第88話「司令塔蟻」
巣穴の通路を下って行き、分かれ道を右へ進んだ先に小部屋があった。ここには司令塔蟻が二匹もいた。しかし、兵隊蟻の数はそう多くはない。赤い兵隊蟻も見当たらない。
「君たちで一匹、倒してみるか?」
「……はい、やってみます!」
ナナトさんだけに全て押し付けるわけにはいかない。チャンスがあれば俺たちも経験値を積んでいかないと、いつまで経ってもこの人に追いつけやしないからだ。
「左へ! 壁を使ってなるべく囲まれないようにしよう! ナナトさんは左側のやつを、ブレンは右側のやつの正面に!」
「う、うん…!」
「マキアは壁際に、ルミルは護衛を! ココハはどんどん攻めていこう!」
「…はい!」
「右側の兵隊蟻は俺が見てるから、ルミルはナナトさんの方を見てて!」
「分かったわ」
「レイト、護盾は?」
「……ここは……今はいい! ブレン、やれる?」
「や、やって……みるよ!」
「よし! 戦闘開始!」
小部屋の左側の壁を背にして引き付けて戦う。一匹目の司令塔蟻はナナトさんに任せる。二匹目はまだ距離があるし、それまでは少しでも兵隊蟻の数を減らしておく。
「レイト! 出口に!」
マキアが何かを伝えようと呼び掛けてくる。
俺は通路の出入り口の方を向いた。数匹の兵隊蟻がこの小部屋から出て行ってしまう。もしかしたら増援を呼びに行くつもりなのかもしれない。しかし、追いかける余裕もない。
「今は司令塔蟻の相手をするしかない!」
「く、来るよ……!」
ブレンの前で一際大きな魔界蟻が剣を構えている。人型の蟻……司令塔蟻は全身を黒い甲殻で覆っている。
「ブレンは防壁! ココハは空気弾で攻撃!」
指示を出して俺は剣の持っていない左半身へと向かっていく。
「…空気弾!」
ココハの攻撃は避けられてしまった。やはり司令塔蟻は兵隊蟻とは違って意思を持っている。当てることができればあの甲殻を割ることができるのは確認済みなんだけど。
俺も側面からの攻撃を始める。もちろん俺の剣だと甲殻を割ることはできないけど、隙の一つくらいは作ってみせる。殺気をぶつけてもこちらを向こうとはしない。気配とかそういうものは司令塔蟻も感じてはいないみたいだ。俺は幻影を出現させた。その効果は期待できるはずだ。
「あんまり、気持ちよくはないけどさ!」
俺は司令塔蟻の至近距離から、俺自身の影を攻撃して煙を散布させる。
「ココハ! 胸の甲殻を狙って!」
「…空気弾!」
ココハは注文通りの場所に魔法を当ててくれた。だけど、当たり方が悪かったのか、甲殻は割れたもののダメージはなかったみたいだ。
「ブレン! 攻撃!」
「うぉぉおおお!」
ブレンに追撃させる。これでどうだ! ……その時だった。一匹の兵隊蟻が司令塔蟻によじ登り胸の甲殻の上で止まった。ブレンは構わず殴りつける。兵隊蟻は潰れて床に落下する。そして、次の兵隊蟻がまたよじ登ってくる。
「こ、これ、先に兵隊蟻を……倒さないと!」
「…私が! 二人とも離れて!」
ココハが叫んだ。
ブレンは下がって防壁の体勢になり、俺はマキアとルミルの位置まで後退して戦況を見ることにした。
「…風圧迫!」
滝のような空気の壁が出現して司令塔蟻と周辺の兵隊蟻たちを取り囲んでいく。檻のような鍋の中に。
ナナトさんの方は剣を奪い脚を折っており、もうすぐ片付きそうだ。ルミルとマキアは無事だ。近くに兵隊蟻の姿も見当たらない。
「…潰して!」
ココハの合図で縮小された鍋の上に落し蓋が出現して押し潰していく。メキメキッと甲殻が割れる音がして兵隊蟻たちは潰されていく。司令塔蟻はその甲殻の多さで何とか耐えているみたいだ。
「シャァァアア!」
魔法が消えて司令塔蟻は最後の足掻きとでというように突撃してくる。ブレンが片方の盾での防御に切り替える。剣をぶつけられる瞬間に構えていた盾を前方へと押し込み体重をかける。反攻だ。
「よし、一気に!」
