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編入と布告


 ノックの音が響いた。


「入れ」

 許しを得てウィズウッドに貸し与えられた部屋にニーナが入室する。

「失礼いたします。ご準備如何ですか」

「仔細ない。しかし窮屈なものだ、制服というのは」



 言って袖を通したおろしたての制服に目をやりながら彼は応じる。

 今日から魔王はリゼと同じ生徒として春休みの開けたプレアデス高校に通うこととなる。身の上を世間から隠し、世の中に順応する為に。




「ネクタイの締め方もきちんと覚えられましたね。とてもお似合いですよ」

 息子の晴れ姿でも見るように微笑みながらエルフの部下は言った。


「世辞はよい。それよりも登壇して述べるべき口上は本当に簡素なものでよいのだな?」

「ええ。自己紹介でもしてくだされば構いません。言葉少なげであればボロも出にくいでしょう」

 どういう意味だ? 首を傾げていると同じ制服姿の少女が顔を出す。



「先生そろそろ時間でしょ? 学校まではあたしがウィドをみるから」

「そうねお願い。ではお先に行って参ります」

「うむ」



 ニーナが発ってから少しばかり時間が経ち、玄関口に出たリゼが振り返った。

「最後の確認ね? まずアンタが大昔に封印された魔王だってことは皆には内緒だってこと忘れてないよね?」

「封印されてはおらぬ。長らく眠っていただけのこと」

「どっちでもいいよそんなの。で、これまで以上に他の人と触れ合う機会が多くなるからより一層振る舞いにも気をつけて貰わないと」

「承知の上だ。善処する」

「あと分からないことがあってもニーナ先生のところまで聞きに行ったりしちゃダメだよ。此処じゃアンタの忠実なしもべとして動くわけにはいかないから」

「さすがにくどいぞ。みなまで言わずともよい」

「本当に分かったのかな……」


 不安な先行きを案じるリゼをよそにウィズウッドは「ではそろそろ向かうとしよう」となんの躊躇もなく家を出た。



 徒歩で十五分。

 プレアデス高校は以前彼が足を運んだ時よりも当たり前のことではあるが生徒達の登校でにぎわっていた。

 殆どが人間で占めているが、獣人やトカゲの頭部を持った者など異種族も混じっている。同じ魔族と思わしき生徒もちらほらと見かけた。



「ほう、こやつら全員が学童とな」

「だいたい三百人くらいが通っている。この中に混ざるんだから何度も言うけど悪目立ちはやめてよね」

「余の耳にタコを作りたいのか」

「それ! 『余』! 今時そんな言い方をする人いないの。俺とか僕にしなさい」

「これは矜持だ。生憎そこまで折れるわけにはいかぬ」

「アンタねー……」


 ジト目で咎める内に傍目で黄色い声があがる。

 女子生徒に取り囲まれて優雅に校門を通る一人の容姿端麗な金髪美少年が現れた。


 ウィズウッドも面識のある男子生徒は、彼女らへすれ違い様に挨拶を済ましながらこちらへやってくる。

「おはよう森野くん」

「堀門ギルバート」

「先輩をつけて欲しいな。今日から同じ学び舎の生徒になるんだね。あらためてよろしく」

 握手を求めるように手を差し伸べる向こうに、ウィズウッドは固まった。


「……」

「言っておくが他意はないよ他意は」ひそひそ声でほんの少し強めに釘を刺す彼の言葉で、ようやく応じる。

 そんな光景に周囲からひそひそと言葉が飛び交う。



「転入生?」「アイツだよ試合で星村に勝った魔族の奴」「ギルバート様と知り合い?」「噂じゃ田中の親戚だって」「道理で愛想がない」

 好奇と不審が半々といった衆目の感情と視線を浴びて、ウィズウッドは実感する。どちらにせよ歓迎はされていない。

 だが、有象無象の雑音はウィズウッドにとって関心の外であった。



「なにやら此処ではおぬしも羨望の的であるようだな。リゼも見惚れておる」

「えっ? あっいや……」

 指摘を受け彼女の顔が熱を帯びる。ギルバートは苦笑した。


「心当たりがあるとすれば魔戦興行(ウォーゲーム)での功績かな」

「そ、そう先輩は凄いんだよ。大人のチームにも参加して大活躍している選手なんだから……!」

 自他共に認める実力者であると。




「森野くんは田中くんと同じウォーロックタイプだよね」

「如何にも──」

「は、はいっ。そうなんです」

「おい何故おぬしが応える」

