第71話「頂上にて」
ユトの丘二日目。ネスカ組の最終日。折角だし頂上まで登ってみようということになり、俺たちは芝生のような丘を少しずつ進んでいく。幼鳥とは何度か遭遇したけど、そのほとんどをネスカさんが焼き殺してしまうので楽といえば楽だ。
ただ、焼いてしまうと素材としての価値は落ちてしまう。昨日は幼鳥の羽やクチバシを換金しに行ったが、焦げたクチバシは通常の半値、羽は買い取ってすらくれなかった。
「ネスカの兄貴がいれば余裕すね!!」
「あたりめーだろ、炎拳士を舐めんなよ?」
「カッケーす!!」
火属性の拳士だから炎拳士。ネスカさんの燃えるような赤い髪にぴったりなクラスだとは思う。
「あの技能もやべーすよね!!」
「炎拳か? あれは技能じゃねーよ。おれのオリジナルだからな」
「マジっすか! ってことは我流閃技なんすね!!」
「あ? なんだそりゃ、技能じゃねーって言ってんだろーが。おれのはな、必殺技なんだよ!」
「いやいや、必殺技が我流閃技なんすて!!」
「おまえ、何言ってんだよ?」
確かに何を言ってるのかは仲間の俺たちにも分からない。そして、あれは確かに必殺技と呼べるものだった。俺たちの使う我流閃技はあくまでも攻撃手段とか、その為の動作とかそういう間接的なものだけど、ネスカさんのそれは相手を倒す為の直接的なものだ。
一つ気になったのは、ネスカさんは炎拳のことを戦闘中では炎拳と叫んでいたことだ。まぁ、別にどっちだっていいんだろうけど。
「そういえば、コイマの森で会った時は炎は使ってませんでしたよね?」
「ああ、あのおっさんがな、森が焼けるといけねえからとか言ってやがったな」
「あーなるほど」
「つーか今思ったが森を焼いちまった方が早かったんじゃねーの?」
「……うーん。たぶんですけど、森の景観とかもありますし、燃やし尽くして、狩りの相手がいなくなるのも困るんじゃないですかね?」
「そんなもん、自分の命には変えられないだろーが」
「それは……」
そうかもしれないけど……と言おうと思った。だけど、俺の声よりも先に叫び出すものが現れた。
「クァアアア!」
幼鳥の鳴き声だ。
「前方だ!」
「なんだあ!? ウジャウジャ来やがんな?」
「十羽以上いるわ……あれだけの数が突っ込んで来たら危険かもしれない。出来るだけ削らないと!」
「……ココハ、追い風を使ってみよう! ルミルはその間に数を減らして!」
「…はい!」
「分かったわ!」
「ゼルナさん、風が吹くので気をつけてください」
「……?」
「…追い風!」
背中からゆっくりと風を感じる。それは瞬く間に勢いを増していく。まるで突風でも吹いたみたいに背中に圧力を感じる。
「おおん、なんだこれ!?」
ネスカさんが突然のことに驚いている。
ゼルナさんも驚いたのか、咄嗟に何かに掴まろうとして左手で俺の右腕にしがみついた。それには俺も驚いてしまった。
飛び跳ねていた幼鳥たちは弾むのを止めて、必死に吹き飛ばされないように重心を地面へと向かわせる。動きが止まった。
ルミルが風に乗せるように矢を射っていく。この突風の中ではルミルの射程距離も伸びる。そして、動かない相手に対して集中力の高いルミルの矢は百発百中だ。確実に幼鳥の数は減っていく。
「矢が尽きる! 一度補給しないと!」
ルミルの矢筒には残り僅かな矢しか残っていなかった。幼鳥の数は減っているが、まだ六羽はいる。
「ココハ! まだ止めんじゃねーぞ!!」
叫んだのはジェニオだ。
ルミルの後ろから陣形を飛び出すように離れると、長槍を地面へと突き刺す。柄に付けられた鎖を手に巻き付け、長槍の腹に足を乗せて踏みつけていく。
「いくぜ! 急速前進!!」
長槍のしなりと反発力を使って前方へと跳躍した。鎖で繋がった長槍が引っ張られるようにしてジェニオの元へと飛んでいくと、それを見事に掴んでみせる。そのままどんどん加速して走っていく。もう幼鳥たちは目の前だ。
「からのお……薙ぎ払いだぁぁあああー!!」
……突きじゃない!? ジェニオは長槍を体の左側で構え、幼鳥たちに向かって横に振るった。白いもふもふが赤く染まり突風に乗って散っていく。
「うおいっ!?」
ジェニオは長槍を振った反動で体勢を崩し、自身の走る速度によって体を回転させながら転がってしまう。風が止むと、残った幼鳥が一斉にジェニオに迫って行った。
「やばい! 助けないと!」
「おれが行く!」
ネスカさんが駆けて行く。周囲に増援も確認できない。俺たちも前進した。
