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リゼの鍛練



 時は変わって正午過ぎ、日課である練習から帰宅する三人の女生徒の姿があった。星村レティシアの取り巻き達である。

「星村様……今日はお休みになられていましたが、まだお加減が優れないの?」

「あの魔族の男にやられてから、お家に籠られて外出できないのだとか」

「きっと身も心も傷付けられたのですね。許せません」

「……あ、アレは」


 歩道でそんな恨み言を交わす彼女達は、ちょうど噂の対象の姿を目撃する。

 反対側を歩く森野ウィドと田中リゼ。話し込んでいる様子でこちらに気付いていない。

 その行く先はどうやら運動場へと向かっているようだった。宣言通り学校ではなく、市営の練習場所を借りるらしい。


「魔族だけで出歩いて、不吉だわ」

「一体なにを企んでいるのかしら。あれだけ騒ぎを起こしたら気まずくて校内で練習できないのでしょうけれど」

「だとしても傍から見たらこんな昼間からうろついてるみたいで怪しいわ。でしたら」



 言って携帯魔鏡(ミラーズホン)を取り出す。

「不審な行為を見掛けた際に果たすべき、市民の義務があるわね」

 善意とは程遠い、意趣返しを目論んでいた。



 そんな出来事を露知らず、無人のグラウンドで二人は特訓を始めていた。

 杖を持ったリゼがウィズウッドと向かい合って尋ねる。

「それで、なにから始めればいい?」

「ではおぬしができうる全てを今ここで披露するがよい」

「あたしが使える魔法を?」

「測らねば最良の筋道を立てられぬ。実力が如何ほどか余に見せてみよ」



 彼に促され、意を決した彼女は杖を横合いに構えた。

「赤の一階、【ファイア・ボール】」

 唱えられたのは彼女が練習していた時と同じ火球の魔法。

 だが噴き出る炎は風前の灯火のように弱々しい。魔法としても不完全であるのは明白だった。


「次だ」

「緑の一階、【ウィンド・カッター】!」

 本来であれば目にも止まらぬ早さで疾風が走り、対象を鋭利に切り裂く魔法だ。

 だが、出たものはほんの僅かに強まった風が放射状に伸びた程度のものだ。もはや攻撃とは呼べない。

 チラッと振り返ってウィズウッドの目と一瞬合った彼女は、なにかを言われる前に慌てた様子で次の魔法の実演に移る。



「き、金の一階! 【スパーク・ダガー】!」

 次いで手の中に納まるほどに小さな短剣状の放電が飛び出す。しかし勢いはなく、ヒョロヒョロと少し飛んで消失した。


「……」

「分かってるよお話にならないのは! でもね一応真面目にやっているんだから! 真顔で黙っていられると笑われるよりキツイんですけど!?」

 沈黙に耐えかねてかリゼは顔を赤くして弁解していた。



「まぁ実情はよく分かった。目も当てられぬな」

「うっさい!」

 そして魔王はそれを目の当たりにして腑に落ちなかった点を分析する。

 聞いた話によればリゼは生徒の中でも高い魔力量を内包している。強い出力が見込める筈なのにこの弱さは明らかにおかしい。彼女に問題があるとすれば、考えられるのは……



「おいリゼ、その杖を一度見せてみろ」

「いいけどなんで? 店で見て貰っても異常なかったみたいだし、アンタもちゃんと使いこなせるでしょ?」

 手渡しながら、魔族の少女は問いかける。


「こうするのだ」

 傷だらけなそれをウィズウッドが握りしめるなり、突如として白煙がもうもうと立ち昇る。明らかな異変が起きていた。


「へ? あ、あああああああああああああああ! なにしてんのォおおおおおおおおお!?」

 事態を理解できずに一拍間を置いた彼女が裏返るほどの声をあげて詰め寄る。

 だが魔王は悪びれもせず答えた。



「中を少し焼いただけだ。支障はない」

「余計意味が分からないんだけど!?」

「今一度これで試せ」

 有無を言わさず突っ返す。リゼは慎重に杖を確認する。


「……こ、壊れてたら弁償じゃ済まないからね」

「御託はいらん、早く使え」

 渋々杖を振るう。



 違いは明確だった。詠唱を行わずして炎が生じてぼうぼうと空気が唸る。

 今までになく大きな火球が目と鼻の先に現れたのだ。

「きゃっ」

 当人としては軽く出せればと念じた程度の所作であったのだろう。驚いた様子で顔を庇う。

 ウィズウッドがすかさず杖を振り、巻き起こした風で吹き消した。


「なに、コレ……それほど強く流したつもりないのに、こんなにも大きな【ファイア・ボール】が……!」

「正確には【ファイア・ボール】ではない……やはり、そういうことであったか」

「一人で自己完結してないでなにをしたのか教えて。今のはなんだったの?」


 リゼの追及に魔王は答える。

「アレは【焔玉フォボス】と当時は呼ばれていた。すなわち、魔術だ」


 指摘に「えっ」とリゼは戸惑いを見せた。

「既存の組み込まれた杖の魔法を形成する回路を焼き切った。これで余が知る魔力の受信具に過ぎない元来の杖になった。ことが上手くいったのはおぬしにとって枷でしかなかったからであろう」

