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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第5章<カンムリ塚編>

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第91話「駆除を終えて」

「我は唄う、光よ、かの者に輝きを……眩耀(グレア)


 マキアの打ち上げた光の玉が女王蟻(クイーン)の顔に向かって飛んでいく。それが強い光を放って辺りを白く染める。俺もルミルも女王蟻(クイーン)でさえも目が眩んでしまう。何も見えない……。


「ギジャァァアアアア!!!」


 女王蟻(クイーン)の苦しむ声だけが響いている。どうなったんだ? みんなは無事なのか? 辺りには女王蟻(クイーン)の背中から落ちた兵隊蟻(ポーン)たちもいたはずだ。マキアがここにいたということは、後方ではココハが一人になっているんじゃないのか?


 俺は目が眩んで何も見えない状態で後方へ向かおうとした。その時だ。ドン……と何かが胸に飛び込んできた。それは温かくて、柔らかくて、いい匂いがした。俺はこの感触を知っている。


「ココハ……?」

「…うん!」


 そうか。マキアがココハを一人にするはずなんてない。一緒にここまで走って来たんだろう。もう休んでなくて平気なのかな? 少しずつ視界が戻ってきた。ゆっくりと白い世界が薄れていき、目の前に女の子の顔が見えた。


「ココハ」

「…見えた?」

「うん、見えた」

「…よかった」


 俺は振り返って女王蟻(クイーン)を探す。いた。まだ起き上がってはいない。というよりも、もう起き上がろうとすらしていない。


 ナナトさんの姿が見える。女王蟻(クイーン)の首元から刀を抜き取ろうとしていた。そうか……倒せたのか。あの閃光の中で目が眩むこともなく、急所の通気孔に刀を差し込んだんだ。たぶんナナトさんにはマキアが走って来ているのは見えていたんだろう。


「あれ? 兵隊蟻(ポーン)は?」


 辺りを見渡しても生存していた兵隊蟻(ポーン)の姿が見当たらない。


「…逃げて、行ったよ?」

「そうなの? 女王蟻(クイーン)を倒したからなのかな?」

「…そうだと、思う。あ……ルミル!」


 ココハがふらつくルミルを見つけて駆け寄って行く。ブレンも無事だ。ナナトさんとマキアも何か言葉を交わしている。よし、今回はみんな無事だった。


「あー! つっかれたー!」

「はははは、そ、そう……だね」

「みんな、お疲れさま。よくやったよ」

「もう全て出しきった感じね」

「…うん、もうダメかと思った」

「みんな! まだ巣穴の中だってこと忘れてない?」

 マキアに全員が注意された。


「そうだね……でも、少し休ませて?」

「マキアは本当に真面目だなー」

「ナナトさんまで……もう!」

「あはは」

「…ふふっ」

「はははは……」


 みんなが笑ってる。良かった。



 ――俺たちは巣穴の最深部でしばらく休んでいた。みんなクタクタだし、マキアとココハの魔法力を回復させたいからだ。それにまだ遮虫剤の効果が残ってるかもしれない。そうなったら通路で兵隊蟻(ポーン)と遭遇するかもしれないからだ。


女王蟻(クイーン)の素材も持って帰りたいですね」

「あとで剥ぎ取ろうか。倒したって証明にもなるだろうしな」

「はい」

「ま、また、討伐報酬とか……貰えるのかな?」

「どうだろう? 今回のは神殿からの指令だしね。そっちから何かあると良いんだけど」

「…これで、街に帰れる?」

「そうね。早くちゃんとしたベッドで寝たいわ」

「わたしも……温かいお風呂にも浸かりたいし」

「…お風呂」


 そうか。これでこの遠征も終わりなんだな。初めてのテント暮らし……わりと悪くなかったかも。みんなで食料を確保したり、見張りを立てたり、借家とはまた違った共同生活。戦う相手の生態を調査したりとか、学ぶことも多かった。