「いてえ! くそっ、コノヤロー!」
「ジェニオ、じっとしてろよ! 炎拳!」
「うお! 熱っつ! 熱いすて!!」
ネスカさんが放出した火炎の波動で残りの幼鳥たちは焼かれてしまった。戦闘終了だ。
「ネスカの兄貴! ひどくないすか!?」
「はっ! おまえが悪りいんだろーが」
「ジェニオ! 大丈夫か?」
「大丈夫なわけねーだろ!!」
「あんた、手を火傷してるわよ?」
「あ? ……平気だわ、このくれえ」
「どっちなんだよ」
「ゼルナ、治してやれ」
「分かった」
ゼルナさんはジェニオが火傷している手に触れた。
「癒霧」
それは光魔法の治癒とは違い、体内から温まるような感覚ではないらしい。霧状の水が火傷の痕を覆っていくと、ジェニオは体を震わせ始めた。
「おお、冷てえ!!」
純粋なヒーラーではないと言っていたように、治療にはそれなりに時間がかかった。それでも、手元の霧が晴れると火傷の痕は綺麗に消えていた。
「…痕が残らなくて良かった」
「そ、そうだね。少し危なかったし、火傷で済んで良かった……とも言えるかもしれないけど」
「あんまり無茶しないでよね。あたしが矢を補給すればすぐに片付けたのに」
「いいんだよ、おめえらにばっかり戦わせてオレらは何もできてねーんだからな」
「俺たちの出番はもっと後だろ。相手の数と射程距離もあるし、早めに処理できるならそれに越したことはないだろ」
「うるせーぞレイト! おめえも役に立ってねーんだからな!!」
「お前なぁ!」
「なんだよ!?」
ついイラッとしてしまった。何か俺にだけ当たりが強くないか? まぁそれは今までもそうだったけどさ…俺が何をしたっていうんだよ。
「おい、喧嘩してねーで行くぞ」
ネスカさんはそんな俺たちを気にも留めずに進んでいく。もういいや。ジェニオの言葉にいちいち反応してると疲れるし、俺も放っておこう。
「俺たちも進もう」
「…うん」
だんだん頂上が近づいてきたのか、木々の本数も増えてきた。この先はいつ成鳥が現れてもおかしくはない。慎重に進まないと。
「怪鳥ってこんなもんなのな、なんか余裕じゃね?」
ジェニオがまた唐突に言った。
俺は、いつもそうやって油断しててピンチになってるだろ…電話と言いたかったが我満した。余計な口は開かない。
「あんたはまだ成鳥を見てないからよ」
「そうか? おめえも以前に戦った時はまだ新人だったんだろ? 強そうに見えただけじゃねーの?」
「そうね。今ならいい勝負ができるって思ってるわ」
「だろ?」
「だからといって、相手を甘く見てたら殺られる。あたしたちはそれも学んだはずだけど?」
「……まあな」
「はっは、おまえらはまだまだ新人だろ。陣形なんて組まないとろくに戦えもしないんだからな」
「で、でも、パーティーってそういうもの……なんじゃ」
「弱えからだろ。群れねえと戦えないからいつまでも半人前なんだよ」
ネスカさんの俺たちに対する当たりも強くなってないか? いや、この人のは最初からそうだったかもしれないな。
「兄貴はもう赤い紋様なんすか?」
「紋様の色? そんなもん知らねーよ」
「紋様が赤くなると一人前と見なされるんすよね?」
「……あ? なんだよその話」
知らないのか? いや、俺たちがたまたま知っているだけなのかもしれない。俺がジートさんから聞いて、マキアの件で命の契約とかそういうのがあったから知っていただけで、普通なら気がつかなくても当然なのかもしれない。
ジェニオが簡単に説明していた。一人前になると紋様は赤く染まる。その条件は不明だけど、赤の紋様持ちは神殿から過剰なほどに守ってもらえるということを。
「ほーん、ゼルナ知ってたか?」
「ゼルナは知らない」
「だよな。おまえらは冒険者歴はどのくらいだ?」
「数えてねーすね」
「……正確には分からないですけど、半年未満……五ヶ月くらいだと思います」
「そうか、それじゃあそろそろ次が来る頃だな」
「次?」
「ああ、神殿所属の冒険者は半年に一度集められてるっぽいぞ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「ネスカさんたちはいつ冒険者に?」
「三年くらい前……確かそんぐらいだな」
三年前。半年に一度集められるってことは、ネスカさんたちと俺たちの間には五回も別の人たちが集められてることになる。その内の一つがマキアたちなんだろうけど。ジートさんはたぶんもっと前なんだろうな。神殿所属の冒険者って結構多かったりするのか?
