ゴーレム・ランペイジ
ウィズウッドが凱旋と評するただの下校でリゼはほんの少し軽い足取りで彼と並ぶ。
ニーナは雑務を処理するため校内に残り、一足先に帰ることとなった。
市街で同じ時間帯に帰宅する人々の雑踏に混じって、他愛ない雑談をしていた。
「そういえば、騒ぎを抜きにして学校自体はどうだった? 退屈でしょ?」
「そうでもない。まだあの門戸をくぐったばかりで筆舌につくしがたいところであるが、悪くないと思っている。まんべんなく見識を広められる教養、学徒としてのならわし、まだまだ余が学ぶに値することが見受けられるな」
「意外、大したことないとか言うのかと思ってた」
「時には素直に認めることも肝要なのだ。意固地になって否定していても仕方あるまい。興味が尽きぬよ」
へぇ、と彼女は相づちを打つ。ウィズウッドの学習意欲は底知れない。
「ニーナやおぬしとあいまみえなくば、このような機会も訪れていなかったであろうな。世話にもなって感謝しておる」
「え、いや、別に大したことはなにもしてないし。あたしなんかがしてたことは誰でもできることだよ」
「自らを容易く卑下するな。悪い癖だぞ」
謙遜を示すリゼに彼は言う。
「現に先ほどは三人を相手取って見事に勝利を収めたのであろう。この短期間で大した進歩ではないか」
「そう、かなぁ」
「とはいえこの程度で思い上がってはならぬ。まだまだ未熟者だ」
「ええー、そんなに忙しく上げたり下げたりされても困るんだけど」
リゼの抗議をよそに魔王は話を続ける。
「頂点を目指すならば余の手ほどきを受けるだけでなく、日々のたゆまぬ研鑽が必要だ。よいか? おぬしも中々の魔力量を内包しておるようだが、それでも足りぬ。腕だけでなくそちらの方面も後々増やしていくように……」
「あ~長くなりそう? それ完全にお年寄りの長話じゃん」
「聞き流すな。これを聞かずしてどのように志す」
「耳にタコができそう」
「今朝のしかえしと来たか……」
「あ、分かった?」
いたずらっぽく八重歯を見せる魔族の少女。ウィズウッドはそんな彼女を見て意外の念に打たれる。
「なんだ、おぬしもそのように笑えるのではないか。いつも鬱屈とする面持ちばかりでそのような顔をするとは思わなんだ」
指摘にハッとして赤面する。誤魔化すように口を尖らせる。
「ひ、人の顔をジロジロ見ないで欲しいかな」
「隠すことはなかろう、笑いたくば笑え。人目なぞはばからなくてよいのだ」
「そこまで大袈裟にやったら流石に恥ずかしいもん」
「フハハハハハハハハ!」
「笑ってる! めっちゃ高笑ってる!」
「どうだ、いざ実践しても大したことはあるまい。何度でも披露しよう──ハーッハッハッハッハッハッ!」
「あーもうちょっとこんなとこでやめてよー……アハハ」
つられるように魔族の少女は声に出して笑った。周囲からの視線が自然と気にならなくなった。
市街で突然大声で笑い出す不審な魔族の二人組がいると通報されても申し開きもないだろう。でも今のリゼとしては、通報するなら勝手にしろと思える気分だった。
そんなやりとりの最中で蜂くらいの少し大きな虫が横ぎった。すると、
「さて」
「あぁホントおかし──ん? ウィド、急に立ち止まって……」
突如として魔王は制服のポケットから杖を抜く。遠ざかる虫に目掛けて突きつける。
一陣の風を起こし、強引に手繰り寄せた。そのまま素早く手で捕まえる。
「全く、いけすかぬ」
「いきなりどうしたのっ」
「見よ」
指先でつままれて羽根を震わせてもがく姿を、リゼの前に差し出した。
一見なんの変哲もない甲虫のようだったが、よく観察してみると骨格に無機質さが見て取れる。
明らかに自然の生命からかけ離れた存在だ。
「これって、虫、じゃない……?」
