第81話「仲間からの評価」
遠征三日目。今日はカンムリ塚の左側を目指して木々の中を進んだ。どうして中央を進まないのか……それは、ナナトさんが言うには『本命だから』ということだ。つまり、そこを進めば魔界蟻の巣は見つけられるということだ。
『それなのに、どうしてそこには向かわないんですか?』
『おれたちは相手のことを何も知らないだろ? 魔界蟻が巣に近づく侵略者に対してどういう反応をするのかも分からないし、その規模も分からない。圧倒的な数で防衛されると逃げるしかなくなる。テントに向かって真っ直ぐに逃げることは自分たちの拠点を教えているようなものだ。追っ手が付くのかどうかも分からないし、どこまで追ってくるのかも分からない……そう、何も分からないからだよ』
『知らないことは……何よりも怖いこと……』
『そういうこと』
聞けば理解はできる。でも、そこに目的地があると思ったら……どうしてもそっちに足を向けてしまうのが普通だと思っていた。俺たちは冒険者だ。冒険者は探検家ではない。冒険という言葉の中には戦闘行為も含まれているし、普通の考え方では生き残れないんだと思った。
木々の中はそんなに視界はよくなかった。でも、コイマの森ほどではない。木と木の間隔も広いし、太陽の光も遮られたりはしない。小動物などが木の実を食べている姿なんかも目撃した。
カンムリ塚の左端に到着すると、昨日のように辺りを調べて、問題がないと分かるとそこで少し休憩をとり、今日はここから中央に向かって麓を進むことになった。この先は進めば進むほど危険度も高くなる。ナナトさんを先頭にして慎重に進む。時折、辺りを調べたりもした。それは巣への入り口が一つではないかもしれないから。入り口が複数あれば、それは出口が複数あることにもなる。巣穴へ入る前に、可能な限りの情報は持っておくべきだということだ。
俺たちの仲間にはこの地味な作業を嫌う者はいないだろう。ジェニオが前に言っていた『慎重さも大事だけどな、大胆さも必要だぞ?』という言葉が何故か耳に残っている。でも、今はその時じゃない。できることをせずに闇雲に突っ込むのはただの無謀だからだ。
「ストップ」
ナナトさんが手を上げて全員を停止させる。
俺たちは静かにゆっくりと木々の中にあった茂みに集まった。
「いるな……たぶん、あれが魔界蟻だ」
その姿を見るために、俺たちは茂みの中から覗き込んだ。
体長はおよそ五十センチほど。想像してたものより二倍以上も大きい。黒っぽい甲殻に覆われ、頭には触覚があり、鋭い刃のような口を持っていた。数は一匹。何かを探しているみたいだ。
「どうしますか? 一匹ですし、戦ってみますか?」
「いや、まだダメだ。まずはどういう生態をしているのかを観察しよう」
「……分かりました」
相手のことを知ること。それが最も重要なこと。この仕事には期限はないし、今回は遭遇戦でもない。時間はかかるけど、一番安全で確実に相手を知ることができる方法をとる。
「あ、何かを……咥えたような?」
「なんだろう、木の実かな?」
「昆虫とかじゃないの?」
「いや、蜥蜴……かな」
「蜥蜴って……そんなことあるんですか?」
「目の前で起こってることだからね」
「…食物、連鎖とは……逆になってる」
「あのサイズだからね、天敵が天敵にならなくなってる感じかな。確かに……放っておくとこの辺りの生態系が崩れるかもしれないね」
「あ、動き出しましたよ」
「よし、巣への入り口まで案内してくれるかもしれない。追いかけようか」
「はい」
俺たちは尚も慎重に進む。気づかれないように、そして周囲も警戒しながら。魔界蟻の歩く速度は人間が歩く速度とあまり変わらない。気づかれないように追いかけているせいか、感覚では少し速く感じるけど。
しばらくすると、木々の少ない広まった場所へ出た。塚の前に地面が盛り上がっている所がある。魔界蟻はそこにある穴から中へ入っていった。巣穴の入り口だ。ここはどうやらカンムリ塚のちょうど真ん中辺りのようだ。ナナトさんの読み通りだった。俺たちはそれぞれ先頭にある木の陰に身を潜めてその穴の周囲を観察する。
