第70話「ユトの丘」
「お、遅いね……どうしたんだろう?」
「さぁ?」
「…北門で、あってる?」
「うん、それは間違いないと思う」
朝八時……三十分。俺たち同期の五人は北門の前でネスカさんたちを待っている。時間と場所を指定してきたのは向こうだし、別の場所で待ってるってことはないと思うんだけど。
「本当に遅いわね、あんた何か知らないの?」
「……いや? 別に?」
今日はジェニオが大人しい。ブレンが言うには遅くまで一人で飲んでいたみたいだから、もしかしたら二日酔いなんじゃないかとのことだ。なんで翌日は仕事だって分かってるのに、そこまで飲んじゃうんだろうなこいつは。
「なんだよ、何見てんだよ!!」
「お前大丈夫なの?」
「何がだよ?」
「いや……何か様子がおかしいかなって」
「は!? 普通だすわ!!」
「だすわ?」
「普通だわ!!」
「あっそう……」
まぁいいか、静かにしてくれるならそれで。辺りを見渡す。西の通路から二人組の男女が歩いて来るのが見えた。
「お? はえーなおまえら」
「おはようございます」
「おおよ!」
「えっと、八時集合……でしたよね?」
「ああ、そう言っただろ」
「いや、でも……あれ?」
「……もう八時過ぎてるわよ?」
「あ?」
ネスカさんが時計塔に視線を向けた。八時三十六分。確かに八時は過ぎてるよな。
「まだ八時だろ。九時になってねーからな」
え? 何その数え方。聞いたことないんだけど。九時になっていなければ八時なのか? 八時五十九分でも?
「あたしたちは八時前から待ってたんだけど?」
「ああ!? さっきから何が言いてえんだよ?」
ネスカさんはたぶん本気でそう思ってる。遅刻したことも俺たちを待たせていたことも、悪いとは思っていないんだろう。
「いえ、別になんでもないです」
不満そうなルミルには悪いけど、いちいち揉めたりはしたくない。
「行きましょう」
「おいレイト、仕切ってんじゃねーよ。おれがリーダーだって言ったろ?」
「……はい」
ネスカさんは特に号令とか合図みたいなものを出さずに北門を潜って行く。俺たちとゼルナさんはその後ろをただ付いていくだけだ。
「ネスカの兄貴! コイマの森はこっちすよ?」
右へ右へと進んでいくネスカさんにジェニオが声をかけた。
「あ? いいんだよ。コイマの森には行かねーからな」
「え? それじゃあどこに行くんですか?」
「……ユトの丘」
後ろを歩いていたルミルが答えた。
「そうそう、おれたちが目指すのはあの丘だ」
ネスカさんが指差した方向に目をやると、草原のでこぼこ道の先に、大きなこぶのように盛り上がっている場所が見える。山よりは低いがそれなりに高さもある。頂上付近には森……とまではいかないが木々の姿も見える。
「狼狩りじゃないんですか?」
「そう言ってんだろ」
「そ、それじゃあ……怪鳥狩り?」
怪鳥……それはまだ俺も見たことはない相手だ。同期の中でもルミルだけが戦闘を経験してる。その時のパーティーはルミルを残して全滅したって話だったけど……。
「ネスカさんは戦ったことあるんですか?」
「決まってんだろ」
まぁそうだよな。この人……とゼルナさんもかな、二人は俺たちより先輩の冒険者だし、神殿に来たのはたぶんマキアよりも前なんじゃないかな? きっと俺たちよりもたくさんの戦場を経験してるはずだ。
それにしても、ゼルナさん。ちゃんと話したことはないけど物静かな人だな。表情が全然変わらなくて、少し前までのマキアみたいだ。マキアの場合はいろいろあってどこか悲哀の感じが漂ってたけど、ゼルナさんにはそういうのは感じない。無表情の無そのものだ。
しばらく歩いていると少しずつ登り坂になっていくのが分かった。ここからがユトの丘。コイマの森の前にあった草原のような、長い草や大きな岩などはこの辺りにはないみたいだ。かと言って土がむき出しの地面ではない。一面が緑色だ。芝生のような短い草の溢れる丘。
「なんだか悪くないね、ここ」
「そうね、襲ってくる相手さえいなければピクニックとかも出来そうなのに」
「…ピクニック、してみたいな」
「い、いいね。たまにはのんびり過ごすのも……悪くないかも」
「…お弁当とか作って、みんなで食べたい」
「弁当!?」
「ジェニオ? どうしたんだよ?」
「……いや? 別に?」
やっぱり今日のジェニオはどこか様子がおかしい。二日酔いっていうか、風邪でもひいてるんじゃないか?
