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ミルグラム戦記 ―悲愛界変の綴り―  作者: 井藤司郷
第5章<カンムリ塚編>

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第87話「赤い兵隊蟻」

 松明の火が照らしている通路をわたしたちは進む。後方からの追っ手はいない。遮虫剤の効力がまだ残っているということ。そして、途中の小部屋にいた魔界(アント)は全て倒して進んでいるからというのもある。


 緩やかに下っていく巣穴の通路はしばらく一本道が続き、やがて小部屋よりも少し広めな部屋に出た。わたしは持っている松明を頭の上で掲げて部屋全体に明かりを照らす。


「ここにも結構な数がいますね」

「ああ、奥に司令塔蟻(ルーク)もいる。距離があるし、後方はまだ安全だからここで迎え撃とう」

「はい! ココハとルミルは右側を! 俺とブレンで左側を! ナナトさんは前をお願いします!」


 レイトの指示は以前と比べて格段に早く的確になってきてる。それは、ナナトさんの考えを理解する力があるってこと。こういう時はどうするっていうような作戦を決めるのはまだ迅速にとはいかないけど、それはナナトさんから……軍師(ストラテジスト)から学び取っていくしかない。


「…空気弾エアーバレット!」


 ココハは本当に頼もしくなった。最初に会った時はあんなにおどおどしていて、魔法も使えなくて……どうしてこんな子が戦場にって思ったけど、今はわたしたちにとって貴重なアタッカーになっている。


 さっきの小部屋で使っていた新しい魔法は、魔法力の消耗が激しく連発はできないけど、あれだけの範囲魔法は唱術(スペル)化も難しくて駆け出しの術士(メイジ)が使えるようなものでもない。それを可能にしてしまう精霊術士(エレメンタラー)にはまだまだ可能性が秘められていると思う。


「うぉぉおおお!」


 ブレンはこれまでも頼りになる存在だった。攻撃を始めるようになってからも盾士(ガーディアン)としての仕事はきちんと果たしてくれる。以前、ナナトさんが言っていたけど……ブレンが絶対に片側を守ってくれるって信頼してるから、みんなは後ろを気にせずに戦える。これはパーティーにとってはとても大きなアドバンテージだと思う。


「はぁぁっ! 通さないわよ!」


 ルミルは本当に器用。弓使い(アーチャー)なのに剣も扱える。剣弓士(ソードアーチャー)……それがルミルの新しく名乗ることになったクラス。手に持った小剣でココハを守ってくれている。魔界(アント)に臆することもなく、その胴体を蹴り上げて転倒させると胸や腹に向かって小剣を突き立てていく。


 ルミルの冒険着はパンツルックだからああいうこともできるけど、わたしやココハはスカートだからできそうにもない。ただ、そんなことを言っている余裕もない場面ならやってみせるって気持ちはあるけど。


「シャァァアア!」

司令塔蟻(ルーク)が動くぞ! みんな警戒しろ!」


 ナナトさんは……もう言うまでもない。わたしたちとはまるで経験値が違う。判断が早く、視野も広く、純粋な戦闘力は人並みを外れている。あの魔獣マンティコアにでさえ勝てないと思わせてしまうくらいに。


 わたしはこの人と一緒に戦えていることに喜びを感じている。まだわたしたちと肩を並べて戦ってはくれないけど、あの背中を見ていられるのはすごく嬉しい。でも……戦闘中のナナトさんは少しだけ怖い。雰囲気が……ということではなくて、余裕がありすぎて戦闘を楽しんでいるように見える時があるから。


「左から何か来る! 赤いやつ!」

 レイトがそう叫んだ。


 兵隊蟻(ポーン)の群れの中にそれはいた。通常の兵隊蟻(ポーン)は黒い甲殻をしているのに対し、その兵隊蟻(ポーン)は赤い甲殻を持っていた。


「普通じゃないな。ココハちゃんに狙わせろ! レイトはルミルの方へ!」

「はい! ココハ!」

「…はい!」


 陣形が変わる。左側にブレンとココハ。右側はレイトとルミル。ナナトさんはそろそろ司令塔蟻(ルーク)との戦闘に入りそう。


「シャァァアア!」

 赤い兵隊蟻(ポーン)が距離を空けたまま動きを止めて威嚇をした。


 ……次の瞬間。その赤い兵隊蟻(ポーン)の口元から火の玉が放出された。それはブレンの盾に向かって飛んでくる。激突して弾け飛ぶ。無数の火の粉になってわたしたちの上から降り注いでくる。熱い。目に火の粉が入らないように視線を地面へと向けて身を固める。服の一部が焦げてしまう。肌が露出している部分は軽い火傷を負ってしまった。


「あっつ!」

「なによこれ!」


 レイトとルミルは何が起きたのかを分かっていない。ココハはブレンの後ろにいて火の粉を浴びることはなかったみたい。ブレンは盾とはいえ直接受けてしまって相当怯んでいる。あの距離であの熱さ……鎧の中はいったいどれだけの暑さになってしまっているのか。


「ココハちゃん、急いで倒すんだ!」

「…はい! 空気弾(エアーバレット)!」


 圧縮された空気の弾丸がブレンの頭上を飛び越えて赤い兵隊蟻(ポーン)に直撃する。メキッと音が鳴って赤い甲殻が割れ、その胴体を押し潰した。


 ガキン! と金属がぶつかり合う音。ナナトさんが司令塔蟻(ルーク)との戦闘を開始した。わたしには左手を気にしているように見えた。もしかしたらひどい火傷なのかもしれない。


