リゼとレティシア
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願い致します
本年度も更新を誠心誠意励んでいくつもりです
キツいツリ目が魔族の少女を補足した。まるでいつ逃げ出してもいいように見張っているようだった。
「早く本題に入ってくださらない? 貴女に時間を掛けるほどわたくし暇ではなくってよ?」
「……えっとね、実はあたし達、チームを集めてて」
歯切れ悪くリゼは話を切り出した。
「今四人までは揃ったんだけど、あと一人が……」
「森野ウィドに鈴木ボルタくん、それに坂本ドゥーゴさんでしたわね」
「あれ? なんで知ってるの?」
「食堂や教室であれほどお元気に白昼堂々で集まっていれば検討もつきましょう。とても浮いておりましたわよ、貴女達?」
「あ、あー、そう?」
確かに騒がしい面々でちょっと目立っていた自覚はあったものの、彼女に観察されていたという事実に戸惑った。
「だから仰りたいことは分かっておられますよ田中リゼ。メンバーになられる方をお探しになられているということでしょう。レッサーのチームとなると中々入りたがる物好きはいらっしゃらないもの」
「……うん」
「よりにもよってわたくしにお声掛けしようとは大分肝が据わっていらっしゃること。差し当たって森野ウィドに発破を掛けられたのでしょうけれど、お返しできる答えはただひとつ。貴方を打ち負かすことだけが望みとお伝えくださいな」
嫌みたっぷりでレティシアは口に出す前に勧誘を断った。予期していたことであったが、言葉の棘がリゼのメンタルをざっくりと削る。
「だいたいなんの実績も持たない何処ぞの馬の骨の集まりに加われと言われて了承する方がいらっしゃいます? 加入することでわたくしにどのようなメリットがおあり? そういったプレゼンひとつできないで勧誘なんてありえますこと?」
同意も異議も求めていない質問の後、お嬢様のウィズウッドに対する上品な非難は続く。
「そして言うまでもなくチームのリーダーは彼ですわよね? ……ああ失礼、まだチームともお呼びするのも怪しい状態でしたわ。ともかくこういうことには末端ではなくトップの方がいらっしゃるのが筋というものではありませんの? 御身自ら足を運ぶまでもないと思ってらっしゃるなら、随分舐められたものですわね。何処まで人を虚仮にすれば気が済むのかしらあの男は」
萎縮した気分が、徐々に別の感情に塗り変わっていく。
自分には大して矛を向けられていないのに、何故か己が侮辱されるよりも聞き捨てならない。
「初めてお見受けした時もそうでした。魔族でありながらあの傲岸不遜な態度は社会において目の敵にされるのは避けられませんの。一度は格上に惨敗を喫して挫折を味わうべきですわ、そうすればこの仕打ちに対して多少は思い直すことでしょう」
「それは違う」
リゼは思わず口を挟んだ。それからあっと手で抑える。
眉をひそめ、レティシアは応戦する。
「どういう意味かしら」
「……星村は、あたしがウィドの代わりにきたと受け取っているかもしれないけれど、逆だよ。やっぱりウィドが話すよりあたしが行った方が適任だと考えたから任せたんだと思う」
魔族の少女は自らの言い分を彼女に語りかける。
聞いていたレティシアは一蹴する態度を見せつけるように髪を振り払う。
「それで玉砕して不興を買っては世話がないですわ」
「ううん、あたしの誘いを受けるだけでその甲斐はあるよ……アンタが求めてた、アレが叶う」
星村レティシアの煩わしそうにしていた面持ちが一転する。鋭く、真剣味を増して、明確なる標的として田中リゼを睨みつけた。
「……今まで背けておいてそれを持ち出しますか貴女は。本気ですの?」
問い掛けに逡巡の間を置いてリゼは頷いた。
「今度魔戦興行の大会があるの、知っているよね?」
「デュエル方式での個人戦ですわね。アレの活躍でプロからの引き抜きがあることも多々あるとか。もちろん参加申請はしておりますわよ。そこで約束を果たすということでよろしくて?」
「そう、あたしと試合をして、みんなの戦績を見て、それで判断してよ。ウチのチームに加入するだけの価値があるかどうかを」
一度目を閉ざしてレティシアは「いいでしょう」と言ってその場から離れる。
「ではその賭けに勝てば考えても差し上げてもよろしくてよ。精々わたくしと当たる前に脱落しないことを祈ってますわ。ようやくあの誓いとお別れできるのですから……お覚悟を」
置き去りにした言葉の末尾には底冷えするほどの意志が含蓄されていた。その静かな気迫に気圧され、リゼは固唾を呑んでその背中を見送る。
普段であれば去り際に「ごきげんよう」と残している筈なのに、それが抜けていることはどちらも知る由はなかった。
