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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第5章<カンムリ塚編>

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第89話「最深部での戦い」

 見た目は巨大な兵隊蟻(ポーン)だ。しかし、全身を甲殻で覆っていたり、脚も他と比べて硬そうに見える。司令塔蟻(ルーク)のような腕もあり、武器は持っていないけど、その腕はまるで鎌のようになっている。魔界(アント)の女王がこの巣穴には存在していた。


「一番規模が小さいって言ってたのに……」

「文句を言ってても仕方ないさ。レイト、おれが指示を出す……いいな?」

「はい!」

「まず、おれが単騎で司令塔蟻(ルーク)を潰していく。君たちは今から言う陣形を組んでこの部屋の外壁を時計回りに移動しながら女王蟻(クイーン)を引き付けてもらう」


 移動しながら?


「まず先頭はレイト、兵隊蟻(ポーン)を進路上から弾き飛ばして進め。無理して倒す必要はない」

「はい!」

「その後ろはココハちゃん。赤い兵隊蟻(ポーン)を最優先で攻撃。司令塔蟻(ルーク)が来た場合は範囲魔法も使うこと」

「…はい!」

「マキアは壁沿いに進め。周りを見て治癒魔法が必要なら使うこと。それと、先におれとブレンに護盾(プロテクション)を張ってくれ」

「はい!」

「ルミルは右側、マキアとココハちゃんの護衛だ。レイトと同じように進路上の兵隊蟻(ポーン)を排除すること」

「了解よ!」

「ブレンは最後尾で女王蟻(クイーン)の攻撃を受け止めてもらう。反撃は考えなくていい、おれが戻るまで耐えてくれ」

「は、はい……!」

「よし、まずは女王蟻(クイーン)をここまで誘い出すぞ!」


 ナナトさんの合図で戦闘を開始する。マキアがナナトさんとブレンの胸にそれぞれ触れる。


「我は唄う、光よ、かの者に救いを……護盾(プロテクション)


 マキアの護盾(プロテクション)は二枚同時に張れるようになった。魔法力の消費量は変わらないけど、今回は治癒魔法を温存していたし、相手が相手だけに使わないわけにはいかない。


「キシャァァアアア!」

 女王蟻(クイーン)が叫ぶ。


 それを合図にして魔界(アント)たちが一斉に動き出す。俺たちは女王蟻(クイーン)を誘い込みつつ、部屋の外壁をなぞりながら時計回りに進んでいく。ある程度まで女王蟻(クイーン)を引き付けると、ナナトさんは近くの司令塔蟻(ルーク)を目指して駆けて行った。


 兵隊蟻(ポーン)たちが統率されているのは女王蟻(クイーン)司令塔蟻(ルーク)の存在があるからで、それらを討ち取ってしまえば群れは瓦解するだろう。だからこそナナトさんはまず司令塔蟻(ルーク)を倒そうと言うんだ。さすがに女王蟻(クイーン)と戦いながら司令塔蟻(ルーク)も……なんていうことは難しい。叩ける所から確実に倒していく。俺たちはそれまで女王蟻(クイーン)を引き付けておかなければならない。


「マキア! 進むペースが分からないから、ブレンの様子を見て指示を出して!」

「分かった!」

「…空気弾(エアーバレット)!」


 ココハは目に入った赤い兵隊蟻(ポーン)に精霊魔法を撃ち込んでいく。あいつらの吐く火の玉が特に厄介だ。あれをまともに浴びてしまったら火傷なんかで済むとは思えない。


「ぐぅぅううう!」

 ブレンの苦しそうな声。


 女王蟻(クイーン)の攻撃がどのようなものなのか、俺は背を向けているからそれを確認することはできない。とにかく前に進むための道を作らないと。


「……キリがないわね」


 ルミルの言うとおり、兵隊蟻(ポーン)を剣で弾き飛ばしても次から次へと湧いてくる。ナナトさんが合流するまでみんなの体力が持つのかどうか……。


 ナナトさんはさっきまで近くにいたけど、今はもうずっと後方だ。俺たちが前に進んでいるからなんだけど、本当に一人で大丈夫なのかな? 周囲には兵隊蟻(ポーン)もいるだろうし、あいつらは司令塔蟻(ルーク)の上に張り付いて鎧の代わりになるんだよな。


