第62話「勇気を振り絞って」
昨日は、初めて夜の戦闘を経験しました。本当に真っ暗で何も見えなくて、とても怖かったです。マキアさんの光魔法がなかったらと思うと……胸がギュッと苦しくなります。
ナナトさんの指示で森を出た後、レイトくんとナナトさんが戻ってくるのをみんなで待ちました。怖がっている私をルミルが抱きしめてくれました。マキアさんも残り少ない魔法力を使って、光魔法を使ってくれました。
森の方から物音が聞こえた時は怖かったけど、それはレイトくんでした。黒狼に押し倒されていたけど、怪我がなくて本当によかった。月明かりが出てきてナナトさんも無事に戻って来てくれたけど……。
「まさかジェニオとレイトがね……」
ルミルが思い出したように呟いています。
私たちは今日もコイマの森へとお仕事へ向かっています。今日からはもう少し森の奥へと進みます。帰りはまた遅くなるかもしれません。怖いけど、みんなで決めたことです。
「しつけーぞルミル! あれは事故だ、忘れろ!!」
「び、びっくり……したよね」
「ええ」
「いや、本当に勘弁してよ」
「…でも、仲がいいのは……悪いことじゃないよ?」
「そういう問題じゃ……ないんだけどね?」
「レイト! おめえのせいだぞ!!」
「悪かったって、何度も謝っただろ……?」
「ははっ、くくくく……」
ナナトさんが口元を押さえて、笑うのを我慢しています。
「ナナトさんまで……」
「まぁ、あんたたちの関係はどうでもいいけど、全員が無事で良かったわ」
「う、うん……そうだね。最後はナナトさんに任せる形になっちゃったけど、七匹も同時に……相手したんだよね?」
「みんな、ちゃんと戦えていたと思うよ。特に女の子たちを守ってる男の子たちはかっこ良かったよ」
「だろ? 惚れちまったんじゃねーの!?」
「そうね、レイトがね」
「なんでだよ!!」
ナナトさんは褒めてくれましたけど、やっぱり反省点は多かったです。
「持続時間をもう少し伸ばせるまで、夜戦はなるべく避けてほしい。魔法力もすぐに尽きるし、昨日は無事に帰れたけど、今日も無事にとは言えないから」
「そうだね。昨日は俺からやろうって言い出したのに、結局は俺自身が危険な目に遭っちゃったし」
「いや、試してよかったんじゃねーの? あれを知らずに森の奥で夜戦になってたら確実に全滅コースだったろ」
「元々はあんたが文句を言ったからでしょ?」
「うっせーぞルミル! だからこうして反省してんじゃねーか!!」
「…反省、してたんだ?」
「あ!?」
「…ご、ごめん……なさい」
「ちょっと! ココハを怖がらせるんじゃないわよ!」
「別に怖がらせてねーだろ!?」
「ジェニオは返事が威圧的すぎるんだよ」
「んなこと言ったって仕方ねーだろ。オレはオレなんだからよ!!」
「そうだな、ジェニオはジェニオ。ココハちゃんはココハちゃんなんだ。それが分かってるなら、大丈夫だよ」
……何が大丈夫なのかは分かりません。ナナトさんはときどき、こうやって不思議なことを言います。そして、これも不思議なことに、みんながそれに納得してしまうんです。何となく分かった気になってしまう。私は、この感覚が好きです。うまく言葉にはできないけど、みんなの考え方や感じ方はそれぞれ違うのに、この時だけはみんなが同じ気持ちになれているような気がするから。
――コイマの森に入って奥へと進んで、結界の中で休憩を終えると、私たちは通路の終着点……その奥へと進みます。ここからは木々の間隔が二メートルから三メートル程しかありません。茂みは少ないので、今までのように突然襲われるようなことはないと思います。
「この先は群れの数も増えるし、もたもたしていると他の群れも寄ってくるからな?」
「慎重に、そして迅速に……ですね?」
「ああ。森へ入る前に決めた作戦は覚えてるな?」
「はい」
「よし、じゃあ行こうか」
私たちは木々の間を歩いていきます。ブレンくんとジェニオくんが先頭で、真ん中にレイトくんとルミル、後ろは私とマキアさん、ナナトさんの三人です。
「ウオオオオォォォォォォンン!」
黒狼の遠吠えが聞こえました。
私たちのことは臭いで分かってしまうみたいなので、静かに歩いたりしてもダメみたいです。小狼と比べても、耳や鼻は特に優れているのだと思います。
「戦闘準備!」
「レイト、護盾を」
「うん、お願い」
「我は唄う、光よ、かの者に救いを……護盾」
レイトくんの前に透明な盾が出現しました。これで、もしダメージを受けても防いでくれるはずです。ルミルが弓に矢をつがえて辺りを見回しています。
「いたぞ! 右だ!!」
ジェニオくんが叫びました。
ルミルがすぐに弦を引いて構えました。私もすぐに援護できるように準備をします。空気弾か風鋭刃か……。黒狼の姿が見えました。群れになって駆けて来ます。数は……えっと……。
「数は六! ブレンが三……可能なら四! ジェニオと俺で一匹ずつ! ココハは俺に付いて来て! ルミルはとにかく動き回って!」
「おっしゃ、いくぞおら!!」
「ま、前に……出るよ!」
ルミルは弓を構えるのを止めて、ジェニオくんの方に向かって行きました。走り回っている黒狼と、たくさんの木々に阻まれて遠くから矢で狙うのは難しいみたいです。私も必死にレイトくんの後を追います。木々が多すぎて、こんなに近くにいるのに見失ってしまいそうです。まるで迷路の中にいるみたいな……。
「ココハちゃん、急がなくていい」
ナナトさんが後ろから声をかけてくれました。
振り返るとマキアさんも一緒でした。私は……肩で息をしていました。もう疲れてる?
