フェリスの歓迎
畳の茶室に招かれたウィズウッド達はそこで鈴木ボルタの母に歓待を受けた。
ジュース類を載せたお盆を運びながら彼女は言う。
「さっきは凄んでごめんなさいね~、最近ウチに怪しい業者が来るのよ~。なんでも全戸点検だとかで携帯魔鏡の契約台数まで根掘り葉掘り聞くもんだから失礼しちゃうわよねぇ。カーナビやミラホからも受信料を貰いたいとかどれだけがめついの、ってオホホホ」
上品に笑い、同じ卓上に正座。その部屋の片隅でボルタはお座りの姿勢で固まっていた。
「さぁて、あらためてご紹介させてもらうわねぇ。ボルタの母、フェリスと言います。どうぞよろしく」
「田中リゼです」
「森野ウィドである、こちらは挨拶代わりの品だ」
「あらまご丁寧に~ありがとねぇ。まさかこんな時間にお客が来るとは思っても見なかったから大したもてなしをできないけれど、お夕飯くらいならごちそうしましょう」
「お、おかまいなくお母様」
「こんなおばさんにかしこまらなくていいのにぃ。最近コラーゲンをとってないからお肌も荒れちゃってるもの」
肌、毛に覆われて分からないんですけど……というリゼのツッコミは胸の内に秘められる。
社交辞令と菓子折りを済ませたところでフェリスは本題を切り出した。
「それで、ウチのボルタがこんな格好になって戸惑って来たのでしょう? 大丈夫よぉ、意図的に変身しようとして失敗する未熟なコボルト種によくあることだから。まぁ、今時こんなこと試す獣人はめっきりいないけどねぇ」
「すみません、どうやったら戻せますか?」
「簡単さね、こういう時は縮こまって行けばいいのよぉ。──アンタァ! いつまでそんな姿でいるんだいっ! お友達が心配しているでしょうがァ!」
「はひィぃ!?」
吠えるように怒鳴られて飛び上がったボルタであったが、身を竦ませながらみるみる内に頭身が元の獣人のそれに近づいていく。どうやら恫喝していた理由の半分は、萎縮を促す為であったようだ。
「も、戻れたっス。いやぁ、一時はどうなることかと」
「いい機会だからアンタもちったぁ練習しな。そんなちんちくりんだから学校で舐められるんだい。威嚇くらいには使えるようになって損はないよ」
「え、舐められてはいないっスよ?」
「返事ィ!」
「……は、はぁい」
叱責を受け今日一日で散々振り回されていたボルタはうなだれる。
「それにしても、よくウチらの形態変化……戦狼武術・月昂について知っていたわねぇ。今夜は月も隠れているのに勝手になれる筈はないのさ。そんでもってボルタにはまだ早いと思って教えていなかった以上、入れ知恵で試したと考えるのが自然だけれど」
「かつての友に同じく操る者がいた。しかし見様見真似の付け焼き刃であったが故に招いてしまったのだがな」
感慨にふけった様子で語るウィズウッドに対し、少し怪訝そうに鈴木フェリスは言う。
「変だね。このご時世にこんな芸を覚える獣人なんてそうはいない筈だよ。なんせ、ウチの先祖からずっと口伝で受け継がれてきた技術だからね。遠い親戚にもボルタと同じ世代の子はいないのだけれど」
一体誰からその技術の存在を知ったのか。ボルタの母は関心をを示した。
「ふむ」
ウィズウッドは考えた。下手な作り話やはぐらかしは却って猜疑心を産み、今後の付き合いに差し支える。ボルタと関わるなと釘を刺されるのは避けたい。
かくなる上は身の上を語り、事情を包み隠さず話して信じて貰う他はない。そう判断を決めた。
「そやつはとうに過去の獣人よ。おぬしらの先祖にあたる者である」
「ご先祖だって? アンタ、いつの時代の話を……」
「余は千年の眠りから目覚め、現世に舞い戻った。プレアデスの学び舎の学徒であるのは世を忍ぶ仮の姿」
「ウィド!?」
突然のカミングアウトに聞いていたリゼは焦り、ボルタもポカンと口を開く。
そこには配下の末裔達にこそ、真実は告げたいという誠意が彼にはあった。
「なにを隠そう、魔王ウィズウッド・リベリオンである。此度は──」
だが、それ以上に仰天したのはそこから起こった出来事の方であった。
──戦狼武術・斬刻ッ!