「ネスカさんたちの同期の人たちはどうしてるんですか?」
「…………」
あれ? 返事がなくて焦る。でも、すぐにその理由に気がついた。そうだよな……俺はそういう話をもう何度も聞いて来たじゃないか。
「……すみません」
「ゼルナは毎日みんなと会ってる」
「え?」
「みんながいなくなって寂しい時もあったけど、ネスカが、おれと一緒にいればいつでもみんなに会わせてやるって言ってくれた。その日から毎日みんなと会わせてくれてる。だからゼルナは嬉しい」
よく分からない。言い回しも少し気にはなった。でも、ゼルナさんだしな。それに毎日会ってるって……毎晩集会でもしてるのかな? 確かに昨日は反省会とかそういうのをしなかったし、時間はあったと思うけど。
あんまり詮索はしない方がいいのかもしれない。ネスカさんの背中がどこかそう言っている気がしたからだ。
「そ、そろそろ……山頂だね」
「…うん、ちょっと疲れたかも」
「ずっと登り坂だったもんね。休憩する?」
「おいおい、もう時間もそんなにねーんだ。とっとと探すぞ」
「探すって何をです?」
「決まってんだろ、成鳥だよ」
え、成鳥!? まさかこれから探して戦おうっていうのか? ここまで来るのも大変だったし、ルミルの矢とかココハの魔法量もそこそこ使い切ってる気がする。この状態で初見の相手とは戦いたくないな。
「幼鳥もいねーしな、手分けして探すか……ゼルナ、付いてこい!」
「分かった」
「ちょ、ちょっと!」
「い、行っちゃった……ね」
「あたしたちはどうする? 探すの?」
「いや、正直……今日はもういいかなって」
「あ!? おめえいつもそれだな。兄貴と組めるのは今日までなんだぞ!?」
「分かってるよ。でも、ナナトさんもマキアもいなくて、ゼルナさんも治癒魔法が使えるけどここまで水魔法も結構使ってるだろ? 無理しない方がいいって」
「…私も、そう思う」
「う、うん。もうすぐ日も暮れ始める頃……だろうし」
「けっ! 勝手にしろよ。オレは兄貴の為に探すけどな!!」
そう言い放ってジェニオは単独で木々の中へと向かって行く。
「勝手に……待ちなさい! 連れて来るからレイトたちはここで待ってて」
「あ、うん。気をつけて!」
ルミルがジェニオの後を追う。バラバラじゃないか。周囲に幼鳥の姿はない。だけど、俺とココハとブレンの三人だけだとちょっと不安だ。戦力的にということではなく、パーティー内での慎重派の三人だからだ。
「…大丈夫、かな?」
「ルミルが付いてるし、無茶はさせないと思うけど」
「ジェ、ジェニオくん、ちょっと様子が……変だよね?」
「あ、やっぱりブレンもそう思った?」
「う、うん。なんとなく……だけど」
「何がどう変わってるのかがよく分からなくてさ。二日酔いなのか、風邪でもひいてるのかなとか考えたんだけど……あいつのことって思うと頭が回らないしさ」
「はははは、レイトくんは……ジェニオくんが苦手?」
「んー、苦手っていうか……人間としてはあんまり好きじゃないかな。仲間としては頼り甲斐はあると思ってはいるけどね」
ジェニオは俺たちにはないものを持っている。それは前に進もうっていう強い気持ち。あいつはよく『オレは最強の槍使いだ!!』って言うけど、それがあいつの目標なんだろうなとは思う。そうやっていつも前を向き続けられるというのがあいつの強さで、なんだかんだ俺たちには欠かせない存在になっているのかもしれない。
「ブレンはどう? ジェニオと一番長い付き合いだよね。嫌になったりとかはしないの?」
「ボ、ボクは……」
――その時だった。
「ギョァァァァアアアアアアアア!!!」
それは聞いたこともない鳴き声だった。
いや、鳴き声というよりも吠えているような感じだ。耳鳴りがしたような、脳に響くような猛々しい咆哮だ。
木々の奥から人影が駆けて来る。その数は四つ。ネスカさんとゼルナさん、ジェニオとルミルの四人だ。
「やべえぞ! 逃げろ!!」
「え? 何? 今の声は!?」
「とにかく走って!」
言われるがまま俺たちは走った。とにかく木々から離れるように走る。
「ギョァァァァアアアアアアアア!!!」
また咆哮が聞こえた。俺は後ろを振り返った。木々が激しく揺れ、メキメキと音を立てて折れていく。風が吹き、何かが木々の中から飛び出してきた。
沈みかけた橙色の太陽の前で、二枚の翼を羽ばたかせた大きな影が空中で静止していた。




