いざ鈴木宅へ
街中はすっかり夜を迎えていた。
ボルタが完全な犬化から戻れずにいる為、同伴で彼の自宅へ赴くことになった。
端から見ればリードをはずした散歩そのものである。
「どうしようウィド、鈴木くんの親御さんになんて説明したら……」
「包み隠さず打ち明けるしかあるまい。それに、あわよくば元の姿への戻し方を同じ獣人として知っておるかもしれぬであろう」
「楽観的っスね~他人事だと思って」
「おぬしが保健所にでも連行される可能性を危惧して同伴しておるではないか」
もう何度も繰り返された問答をよそに「あ、そうだ」とリゼは提案する。
「なにか菓子折りでも買って行った方がいいかもね。ここら辺にスーパーが一軒あったような……」
「ふむ、ボルタよ、おぬしの肉親は如何なるものを好んでおるのだ?」
「そーっスね。かーちゃんは駄菓子とか好きっスよ。特に甘いヤツ」
「心得た。では立ち寄ろう」
そうしてウィズウッド達は付近のスーパーに入店。そこでボルタも四足歩行で入り口から躊躇もなく入ろうとして、
「お客様、ペットとの来店はご遠慮いただきますようお願いを……」
「ペットォ!?」
カウンターで店員に注意されてショックを受けた彼は、泣く泣く出口へと戻っていく。気を遣ってリゼも一緒に駐車場へ引き返すことに。
「ウィドも一人で買い物ぐらいはできるよね?」
「あなどるでないわ。おぬしであると他の品に目移りして却って時間を要するではないか」
「そこまで言うならちゃっちゃと買ってきなさいよ」
心外そうな様子で彼は単身店内に乗り込んだ。
「ハァ……踏んだり蹴ったりっス」
「ごめんね鈴木くん。振り回されちゃって迷惑だよね」
「ボルタでいいっスよ。アイツはいっつもあんな感じなんスか?」
「今日は一段とやりたい放題だったけど、まぁアイツらしいと言えばらしいかな」
魔族の少女は苦笑を浮かべる。
「でも嫌ならハッキリ断ってもいいんだよ? あたしからも言っておくから」
「田中さん……恩に着るっス」
「リゼでいいよ。お互いにね」
「そういえばオイラ、この前リゼが放課後に魔戦興行の試合していたところ見てたっス。三人を相手に勝っちゃうなんて驚いたっスよ」
「そ、そんな大したことじゃないよ」
照れくさくなってリゼは頬を掻いた。
「運がよかっただけだし、あたしをただの落ちこぼれの魔族と油断していたから隙が突けたんだよ。元々、ウィドの奴が半ば強引に試合をとりつけて大変だったんだから」
「ああ、リゼも被害者なんスね……」
お互いの苦労に共感し、二人──今は一人と一匹だが──は話に花を咲かせていた。
「それに、アイツは今日みたいに滅茶苦茶なしごきや指導の仕方をするけれど、でも確実にこれまでより大分進歩しているのが見て取れて分かるよ。そうでなかったら今頃もずっと人目を気にしてこそこそしていたと思う」
「それっス、あんなアウェーな状況で堂々としていたところが凄いっス。何処かのコミュニティに属していないと安心できないオイラにとっては到底真似できないっスから」
「ボルタくんも大事にしている居場所があるんだね。あたし魔族でそういう集まりに加われたことないから、ちょっと羨ましいかも」
「大事な居場所、スか……」
おすわりの姿勢のままボルタの言葉は歯切れが悪くなった。
頭の中で反芻されたのは、ウィズウッドの説いた真理と友人達の態度。
不審と疑念が彼の中で渦巻いている。
「戻ったぞ」
頃合いになってウィズウッドがスーパーから出てきた。その手にはビニール袋が提げられ、確認の為に粗品を取り出す。
「これで問題あるまいな?」
「問題というか誤解を招くというか……よりにもよって、かりんとう」
リゼの呟きに、ボルタもハッとなった。
「これ見られたらまるでオイラがひりだしたと誤解されるじゃないっスか! 事情を知らない周囲の人に!」
「なにをひりだすというのだ?」
「なにってアンタこれと犬状態のオイラ見てなんも思い浮かばないんスかい!? ひとつ間違えればウ──」
「下品な会話やめなさい! 返品とか面倒だしもうそれでいいから行きましょう!」
かくして鈴木ボルタの帰宅への道中は再開された。
徐々に閑静な路地へと移動していき、一軒の平屋建住宅に到着する。年期が重なっているせいかやや古めかしい。
「先に忠告しておくっスよ?」
帰宅を達成したボルタは玄関前までトテトテと歩き、振り返って言った。
「ウチのかーちゃんは怒ると怖いっスから、くれぐれも気をつけるっス」
「なに、交渉や説得ならお手のものよ。たとえ相手が竜であろうとも対話し得るわ」
「ことごとく勧誘に失敗しているのを隣で見ていたあたしからすると、それ説得力ないんだけど」
インターホンを鳴らす。少しの間が生まれ、やがてズンズンと奥から近づく気配があった。
ガラスの引き戸が開くと同時に、リゼが挨拶を切り出した。
「こ、こんばんはー」
「アンタら、こんな時間にまた来るなんていい度胸だね?」
聞く者をこわばらせるドスを聞かせた声に、リゼとボルタは息をつまらせた。
玄関の入り口から顔を出したのは、地獄の番犬が門の向こうで窺うような迫力を伴った狼の獣人。背丈は優に二メートルを達し、こちらを獲物と思っているのか鋭い眼光を放っていた。
申し訳程度の主婦要素である割烹着は今にもはちきれそうで、握ったフライパンの用途は鈍器にしか思えない。
「いい加減にしないとこっちにも考えがあるんだよ。とっとと帰らないと二度と敷居を跨げないようにしてやろうかい」
「え、え、あの……」
「あァん?」
何故だか敵意と冷徹な印象を植え付ける邪険な態度を見せた。
「か、かーちゃん、オイラっス……なんでデカくなってるんスか?」
「おや?」
が、及び腰になった犬状態のボルタを見て、その獣人は目をパチクリさせる。顔から険が消えた。
「ボルタ、どうしたんだいその姿。犬っころみたいになってなにがしたいのさ」
「オイラだってなりたくてなったわけじゃないっスよぉ! この人等といたらこんな姿に……!」
ジロリと視線を移した彼の母親であったが、最初とは打って変わってパッと明るい面持ちを見せた。しぼむように身長が縮んで人並みの背丈に戻った。
「もしかしてアンタ達ボルタの友達かい? あらまぁいらっしゃいよく来たわね~。さぁさ遠慮なくあがって行きなさぁい」
嬉々として歓迎する様子にリゼとウィズウッドは顔を見合わせる。元々はボルタがこうなってしまった経緯を詳しく話し、あわよくば解決の糸口を見出す為に訪れたのだが、
「なんもないスけどまぁあがるっスよ」
「地面につけた手足で居間にあがるんじゃないよォ!」
「ギャヒィン! すんませェん!」
落雷のような怒号でボルタが飛び上がる。
此処まで空恐ろしい肝っ玉な母親が時折見せる剣幕に魔族二人はそれぞれ萎縮と困惑を禁じ得なかった。