たまに穴から魔界蟻が出て来てはどこかへ向かって歩いていく。同じ個体なのかは分からないけど、また何かを咥えて戻ってくる。そんな光景をじっと見ていた。
「そろそろ戻ろう」
ナナトさんの号令でゆっくりと来た道を引き返す。
カンムリ塚の左側から回り込むようにしてテントのある拠点まで戻った。
「何か気づいたことや思ったことはある?」
「えっと……大きさについてですが、想像してたよりも大きかったですね」
「そうだね。でも、それはちょっと助かったなって思ったよ」
「そうなんですか?」
「巣穴の入り口を見たか?」
「はい。えっと……?」
「穴の大きさよね?」
「そう。魔界蟻が小さかったら、あの穴ももっと小さくて狭くなってたかもしれないよね」
「なるほど……?」
「あの穴は人が立ったまま入れるような大きさだった。魔界蟻にとっては大きすぎるくらいだったね。では、何故そこまで大きな穴が必要なのか?」
「…女王蟻?」
「そうだね、ココハちゃん。女王蟻が巣穴に出入りできる大きさだということ。つまり、女王蟻の体長は最長でもあの穴を通れるくらいだということだ」
……なるほど。ナナトさんは同じ場所を見てても、俺とは同じものを見てなかったんだな。勉強になる。ただそこにあるものを見ているだけじゃダメなんだな。
「女王蟻はいると思いますか?」
マキアが質問する。
「どうかな? まだ何とも言えないかな。ただ、魔界蟻の数はそんなに多くはないかもしれないね。入り口は一つ、出入りしている魔界蟻も少なかったからね」
「ボ、ボクたちだけでも……何とかなりそうですか?」
「そうだね。中の様子は入ってみないと分からないけど」
「どうしますか? 明日にでも入ります?」
「慌てるなよ。もっとじっくり観察してからにしよう。朝昼夕方……時間帯毎にどんな様子なのかを確認して、穴の外で戦闘も経験したいし、帰らない個体がいたらどういう反応をするのかも見たいからね」
「そうですね……分かりました」
何から何までナナトさんに頼りすぎてるな……俺。ナナトさんをパーティーのデメリットにしていないだろうか? 初めての遠征で初めての生態調査。何もできないことがリーダーとしては不安になる。俺は成長できているのかな?
夕方からは二手に分かれて食料確保を始めた。ナナトさんとマキアとブレンは川まで魚を釣りに行った。俺とルミルとココハは木々の方で木の実を集めたり、小動物を狩ったりしていた。
「…空気弾!」
戦闘で使っているよりも小型の弾丸が直撃すると小動物は勢いよく吹っ飛んでいき、気絶した。その小動物はウサギのようでキツネのような……それ以外の何かのようでもある。名前は分からない。
「…ごめんね? ごめんなさい」
ココハはその小動物に謝っていた。相手も必死に生きているのに、俺たちもそれを狩って食べないと生きてはいけない。ルトナの街では狩った猪をよく食べてはいたけど、相手もこちらを殺そうとしていたし、それが普通だと感じていた。でも、ここの小動物たちは違う。人を襲ったりはしないし、俺たちを見ても逃げるだけだ。そんな相手を追いかけて捕まえて体を切り裂いて火にかける。考えてみたら結構残酷だよな。
ルミルはどう感じているのかは分からないけど、躊躇いなく矢を射っているように見えた。ここでもその集中力は発揮していて、苦しまないように一撃で仕留めているようにも見えた。
「もうこれくらいでいいんじゃない?」
「うん、そうだね。戻ろうか」
拠点に戻ると、ルミルとココハは調理の準備を始めた。俺には手伝えることもないし、テントの中で道具の整理をしたり、魔界蟻のことを考えたりしながら時間を潰した。
「そういえば、マキアがいないから着火石は使えないんだな」
ふと気になって、俺は調理をしているはずの二人の様子を見に行くことにした。テントを出ると……衝撃的な光景が目に飛び込んできた。
ルミルとココハが二人して抱き合っている。いつものようにルミルがココハを可愛がるような抱き方ではなく、それは強く強く……まるで恋人のように抱き合っていた。
「え!?」
