警備ゴーレム
滑るようにして運動場に侵入してきたのは、二体の平たい石柱のような無機質な鉄の塊だった。
それは魔物としては異質な存在。生物ではないからだ。
なによりそれらは城前やダンジョンをなどを守る為だけでなく柱や像など、外観に違和感なく配置する意図でオブジェのように象られる造形になっているのが特徴的だ。その伝統が今も受け継がれているのだろう。
ウィズウッド達の前に立ちはだかり、機械的な音声を発する。
『魔族二名ヲ確認。対象ヲ補足シマシタ』
『警告、警告、警告シマス。タダチニ武装ヲ放棄シテ指示ニ従ッテクダサイ』
「アレはゴーレムか。随分こじんまりとしたものだ」
「どうして此処に! まさか、通報された……!?」
紛れもなく警備用に都市を巡回しているゴーレムである。本来であれば無害で一般人には素通りする筈の彼等が、何故かこちらに干渉してくる。
「すいません勘違いです。此処は運動場で魔法を使っても良い筈ですし、アタシ達はただ練習で……」
『タダチニ武装ヲ放棄シテ指示ニ従ッテクダサイ』
説得しようにも相手はただ警告を繰り返す。そして重ねるようにもう一体がにじり寄った。
『指示ニ従ワナカッタ場合戦闘状態ヘト移行スル可能性ガゴザイマスタダチニ武装ヲ放棄シテクダサイ』
「どうしよう……」
「杖を手放せばよいのであろう? ひとまず敵意がないことを伝えておく」
優先して屈んだ彼が自分の杖を前にそっと置いてゴーレムを見上げる。
「これでよいか?」
だが相手はそれでも手を緩めなかった。
『警戒レベルヲ上昇シマス対テロリスト用拘束オペレーションヲ実行戦闘形態ニ移行シマス』
「え?」
石柱状の体格が変形し、カニを彷彿させる角ばった鋏と頭部にスキマが開いた。モノアイが灯り、不規則に動く。材質が鉱石や泥であった当時とは異なり、機械と鉄で構成されて進化していた。
それは、腰を降ろしたウィズウッド目掛けて前脚を振り下ろす。
「なん、で? ちょっと待っ……ウィド!」
その一撃で、硬質な音が生まれる。
目と鼻の先で張り巡らされた光の魔法陣が盾となり、攻撃を阻む。
手持ち無沙汰のまま動かずに発動させた【魔障壁】の向こう側で、魔王はゴーレムをねめつけた。
「どういうことだ。抵抗の意思を示さぬ相手に狼藉を働くとは、作り手に責を負わせたいか」
彼の声に耳を貸さず、その防壁を砕かんと立て続けに殴りつけるゴーレム。
ゆっくりと立ち上がったウィズウッドは手をあげ、前に押し出す所作を見せた。
途端【魔障壁】が並行して動き、勢いよくゴーレムと衝突して四散する。その個体は生じた衝撃で後方へと吹き飛んだ。かなりの距離を離され、それなりに重量があるのか地面を削って転倒する。
「……暴走したのか。リゼよ、この木偶人形に手を出しても構わぬか?」
「どっちにしても壊しちゃダメだよ!?」
「うむ、それなら……」
「あ! 危な──」
もう一体が彼に躍りかかっているのをリゼは強く警告する。だが、ウィズウッドはひょいと身体を下げた。不穏な音が頭上を掠める。
「【多重・魔障壁】」
すかさず拾い上げた杖をリゼ目掛けて差し向ける。
唱えた途端離れた彼女の周囲に【魔障壁】が現れ、取り囲んだ。巻き添えを避ける為の処置だ。
内側では彼女がはりつくようにして身を乗り出していた。
「ありがたいけど一人で大丈夫!?」
「侮るな、まったく余を誰だと──」
「来てる来てる!」
二撃目を見舞うゴーレムの腕をするりと抜け身軽に跳躍。余裕を見せてか、「そこで見ておれ」と彼女に答えた。
「傷付けぬように手心を加えてやろう。リゼ、実戦が如何なるものかその目に焼き付けよ」
この騒ぎの渦中でも彼女を鍛え上げる教本として実演するつもりのようだ。
先ほど吹き飛ばしたゴーレムが起き上がって復帰するのをしり目に、新品の杖『レーヴァ』の使い心地を確かめていた。
「さて、余の本気に耐えうるか試してみたい気もするが、いかんせん。ニルヴァーナの贈り物を粗末に扱えまい」
ボヤいている間に、ゴーレム達は接近戦闘を仕掛けず、その場で新たな様相を見せた。
モノアイが怪しく瞬いたかと思えば、中心で集めた光が一筋となって照射された。それも二体同時に。
魔王は経験から【光閃】に酷似した魔法攻撃と判断する。殺傷よりも対象を痺れさせて拘束させる効力を持つ。
ちょうどいい。動じることなく彼は次なる対応に移った。
「【南の逆風】」
口上とともに指揮棒のように赤黒き杖を軽く跳ね上げる。防御ではなく風の魔術を起こした。
すると光線は目前まで届いたかと思うと不自然に折れ曲がり、真逆の方向へと跳ね返る。相手の攻撃を反射した。
四陣の風の魔術の一つ【南の逆風】はそれ自身に攻撃力はなく、対象の力を逸らす特性を持つ。