「お弁当ね……」
「…ルミル?」
「あはは、なんでもないわ。ココハはまず料理の勉強から始めないとね?」
「…うん」
「ココハが包丁とか持ってるのはちょっと心配しちゃうかも」
「…む、私だって……できるもん」
「ははは、ごめんごめん」
「あーあ、ココハを怒らせたレイトの分はなしね。ブレンに食べてもらおうかしら?」
「ま、任せてよ。ボクはたくさん……食べられるから」
「いやいや、ブレン? それは食べないでよ」
「はははは……」
本当に悪くないな。冒険者になって狩りを始めて休日だって何度かあったけど、みんなで目的もなく一緒に過ごす時間っていうのはなかったもんな。
「この二日間は……仕事とかしなくても良かったのかもね」
「なんだレイト、おれと組むのは嫌だったのかよ?」
「いえ、そうことではなくて。冒険者とか仕事とか、そういうのを忘れる日があってもいいのかなって思って。考えてみたら、これまでずっと走りっぱなしだった気がして」
「ふーん、おれにはよく分からねえな」
分からないか。そうだよな。俺たちは冒険者で狩りをして稼がないと生きていけないからな。でも、たまにはいいじゃないかって思うんだよね。いつも生きるか死ぬかの戦いをしているわけだし、そういう思い出ばっかりになっちゃうのも寂しいし。
「ゼルナはお友達が増えて嬉しい」
背後から声がした。
振り返ってみると、ゼルナさんがじっとこちらを見ていた。
「お友達……ですか?」
「違うの?」
「いや……どうなんですかね? ゼルナさんは先輩……ですし?」
「先輩はお友達になれない?」
「そんなことはないと思いますけど」
「それじゃあお友達になってくれる?」
「……はい、俺で良ければ」
「うん……あなたは?」
「…わ、私? ……はい、私もお友達に……なりたいです」
ゼルナさんは頷いてからルミルの方を向く。ルミルは短く「別にいいけど」と答え、次のブレンも「ボ、ボクも……はい」と返事をした。
「お友達たくさんできて、ゼルナは嬉しい」
よく分からないけど、喜んでくれてるみたいだからいいよな? ゼルナさんは俺たちの先輩のはずなんだけど、どこか幼い雰囲気っていうか……変わってるよな。
「ネスカの兄貴の戦いがもうすぐ見れるんすね!」
前方でジェニオとネスカさんが話している。
「おおよ! おまえらの度肝を抜いてやるからな、見てろよ?」
「楽しみす!」
あんなジェニオを見るのは慣れないけど、案外あの方がうるさくなくていいのかもしれないな。
「怪鳥ってこの辺りにはまだいないのかな?」
「幼鳥は気分屋であちこち走り回ってるからそのうち出会うわ。成鳥は頂上付近を縄張りにしているけど、どこかに飛んで行ってることもあるから遭遇率は低いわね」
「そうなんだ」
怪鳥か……確か前にルミルに聞いた話だと、幼鳥はすばしっこくて飛び跳ねるけど何とか倒せるレベルで、成鳥は空を飛んでしまうから攻撃手段がないと一方的に狩られるんだっけ。
俺たち……ネスカ組どうなんだろう? ルミルの弓矢、ココハの精霊魔法、ジェニオの跳躍……は含んでもいいのかな? それからゼルナさんの水魔法? くらいか。うーん、見たことも戦ったこともない相手だし、できれば成鳥とは出会いたくないな。
「クァアアア!」
何かの鳴き声が聞こえた。
「お?」
「なんだなんだ!?」
「幼鳥ね、近いわ」
「みんな! 戦闘準備!」
思わずいつものように号令を出してしまったが、ネスカさんは特に反応はしなかった。
遠くから駆けてくる何か白いものが見えた。その数は八。どんどん近づいてくる。体長は大きくない。六十センチくらいかな? その白いものは鳥……という感じはしない。なんて表現したらいいのか……丸い綿みたいな、ふわふわで……もふもふで……可愛らしいフォルムだった。
「あ、あれが……怪鳥?」
「なんか思ってたのと違うね」
「だな」
「なんだよ、弱そーなやつだな?」
ん? 最後にそう言ったのは誰だ? 聞き間違いでなければネスカさんだったような?
