川上ムンナの魔法授業
私立プレアデス学園。ここではスポーツの選択科目として魔戦興行と呼ばれる競技の実習等を授業に取り入れている。
希望者のみが専用の舞台前に移動し、用意されたホワイトボードの前に集まる。
この科目を担当する教師は川上ムンナ。魔戦興行の選手という経歴を持ち、引退してからは学園として出場するチームを監督するだけでなくこういった授業でも執り仕切っているのである。
とがった顎と鉤鼻が特徴的で、横から見ると三日月のフォルムを象った顔をしていた。
「諸君、この程度の知識はとっくの昔にご存じかと思われるが今一度復唱しよう。おさらいは大切だ、理解に遅れをとってしまわぬように足並みを揃える必要がある。ということで此処から解説を始めよう。このように属性色を司る魔法……いわば色魔法には三つの階層レベルに区分けされ、段階を経るごとに威力と魔力消費および難易度が上昇する傾向があるのです。たとえば代表的な赤の魔法として一階が【ファイア】二階は【フレイム】三階の【フレア】と呼び名が変わって行き、各々に適した攻撃形態に……」
自慢げに語る演説は授業が始まる度に恒例行事となっていた。それに生徒達は退屈と闘いながら聞いている姿勢を繕っている。
油断していると不意打ちが飛んでくる可能性があるからだ。
ジロリと集まった者達を物色し、一人に目をつける。
「では此処で質問をしようか、田中くん」
「えっ、あっ、ハイ」
抜擢されたのは集まりの中でも異彩を放つ、褐色肌と黒髪に角という特徴を持つ少女であった。田中リゼ、校内でも数少ない魔族の女生徒である。
落ちこぼれとしての烙印を押され、まともに魔法を扱えずにいた彼女はこれまで参加を遠慮して別の競技を選んでいた。
だが、今回からは事情が変わった。リゼが魔法の大元とも言える魔術の才につい先日目覚めたからである。それをきっかけに彼女は本格的にこちら側へと足を踏み入れることにしたのだ。
学校を介して出場する為には授業を受ける必要があり、春休み明けからこちらの科目を変更した。
そんな経緯があってか途中参加のリゼはかなり浮いており、早速洗礼らしき抜擢を受ける。
「きちんと聞いていたのか確認しよう。今私が口にした例を具体的にあげてみなさい」
ボードに油性マーカーで何色ものカラフルな円が描かれ、その中にある赤色の円を指揮棒でこつこつと音を強調するように叩く。
リゼは戸惑いながらもおずおずと答える。
「一階の【ファイア・ボール】、二階の【フレイム・ランス】、そして三階の【ギガ・フレア】、でしょうか?」
「まぁこれぐらい正解して当然だがね」
きちんと言い当てているのに何処かぞんざいな素振りを見せた。
「そういえば風の噂で聞いたのだが、君は最近魔法が上手く使えるようになったと? 放課後の試合で大活躍だったとか?」
「そう、だと思います」
「では此処で披露してみたまえ。どれほどのものか我が輩にも興味がある、是非とも拝見したい」
「あっあの、あたし、赤の二階までしか」
「構わんよ。授業とは発展途上の人間にこそ必要なものだ。現状の未熟を知った上でこそ成長というものの足がかりとなる」
「分かり、ました」
前へと出るように促され、痛いほどの視線が突き刺さる中で彼女は立ち上がる。これまでのことを考えると公開処刑にも等しい。
少し前であったら萎縮していたところだが、今は違う。
この空気と闘い、抗う意志を手にしたからだ。
だが、意欲に反してその出鼻はくじかれる。
「待ちたまえ。その杖ではなく支給されたものを使いなさい」
彼は呼び止めて手持ちの箱から敷き詰められた無骨な杖を一本取り出す。芯には「十五」という番号が振られ、所持していない者も練習できるように用意されたものだと見て取れた。
「別の杖、ですか……」
たちまちリゼの顔に苦々しい色が浮かぶ。彼女の杖「スィドラ」とは明らかに使い勝手が違う。
元々上手く魔法が扱えずにいたのも杖の機能が阻害していた為だ。現在は魔術を学び多少は融通が効くようにはなったのだが、恐らく従来のコンディションを完全には発揮できない。
そんな事情も露知らずか慈悲のない不利な条件を突きつけられた。
「先に告げておくと我が輩は公平に則ることにこだわる主義だ。不平等は正確な測定の邪魔でしかないからな。微々たるものであろうと杖の性能差は取っ払うべきだろう?」
「……はい」
リゼはそれでも指示に従った。この程度の障害、覚悟の上であったのだろう。
設置された的に向かって魔族の少女が歩みを進めようとする。
しかしそうは問屋が卸さない。
「──異議を唱えさせてもらおう」
今度待ったを掛けたのは同じ魔族であった。
銀の髪と鋭い赤の双眸が特徴的な男子生徒で、両腕を組み不遜とした態度で教師に向かって物申す。
森野ウィド、またの名をウィズウッド・リベリオンである。
彼の正体がかつて千年前に君臨し、勇者と熾烈な闘いを繰り広げた伝説の魔王であることなど、現代に生きる殆どの者は知る由もない。
ましてや、田中リゼがそうしてウォーロックとしての道を着々と歩ませているのは、他でもなく彼の協力あってのことだ。
自分の独壇場を妨害されたことが癪に触ったのか教師はジロリと視線を移して眉をひそめる。
「なにかね森野くん、我が輩の初授業でずいぶんと主張が激しいことだ」
「不平等が支障をもたらすと耳にした上でこの状況は流石に聞き捨てならぬ」
「言いたいことはハッキリとしたまえ」
「フン、ならば述べよう」
シラを切る様子にウィズウッドも鼻を鳴らす。
明確な悪意を嗅ぎ取っていたからだ。
「その杖、明らかに欠陥品であろう? 見掛けは一緒でも中の回路が支離滅裂よ。他の物と取り替えてはどうかと進言しておる」
周囲がざわつき、指摘を受けた当人の頬もヒクつく。
「……言いがかりも甚だしい。どこか根拠でもあるというのかね?」
「試してみればよいのではないか? 自ら実践して真偽を確かめる。それこそ公平というものだろうに」
両者の間に緊張が走る。ハズレをつかまされていたことを知らなかったリゼはチラチラと二人を見た。
「先生……?」
すると有無をいわさずリゼから杖を抜き取る。
「よろしい。では気の済むように好きな番号の杖を選ぶといい。これは念の為に我が輩が再調整しておこう、各自で自由に練習することを許可する」
そう言い渡して男は逃げるように姿をくらました。




