、ただいま帰りましたよー♪」
ハミングを口ずさみながら清水ニーナは自宅のマンションに戻っていた。生活感を残すための定期的な帰宅である。
食事も寝泊まりもリゼの自宅で済ましていることに慣れてしまい、一人で暮らしていた此処がとても静かで物寂しさすら感じる。
ふと行きがけにポストを開け郵便物の有無を確認。保険の通知やチラシなどを回収しておかないと不在を怪しまれてしまう。
だが、そこに投函されたものを見つけるなり、たちまち上機嫌だった彼女から重い吐息が漏れた。
たった一枚の便箋しか入っていないのだが、あまりに異彩を放っている。
というより、金色に輝いていた。
「またですか……」
ゴールドレター。誇張抜きで金箔を全面におしげもなく使われたニーナ宛の手紙である。本音を言えば悪趣味なこれが届いたのは初めてではなく何年も前からだ。
差出人は金子オィンク、又の名をオィンクーゼ侯爵を名乗るニーナと同じエルフの生き残りである。かつて栄えていたその王族の血を引いているそうだ。
彼女には手紙の中身も既に分かりきっていて、厚めの金箔紙に愛の言葉が達筆のインクで綴られ、ご丁寧なことに婚姻届まで同封されているだろう。
こんな物が送られるようになったきっかけはとある会談に参加したときのことである。
そこで偶然出席していた金子オィンクと遭遇し、見初められたのか全ての始まりだった。
彼は此処から少し離れた土地に大きな宮殿を有しており、そこでなにひとつ不自由なく裕福な暮らしを約束するから結婚しろと迫ってきたのだ。
言うまでもなく彼女は謹んでお断りを入れた。滅びかけた種族であるエルフ同士で子孫を残すべきだとか王族に迎え入れられることほど光栄なことはないだろう、といった建前なども押しつけられたものだがそれでも辞退した。
しかし彼は諦めず、前述の通り高い地位と金を駆使してニーナを手籠めにしようとあの手この手で画策したのである。
その騒動を諫めるのは大分苦労した。自分が政府に保護された身で、管理されている立場であることが幸いしてどうにか免れた。思い出しただけで気が滅入る。
とにかく彼女は人目につく前にそれを持ち出した。
そのまま私室に向かい、キャビネットの引き出しを開ける。そこには同じく未開封のゴールドレターが山のように積み重なっていた。空き巣が見つけたら喜んで持ち去りそうである。
だがそれは盗人にとって為にならない。彼女の手元から離れたと分かるなり、送り主は激昂して金や権力を駆使して盗人や買い取り人も残らず地の果てまで追われ闇に葬られることだろう。
裏の世界ではどうやらそれが知れ渡っているらしく、『不干渉のゴールドレター』として恐れられている。
彼女の性格柄、受け取った物を無碍にはできず焼却や廃棄といった処分をすることもできず貯まりに貯まった結果おびただしい枚数になったのである
相談したマスターに対応してもらい、どんなアプローチをされても無視しておくように指示されたことで、一方的な文通という形式となっていた。
それでもこうして定期的に届くので彼女はその扱いにほとほと困り果てていた。
そんな弊害もあって彼女は携帯魔鏡も持たない。外出時に連絡手段がないことで少々不便な想いをしていた。
しかしニーナはそれでも別にかまわなかった。彼女が固辞し続けるのは深い忠誠によるもの。
「私にはあの御方がいらっしゃいます。ようやくお戻りいただけたのだから、俄然離れる理由がありません」
引き出しにしまい、これが届いたという事実を秘匿する。ウィズウッド達を巻き込むわけにはいかないし、余計な心労をかけたくないという彼女の意志である。
現状、実力行使に出てくることはないのだからこのまま何事もないようにしていればいい。
清水ニーナはこの時、そんな風にたかをくくっていたのだ。
†
星村レティシアは自宅の黒と金の織りなす高級感溢れる杖を手に、トレーニングルームに籠もっていた。
土魔法で成形した複数枚のマトの前で立ったまま身動きひとつしていない。
その場で目を閉じ黙りこくっていた彼女は息も止めて瞑想に耽っている。奥底にある魔力の循環を意識していた。
極限の集中に達した瞬間目を見開き、杖を持った腕を横合いに振るい、レティシアは呪文を口にする。
「【ファイア・ボール】」
同時に複数発生したバスケットボール大の火球が彼女を囲い、ぐるりと回る。「赤の一階」といった詠唱を破棄し、最短で魔法を発動してのけた。
「【フレイム・ランス】」
間髪入れぬ間に無数の小柄な炎の槍が飛び出した。しかしそれは従来のそれよりも細く短い故に長槍というより短針のようである。