特になんの変哲もない緩くありふれていたお茶の間が爆ぜた。
弾けるように身を乗り出した鈴木フェリスが、向かいに座っていたウィズウッドに向けて目にも止まらぬ早さで腕を振るったのである。
それに仰せて鋭利な軌跡の衝撃が迸り、畳と土壁をえぐりテーブルを引き裂いた。
電光石火の不意打ちに魔族の少女とコボルトの男子生徒は転がり、土煙が舞った屋内に沈黙が広がった。
視界が開けた所ですんでのところでフェリスの手首を掴み横に逸らしてやり過ごしたウィズウッドは、動じた様子もなく至近距離でにらめつける。
「今のは獣人式の挨拶か? それとも歓迎か?」
「へぇ、やるじゃないか。全力じゃなかったとはいえ、完璧に防ぐなんて」
「客人に対してこの狼藉、一体どういう了見か聞かせてもらおうか」
「本当にすまないねぇ、悪気はないんだ。ウチの古くからの家訓で、どうしても手を出さざるを得なかったんだよ」
言って体から力を抜き、身を退く気配を見せた。魔王もあっさりと手放す。
「ちゃんと事情を話すから、仕切り直させて貰えないかしら」
「よかろう、では」
それからウィズウッドは取り出した杖を散乱した室内で軽く踊らせる。
ひとりでに壁や畳の裂傷が塞がっていき、テーブルもくっついて復元した。
「普通に片付けていては手間が掛かる。少々手を加えさせて貰うぞ」
「あらま凄いわねぇ、貴方只者じゃないわ」
そうして両者だけが何事もなかった様子で同じ場所に座る。
「ち、ちょっと待って! おかしいでしょこの流れ! ついさっきまで一色触発の雰囲気出していたのになんでナチュラルに戻ってるの!?」
「つかかーちゃん今のなんスかカタギの技じゃねぇ!」
呆気にとられて硬直していたボルタもリゼは我に返ってそれぞれ捲くし立てた。しかしウィズウッドとフェリスは、
「取り乱すなリゼ」
「こんぐらいで騒ぐんじゃないボルタ、アンタと同じ頃には盗んだバイクで金属バットやゴルフのパターを持った他校のモヒカン生徒達が毎日攻め入ってくるようなもっと殺伐とした学生生活を送っていたもんだよ」
「かーちゃん世紀末の住人かなにか!?」
どちらも肝が据わっているかのようにあしらい、話の本筋を戻す。
「それで、納得のいく説明はできるのだな?」
「それはそう名乗った貴方次第ね。お察しの通り、ウチの家系は代々この武術が伝えられているのさ。その古臭さと言ったらそれはもう化石になるレベルでね、遙か昔の戦争で活躍したものだとか。それと一緒にひとつの教えも受け継いで来たの」
すまなそうにしつつもあっけらかんとフェリスは攻撃に出た事柄への釈明をする。
「ご先祖は、魔王を名乗る輩が現れた時は絶対に一発ぶちかますように教えてきたみたいよ。条件反射で繰り出しちゃうぐらいにしごかれながらね。多分その為に技を遺していったのでしょう」
「……実にあやつらしい。『次会った時は必ずぶっ飛ばす』と誓っておったが、本気で戻ると信じて子孫に託すとは」
ウィズウッドは呆れと感傷の混じった溜息を吐露する。ヴォルフデッドと子孫の約束が果たされた瞬間であった。
しかし半信半疑な様子でボルタが難色を示していた。
「いやぁ、魔王だなんてどんな夢物語っス? コイツが? かーちゃん信じるんスか」
「どっちでもかまわないよ。魔王を語る奴がこの一撃を防いだって事実は本当さね。とりあえず頼まれたモノは届けられたってことでいいのかい?」
「うむ。確かに受け取った。そのような教えを代々愚直に守られたことに敬意を評する」
「言われてみると確かに昼間も凄い魔法使っていたし、いちいち話し方も堂に入っているっスけど……リゼ、親戚なんでしょ? 止めてやってくださいっスよ」
「まぁ、あたしも最初は同じ反応だったし到底受け入れられなかった。でも、慣れって怖いね」
「リゼまでェ!?」
そんな調子で紆余曲折がありながらも、鈴木フェリスに身の上と経緯を伝えてあわよくばと話題を切り出す。
「それでフェリス殿、ご子息を配下に率いれようと考えているのだが許可をいただけるだろうか?」
「一体なにをするつもりなんだい」
「我等は今、魔戦興行にてチームを集っている。是非ともこの鈴木ボルタを余の仲間に加えたいのだ」
「へぇ、面白そうじゃないか。ボルタ、なっておやりよ魔王さんの部下に。そうすりゃ大出世だよ」
呆気ないほどに快諾したボルタの母親であったが、当然本人からは抗議の声が。
「えェーっ!? 今は仮付き合いなだけでダメっスよぉ! オイラだってバイトが忙しくて母ちゃんがそうしろって……!」
「それは社会勉強の一環としてなにかバイトしろって話で全然余裕あるでしょうが! で、魔王さんこんな息子だけどこちらこそよろしくお願いするわねぇ。アタシも戦狼武術をどしどし叩き込んであげないと」
「オイラに安息の場所は~ッ!」
ぐいぐいと背を押されたボルタの叫びも、当然却下される結果になった。
こうして、鈴木ボルタはウィズウッド・リベリオンの眷属になる道を着々と進んでいくことになるのである。




