第63話「恩人救出戦」
嘘だろ? そう思った。
森の中を西へ西へと進み、俺たちは少し開けた通路のような場所に出た。そこで目にしたのは十匹ほどの黒狼の群れと、それに囲まれている六人組のパーティー……それも、俺のよく知っている人たちだった。
「……ランデーグさん!」
思わず叫ばずにはいられなかった。
黒髭を貯えた四十代くらいの闘士の男性の名前を呼んだ。向こうのパーティーの人たちがこちらへと視線を向けた。
「お前、坊主か!?」
「ココハちゃんもいるわあ」
三十代くらいの青いローブの女性は喋り方が独特な僧侶だ。
「うむ……」
「あいつら、森に来てやがったのかよ」
無口な全身重装備の重戦士の男性と、身軽そうな防具に短刀を持った暗殺者の男性もいる。
あとの二人は……一人は桃色の短髪で長杖を握りしめた若い女性と、真っ赤な逆毛が目立つあの人は……確か。
「ネスカの兄貴!?」
ジェニオが驚いたように叫んだ。
「ジェニオ!? おまえ何でここに!」
「オレらも森に入ったって言ったじゃないすか!!」
ネスカさんが加入しているのはランデーグさんのパーティーだったのか。俺たちが脱退した後に入った人たちとはネスカさんだったということだろう。
「話は後にしよう。あの人たちを助ける、みんな協力してくれ!」
「う、うん……助けよう!」
「たりめーだ!!」
「レイト、向こうのリーダーの人が怪我をしてるみたいだ。黒狼を殲滅するよりも、逃げるのを手伝った方がいい」
「……はい! 左側から回り込む! ブレンが先頭、ジェニオとルミルはとにかく数を減らして! 俺とココハはあの人たちの援護に行く! ナナトさんとマキアは脱出ルートを確保してください!」
「任せろ、行こうマキア」
「はい!」
「…レイトくん」
「助けよう、必ず」
「…うん!」
「行くぞ!」
ブレンを先頭に黒狼の群れに突っ込んで行く。ランデーグさんたちもこちらの思惑に気がついたのか、撤退の準備を始める。黒狼たちは思わぬ挟撃で混乱しているみたいだ。でも、それもすぐに統率されてしまうだろう。今のうちに少しでも数を減らしたい。ブレンが正面で二匹を抱え込んだ。ルミルとジェニオは左右から迫ってくる黒狼から仕留めていく。
「瞬速!」
「おらおらおらぁぁあああ!!」
ルミルが牽制し、ジェニオが長槍の射程を活かして果敢に攻めていく。
俺とココハは一気に前へと突き進む。闘士の男性、ランデーグさんが怪我をしているみたいで膝を地面に着いている。重戦士の男性、イングラさんはその前方で盾になっていた。僧侶の女性、ドリンさんを守るように短刀を構えている暗殺者の男性、クテルさんは思うように動けないみたいだ。手にグローブのようなものを付けているネスカさんが、拳で黒狼と戦っている。桃色の短髪の女性も近くにいる。
イングラさんが二匹、クテルさんが一匹の黒狼から攻撃を受け始めた。
「そのまま抑えててください!」
俺はそう叫んで、左手でクテルさんの方を指差してココハに合図を送った。
「…風鋭刃!」
高速に回転した刃がクテルさんの前にいる黒狼の胴体を斬り刻んでいく。俺もイングラさんの前にいる黒狼を一匹、剣で斬り伏せた。残った一匹はイングラさんが盾で押し込み、離れた所を片手斧で真っ二つに裂いた。
「無事ですか!?」
イングラさんと肩を並べて立ち、剣を構えながら尋ねた。
「坊主、嬢ちゃん……助かったぜ」
「ココハちゃあん、あなた……魔法が?」
「…はい!」
「そうかよ、遂にやりやがったか!」
「うむ……!」
イングラさんが斧を持った右手の親指を立てる。
「おいレイト! 長くはもたねーぞ!!」
ジェニオの叫ぶ声が聞こえた。
「俺たちが援護します、撤退してください!」
「すまねぇな……ネスカ! 退くぞ、付いてこい!」
「うるせえ! 指図すんじゃねー!」
「ちっ、あのバカヤロウが……」
「ゼルナちゃあん、ネスカくんを連れて来てえ」
桃色の短髪の女性、ゼルナさんは頷くとネスカさんの方へと近づき声をかけているみたいだ。それでもなかなか渋っているみたいだったが「ネスカの兄貴! 撤退してくれ!!」とジェニオの声を聞くと舌打ちをしつつ、我先にと走って行ってしまった。
「あ、待ってください!」
「坊主……構わねぇよ」
ぎこちなく起き上がろうとするランデーグさんの姿を見て、俺は戦闘中だということを忘れて言葉を失ってしまう。
