校舎の裏で
「馬鹿なの馬鹿じゃないのバカでしょバカなんでしょ!」
「フン」
「フンじゃなくて! してやったみたいな顔するところじゃないよ!?」
校舎裏に呼び出したリゼのなじる言葉を右から左へ流し、ウィズウッドは鼻を鳴らした。
「挨拶は重要だとおぬしも申していたであろう」
「挨拶はしろとは言ったけどあんな宣言しろとは一言も言ってないから! なんであんなことハッキリ口にしちゃうの!? しかも全校生徒の前で! ありえない! 信じらんない!」
怒りと羞恥のどちらなのか分からないが顔を真っ赤にしている。
実際、同じクラスとして彼が教室に入った際の空気は身内と見なされた彼女にとって針のむしろさながらであった。
なのに当人はまるで気にした様子もないことが、俄然言い分に熱が入っているのは間違いない。
「アンタの頭の中には『は』から始まって『じ』で終わるものなんてないんでしょうけれど! 加減しなさいよ!」
「それくらいの知識は持ち合わせておるわ。昨夜もテレビでやっておったぞ」
「は? なに、教育テレビでもやってたの?」
「空中大ブランコをする少女が確か『ハ』と『ジ』も含まれている名であったぞ」
「それアルプスの少女じゃん!」
「ちなみに絵空の中とはいえ、あの映像は実に美味なる印象を与えて感服した」
「どうせパンとチーズねハイ、でもそんなことは別に……!」
「子ヤギが」
「この外道、いや魔王!」
コントにもなりつつあるほど空回りする問答の中、魔王は結論を切り出す。
「なるべくしてなったというまで。若輩者という体で顔合わせをするつもりなど毛頭ないわ」
「だからってこっちから啖呵切る必要ないんじゃないの?」
「外交する上で肝心なのは初見で侮られぬようにすることだ。それを怠れば格下の印象を塗り替えられ、付け入られる隙を作り兼ねん」
前時代的な思想を矯正できていないのは無理もないのだが、リゼから見れば不容易に反抗的な姿勢を見せるのは目に余るものだった。
しかし言い換えれば彼女の指針は単に常識的な範疇か否かというだけで文句を言っているわけではない。
「よほど人間どもの不興が恐ろしいか?」
それを言い当てられてか、彼女は怯む反応を見せた。
「……誰だって喜んで嫌われたりしないよ、当たり前じゃん。ましてや魔族ってだけで嫌われることもあるのに」
「努力すべき指針をはき違えるな。おぬしは顔色を窺う為に生きておるのか?」
「ち、違うけれど……」
言いよどみながらも納得していなさそうな様子を見せるリゼに対してウィズウッドは言い加えようとしたが、人の気配を感じて口を閉ざした。
本来は立ち入りの少ない校舎裏に近づく複数の足音。
「あら田中リゼ、こんなところでこそこそとなにをしてるのかしら」
「ちょっと、よからぬことでも企んでるの?」
「今度は誰を狙うつもり?」
星村レティシアの取り巻きと思わしき女子生徒達が、ウィズウッドとリゼの前に立ちはだかる。それも三人。
先日の決闘騒ぎによって派閥に目の敵にされるのは自明の理。以前彼女が危惧していたことが実際に起きている。
「その転入生、アンタの身内だったのね」
「転入早々あんな真似をして何処まで世間知らずなのかしら」
「知らなかったわ。魔族二人で革命ごっこをしようと考えていたなんて」
「今朝だってギルバート様にお声掛けされて調子に乗っているんじゃない?」
騒動にかこつけた牽制であることは火を見るよりも明らかだった。
種族の違いと言うだけで蔑まれ、孤立する彼女であるからこそ言いたい放題なのだ。
「ハッキリ言って目障り。身の程を知りなさい」
「……」
「黙っていないでなんとか言いなさいよ。調子に乗ってすいませんでしたとか」
リゼはそういった糾弾にだんまりを決め込んだ。刃向かわずに嵐が過ぎるのを待つのが彼女の処世術。
それは常日頃から悪意に晒されて泣く泣く逃げの姿勢を見せるようになった証左でもあった。
魔王は思った。やはり人の思想というものを変えるのは容易ではない。
示す必要がある。もっと鮮烈な事実を公の前で見せつけなくては。
「オイ女子ども。身の程知らずとはぬかしおる。どうもおぬしらは傲り高ぶることに慣れているようだな」
「は、なに? 星村様にまぐれで勝ったぐらいでいい気にならないで」
「ではまた余と対峙するか? 星村とやらと練習の場に赴いていたことを鑑みるに、魔戦興行を嗜んでいるのであろう。であればそれで白黒をつけてやろうではないか。なに、三人同時でも構わぬ。まぐれかどうかはその身で経験するとよい」
ルールはDランクのデュエル方式。しかし反則とも言える三対一での試合と破格の条件を提示した。
しかし譲歩した上での挑発でさえも、あちらはたまらず言葉を呑んだ。そこまで実力差が分からない訳ではないらしい。
なんせ取り巻いていた星村レティシアが校内でも有数の実力者であり、女子の最大派閥に立つ存在。そんな最大カーストを打ち破った相手に挑める度胸があるなら彼女達が腰巾着という地位に甘んじていたりしないだろう。
「それに、アフロの仕上げ方を覚えたのでな。次なる実験台にちょうどよい」
「ヒッ」
冗談のつもりで口にしたが女生徒らは一斉に頭を庇った。よほどショッキングらしい。
だが挑発はそこで打ち切る。強気に出てこないところを煽るのは簡単だが、それでは根本的な解決にはなりえない。
「まだ条件として不満か。いいだろう、戦う相手が余でないのならどうだ」
提案する彼以外の聞いた者が困惑する。その意図を告げた。
「代行として余の弟子が相手をする。無論、三人同時でな」
「弟子ってまさか……!」
「代わりにおぬしが試合に出よ、リゼ」
落雷でも落ちたかのようにショックを受けた当人があんぐりと口を開けるのをよそに、ウィズウッドはまず校内で目に見えた障害を取り除くことを考えていた。
我に返り無理だと即答されるよりも早く言い加えた。
「これしきのこと遠慮するまでもない。己の価値は己で見出すものだ。見せてやれ、リゼ」




