城山トールは恋をする
城山トールは恋をしていた。相手は同じ職業でありながら高嶺の花とも呼べる存在である。
一介の教職員でしかない彼がそんな清水ニーナと出会ったのは五百と五十九日前のことだった。
ちょうど自分の論文発表が思わしくなかった頃であり、行き詰まっていた矢先に声を掛けてくれたのが彼女であった。
──これ、落としましたよ。
きっかけはほんの些細なこと。出先で書類を盛大にぶちまけてしまった際にその場に駆け寄ってくれたことから始まった。
しゃがんで同じ目線で差し出す姿を一目見たときから素敵な人だ、と彼は思った。
エルフの特徴的な笹穂耳からすぐにその身元や出自を知り、次第に惹かれていった。
彼女のことをもっと知りたい。交流の機会をもっと設けたい。
その為に彼は持ち前の自作したゴーレムドローンで移動圏内を調べ上げ、出先での動きを観察をしていた。行きつけの店や帰宅時間を割り出すのは簡単だった。
機体が室内で見つかることや、政府に管理されているという立場上マンション内にまで侵入させるのはリスクが高く、私生活までは知り得ることができなかった。それでも色々直接顔を合わせて趣味や仕事の話を持ちかけて積極的に交流を深めていった。
ニーナは美しいだけでなく笑顔が更に素敵な女性だ。ただ話をして、一緒にいるだけで幸福に満たされるような気がした。
──ボクにとって君はもう、かけがえのない存在──
しかし、二人の前には障害がつきまとう。
彼女の容姿は当然ながら周囲にも魅力的に映り、声を掛けて接触する者は絶えない。
路上でのナンパはもちろんのこと、仕事柄での男性からのアタックは城山トールから見ても目に余るものであった。
──だから、手を出す奴は容赦しない。
その度に影ながら不埒な輩を排除してきた。時には路地裏からマネキン型のゴーレムをけしかけ、時には事故を装って二度と関われないようにした。
そんな経緯で人力作業をゴーレムに代替させるという開発の着想を得ていたことにも一役を買っている。
届かない高嶺の花であるならば、誰にも手折りはさせない。彼は影ながらナイトの役割を担っていた。
そして城山トールの志は、更なる段階にまで至ろうとしていた。
ニーナは種族の性質上、人間がその一生を数十回を繰り返すことができるほどに長い寿命を持っており、自分が生きている間では守っていられる時間はごくわずかでしかない。
そう悟った彼は寿命を克服する術について考えていた。すなわち不老不死だ。
愛する女性の為ならば、どんなことをも厭わない。彼の決意は固く揺るぎなかった。
そうしてひとつの結論に辿りついた矢先のことである。
彼女の周囲にまたまとわりつく虫達が何処からともなく現れたのだ。
ニーナは二人を教え子だと言ってはいたが、どうも異常な親密さがあり片方は男なのだ。黙っていられる訳がない。
城山トールは早速排除に勤しんだ。偶然通報によって民間の警備ゴーレムが動いた為に、それを乗っ取る形で怪しまれないようにけしかけた。
だが予想外なことに奴等はゴーレム達をものの見事に撃退した。どんな手段を用いたのかも分からないまま姿をくらました。
由々しき事態である。このままでは聖域を踏みにじられてしまうと危惧していた。
故に、強行することにした。より確実に可能性の芽を摘み取る為に。
薄暗い一室に籠もる男は、パソコンのあるデスクの下で横になっていた。頭部に装置のようなものを取り付け、虚ろな瞳は見開かれたまま身動きひとつしていない。
いや、それどころか息や心臓が鼓動すらしていなかった。命の気配が感じられない。
代わりに、傍らで立て掛けられたなにかが動いた。彼の制作していた人肌まで似せられた精巧な人形が独りでに起動し始める。瞼が開き、パチリと青い眼球が開く。
室内を見渡し、節々の音を立てながら一歩一歩ゆっくりと床を踏みしめ、両手の指を握り開くを繰り返す。動作確認を入念に行った。
身軽にその場で手をつかずに後方宙返りをしたり、徒手空拳でパソコンを貫いたり、不要となった重い機材を軽々と蹴り上げるなど存分に暴れ回った。戦闘力を遺憾なく発揮した。
それから静まった後に不適な独り笑いを漏らす。城山トールの声だった。
彼は精神をゴーレムに移す実験を自ら被検体となって行った。人の意識が脳内にある電気信号の産物であるならば、受動体を替えて活動することも可能ではないのかと。
「……成功、だ。何事モ挑戦してみる、ものダね」
他ならぬ彼女自身が口にしていたことだ。生きる時間が違うから一緒にはいられないと。相応しくないのだと。
だからこそ生身を捨て、理論上は悠久の時間を活動可能とするゴーレムとして生きる道を選んだ。そうすれば彼女は自分に振り向いてくれるし、生涯に渡って守ることができる筈だ。
これでようやく、隣に並び立つ資格を得たと狂喜する。あとは目先の障害を排除し、迎えるだけ。
「待っててネ、ボクのニーナ。すぐに終わルから」
壁に貼り付けられたいくつもの写真をはぎ取り、ウィッグを拾ってマネキンは活動を始めた。




