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新たな目標へ



 出口へ戻ると、ニーナとウィズウッドが出迎えていた。片や感極まった様子で駆け寄り、片や仏頂面で腕を組んでいる。

「リゼちゃん、おめでとう! 本当に凄かった!」

「荒削りであったが及第点をくれてやろう。光栄に思うがよい」



 返事は返ってこない。沈黙したまま、フィールド内から立ち去った時と同じ険しい表情で固まっている。

「どうした? 勝利を手にしていながら浮かない顔をしているぞ」

「リゼちゃん、怪我でもしたの? 大丈夫? 何処か具合でも悪い?」


 心配の声で緊張が切れたのか、リゼは徐々に目を潤ませる。

「う……うぅ、うぇぇ」

「お、オイ、何故泣く? 負けてはいないのだぞ?」



 両手を覆って嗚咽を漏らすのを前に魔王は動揺した。喜んだり勝ち誇ったりするのを想像していたのに真逆の反応だ。

 ニーナは察してか、すかさず彼女を抱擁した。そして優しい声で語り掛ける。


「そうね、今までずっと、我慢していたものね……近くにいた筈なのに、なにもしてあげられずごめんなさい。貴女は本当に頑張ったわ」

「お、お姉、ちゃぁん」

 リゼはすがりついてわんわんと泣き出してしまった。


 喘ぐように心中を吐露する。腹が立ったし悔しかったが、それ以上にやるせなくて、悲しかったのだと。

 悪意に無理やり起こした怒りをぶつけて、精一杯の気丈な態度で応戦した裏側。それが今になって表に出てきているのだ。


 おそらくウィズウッドには共感しえないことではあるが、今までのリゼが置かれた校内での立場は孤独で目の敵にされるのが当然で、初めてそれらに反旗をひるがえしたのだ。相手が傷つくことに──身から出た錆とはいえ──身につまされる想いもあったかもしれない。

 嫌な相手を打ち破って喜びを噛みしめられるのなら、元からこんなことにはなるまで我慢なんてしていなかったのだ。



 見返してやるように導けば救われる。そんな簡単な話ではない。そうした環境に逆らうということは、それだけなにかが磨耗し消耗するのだ。



 魔王はただ眺めていた。顔が俯いていることになにも言わなかった。

 ひとしきりの感情の洗濯を終え、落ち着きを取り戻し始めたところで彼は切り出す。

「決めたぞ、リゼよ」

「なに、を?」鼻をすすりながら彼女は聞き返す。 

「おぬしがそうして心憂う涙を流さぬように、野心を与えるのだ」

「どういうこと、でしょうか?」

 こちらに向き直ったニーナも詳細を求めた。


「ただの優秀なウォーロックでは終わらすまい。魔戦興行(ウォーゲーム)の頂点に立たせてやる。さすればあざ笑う者こそ分不相応になろう」

 場が固まっているのに、ウィズウッドは演説を続ける。


「調べによれば競技は上を目指すに当たってチームを作らねばならぬそうだな。五人ほどの編成であるなら、余が加わってもいささか問題あるまい。ニルヴァーナは……教員の身では難しいのだな」

「は、はい。あしからずご容赦を。すると最低でも残りの三人は……?」

「見つけ出せばよい。この学校にもまだまだ逸材が紛れていよう。生半可な腕や志を持つ輩では無意味であろうな。それもまた見極めねば」


 先ほどまでの悲哀が吹き飛ぶほど、リゼは戸惑った。


「流石に、無理だよ、そんなの」

「余が、いてもか? このウィズウッド・リベリオンが手塩にかけると申しておるのに?」

「えっ、まぁ、なにか凄い説得力はありそうだけど……」

「なれば話は早い。残るはおぬしの意思を表明するだけだ」

「あたしの、意思……」

「そう。あやつらはこの程度では懲りもしないだろう。それでも現状に手をこまねいて、これからも何事もなかったように不条理に身を置くか。それとも人間と魔族の威信を賭けた勝負に明け暮れるかである」

 未だに握りしめていたボロボロの杖『スィドラ』を指し、ウィズウッドは答えを求めた。


「おぬしの歩みは此処で満足か? それとも……」

「あたしは……」


 泣き腫らした目が毅然とした眼差しに変わり、

「もっと強くなりたい。生まれを馬鹿にされてもなんにも言い返せない、そんなみじめな日々を過ごしたくない。だから……!」

 現状を、自分を変えたいと本音を告白する。

 その言葉を聞いた魔王は「そうだ。此処からだ、おぬしの反逆は」と強く頷いた。




「今の見ていたかい、レティ」

『ええ言われなくとも。自業自得とはいえ二人の縮毛も治して差し上げませんと。タダとは言いませんけれども』

「そっちじゃなくて、彼女の方だよ」

『……褒め称えたり致しませんわよ?』

「でもきちんと認めないとね。どうやら新たなライバルが誕生したようだ。君もうかうかしていられないんじゃないかな」

『むしろ遅いくらいですわ。競い合うと誓っておいて、どれだけ人を待たせれば気が済むのかしら』



 堀門ギルバートが持つ携帯魔鏡(ミラーズホン)の通話で投影された星村レティシアであったが、気が付くとソファから立ち上がって腕を組んでいた。

『あれほどの実力を持っていたのなら最初から発揮なさっていれば彼女自身もこんな苦労はしなかったというのに。今までなにをやっていらしたの』

 思わずギルバートは軽く吹き出した。すぐさま咎めるような横目の視線が飛んだ。


『なにか?』

「なんだかんだ言って、心配してたんだね。仲直りしたら?」

『急に訳の分からないことを』

「手を汚すことは周り回って自分達の品位を落とすことにつながるから、そんな真似はするなっていつも釘を刺しているそうじゃないか。我が校が誇る最大派閥のボスは言うことが違うね」

『……何処でお聞きになりまして?』

「ちょっとお茶の誘いをしたら君を慕う女の子達から色々聞けたよ。それでこれはボクの推論なんだけど、君はそうやってあの子の最低限の尊厳を守って──」

『お黙りなさい。もう切りますわ、こきげんよう』


 映像が消え、独りになったギルバートは渡り廊下の上で騒然とする校庭を見下ろしながら呟く。



「追いついてくるのを楽しみにしているよ、二人とも」

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