†
「──ってなことがあったようだぜ」
「ゼェー、ゼェー……そうっス、か。その、二人の約束って、なんスか?」
「オレも知らねぇ。本人もだんまりだ」
力尽きた様子で地面にうずくまり舌をだらりと出すコボルトの生徒は、その背を椅子にしたドゥーゴはリゼについて話し合う。
場所と時間は変わって市民のグラウンド。獣人と竜女は今日も元気に訓練という名の追いかけっこを繰り広げていたのである。
「……きっと色々あったんスよ。前はあんなんじゃなかったし」
「んあ? おめぇなんか知ってんのか」
「あの二人、仲良かったみたいなんス。確か去年の入学した辺りっスかね。リゼは魔族だから──オイラは気にしてなかったっスけど──やっぱり浮くんスよ。人間でお金持ちのお嬢様な星村と一緒にいるもんだから尚更ね」
「つまり喧嘩したんだな」
「……っぽいっスね。だからその話聞いた時はこの犬耳を疑ったっスよ。まさかリゼ本人が説得に行くなんて」
遠目でウィズウッドとリゼも特訓しているようで、特に彼女はこれまで以上に一生懸命に取り組んでいる。物静かながらも鬼気迫る意気込みがあった。
「まぁそいつはおいといて、おめぇも勿論出るんだろうな?」
「もうそういう流れっしょ。まぁ、オイラもどこまで通用するか試してみたいっスから」
地面にのびたまま両手にはめた無骨な籠手に「【ソーティア・クロウ】!」と唱えるなり、手甲の部位から鉤爪状の刃が無数に展開された。少年心くすぐるギミックにボルタもまんざらでもなくワクワクしているようだった。
「コイツで大活躍してみたいっスねー」
「この前オレにぶちかましただろ」
「ドゥーゴは堅すぎて効かなかったじゃないっスか」
「当たり前よ、オレ様の鱗はミスリルよりもかてェ。そんじょそこいらのなまくらじゃ逆に刃が欠けちまうんだ。それに見てろ……」
なにやら腕の素肌からなにかを思い切り毟り取り、ぐっと握りしめる。
彼女の手の中から銀色の金属が──幅広の両刃だ──飛び出し、天高く伸びていく。
彼女は自らの鱗を魔術で身の丈を越える大剣へと変化させた。
「竜鱗錬装ってオラァ呼んでる。なにも変身できるのは人型じゃねぇ。こうやって一部でもしばらくはこのまま維持できるぜ」
「う、うぉおおおおおおかっけぇ!? 素直にかっけぇっスよコレ!」
「ついでに威力も味わってみっか? ん?」
這い蹲った姿勢で目を輝かせていたボルタであったが、たちまち大量の脂汗を流し「……遠慮しておくっスー」と光る剣爪を引っ込め自粛を表明した。
現在進行形で坂本ドゥーゴにのしかかられたまま身動きがとれずにいるので逃げようがない。ギザ歯を剥き出しにした攻撃的な笑みを浮かべた。
「ガハハハ! 遠慮すんなよォ。オレも人間みてぇに得物を持つ経験少ねぇんでちょっくらその籠手とやり合おうや」
「いやいやおたくの馬鹿力で食らったら死ぬからホント勘弁してくださいあっちょっ振り上げるのやめよ? 危ないから、ね? ね? やめよ? ね? マジで、マジでやめ──ギャァああああああ助けてェえええええ森野ォおおおおおお!」
「む? おおちょうどよい。ドゥーゴよ、こちらへ参れ」
魔王の呼び出しを受け竜女が億劫そうに移動したことでボルタは危機を脱する。空気を抜くように安堵の息を吐いた。
ぽいっと剣を投げ捨てると音を立てて転がった後に小さな赤い鱗に戻る。
「んだよいいとこだったのに」
「魔力のコントロールの応用の一例をリゼに教授するところである。肉体強化だ、暫し付き合え」
「オレァ使ってねぇぞ? 素の力で十分なんだが」
「分かっておる、故に魔族としてもその膂力には到底叶わぬということも。その差を埋める手段を実戦にて披露するのだ」
説明にドゥーゴは目の色を変えた。
「てェことは、オレとお前で言葉通り力比べするってか?」
「そうだ。存分に打ってこい、あくまで人の姿を保ち続けて……」
「おうおうそれくらいお安いご用だそんじゃ早速やろうぜオイ!」
息巻く竜女はバッグステップで一度距離を取りぴょんぴょん細かく跳ねる。
「リゼよ、余がいつぞやのゴーレムや本来の姿のこやつが如何様なものであったか覚えておるか」
「う、うん。魔術で防御しないでアンタ普通に止めてたよね。そういえば、車に轢かれたりモロに受けたりした時もあったような……どんだけ頑丈なの?」
「否、余はさほど頑強でも不死身でもない。これも全て技術によるもの」
トール=ゴーレムの鉄槌、災竜ドゥーレゴエティアの掌底など本来常人では防ぎようもない圧倒的な質量の攻撃を彼は生身で防いだ。それも片手で。
あれは魔王として身体の造りが全く異なるからではない。恐らく身体能力も平均的な十代魔族のそれと何ら変わりないだろう。