 口を挟まれて抗議するもリゼはそれどころではない。



「フリーなのかい? 既に何処かに入るチームのアテは」

「いえ、まだチームも組んでいなくて、知っていると思いますが落ちこぼれですから」

 もじもじと初々しい所作で受け答える。今までそんな様子を微塵も見せなかっただろう、とウィズウッドが言ってやりたくなるほど態度が違う。キャラが違う。


「でも此処最近の練習で手応えを掴めていい感じなんです。もしかしたらみんなに追いつけるかも……!」

「それは楽しみだ。レティもきっとそう思っているよ」

「え? 星村が?」

「きっと認めないだろうけれどね。今日はまだ休んでいるから言い放題だよ、間に合わなかったってさ」

 試合で金髪のドリルヘアーをアフロにしたことが脳裏によぎる。もしかするとそれが原因か。



「じゃあそろそろ失礼する。二人ともまた後で」

 言ってギルバートは校舎の中へ入っていく。まもなく魔王は息をついた。


「どうも気取った若造だ」

「またそういうこと言う。魔族であるあたし達にも偏見を持たない優しい先輩だよ?」

「であっても相容れぬな……生理的に」

「はぁ?」


 などと問答をしている内に予鈴を告げるチャイムが響き渡った。


「此処からは別行動になるから。アンタは職員室に向かいなさい。道に迷わないでよね」

「余を誰と心得る」



 子守のように扱われるのが心外だったのか鼻を鳴らし、魔王は単身別の玄関口へと赴く。

 そこで待っていたのは面識のある校長もとい海老沼アレスターが出迎えた。フクロウに似た顔立ちがほっこりとしている。



「おはよう森野くん」

「アレスター殿、これより世話になる」

「その芝居がかった振る舞い通すつもりなんだね。まぁいいけれど、今日からウチの生徒として学業に励みたまえ。ただの編入生としてではなく、君には活躍に期待しているからね」

「心得た」

「では行こう。始業式が始まる」



 それから間もなく体育館に生徒が集められ、

「はいみなさん、おはようございます。春休みも終わり今日から新学期が始まります。如何お過ごしでしたかな?」

 恒例なのか校長がまずゆったりと語り始め、数分に渡って勤勉に励むことや将来への目標を持つ大切さを説いていた。



「さて、それでは最後に我が校に新たな生徒が加わることなりました。そのご挨拶を此処で……森野くん」


 ざわつきが起こる。


 呼び出しを受け、衆目が集まる中で堂々とウィズウッドは登壇する。

 隅に並ぶ教員に混じりニーナが穏やかに目を閉じて面持ちを傾ける。密かに敬服の意を表していた。

 加えて列になって並ぶ生徒達を見下ろすとリゼの落ち着かない姿も見つける。なにかしでかすのではないかとハラハラしているようだった。



「今日より君達と同じ学び舎の仲間となる森野ウィドくん。さぁ皆の前で一言」

 マイクの前に立ち、一呼吸を置いた。

 演説は求められていないことは理解している。


「森野ウィドである。以後お見知り置きを願う」

「はい、ありがとう……」

「そして宣言する。この学び舎へ門を叩いたのは社会を学ぶ為だけではない」


 切り上げようとした校長の口を挟んだ。えっ、と戸惑う彼と周囲をよそに手短に語り出す。



「見てくれの通り魔族の生まれである。同胞が不条理な思想によって蔑まれている光景を日が浅くとも幾度となく目の当たりにした。看過できぬ事態だ。よって此処で真価を知らしめ、劣等などという下らぬ印象を払拭することから始めるとする」

「ちょ、ちょっと森野くん!?」

「もしも鼻で笑い戯言と侮るならば、いずれ目に物を見せてくれると約束しよう」

 それは受け取る物によっては宣戦布告と見なすだろう。



 ウィズウッドの発言は反響を呼んだ。当然悪い意味で。

 ハァ!? と思わず声に出す者。意図が分からず難色を示す者。大胆な発言に盛り上がる者。

 まともに受け取った者は、目に映る中では確認できない。



 ただその中には卒倒しそうになるニーナと目頭を抑えて固まるリゼがいる。彼女たちの反応をよそに、ウィズウッドは見えないながらもハッキリとそこにいる()と向き合った。

(余は逃げぬぞ、今こうしてのさばる思想の怪物どもから)

 校長にやんわりと降壇を促され、少しの間睥睨しながらもその場を後にする。

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