「みっともねぇとこを見られちまったな」
「……ランデーグさん、それ……」
「気にすんな」
「…………」
ココハも絶句しているみたいだ。
「旦那、走れるか?」
「ああ、問題ねぇ」
「レイト、悪いがあとを頼む」
「クテルさん……はい、行ってください!」
俺とココハは恩人たちの背中を見送ると再び黒狼たちに視線を向ける。こいつらがランデーグさんにあんな怪我を負わせたのか……そう思うと腸が煮えくり返りそうになる。
……ランデーグさんは左腕を失っていた。肘から先が食いちぎられたように無惨な状態になっていた。血が止まっていたのはドリンさんの応急措置があったからだと思う。でもそれは、治癒魔法では失った腕を治せないということを意味していた。
ブレンとジェニオ、ルミルが俺たちと合流する。残った黒狼は二匹だけだった。駆け寄って来ようとしていたが、俺たちが武器を構えてみせると勝てないと判断したのか、踵を返して逃げていった。周囲を確認しても他の黒狼の姿はなかった。
「俺たちも行こう」
ランデーグさんたちの後を追っていくと、通路の先でナナトさんが待っていた。
「ナナトさん!」
「無事だったな、よくやった」
「マキアはどうしたんですか?」
「大丈夫、さっきの人たちをこの先の結界に誘導してくれてる。そこへ」
「はい、俺たちも行きましょう!」
ナナトさんの案内で俺たちも結界へと向かった。それは外からでは何もないただの少し広まった空間にしか見えなくて、誰かの存在する気配すら感じられなかった。でも、一歩中に足を踏み入れるとそこには恩人たちが確かに存在しているのが見えた。
「みなさん!」
「よお、レイト! ジェニオもいんじゃねーか!」
ネスカさんに声をかけられた。
「兄貴! 無事だったすか!?」
「あたりめーだろ、おれが怪我なんかするかよ!」
「流石す!!」
ネスカさんとジェニオのやり取りを見て、ルミルが「なにあれ?」と呆れたように言っていた。
「我は唄う、光よ、かの者に癒しを……治癒」
マキアがランデーグさんを治療していた。
もしかして、神官の治癒魔法なら失った腕も治せるのか!? ……そう思ったが、どうやら違ったようだ。
「ごめんなさい。わたしにも傷口を縫合するくらいしかできなくて……」
「いや、楽になったぜ。ありがとよ、お嬢さん」
「ランデーグさん……」
「おお、坊主! 助かったぜ!」
「…………」
「お前も少しは冒険者らしくなったじゃねーか! まさかお前らに助けられる日が来るとはな、ガハハ!」
「…………」
「そう重く考えるな、長くやってるとこういうこともあるもんだぜ?」
俺にはかける言葉が見つからない。
「ココハちゃあん、驚いたわあ」
「…ドリンさん」
「あの泣き虫がここまで成長するとはな」
「…クテルさん」
「うむ……!」
「…イングラさん」
「嬢ちゃん、ありがとよ」
「…ランデーグさん」
ココハはこの人たちのパーティーに参加している時は魔法も使えず、役に立てないことをとても気にしていた。それでも、この人たちはココハをすぐに追い出そうとはせずに、ギリギリまで仲間で……家族でいてくれた。
「…ありがとう、ござい……ました」
たくさん伝えたい言葉はあったと思う。感謝も謝罪も尽きないほどに思いが込み上げてきたんだろう。ココハはまた泣き虫に戻ってしまった。でも、それがココハなんだ。精霊術士になってもそれは変わらない。俺はそれでいいんだと思う。
「何があったのかを聞いても?」
尋ねたのはナナトさんだ。
「あんたは……坊主たちの保護者っつってたか?」
「ナナトだ」
「そうか……いや、ちょっと油断しちまっただけだ、情けねぇことにな」
「……あなたは黒狼相手に手を抜くような人には見えないな?」
「買いかぶりだ」
「けっ、でしゃばって前に出てくっからだろ」
ネスカさんが吐き捨てるように呟いた。
「なんだとおめぇ!」
「やめろクテル……いいんだ」
「けどよ、旦那!」
「それよりも坊主、お前はネスカと知り合いだったのか?」
「……えっと、仲間の知り合いっていうか……そんな感じです」
「おいおい、冷てーなレイト! 一緒に酒を飲んだ仲じゃねーか!」
ネスカさんの態度が妙に気になる。ランデーグさんと何かあったのは確かだ。失った腕に何か関係があるのだろうか?