「その技術が如何なるものか、おぬしに話そう。これは魔力を用いた肉体強化の術なのだが──」
「そんじゃ行くぜェー!」
解説の途中でドゥーゴは飛び出した。全速力で突進してくる。
「あっちょ、ドゥーゴ!?」
「──このように全身を鋼の如く硬化させて身を護り、時には比類なき腕力を引き出すことも可能だ。これは魔導士だけでなく多少魔力の扱いに覚えのある武芸者も重宝しておる戦闘技術」
「オラァ! オラオラ! くらえおらァ!」
ウィズウッドは焦るリゼに視線を合わせたまま、解説しつつドゥーゴの繰り出す渾身の殴打を手で簡単に受け止めた。ぶつかる度に空気が甲高く鳴り、風圧が生じていることが尋常ではない威力を物語っている。
「定石としては魔術を破られ間合いに踏み込まれた時点で我等の敗色は濃厚。実戦であれば容易く斬り伏せられてるであろう。故にこれは苦肉の策ではある」
「あぶ、危なっ……!」
「ドラドラドラッ!」
容赦のない竜女のラッシュは続いた。
反して彼は涼しい顔で言っていることと相反することをやってのける。膨大な魔力と卓越したコントロール技術を持ち合わせたウィズウッドならではの芸当だ。
「だがいざという状況では──ぶくっ」
「あ」とリゼが漏らしたのはすり抜けた剛拳がよそ見しているウィズウッドの顔面にめり込んだ為である。
「っしゃオラァ! どうだウィズ──じゃなかった此処じゃ森野か! 効いたかァ!?」
ドゥーゴの喝采とは裏腹に魔王は無言で懐から『レーヴァ』の杖を取り出す。
「……東の旋風ッ」
「おわわわわわわわわわわァ!」ドゥーゴは錐揉みしながら呻きを残して空高く舞い上がる。魔術によって起こされた竜巻に囚われ激しく振り回されていた。
「北の暴風!」
「ぶべらっ」次いで渦が卵を呑んだ蛇の如く大きく膨れて弾け、彼女は墜落。
「うわ、理不尽」
目を回してぐったりしているのをよそに顔を拭いてウィズウッドは解説を再開する。
「……肝に銘じよ。ただ魔術を突き詰めればよいというわけではない。戦局に応じた対応がウォーロックには求められる。加えておぬしには魔術を秘匿して扱う手順がある手前大いに制約がかけられよう。試合が今、未熟さを補う為にも些細な知識や小手先の技術であろうとできうる限り覚えておけ」
「……ウィド、正直に教えてほしいの。もし実際レティシアと試合できたとして、今のあたしが勝てると思う? 闘ったアンタなら分かるんでしょう?」
師事されていたリゼは彼に忌憚のない意見を求める。
ウィズウッドはじろりと視線を鋭くした。
「返答次第で、辞退するとでも?」
「ううん。もう収拾つかないのは分かってるし勝ち目がなかったとしてもあたしは真っ向からぶつかりに行くつもり……ずっと避けてたんだもの」
最後の独白はウィズウッドにも与り知らないが、なんらかの浅からぬ因縁があることを察する。
結論によって意気が削がれるようなことはないと判断し、魔王は答えた。
「勝機は幾分にもある。おぬしは幾度かの実戦を経た。平和な学徒どもに比べれば比類なき優位性を持つであろう。だが、それはあくまで星村レティシアが余と対峙していた頃と変わらぬままであればの話だが」
「どういう意味?」
「あやつとて才能があり伸びしろがある。余の再戦に燃え腕を磨き励みその才を開花しようものなら、測りしれぬ」
「そ、そんなすぐに変われるものなの? だってアンタが学校にきてからそれほど時間も経っていないのに」
「覚えはないのか。きっかけがあれば目覚ましく成長を遂げるという事例を」
指摘に気付いたリゼは閉口する。まだ至らぬ部分も多々あるが他ならぬ自分がまさしくそうだった。
「先日に食ってかかったことも新たに力をつけた証左と見ておる。偶然で負けたとはあやつ自身も考えておるまい……もっともその程度では余の足下にも及ばぬことには変わらぬのであしらってやっただけのこと」
そこまで魔王に言わしめるレティシアだからこそ、見込みを持って勧誘に出たのだ。
「……」
「知らずにいればよかったか?」
物言わずに魔族の少女は背を向けて走り出した。それは怖じ気付いて逃げたのではなく自分達の荷物を目指し、中を漁り始める。
取り出したのは、透明な液体の入ったペットボトル。当然世界樹ユグドラシルの樹液を詰め替えてある。
それを知った上でリゼは一気飲みした。あまりの苦みで噴き出しそうになるのを堪え、どうにか飲み干す。
「……うぇ……っとに苦い……。これをちゃんと飲んでいたら、あたし、もっと強くなれるんだよね?」
涙目になりながら彼女はどうだと強がって笑いかける。
その意気を汲み、ウィズウッドは頷く。
「鍛錬も欠いては無意味になるがな」
「時間も限られているし、どんどん指導よろしくね」
かくして魔王の一行は控えている大会の準備に臨んだ。