俺は驚いてテントの中に戻ってしまった。何か見てはいけないようなものを見てしまったような、そんな気がした。心臓の鼓動が聞こえてくる。二人はどうしてあんなことをしていたんだろうか? あれも調理の一環なのか? いや、そんなはずはないけど。呆然としていると外が少しだけ騒がしくなった。ナナトさんたちが戻って来たみたいだ。俺は再びテントの外へと出る。
「おかえり」
「ええ、ただいま」
マキアが返事をしてくれた。
着火石が使えるようになったことで、ルミルとココハは本格的に調理を始めていた。マキアも手伝っているみたいだ。
「レイト、こっちを手伝ってくれるか?」
ナナトさんに呼ばれて焚き火の前に向かう。どうやら釣った魚を棒に刺して丸焼きにするみたいだ。
「たくさん釣れたんですか?」
「ブレンがね、凄かったよ。もう入れ食い状態で」
「はははは、何でかな? ナナトさんの方には全く寄りつかなかった……みたいで」
「そうなんだ、ははは。ナナトさんにもできないことがあるんですね?」
「そりゃああるさ。でも、明日は頑張って釣ってくるよ」
「ははは、お願いします」
焼き上がった魚と女の子たちが作ってくれた小動物の鍋を食べて、明日からのことを打ち合わせすることになった。
「明日は朝から、もう一度右側から回り込んで巣穴までの道を調べて行こう。昼と夕方は正面の道も確認しておきたいね」
「はい」
「戦闘を始めるのは明後日から。巣穴に入る日はまだ決められないかな」
「分かりました。あの、もし大丈夫ならでいいんですけど……」
「どうした?」
「明日からは……俺が先頭を歩いてもいいですか?」
「……そうだな。リーダーに任せるよ」
「ありがとうございます!」
「何かあれば教えるし、遠慮なく聞くこと」
「はい!」
俺はまだまだ未熟で頼りないリーダーだけど、一歩ずつでも前に進みたい。失敗するかもしれないけど、支えて助けてくれる仲間がいるから。
「…レイトくんは、すごいね?」
「え? 俺が?」
「…うん。だって、みんなの為に頑張ってくれてるの……分かるし」
「そうね。ナナトの話をよく聞いてるし、質問も意見も一番してるのはレイトよね?」
「ボ、ボクなんて、理解するので精一杯で……情けないよ」
「そんなことないって……俺はただリーダーとしてまだまだだし、必死に教わろうってしてるだけで」
「それが分かってても行動できるかどうかは別だから。レイトのその努力をみんなはちゃんと見てる。わたしも尊敬してる」
「……そんな風に思われてるとは思ってなかった。ナナトさんに頼ってばかりで、リーダーなんて名ばかりだなって思ってたから」
何だか泣きそうになる。仲間から評価してもらえるのが何よりも嬉しい。俺たちは冒険者として少しずつ成長してきた。いろんな相手と戦ったり、我流閃技だってようやく使えるようになった。でも、そんなことよりも仲間に褒めてもらえることの方が嬉しい。マキアが言ってくれた通り、それは俺がここまで努力してきたことが報われたってことだから。
「最初に言ったよな、おれはレイトがリーダーに向いてると思ってたよ」
「……はい」
「リーダーは誰にでも務まることじゃないし、簡単なものでもない。おれは経験があるからみんなを引っ張っていけるけど、レイトにはそんなものがなくてもみんなは付いて来てくれると思うよ?」
「…私、レイトくんと一緒に冒険者になれて……良かった」
「ありがとうココハ……みんなも……」
「なにあんた、泣いてんの?」
「いや……泣いてないよ……泣きそうだけど」
今日もまたみんなに笑われて一日が終わる。ここが異世界だとして、俺たちには元いた世界があったとして……俺はこんな風に他人と笑いあったりできるような人間だったのかな? 記憶が消去されて何も覚えてはいないけど、俺は自分に自信が持てなくて……もっと暗く寂しい日々を生きていた気がする。
この世界では本当に死が目の前にあるし、辛いことや悲しいことばっかりだけど、今の俺は……ここに来て良かったとさえ思ってるのかもしれない。でもそれは仲間たちがいたからで、一人では生きてはいけない世界だからこそ、誰かの優しさがとても大事なものだって思うことができる。