「レイト、壁!」

「え!?」


 少し集中力を欠いていた。というよりも完全に油断していた。安全だと思っていた壁に兵隊蟻(ポーン)がよじ登っていたんだ。俺は急いで叩き落として部屋の中央の方へと剣で弾き出す。


 壁際も安全ではないとすると、マキアだって危険になる。ココハもいるから守ってるだけだと前に進めないし、前に進まないと女王蟻(クイーン)の攻撃を受けているブレンの周りに兵隊蟻(ポーン)までもが群がって来てしまう。


「…空気弾(エアーバレット)!」


 ココハも頑張っている。近くには赤い兵隊蟻(ポーン)の姿がない。そろそろブレンの様子も見たいし、何か行動を起こした方がいいのかもしれない。


「ココハ、範囲魔法は撃てる?」

「…え? うん!」

「よし、マキア! 眩耀(グレア)を!」

「ええ!」

「ルミル! ココハの魔法に一匹でも多く巻き込みたい、手伝って!」

「分かったわ!」

「我は唄う、光よ、かの者に輝きを……眩耀(グレア)


 マキアの短杖から光の玉が打ち上げられる。それは頭上で激しく輝く。魔界(アント)たちは視界を奪われて足を止める。ありがたいことに女王蟻(クイーン)まで目を眩ませてくれたみたいだ。


「今だ! 一ヶ所に集めろ!」


 剣で弾き飛ばし、足で腹を蹴り上げて兵隊蟻(ポーン)を集めていく。ルミルとブレンも協力してくれて相当な数を集めることができた。


「ココハ!」

「…風圧迫(エアープレッシャー)!」


 巣穴の中に風が吹いて円形の壁を形成していく。直径四メートルほどの大きな壁。その風は上から下へ、外側から内側へと流れていく。滝のような壁で檻のような風の鍋だ。兵隊蟻(ポーン)たちを中心へと寄り集めながら、その壁が内側へと縮まるように迫っていく。それは一メートルほどにまで縮小する。


「…潰して!」


 ココハの合図で落し蓋が出現し、鍋の中の兵隊蟻(ポーン)たちは風の圧力によって甲殻を割られ、その身を潰されていく。


「よし! 一旦距離を空ける! 急いで!」

「はぁ、はぁはぁはぁ……」

 ブレンが激しく呼吸を乱しているようだ。


「マキア、ブレンに治癒(ヒール)を」

「はぁはぁ……いや、ボクはまだ大丈夫だから……節約して」

「ダメだ。ブレンには常に万全な状態でいてもらわないと困る。もしもブレンを失ったら誰も助からないんだ!」

「ブレン、回復する」

「ご、ごめん……ありがとう」

「我は唄う、光よ、かの者に癒しを……治癒(ヒール)


 治療中は移動することができない。マキアの魔法力が増幅されたことで持続時間も伸びてはいるんだろうけど、そろそろ眩耀(グレア)の効果も切れてしまうはずだ。俺はナナトさんの位置を確認した。遠い。この部屋の反対側だ。司令塔蟻(ルーク)の数は……今ナナトさんと戦っている分を含めてもあと三匹。


 今までの攻防をあとワンセット。何とか耐えられるとは思う。でも、マキアとココハの魔法力を回復させる手段なんてないんだ。司令塔蟻(ルーク)を倒したとしても、まだ無傷の女王蟻(クイーン)が残ってる。魔法なしでどうこうできる相手じゃないはずだ。


 魔界(アント)たちが再び動き出した。ブレンの治療は……何とか間に合った!