「ごめん、あの、話が読めない。枷ってどういうこと?」

「リゼよ、おぬしは以前より魔術を習っているようだな? シジルを持っておる」

「シジルって?」

「シジルとは魔導士の極致にして集大成。会得した魔術の手順を印章化したもの。魔導に卓越した者が各々の得意とするそれを洗練して扱う為に編み出すのだ。平たく言えば魔術を発動するにあたって最効率で省略する独自の計算式のようなものだ」


 未知の情報である為か、説明を聞いてもリゼは目を瞬かせるだけだ。



「そんなものあたし知らない……」

「では、これに見覚えはないか? 構成される図形には意味がある。円となる陣は魔力を現実化させる上での通り道、そして内部の魔法字(ルーン)は各々の特性に変質させる暗号だ」



 言って魔王は自身の杖で地面目掛けて空を切る。すると土が赤く焦げ付き、円を描いてその中で不規則な記号や記号が書き足されていく。

 その正体は魔術を行う際にも用いられた魔法字という太古の文字である。発祥は世界樹の幹に刻まれていたものであったなど、当時からあまり分かっていない。 ともかく本来であればこうして準備が必要なのだが、実戦では当然そんな猶予はない。

 故に魔術を扱う者達は頭の中でそれらを思い描き、組み合わせて発動させていく。


 実演として杖を中心に突きつけると地面から焚火が起こった。渦巻いて火球となり、そして消える。



「おぬしもこの類の印章を存じているということだ。でなくては魔術など発動しまい。本来シジルはこの基礎を学んだ上での段階なのだが、逆であったな。無意識であろうが、おぬしは元より魔術の応用を以て魔法を扱おうとしていたのだ。だが、それが災いして杖と反発を起こし、不完全な魔法しか生まれなかった」

【ファイア・ボール】の練習を目の当たりにしたことを思い返す。

 不自然に杖先から火花が起きていたのは、彼女自身が発動しようとしていた魔術と杖の機能が重なってうまく噛み合っていなかったというなによりの証拠。



「何処で学んだ? 独学では知り得ぬ筈」

「……おまじない」


 これには思い当たる節があったようで、リゼは呟く。

「昔、おばあちゃんにこういう図を見せられたことがある。優秀なウォーロックになれるようにいくつか覚えておきなさい、だって。だから魔法を使おうとしているといつも頭の片隅でこの図が浮かんでくるの。一種の精神統一みたいなおまじないくらいに考えていだけど、皆はそういうことやってないみたいで、意味ないと思ってた」

「まさにシジルが脳裏に焼き付けられた証拠だ。そうか、高名な魔戦興行(ウォーゲーム)の選手であったという者だな。なるほど」

「……それにしても、こんな楽に出るなんて、今までが嘘みたい。ちょっともう一回出す!」

 もしもそんな人物から既に基礎を叩き込まれていたのなら、ある程度の得心がいく。



 つまり、この時代でも魔術の域にまで達する者がいまだに残っているということだ。

(魔術を習得しているニルヴァーナと同様その技術を世間に隠匿し、一部は後世の密かに伝来させているのだな)

 だとしても、引っ掛かる点があった。その教鞭でどうしてこのような歪な成長を招いてしまったのだろう。シジルは得意分野の魔術に合わせて独自に構築される。基礎を知らない素人が真似をするものではない。

 師としての未熟さか、なんらかの作為があったのか。


 それとも、彼女の腕を矯正する前に他界してしまったのかもしれない。しかし故人はもう語ることはなく、憶測だけで判断しようがなかった。



 思考に没頭して俯く魔王をよそにリゼが子供のように火柱を出していた。

「おい、リゼ」

「ファーイアぁああああああああ! もう一回、ファーイアぁボォォルゥ!」

「おい、それは【ファイア・ボール】ではなく……」

「燃えろ燃えろー!」



 はしゃぐリゼにはこちらの言葉が届いていない。普段は落ち着き払って斜に構えるようなキャラであったのに、一転して騒がしい。

「聞け愚か者」

「ぶわっ!? いきなりなにすんの!? 暴力反対!」

 後ろから頭をひっぱたかれた彼女はさすがにこちらへ意識を向ける。



「話の途中で遊ぶからだ」

「だってアンタも突然黙り込むから、試してみたかったんだもん」

「この程度ではしゃぐな。まだまだ星村レティシアなどに遠く及ばぬぞ」

 指摘で鉛を呑まされたように勢いが収まった。



「では、その火を自在としてみせよ。魔法に見立てなくてはならぬ」


 言われるがまま、リゼは噴き上がる火炎を動かし始めた。

 そこからはとんとん拍子で目覚ましい進歩を見せる。


 一時間も経たない内に手足の如く火を操り、火力の制御も物にしつつあった。水を得た魚のようである。


 その日の練習でウィズウッドの助言も殆ど必要もなく、彼にとっても想定以上に呑み込みが早かった。

 もとより、潜在能力はあったのだ。ただ、様々な条件が重なって不幸にも発揮できずにいた。

 そこを取っ払ってやれば、彼女の才能は開花する。この調子で行けばいずれはより高度な魔術を習得し、魔導士として破竹の勢いで成長するだろう。

 ふと、ある考えに行き付いた。


 話を切り出そうとしていると、得意となったのか無数の火の玉を宙に浮かべながらリゼは振り返る。


「ねぇ見て、こうやって一度に……」

「リゼ」

「え?」

「お主はいずれ──」



 しかし言いかけた途中で、会話を打ち切るようにサイレンが近付いてきた。



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