魔王の天敵
臨時で開かれた職員会議を終えても未だに頭を抱えるニーナは、呻きながらフラフラと廊下に出る。
ウィズウッドの布告に反感を抱いたのは生徒だけではない。職員達もかなりおかんむりであった。
「教育を受けるべき者の態度ではない」に「明らかに現代社会には不適合だ」やら「我が校の生徒に悪影響を及ぼすのではないか」と彼を受け入れる方向に異を唱えつつあった。どうにかその場は収まったが、何処まで抑えていられるかは定かではない。
とにかく校長のフォローはありがたかった。「何分同年代のいない田舎の村から越してきたばかりで世間の世情には疎いもので張り切ってしまったのだろう」と結論付ける。
アテがなかったとはいえこの学園に押しつける形となってしまい頭が上がらない想いだが、むしろ当人としては庇ってでも引き入れたいという旨を密かに教えてくれた。
陛下の性格や器を考慮して釘を刺すべきだったと、彼女は自ら至らなかった部分を反省する。
いや、あの御方はたとえ諫めるようにお願いしてもきっと自らの掲げる信念を通すだろう。
「だからこそ陛下であらせられるのですが、ね」
すこぶる不利な立場から始まり先行きが怪しまれるというのに、彼女は楽しげな呟きを漏らす。
大丈夫。きっとこれくらいのことなんとかなる。無知で非力で無力だったあの頃とは違う。必ずやお役に立ち、支えになればいいと自分に言い聞かせた。
『清水先生、清水先生、お通話が入っております。すぐにお戻りください』
「……誰だろ?」
すると校内放送で呼び出しがかかり、授業の前にそちらへ赴いた。
通話用の魔鏡が設置された部屋に入るなり、ニーナの前には既に人物の投影された立体映像が待ちかねていた。
『お久しぶりですね、清水ニーナ』
椅子にちょこんと座っていたのは、一回り小さな少女だった。
だが、何故か胴から上は影に隠れて素顔が認識できない。意図的に素性を隠すような形でコンタクトをとって来ている。
そんな相手の正体を知っていてかニーナの目は驚きで見開かれ、切羽詰まった様子で扉を強く閉めた。つまみの施錠もかける。
あまり人の目についてはいけない状況だ。
「マス、ター!? どうして学校からご連絡を!?」
『少々確認したい一件がありましてね、貴女は携帯魔鏡を所有していないものですからこちらにお繋ぎしました』
「し、しかしそれでは私達の関係性が……!」
『ご挨拶ですね。その点は抜かりなく。貴重人類保護組織の定期報告という名目で手下にアポを取らせましたから。飼い主として替わったのは今しがたのところですよ』
そこでハッとした様子でニーナは背筋を正した。
「え、えー本日はお日柄もよくー」
『そういった月並みのやりとりを交わす間柄ではないでしょう?』
「ははーっ」
『誰が跪けと言った』
それよりも、と幼そうな声音でありながら至極冷淡な口調で話を切り出す。
『貴女の周辺で此処最近変わったことがないかお訊ねしたいのですが』
「えっ」
『なんでも構いませんよ。これまで接点のなかった相手から接触があったとか、なにか気になるような出来事があったのなら話してください』
唐突な質問に心臓が跳ねる。冷や汗も背筋に流れた。
まずい、と反射的に葛藤が浮かんだ。考えられるのは魔王ウィズウッド・リベリオンについて。
陛下の存在を知れたらどうなるかなんて分かり切っている。
よりにもよって、この人物に悟られるのはまずい。
この人は他ならぬあの方の天敵だ。
野放しであったからと言って少し楽観的になり過ぎたか? 一緒に行動しているところを何処かで見られ、怪しまれたのか? だからわざわざこの学校に直接連絡をしてきたのだとすれば……
嫌な想像が脳裏を駆けめぐる。だが、まだ断定したわけじゃない。リゼや彼という魔族の教え子といるだけならば、事情を知らない外部からは脅威として認知はされない筈。
少なくとも、こういう問いかけが来た以上は「敵」として排除が決まっている訳ではないだろう。
つまりこの場での返答次第だ。慎重に言葉を選ばなくてはならない。
喉がつかえそうになりながら、平静さを保つことに意識を総動員してぎくしゃくしそうな顎を動かす。
「……特に心当たりは。なにか思わしくない事態がありました?」
『ただの確認ですよ、お気になさらず。そちらがなにも与り知らないことが分かれば結構。こちらも長らく、放置するのも如何なものかと考えた次第ですから。貴女には引き続き都市内での自由な行動を許可しますよ』
「ありがとう、ございます」
意外にもあっさりと引く姿勢を見せた。
ただし、と通話の相手は言い添える。
『くれぐれも悪い虫には気をつけてください。近頃世間も物騒なことがあるようで、巻き込まれる可能性は皆無とは言えませんからね』
忠告と社交辞令のような謳い文句と共に通信は切られた。
緊張感から解放されニーナは脱力する。動悸がなかなか収まらない。
要領を得ない質問と定期的な顔見せ。それらが意味するものを彼女には知る術がない。
しかしわざわざ尋ねるということは、自分かあるいはその周りに関わるなにかが水面下で動いていると見ていいだろう。
ともかく、口振りからして陛下のことに目を付けているという様子ではなかった。それだけが分かれば十分だ。
今後は気取られないように一層注意をしていかなくては。
そう結論付けながら少し時間をおいて部屋を出る。
するとバッタリと冷めやらぬ頃合いで魔族コンビと遭遇した。
「あ……へい──森野くん、田中さん」
「せんせぇ、どうしよぉ」
「ど、どうしたの? 揉め事?」
相変わらず仏頂面であるウィズウッドとその隣での暗い表情を見せるリゼを見て、すぐにこっちにもトラブルがあったのだとニーナは察する。
「……実はさっき、星村の派閥と口論になって」
「うむ、放課後試合をすることになった。リゼが出る」
「あの、話が、読めません」
「魔族の威信をかけた決闘だ」
彼の淡々とした報告にリゼとニーナは同時に両手で顔を覆う。
「……なんでこう」
「なるのぉお」
そんな弱々しい呟きが午前中から廊下で空疎に広がる。