「前進する! みんな、頑張ろう!」

「…はい!」

「ええ!」

「やるわよ!」

「うぉぉおおお!」


 さっきと同じように壁際を時計回りに進んでいく。しばらく進んでいるとナナトさんの姿が前方に見えた。もし必要ならナナトさんにも治癒魔法を受けてもらう必要がある。相手にしているのはさっきの司令塔蟻(ルーク)ではなさそうだ。残り二匹か。


 俺は兵隊蟻(ポーン)を剣で弾き飛ばしながら、ナナトさんの戦いに目を奪われそうになる。数では圧倒的に不利だ。もう護盾(プロテクション)も消えているみたいだし。それなのに……どうしてあんなに楽しそうなんだ?


 司令塔蟻(ルーク)の剣を刀で払い、しゃがみ込んで回転するように周囲の兵隊蟻(ポーン)たちをその峰で弾き飛ばす。再び司令塔蟻(ルーク)へ向き直ると甲殻と甲殻の間の僅かな隙間を狙って突いていく。あんな劣勢の状況下で焦ることもなく、動きに無駄がひとつもない。周囲もちゃんと見えているのか、赤い兵隊蟻(ポーン)が近くにいると距離を取って火の玉を受けないようにしている。やっぱり赤い兵隊蟻(ポーン)が厄介なんだよな。


「レイト! 少し速い! ブレンが付いて来れない!」

 マキアの声で我に返る。


 周囲の兵隊蟻(ポーン)の位置を確認してから後ろを振り返る。ブレンが遅れている。いや、俺が先行しすぎているんだ。どうする。ここでまた眩耀(グレア)を使うか? まだ早い。俺かルミルが加勢に……それだと兵隊蟻(ポーン)がココハやマキアを襲ってしまう。


 どうしても一手足りない。あいつがいれば……なんて考えても仕方のないことだけど、やっぱり俺たちには攻撃力が足りないんだ。あいつの長槍なら兵隊蟻(ポーン)を一気に薙ぎ払えるし、もしかしたら甲殻だって割れたかもしれないのに。


 ……そんな意味のないことを考えていた。


「ちょっと! 嘘でしょ!?」

 ルミルが驚いたように叫ぶ。


 最後の司令塔蟻(ルーク)がルミルの前にまで迫って来ていた。ここは足を止めてでも戦うしかない!


「ココハ!」

「…はい!」

「ルミル! 少しでいい! そこで足止めして!」

「……やってみるわ!」


 俺は前方から迫る兵隊蟻(ポーン)の相手で動けない。ココハが狙いを定める。マキアはココハの護衛に付いてくれてる。


「…(エアー)……」


 ココハが魔法名を呼ぼうとした瞬間だった。


「ルミル離れろ!」

 ナナトさんの声だ。


 俺はルミルの方を見る。彼女は無事だ。それじゃあナナトさんは何を知らせようとした? 司令塔蟻(ルーク)を見る。全身を黒い甲殻で覆っていて、右腕には剣を持っている。何もおかしな点はない。でも、ナナトさんが離れろと言った意味の答えはどこかにあるはずなんだ。


「!?」


 声にはならなかった。気がついた時には俺は走っていた。狙いは誰だ? 俺はマントを脱いで左手で持つ。


「ココハ!」


 そうだ。やつの狙いはココハだ。司令塔蟻(ルーク)の背中に張り付いて、今にも火の玉を放出しそうな赤い兵隊蟻(ポーン)の姿が見える。


 遂に火の玉が吐き出された。司令塔蟻(ルーク)の頭上を越えて弧を描いてココハの元へ落ちてくる。ココハに避けられるほどの俊敏性はない。直撃したらきっと服も皮も肉も……全て燃え尽きてしまう。そんなことはさせない!