司令塔蟻はもう満身創痍だ。甲殻の鎧も全て割れている。ブレンの攻撃を防ぐ手段はない。盾の上部に付いた棘を胸に押し込むようにして殴りつけると、一メートルもあるその体が後方へと吹っ飛んでいった。そして、もう動くことはなかった。
「残った兵隊蟻を片付ける!」
――戦闘後、ココハとブレンを休ませながら俺はナナトさんと司令塔蟻の素材を剥ぎ取っていた。
「どうだった、司令塔蟻は?」
「……はい、ナナトさんのようにはいきませんけど、みんなと一緒なら何とかって感じですね」
「そうか。あんまり見えてたわけじゃないけど、レイトの指揮は良かったと思うよ」
「ありがとうございます」
「問題は逃げていった兵隊蟻かな」
「あ、増援……来ませんでしたね?」
「そうだな。次の小部屋へ行ったら何か分かるかもしれないな」
「はい」
一息ついてからまた通路を進んでいく。巣穴に入ってからどのくらい時間が経過しただろうか? 入り口の遮虫剤の効力はもう切れているかもしれないな。
「ルミル、そろそろ後ろから来るかもしれないから注意してて」
「分かったわ」
「ココハとマキアはまだ大丈夫そう?」
「ええ」
「…私も、まだいけます」
「ブレンは? 疲れてない?」
「ボ、ボクもまだ……平気だよ」
ブレンの体力が一番減りやすい。回復したのはマキアの範囲治癒一回だけだ。ここまでマキアの魔法力はだいぶ温存できてる。巣穴の終点も近いはずだし、どこでどれだけ使うのかを考えておかないといけないな。
「わ、分かれ道……だよ?」
「左へ行こう」
下りではない方が小部屋への通路だ。もう俺たちが来ることは知られているかもしれない。慎重に進む。
「あ、あれ……?」
先頭のブレンが不思議そうな声を出した。
全員が小部屋へと足を踏み入れて周囲を確認する。しかし、この小部屋には司令塔蟻どころか、兵隊蟻の姿が一匹も見当たらない。どういうことだ?
「そうか、そういうことを考える知恵はあるんだな」
ナナトさんが何かに気づいた。
「ナナト、何か分かるの?」
「この小部屋は放棄されたってことだと思うよ」
「…放棄?」
「そう、さっき逃げていった兵隊蟻の行方、そして、この部屋に待機していたはずの蟻全てが最下層で待ち構えているってこと」
「それじゃあ、次が?」
「おそらくな。そしてそれを指示したのが司令塔蟻なのかどうかだ」
「……もしかして?」
「可能性としてはなくはない。十分に警戒していこう。もしもの時はおれが指揮を取るから」
「はい!」
再び通路へと戻り、三差路にブレンの持つもう一本の遮虫剤を使うことにした。もしも何かあるんだとしたら、ここで挟撃されるのは一番怖いことだ。最善を尽くして通路を進んでいく。
前方がぼんやりと赤く見える。こんな土の中に灯りがあるのか? どうやらそこが魔界蟻の巣穴の最深部のようだ。俺たちは慎重に足を踏み入れた。
「シャァァアア!」
「……シャァァアア!」
ここまでで一番大きな円形の部屋。中央には円柱の土が天井と床を繋いでいて、その周りを赤い粘膜のようなもので囲われている。灯りの正体はこれか。
「めちゃくちゃ多いわよ?」
部屋の中には無数の兵隊蟻が群がっている。中には赤い個体が何匹も見える。司令塔蟻も見えるだけでも五匹はいるみたいだ。
「あの灯りの中に何かある」
マキアはそう言って持っていた松明を壁に差し込んで手放した。マキアが言った灯りになっている赤い粘膜。その中には白い球体のようなものが見える。これって……。
「…卵?」
「ビンゴだな」
「ま、まさか……それって」
「外れクジ……どんな確率だよ……」
「何かいるわ!」
ルミルが指を差す。
円柱の向こうから黒い大きな影が姿を現す。幅は一メートル強、高さは二メートルほど……巣穴の通路のサイズと一致している。全長は四メートルくらいはありそうだ。間違いない……こいつが女王蟻だ。