「恐らく偵察型のゴーレムだな。ここ数日まとわりついておったのでな、そろそろ動きに出る頃合いだ」
ぐしゃりと握りつぶすと火花を散らして機能を停止させる。
「これを操る者がどうも監視をしていたようだ」
「だ、誰が? もしかしてアンタの正体を……」
「それを探る為に泳がせておいた。だが余を嗅ぎ回すにしては監視の目が大分薄い。素性を洗い出す目的である可能性は低いであろう」
「じゃ、なんのために?」
リゼを一瞥し、魔王は内に秘めていた疑惑を話し出す。
「薄々気付いていたのだが、あの邂逅を境に警備を担った民間のゴーレムが暴走し、このような羽虫が飛んできておる」
「この前のゴーレムは暴走じゃなかったの!?」
「そうだ。これがとりついておったのだろう。そうすることで操作を上書きした。その根拠としてこれに流れる魔力の波長、あの時と同じものだ」
先日の散歩で大元の魔力を探り回ってみたものの、符合するような存在は感知できなかった。
だが、裏を返せばそれは消極法として別の可能性を摘み取ったことに繋がる。
それほど遠隔の地からではなく、限定的な範囲からの操作である確信を得た。
ニルヴァーナの優れた感知能力に頼れば話は早かったが、ウィズウッドはあえてそれを避けていた。
事情が事情だけに、話すわけにはいかなかった。
「どうしてこんなこと……あたし達を監視して、なにを……?」
「やはり、余の見立てに間違いはなかった。あの視線はまごうことなき」
敵意と憎悪にまみれたものであったと彼は漏らす。
いや、それ以上に殺意にも似たなにかであったと形容できた。
思い当たるものがなく困惑するリゼをよそにウィズウッドは杖をゆらりと回す。
「こんな街のど真ん中でどうするの?」
「人払いを」
言って、魔王は虚空を突くように振り上げた。
見えざるそれが音もなく迸るなり市街地内で通行人の気配が薄れていく。ぽつりと二人は取り残された。
「余と縁なき者が無意識に遠ざけるよう周囲に威光を放った。これで当分周囲の被害は考慮せずに済む。察知されたあちらがやる気のようでな」
まもなく、周囲に物音が呼応する。
カラカラという乾いた音を立ててなにかが動き出し、街角からゆったりと顔を出した。
「早速のお出ましか。既に奇襲の算段はついていたようだな」
「……な、なにあれ」
思わずリゼがそう呟いたのは、その不気味な様相を目の当たりにしてしまったからだ。
のっぺりとした顔のマネキン人形が糸もないのに独りでに歩いていた。ゴーレムとしての機能を与えられてこちらにフラフラと近づいてくる。
そんな人形目掛け、ウィズウッドは杖を突きつけた。
「【北の暴風】」
問答無用で放たれた見えざる衝撃波が標的を叩く。マネキンの五体がバラバラとなった。
しかし球体間接を鳴らした不気味な物音が続く。周囲に似たシルエットが蠢いていた。
おびただしい数を誇る人型のゴーレムが二人を取り囲む。
さながら群がる虫の侵攻の様相におぞましさで言葉を失ったリゼ。盾になるようにウィズウッドが立ちはだかる。
「オイ、聞こえるか。これ以上の狼藉は許さん。引かねば相応の反撃もいとわぬぞ」
警告を無視して数体が躍り掛かる。手足で地面を這い、獣のように俊敏な動きだった。
こちらの身体をそのまま引き裂こうと言わんばかりに無機質な魔手が伸びる。
折り重なるようにして集まった彼等だったが、
「ほぅ、それが答えとな。よく分かった」
腕の一振りによって、それらは路上に吹き飛ばされて四散した。
彼の背にはためく黒きマントが現れている。鎧も装着していた。
制服からいつのまにやら魔王としての衣装に換装されており、完全な戦闘態勢に臨む。
「ならば覚悟せよ、余を敵に回したことを。城山トール」