「クテルさん、すみません!」


 落下してくる火の玉にマントを投げつけて、俺はココハの前に滑り込むようにして彼女を抱きかかえる。


 ボッ……とマントが火の玉に接触し落下速度と火の粉の拡散を防ぐ。それはそのまま俺の背中へと落ちてくる。背中に衝撃が走るのと同時にとてつもない熱さを感じた。体中から汗が吹き出し、一瞬で蒸発していくような感覚。


「うぁぁぁ……」

 悲鳴にすらならない。


 火の玉は消えたようだ。でも、俺はもう立っていられない。口の中が渇いて呼吸もできない。これは……まずいな。


「…レイト、くん?」

「レイト!」

「…マキアさん! レイトくんが!」

「分かってる……ココハは攻撃して!」

「…でも……」

「もう一度撃たれたら助からない!」

「…は、はい!」


 会話は何とか聞こえる。でも、意識は飛びそうだ。


「我は唄う、光よ、かの者に癒しを……治癒(ヒール)


 温かい……さっきまであんなに熱くて苦しかったのに、この温かさは全然苦しくはない。むしろ気持ちいいとさえ感じてしまう。俺は……助かるのかな?


「……ダメ、来ないで。今は……お願い!」

 マキアの声がすぐそばで聞こえた。


 目を開くと俺は壁を背にして座らされているみたいだった。目の前にはマキアがいる。彼女の視線はこちらへは向いていない。何とか眼球を動かしてその視線を追う。兵隊蟻(ポーン)がもうすぐ近くにまで迫っていた。


 マキアは治療を中断しようとはしない。それは、それだけ俺が命に関わるほどの重体で……中断すると助からない可能性があるってことか? でも、そんなこと言ってる場合じゃない。逃げ……ろ。それは声にはならない。


 兵隊蟻(ポーン)が口を開きマキアに噛み付こうとする。


「させないわよ!」


 兵隊蟻(ポーン)の攻撃は間に差し込まれた小剣によって阻まれる。この剣は……ルミルの。


「ここはあたしが守るから!」

「ありがとうルミル!」


 何とか助かった。でも、ココハはどうなった? 一人にはできない。俺はまた眼球だけ動かして司令塔蟻(ルーク)の方を見る。……刀が振られる。司令塔蟻(ルーク)の背中に張り付いていた赤い兵隊蟻(ポーン)が弾き飛ばされる。そこに圧縮された空気の弾丸が撃ち込まれる。ココハは無事だ。それに……ナナトさんが来てくれた。俺たちは役目を果たせたのかな?


「レイト、大丈夫?」


 俺が目を開けていることにマキアが気づいて声をかけてくれる。なかなか治療は終わらない。でも、だいぶ楽になってきている気がする。


「……あ、ああ」

 声が出た。


 ルミルが俺たちを守ってくれている。ココハはナナトさんと一緒に最後の司令塔蟻(ルーク)と交戦中だ。ナナトさんが隙を作り、ココハが風圧迫(エアープレッシャー)で押し潰すと呆気なく倒せてしまう。


 俺を包み込んでいた光が弱まっていく。どうやら治療が終わったようだ。俺はゆっくりと立ち上がる。マキアも体を支えてくれる。


「動ける? 声は出る? わたしのことは分かる?」

「大丈夫だよ、マキア。ありがとう」


 お礼を言うとマキアが深く息を吐いた。安心したようだ。


 これで司令塔蟻(ルーク)は全て片付いた。残りは兵隊蟻(ポーン)女王蟻クイーンだけだ。


「ぐぁぁぁああああ!!」


 俺たちの方にブレンが背中から吹っ飛んできた。足を止めてからはずっと女王蟻(クイーン)の攻撃を受けていたはずで、兵隊蟻(ポーン)も群がって来ていたはずだろう。また、危険な目に遭わせてしまっている。


「キシャァァアアア!」

 女王蟻(クイーン)が叫ぶ。


 遂に……魔界(アント)の女王との戦闘が始まるんだ。

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