「今回も、またパーティーとして成長できたよね?」

「できたんじゃない?」

「ええ」

「ココハちゃんとマキアの範囲魔法。ルミルの小剣スタイル。ブレンの攻撃参加。そしてレイトの……特技かな?」

「俺……何かしましたっけ?」

「レ、レイトくんは……すごくリーダーしてたよ?」

「弱点や急所を見つけたのもレイトでしょ?」

「…私を、助けてくれた」

「あ、ココハは大丈夫だった!?」

「…うん。ありがとう……それと、ごめんなさい」


 いいんだ。俺はココハが無事だったことが何より嬉しくて安心してるから。


「レイトのあれは我流閃技(セルフトートスキル)なのか?」

「あー、あれはそうなりますかね? 何だか不思議な感覚でした。俺と女王蟻(クイーン)の距離が実際よりもすごく近く見えたっていうか……意識だけ飛んで行ったみたいな」

「それ、すごく集中してたんじゃない? あたしも襲撃(チャージ)を使う時は少し距離が近く見えたりすることがあるから」

「そうなんだ? 集中……うん、そうかもしれない。ただ、交戦中だとまず見えないし、戦闘中に使うのは完全に無防備になるから難しいかも」

「それでも、できないよりはいいんじゃない?」

「そうだね。マキアの言う通りだとおれも思うよ」

「はい。また名前とか考えないとな……」

狙目(エイム)……とかはどう?」

 ルミルがそう名付けてくれた。


狙目(エイム)か。いいかも、それにするよ」

「ル、ルミルさんのも……凄かった。赤い兵隊蟻(ポーン)女王蟻(クイーン)の背中から落とした時のあれ、弓で使ってた……我流閃技(セルフトートスキル)だよね?」

「そうね。やってみたらできたわ」

「またそれ? 本当に凄いよね、ルミルは」

「そう? ありがと」

「…ルミル、かっこいい」


 そう言ったココハの頭をルミルは嬉しそうに撫でていた。そろそろ遮虫剤の効果が切れる頃かな? 俺たちは女王蟻(クイーン)から甲殻を剥ぎ取り、両腕の鎌も切り落として持って帰ることにした。


「…………」

「レイト、どうした?」

「え、ああ……いえ、あれも持って帰ったらダメですかね?」

「魔界(アント)の卵?」

「はい」

「もしかして……育てるのか? なつかないと思うけど」

「ははは、さすがにそれはないですよ。ただ、ニョスニさんなら……欲しがるかなって思って」

「ニョスニって……あの商人の?」

「はい。いろいろとお世話になってるので」

「そっか。まぁいいんじゃないか? 途中で孵化しないといいけどな」

「ですね」


 巣穴の通路を登って行く。一応、全ての小部屋を再度見て回ったけど異常はなかった。兵隊蟻(ポーン)とも遭遇することはなく俺たちは数時間ぶりに外気を吸うことができた。まだ太陽は沈んでいないけど、もう夕方だった。巣穴の入り口はココハの魔法で壊して埋めておいた。近くの砂場で着火石の回収もできた。これがないと焚き火もできないからな。


 拠点へ戻って話し合い、今夜はここでもう一泊することになった。手分けして食料を確保した後、みんなで川へ行った。女子たちが水浴びをしている間、岩場の裏で男性陣だけで今回の戦いを改めて振り返ったりして盛り上がった。女子たちが戻ってきたら、俺たちも汗を流す程度に水を浴びて、みんなでまた拠点へと戻った。ルミルが手早く夕飯を作ってくれて、俺たちはそれを食べながら今後について話をする。


「みんなは、街に戻ったらどうしたい?」

「どうって?」

「しばらく休むか、それとも狩りを再開するのか」

「ボ、ボクは……狩りを再開したいかな。もちろん、少しは休みが……ほしいけど」

「…私も。今回みたいにならないように、もっと魔法量を増やしたいし……魔法力も高めたい」

「あたしは……弓矢と小剣のバランスっていうか、そういうのを練習したい。今回は弓が役に立たなかったから」

「マキアとナナトさんは?」

「わたしもココハと同じ」

「いいんじゃないか? おれはみんなの成長を手助けできればいいなって思ってるよ」

「はい! じゃあ、どこに行くか……なんだけど。俺から提案してもいいかな?」

「言ってみなさいよ」


 すぅぅ、ふぅぅ……と深呼吸をしてからみんなに告げる。


「ユトの丘」

「…え?」

「そ、それは……」

「どうしてユトの丘なのよ?」

「それは……マキアにとってコイマの森がそうだったように、今の俺たちにとってはユトの丘がトラウマになってるだろ? 良い思い出なんて一つもないし、あの場所に行くだけで体が動かなくなるかもしれない。今だって……考えただけでこんなに手が震えてるしさ」

 俺は自分の手を見ながら話を続ける。


「それでも、俺は乗り越えたい。いや、乗り越えないといけないと思う。あいつの……ジェニオの仇を討とうとかそういうことではなくて、あいつとの思い出の最後があんな形で終わるのなんて嫌だろ? あいつと成し遂げるはずだった目標みたいなものを、今度はみんなでちゃんと達成したいなって」


 みんなの気持ちの整理もあるだろうし、すぐに答えを聞こうとは思わない。今日、魔界(アント)との死闘を終えたばかりなんだ。ゆっくり休んでからでもいい。


「あたしは……」

「その話は帰ってからにしようか」

 ナナトさんがルミルの返事を遮るように言った。


「今日はみんな疲れてるだろ? 明日は片付けてここを去るわけだけだし、いろいろと考えたいこともあるはずだろ?」

「……そうね。そうするわ」

「今日の見張りはおれとマキアかな?」

「はい」

「マキアも疲れてるなら寝てもいいけど?」

「いえ……わたしは平気です」


 こうして、カンムリ塚での最後の夕飯を終えた。俺はブレンと一緒にテントに入って横になる。あっという間だったと思う。何か考え事をする暇もないくらいに、まるで気絶でもするように眠りについた。

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