「ネスカさん、戦ったことあるんですよね?」
「ねーよ、さっき言ったろ?」
「え?」
さっきって……『決まってんだろ』っていうあれか? あれは戦ったことがあるに決まってるって意味じゃなかったのか。
「え、あ……え?」
俺は動揺してしまう。
リーダーと言ったネスカさんは一向に指示を出す気配がないし、幼鳥たちはもうすぐそこまで来ている。俺たちは初見の敵が恐ろしいってことも知ってるし、俺は……ダメだ、頭の回転が追いつかない。
「レイト、あたしが指示を出そうか?」
ルミルが混乱している俺を見て言った。
「ま、任せる!」
咄嗟にそう答えた。
でもそれで正解だったと思う。ネスカさんたちも戦ったことがないなら、この中で唯一の経験者はルミルだけだ。
「みんな密集陣形で! 幼鳥の攻撃はそんなに強力じゃないわ。確実に一羽ずつ倒していきましょう。でも、見た目以上に素早いからちゃんと集中すること!」
「…はい!」
「ボ、ボクが……正面に立つから!」
ブレンがココハとルミルの前に出て盾を構える。俺とジェニオは彼女たちの後ろを守る。ネスカさんは陣形に構わずに拳を構えている。ゼルナさんはどうしたらいいのか分かっていないみたいだ。
「ゼルナさん、こっちへ!」
俺はゼルナさんをジェニオとの間に迎え入れた。白いもふもふ……ではなく、幼鳥が上下に飛び跳ねながら迫ってきた。射程距離に入ったのか、ルミルが弓を構える。
弦を引き狙いを定める。飛び跳ね着地する瞬間を狙って矢を離した。その矢は見事に幼鳥に命中した。どの部分なのかは分からない。どこからどこまでが頭で体で羽なのかが分からないからだ。
「…空気弾!」
空気の弾丸が飛んでいく。中央にいた一羽の幼鳥に命中すると、相手は勢いよく後ろに吹っ飛んでいった。残りの六羽は上下左右に飛び跳ね分散した。
「泡散」
隣から唱術を使う声がした。
ゼルナさんの長杖からたくさんの泡が放出される。それが何羽かの幼鳥たちの上に舞い散り、付着していく。それにどういう効果があるのかは分からない。三羽の幼鳥たちが気にすることなく突っ込んで来た。
「水膜」
再びゼルナさんが唱術を使う。
三羽の幼鳥の前に水の壁が出現した。そこに突っ込んで来た幼鳥たちを包み込むように水が覆っていく。水の壁は球体状になり、その内部に幼鳥たちを閉じ込めた。それは大きなシャボン玉みたいだった。
「ゼルナにできるのはここまで」
「ルミル! ココハ!」
「…風鋭刃!」
ココハの精霊魔法がシャボン玉を割り二羽を仕留め、残りの一羽をルミルが素早く射ち抜いた。
「オラオラ!」
ネスカさんは俺たちの左側で戦っていた。
「兄貴、加勢に!!」
「来るんじゃねえ! こいつはおれの獲物だろーが!」
威勢は良いが攻撃はまるで当たっていない。ネスカさんは手に黒いグローブのようなものを着けている。他に武器は持っていない。コイマの森で見た時と同じだ。この人はその拳そのものが武器なんだ。
「ちっ! 仕方ねえ、出し惜しみしねーぞ!」
そう言って両手の拳を胸の前でぶつけ合う。