「痛っ!」

 今度はルミルの声。


 右足から血が流れている。足元に兵隊蟻(ポーン)がいて噛まれたんだと思う。そんなに深手ではないけど、あれだと思うように動けなくなる。ブレンも暑さで動きが鈍ってる。一人一人癒していく時間はない。


「我は唄う、光よ、かの者に輝きを……眩耀(グレア)


 閃光する玉を打ち上げる。兵隊蟻(ポーン)司令塔蟻(ルーク)も目が眩んだように動きを止める。これで少しは時間が稼げる。


「みんな! 集まって、早く!」

 必死に叫んでみんなの距離を縮める。


「なに? どうするの?」

「回復させる」

「……よし、それじゃあルミルを」

「ううん……違う、任せて」

「え?」


 わたしは腕を伸ばして短杖を構える。自分の中にある、目には見えない魔法力というものを削り取って消費する感覚。


「我は唄う、光よ、かの者に癒しを……範囲治癒(エリアヒール)


 床に直径三メートルほどの魔法陣が浮かび上がる。その上に立っている仲間たち全員に治癒魔法をかける。火傷が消え、兵隊蟻(ポーン)に噛まれた傷も癒え、暑さで消耗した体力を回復する。


 この魔法は、遠征が決まった後にアムリス神殿へ魔法力の再測定をしに行った際に新しく習って来た唱術(スペル)で、治癒(ヒール)の効力を拡散することができる魔法。


 治癒魔法の唱術(スペル)は普通の魔法とは違い、消費する魔法力が固定されているわけではない。わたしが使用回数を設定しているのはそれを上手くコントロールできないから。それを誤魔化すため……なんて言うと聞こえは悪いけど、治癒(ヒール)と同じ消費量でその効果を無駄なくみんなを癒すことができるようにと思い、習うことを決めた。


「これ……すごいよ!」

眩耀(グレア)の効力が切れるわよ!」

「よし、仕切り直しだ。陣形を戻そうか」

「はい! ココハ、交代しよう!」

「…うん!」


 みんなが戦闘に戻る。わたしの役割は果たせたと思う。あとはみんなにお願いすることしかできない。


「シャァァアア!」

 司令塔蟻(ルーク)がナナトさんに襲いかかる。


 ナナトさんはしっかりと両手で刀を握っている。うん、大丈夫。これならもう心配することはない。一度倒した相手にこの人が負けるとは思えないから。


 周囲にはもう兵隊蟻(ポーン)の姿は数える程度しかいない。レイトとブレン、ルミルとココハで倒しきれるはず。後方も確認する。まだ大丈夫、追っ手は来ない。


 視線を戻すとナナトさんが司令塔蟻(ルーク)の持つ剣を刀で弾き飛ばしていた。素早く、刀を右肩の上で水平になるように構え、頭部と胴体の間の僅かな繋ぎ目に向かって突き刺している。司令塔蟻(ルーク)はふらつきながら緑色の液体を垂れ流す。ナナトさんは尚も刀を振り、脚を折っていく。そのうち立っていられなくなった司令塔蟻(ルーク)は胴体を床に付けた。ナナトさんが距離を取って後ろを振り返る。


「ココハちゃん、こいつの甲殻を割れるのか試したい。空気弾(エアーバレット)を」

「…はい!」


 兵隊蟻(ポーン)たちは既に全て倒されていた。ココハは腕を伸ばして魔法名を呼ぶ。


「…空気弾(エアーバレット)!」


 圧縮した空気の弾丸が司令塔蟻(ルーク)の背中の甲殻に直撃した。メキッと音を立てて叩き割ると、その胴体を押し潰した。これで司令塔蟻(ルーク)の甲殻と兵隊蟻(ポーン)の甲殻の硬さは同じくらいだということが分かった。


「よし、なんとか片付いたな」

「は、はい。でも……危なかった」

「だね。あの赤いのも兵隊蟻(ポーン)だったのかな?」

「…見た目は、同じだったよ?」

「冒険者に戦士タイプと術士(メイジ)タイプがあるように、兵隊蟻(ポーン)にもそういうのがあるのかもね」

「確実に赤い方が厄介だけどね。それにしても、マキアの魔法には助けられたわ」

 ルミルが癒えた足の具合を確かめながら言った。


「あれも治癒(ヒール)なの?」

「ええ。範囲治癒(エリアヒール)だと完全に癒すことはできないけど、みんなの傷や体力を同時に回復することができる」

「…すごい、です」

「効果は魔法陣の上にいる相手に対してだけだけど」

「十分だよ。直接触れなくても使えるんだね?」

「ええ、この魔法に関しては」

「そっか」

「あ、あの暑さはちょっと苦しかったから……助かったよ」

「無事で良かった。ココハを守ってくれてありがとう」

「…ありがとう、ブレンくん」

「う、うん! 怪我がなくて……良かったよ」


 ナナトさんは何も言ってはくれなかったけど、目が合うと笑顔で頷いてくれた。それにわたしも頷いて返す。自然と笑顔になる。まだ魔界(アント)の巣穴の中なのに安心してしまう。


「えっと……ここは巣の中間くらいですかね?」

「そんな感じはするね、この先は司令塔蟻(ルーク)もあの赤い兵隊蟻(ポーン)も増えてくると思うから、みんな油断しないように」

「…はい!」

「うん、いい返事だね」


 わたしたちはまた歩き出す。巣穴の奥へと向かって……。

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