解き放たれたそれは踊る【ファイア・ボール】を一斉に貫いた。無数のピアス状となったそれらが飛び出し、直線ではなく変則的な挙動で標的の的に襲いかかる。
着弾と当時に穿ち、爆発を連鎖的に繰り返す。岩でできた幾数枚の分厚い的が一挙として砕け散った。
それはかつてウィズウッドに指摘された欠点である初動の遅さと突貫力の減衰による効率の悪さを克服し、進化した合成魔法【フレイム・ボンバー・ランス】改め【フレイム・ボンバー・ピアス】は以前とは比べものにならない威力と汎用性を誇った。
そこでようやくフーッと深い息を吐き、手応えを確認。
魔戦興行の対戦においてこの上なく戦力になるだろう。
(あの男の高説はしゃくでしたが、ようやく此処までこぎつけましたわ)
レティシアはこれを奥の手として魔族の男との再戦に燃えていた。
彼だけではない。田中リゼの決着も着けねばならない。
背後からパラパラと拍手が聞こえる。レティシアと同じく金髪碧眼な美少年、堀門ギルバートが優雅な微笑みを縁取り出入り口に立っていた。
「今のは凄かったねレティ。新しい合成魔法か」
「……勝手に上がり込むとは感心しませんわね。通報されても致し方ありませんわよ」
「君から呼びつけておいてご挨拶じゃないか。女中さんに話をつけたら通してもらえたよ。それに、ボクに見せたかったんじゃないのかい」
「さりげなくごく自然に入るとは紳士と言えませんわね。此処はプライベートのお部屋ですわ。不審者として出て行っていただこうかしら」
「用件は分かってるんだから意地悪はなしだよ。……校内の練習だけでなく、人知れずこんな場所で鍛錬に励むなんて澄ました顔してかなり熱心だよね、君。もうじき魔戦興行の大会が始まるから秘密の特訓ってとこかな」
彼女に辛辣な物言いで邪険にされようと甘いマスクの微笑を崩さず、室内へと入っていく。
「相変わらず広いなぁ此処、サッカー出来るくらい面積あるんじゃないかな。贅沢な限りだよ」
「ギル、単刀直入にお答えください。今のを見て、どこまで……」
プライドが邪魔をしたのか最後まで言いかけて口を閉ざす。だが尋ねたいことは伝わったようだ。
そうだなぁ、と顎に手をやりテストのヤマでも教えるようにギルバートは語る。
「さっきの合成魔法の威力は目を見張るものがある。赤の三階級に達したと見てもいいし、発動から攻撃に至るまでのスパンも悪くない。実戦で実用的な域だね。それだけで言えばプロのウォーロックにもひけをとらないと思うよ」
でも、とあくまで客観的にレティシアの実力に評価を降した。上から目線でありながら彼女はそれを大人しく拝聴する。
事実、生徒達が口を揃えて学園で誰が一番強いのかという問いに挙げられるのが他ならぬ堀門ギルバートだ。
「ボクの知るあの世界では心許ないかもね。三階級の色魔法がさっきのと近い早さで軽々と飛び交うんだ。同じような搦め手を増やしてようやく一歩を踏み出したってところだよ」
「……貴方がそう仰るのなら嘘偽りはなさそうですわね。よくわかりましたわ、まだまだレパートリーが足りないと。あと一つほど考えていたものを試合前に仕上げておきましょう」
挫ける素振りは微塵も見せることはなく、レティシアは特訓の再開する素振りを見せ始めた。もう彼には用はないとばかりに空気扱いする。
「そんな課題の一夜漬けみたいなことを」
ギルバートは息をつく。やるといったからには実現させるのが彼女であることをよく知っているので不可能だとか無理だとか口を挟んだりしない。
代わりにその意気込みを後押しするべく、彼は携帯魔鏡を取り出した。
「そういえばついさっき連盟の公式がトーナメント表を発表したみたいだよ。見てみたら面白いことになってるみたいじゃないか……君が気に掛けそうな人達は……」
振り返るレティシアに向け、注目する選手の組み合わせを口にする。
「森野ウィドと関口シュナイデル」
「っ!?」
「さすがに驚くか、まさか彼がこの大会の優勝候補と真っ先にぶつかるなんてね。魔戦興行初心者の彼とあの男では駆け出し冒険者がいきなり高レベル勇者と闘うようなもんさ……いやあながち間違っていないんだけれど。残念だね、今回君が彼に雪辱を果たすことは叶わないだろう」
「あの魔族が、関口シュナイデルと……」
「そしてボクの想像の斜め上を行った組み合わせがもう一つ……ほら」
本命はこっちであり、それは直接彼女に見せる。多くを語る必要はない。
「ここだよ、レティ」
「勿体ぶらないでくださいまし、なにを……」
彼女の言葉が尻すぼみに消えた。
いくつもの隣り合う名前の羅列を指さした先を目にして、レティシアの顔が無表情のまま固まる。
線が結びつかれた一つの組み合わせには、星村レティシアと田中リゼの名前が記載されていたのだった。