グローブが燃えるように赤くなっていく。幼鳥に向かって拳を構え直した。
「いくぜ、炎拳!」
前方に突き出した拳から火炎の波動が放出された。それはまっすぐに幼鳥へと向かい、命中すると火柱を上げてその体を燃やし尽くした。
「へ……焼き鳥一丁、ってか?」
「す、すごい……ね」
「うぉおおお! 兄貴やべえす!!」
「へへ、見たかよ?」
確かにすごい。近接クラスなのに遠距離攻撃ができるのか。火属性の魔法適性ってことなんだろうな。でもあれは、魔法ではないから火技能ということになるのだろう。
ネスカさんは次々に幼鳥を倒していった。ゼルナさんもそうだけど、流石は先輩冒険者だなと思った。初見とは思えないほどに簡単に戦闘が終わってしまった。俺とジェニオとブレンは何もさせてもらえなかった。
ネスカさんの赤いグローブがゆっくりと元の黒色に戻っていく。この人……強いんだな。ランデーグさんのパーティーにいた時は揉めていたし、ナナトさんには否定されていたし、実際に話をしてみても自分勝手な人だとは感じたけど、冒険者としての実力は俺たちとは比べ物にならない。
「クァアアア!」
みんなが鳴き声の方に視線を向ける。増援かと思ったがそうではなかった。ココハが空気弾で吹き飛ばした個体が起き上がり、こちらへと駆けて来ていた。
ルミルが素早く弓を構えようとしたが「ちょっと待って!」と言って俺は静止させた。
「え、なに?」
「ごめん……ブレン! 練習、攻撃してみよう!」
「え、あ、うん……やってみるよ!」
ブレンは左手で盾を構える防御の体勢で幼鳥の前を塞ぐ。幼鳥はそれに飛びついて短く細い脚で蹴ったり、綿のような体に付いたクチバシでつついたりしている。
ブレンは右手の盾を振りかぶりタイミングを測っている。盾の上部は内側にくの字形に曲がっていて、そこにはたくさんの棘が並んでいる。前方に突き出された右手の盾で幼鳥を殴り飛ばした。
ボスン……と音を出して幼鳥は再び後方に吹っ飛んでいくが、もう起き上がってくることはなかった。ブレンの腕力、盾の重量、そしてあの棘に刺されたことで完全に絶命していた。
「おお! ブレンやるじゃねーか!!」
「あ、ありがとう……緊張したよ」
「攻撃するの初めてだもんね、俺も最初は剣を振るのが怖かったのを覚えてるよ」
「み、みんなはすごいね。こんな緊張感の中で……戦っていたなんて」
「それはお互い様だって。そもそも俺たちはブレンみたいに攻撃を受けることすらできないからね」
「レイト! これでおめえの役割が一つ減っちまうんじゃねーか!?」
ブレンの攻撃参加に触発されたのか、いつものジェニオに戻っていた。面倒なことになったな。
――俺たちはその後も辺りを散策しながら幼鳥たちと何度か戦闘を繰り返し、日が落ちる前に街へと帰った。特に反省会などはせずに北門を潜るとネスカさんとゼルナさんは去っていった。
何とか初日は無事に終えた。ネスカ組もあと一日だけだ。組んでみて分かることもある。ネスカさんとゼルナさんの戦闘はもう少し見ておきたい。貴重な残り一日で勉強させてもらおう……そう思った。