「この子のお守りでやられたのか?」
「……まぁな、でも手綱を取れなかったオレが悪いんだ」
「痛い目を見ないと理解できない人間もいる」
「……そうだな」
「おい! おまえ! 誰だか知らねえけどよ、あんま調子に乗んなよ?」
「まぁまぁ兄貴、この人はやばいすって」
「あ!? ジェニオ、おまえから殺っちまうぞ!?」
「いやいやいや! それはねえすよ!!」
「ガタガタ言ってんじゃねーよ!」
シュゥゥン……と抜刀音が聞こえた。ナナトさんが刀をネスカさんに向けて構えている。
「少し黙ろうか、君は」
「あ!?」
「いやいや、ナナト待った! なんでおめえがキレてんだよ? いつも冷静なあんたらしくねーっての!!」
「ジェニオ、おれは君のことは好きだよ。レイトのパーティーで仲間……だからではなく、人間としてな」
「……なんだよ、急によ?」
「君は口も態度も悪いし、うるさいし話を聞かないし、うるさいし、デリカシーもないしマナーも知らない。でも、仲間想いの良いやつだって思ってるよ」
「…………」
「でも、そこの赤髪くんはダメだ。この子は自分さえ生き残ればいいと考えるようなやつだ。そういう人間は周囲を危険に晒す。冒険者でいる資格はないよ」
「ああん!? てめえ! もういっぺん言ってみろやあ!?」
ネスカさんが立ち上がってナナトさんに詰め寄っていく。ヤバいヤバい。
「ナナトさん!」
マキアが慌てた様子で叫んだ。
ナナトさんはマキアの方を向き、その視線を追った。俺も同じようにその先を見た。そこには結界を囲む黒狼たちの姿があった。
「え!? なんで!?」
「まずいな……」
「おい! 無視してんじゃねーぞ、こら!」
激昂したままのネスカさんをイングラさんが羽交い締めにして動きを止める。
「おい、おっさん! 離せよ! おい!」
ネスカさんはそのまま結界の隅の方まで連れていかれた。
「これ、バレてるんですか?」
「恐らくな……結界の中に入るのを見られていたのかもしれない」
さっきの戦いで逃亡した二匹……もしかしたら、後を付けられていた? だとしたら……俺たちのミスだ。
「ランデーグさんといったか、動けるか?」
「ああ」
「通路まで出て、そこから森の外へ逃げてくれ」
「……お前らはどうする?」
「この子たちも逃がす。おれが囮になるからその隙に」
「……俺も行きます」
「レイト?」
「俺にも手伝わせてください!」
「ダメだ」
「……リーダーは俺です! 俺が決めます!」
「…………」
こんな言い方は卑怯だ。それにナナトさんが止めるということはそれだけ危険だってことだろう。俺のわがままは受け入れられないかもしれない。でも、俺にだって譲れない気持ちはある。守りたい人たちがいるんだ。
「……分かった。おれに付いてこい」
「はい!」
「あたしも行くわよ?」
「ボ、ボクも……行きます!」
「…私、も!」
「みんな……」
「しゃーねーな! オレ様がいねーと困んだろうしな!!」
みんなが、仲間たちが立ち上がる。
「わたしも」
もちろんマキアも。
「おれたちは黒狼を引き付けて東へ向かう。そこから通路に出て脱出を試みる。あなたたちは黒狼が離れたらこの先の通路から外を目指してくれ」
「……分かった。すまねぇな」
「レイトとココハちゃんはあなたたちの背中を追いかけてる。憧れの冒険者像ってやつだ。ここまで導いてきたのはおれかもしれない。でも、その基盤を築いてくれたのはあなたたちだ。おれは感謝していますよ?」
「俺も……感謝してます。ランデーグさんたちと出会って戦い方を教えてもらって、ちゃんと冒険者になれたんです。俺もココハも、みなさんのことを……家族のことを忘れたことは一日もありません! ここで、恩を返します!」
「…私も! みなさんを、助けたい……です!」
「坊主……嬢ちゃん……すまねぇな……」
「あら、あなた……泣いてるのかしらあ?」
「うるせえ! お前だって泣いてるじゃねーか!」
黒狼の一匹が結界の方に近づいてきた。もう時間はない。
「レイト、指示を」
「はい! えっと……まず、ココハとルミルで同時に左右を攻撃」
「了解よ」
「…はい!」
「ナナトさんは中央に道を作ってください」
「おーけー」
「マキアはナナトさんの後ろを付いて行って」
「ええ」
「ジェニオはルミルを、俺はココハを援護しながら行く」
「おうよ!!」
「ブレン、悪いけど一番後ろ……頼むよ」
「う、うん……任せて!」
「ブレン」
マキアがブレンの胸に手を伸ばす。
「我は唄う、光よ、かの者に救いを……護盾」
「あ、ありがとう……マキアさん」
「よし、行動開始だ!」