互いの光線をそっくりそのまま受けたゴーレムは、小刻みに揺れて倒れ伏す。モノアイが光を失い、沈黙して動かなくなった。内部が機械化されているのが災いしてショートを起こしたのだろう。
戦闘から数分。ようやく周囲が静まり返る。
「なんだ、呆気ない。これでは大して見本にもならぬ」
あっという間に脅威を制圧したウィズウッドは鼻を鳴らす。
囲った障壁を解き、恐る恐るリゼも近づく。
「十分凄いけど、不味いかも……ゴーレムをやっつけたら絶対騒ぎになるし。どうしよう」
「ではこの場から消えればよい、【魔空穴】」
「消えるって―─キャァ!?」
言って魔王は自分達の足元に黒い穴を空けた。落ちるようにして転移する。
そうして移動した先はリゼの住む自宅の玄関口だった。
慣れた様子で着地するウィズウッドと対照的に、突然飛ばされてしりもちをついたリゼは悲鳴に続いて小さい呻きを漏らす。
「……い、いきなりワープさせないでよ!」
「仕方なかろう、目撃者がおらぬ内に立ち去らねばならなかった」
「その言い方だとなにか悪いことしたいみたいじゃない!?」
「おかえりなさいませ。なにやら陛下の魔力を感じたと思えば、無闇に【魔空穴】をお使いになるのはお控えなさるよう……どうかなさいましたか?」
リゼと問答をする内に、奥からニーナが顔を出す。
「戻ったぞ。急を要したのでな」
「練習中に通報を受けた警備ゴーレムたちが来て、警告に従おうとしたら問答無用で襲われたの」
「ゴーレムが……? 陛下とリゼちゃん、お怪我は!?」
「ウィドがあしらったから平気。でも先生、こんなことってある?」
一安心して胸を撫で降ろしながらも、エルフは真面目な表情で口を開いた。
「不審者として見なされたとしても、無抵抗な相手に攻撃を仕掛けるなんて例はないわ。製造者の命令に変更でもなければ普通の状態じゃあり得ない」
「それじゃあ、故障?」
「調べて貰わないとハッキリとは言えないの。そのゴーレムは今も運動場に?」
頷くと、ニーナは考え込む仕草を見せる。
「きっと現場に調べが入ると思うわ。陛下の立場を考慮されると、その場に居合わせなかったことにした方がいいかもしれない」
「もし通報されたのなら、一体誰が……あたし達、なにもしていないのに」
顔に影を落とし、震えながら唇を噛みしめる。恐怖とは違った強い葛藤を押し殺していた
彼女も薄々理解している。暴走とは別に、ゴーレム達が現れたのは第三者の連絡があったと。そして魔族二名が標的であるをゴーレムが認識していたのだ。
結びつく結論は一つ、これは魔族に対しての嫌がらせだと。
「リゼちゃん……」
「平気、通報されたのは初めてだけど、こういうの慣れているから。中に入ろう」
その場からようやく立ち上がり、靴を脱いで居間の方へと向かおうとする。
泣き寝入りが常態化しているからなのか、リゼは涙は流さない。しかしその心の内が見えないなにかによって深く鋭利に傷付けられているのが窺えた。
少なくとも、ウィズウッドにはそう見えた。
「俯くな、その度に頭が重くなるぞ」
腕を組んでおもむろに声を掛ける。意外の念に打たれてか、リゼは振り返った。
「よいか、絶望は愚か者の結論だ。この程度の妨害でなにを憂う必要がある」
「……ウィド?」
「泳がせておけばよいではないか。練習の最中での乱入を鑑みるに、余とおぬしがなにを目的として動いていたのかを把握した上で謂れのない告発をしでかした、といった落としどころが濃厚であろう。つまり無知なる第三者ではない」
「じゃあ、生徒が通報したってこと? やっぱり、この前の逆恨みで……」
「可能性としての話だがな。しかし問題はそこではない」
魔王は事態の経緯よりも、別の視点に目を向けていた。
「もう数日もすれば他の魔術も幾つか習得できよう。めげずに鍛錬を繰り返し、実力を示すことが連中を見返す近道だ。さすればいずれボロが出る。その手の輩は器が小さいながらもプライドは高いからな。追い越されることに黙っておられまい」
「でも……」
「先程言いかけたがリゼ、おぬしはいずれ自ら掲げた偉大なウォーロックになるのも夢ではない。それどころか、更なる高みを目指せるだろう。魔王が此処まで言うのだ、自信を持て。流石は余の後裔だ」
落ちこぼれと揶揄された魔族の少女を鼓舞する。言うだけ言って玄関口に向き直った。
「少し外す。調べたいことができた」
「どちらへ向かわれるのですか?」
「心配はいらぬ、日が暮れる頃には戻る。図書館へ行くだけでことを荒立てる気はない。これで人の目につかぬように飛べば通報もされぬであろう」
【魔空穴】を開き、彼は姿をくらました。