「レイトと同じペースで走らなくていい。大丈夫、すぐ近くにいるから」
「…は……はい」
ナナトさんやマキアさんと一緒に少しずつ進みます。木々の間からブレンくんの姿がチラッと見えました。木に背中を預けながら、防壁で耐えているみたいです。
「おらぁぁああああ!!」
どこからか、ジェニオくんの声も聞こえてきました。
みんなも戦闘開始しているみたいです。ルミルとレイトくんはどこ?
…その時でした。
「ガルゥゥゥウ!」
目の前の木の陰から黒狼が飛び出してきました。
「…空気弾!」
思わず魔法を放ってしまいました。
黒狼はそれを飛んで避けるとこちらに向き直りました。私の横を通って、かばうように前に出て来た人がいます。それはナナトさん……ではなくて、マキアさんでした。
「ココハ、わたしが抑えるから援護して!」
「…え、でも」
「大丈夫……わたしだって戦える!」
「…はい!」
マキアさんは短杖を構える。黒狼は唸り声を出してから飛びかかってきました。
「ぐっ……」
マキアさんの苦しそうな声。
すぐにでも援護しないと……でも、距離が近すぎます。私は軌道変更をするのに、一定の距離がないとイメージができません。離れないと……。足を下げようと思いましたが、すぐに気がつきました。後ろに下がったとしても木々の間隔が狭いせいで、マキアさんを避けるように魔法を撃つことは難しいということに。どうしよう。早くしないと、マキアさんが危ないのに……。
一つだけ、すぐに思いついた方法がありました。でも、私にはそれをする勇気が咄嗟には出せなくて……躊躇してしまいます。
「もう……ダメ……ココ、ハ……」
怖い、怖い、怖い怖い怖い……でも、マキアさんが!
「…風鋭刃!」
私はマキアさんの横から飛び出すと、黒狼の隣から魔法を放ちました。これなら軌道変更をしなくても、真っ直ぐに飛ばせられる。たくさんの返り血で冒険着が赤く染まります。私は泣いていました。怖くて怖くて……。マキアさんがそっと短杖を下ろすと、抱きしめてくれました。
「ありがとう、ココハ」
「…ごめん、なさい……私」
「いいの。ココハのこと信じてたから……助けてくれて、ありがとう」
「…ぐす……よかっ、た……」
後ろから頭を撫でられました。ナナトさんです。ずっと見守ってくれていたみたいです。マキアさんを危険な目に遭わせてしまった私を叱ったりはしません。
「ごめんね?」
「…………」
私は首を横に振って答えました。
「動ける? 行こう、レイトが君を待ってる」
「…はい!」
涙を拭ってから、私は先へと進みました。何本かの木を横切ると、レイトくんが黒狼と睨み合っているのが見えました。
「…レイトくん!」
「ココハ!? 良かった……無事だったんだね?」
レイトくんは振り向かずに尋ねてきました。
「…うん、遅くなって……ごめんなさい」
「無事ならそれで……援護、できる?」
「…うん。でも、木が邪魔で」
「……分かった、隙を作るから準備してて!」
「…はい!」
レイトくんが羽織っているマントを脱いで、黒狼の方へと走っていきました。
「…風鋭刃!」
私は形成と動作の一部だけを先行して行い、回転する刃を出現させました。
私の後ろからマキアさんの息遣いが聞こえてきます。ナナトさんは……いないみたいです。きっと他の人の所へ行ったんだと思います。
レイトくんは何度か黒狼に斬りかかりますが避けられてしまっています。でも……黒狼がこちらを確認するために首を横に向けた一瞬の隙を突いて、持っていたマントを黒狼の頭に被せました。
「ココハ!」
「…飛んで!」
私の掛け声で停滞していた刃が黒狼に向かって真っ直ぐに飛んでいきます。必死にマントを剥がそうとしている首元を斬り裂きました。
「よし!」
レイトくんが握り拳を作って体の前で掲げました。
「レイト、怪我はない?」
マキアさんが駆け寄っていきます。
「大丈夫。それより、みんなとはぐれちゃって」
「ううん、そう見えるだけ。みんなも近くにいるはずだから」
「そうなの?」
「ええ。ナナトさんがみんなの様子を見て回ってるから、合流しましょう」
「分かった。ココハ、行こう!」
「…うん!」
私たちはまた奥へと進みます。今度ははぐれたりしないように慎重に。
「逆跳!」
「よっしゃ! おらおらぁああ!!」
ルミルとジェニオくんを見つけました。黒狼はその場に倒れていました。あとはブレンくんだけ。
「ブレン! どこだおい!?」
「…あ、あっちの方」
「ココハ、分かるの?」
「…さっき、見えた……気がして」
「よし、行ってみよう!」
ブレンくんはさっきと同じ場所でまだ盾を構えて立っていました。
「ブレン!」
急いで助けてあげたいけど、木々の間隔が狭くて思うように進めません。
「ジェニオとルミルは右から回り込んで! ココハは俺と左から! マキアはブレンに治癒を!」
レイトくんの指示を聞くと、ジェニオくんとルミルはすぐに進路を変えて移動していきました。私はレイトくんに付いて行きます。
ブレンくんに襲いかかっていた黒狼の数は三匹。それをずっと一人で耐えていたなんて……ブレンくんはすごいなって思います。大きくて、みんなに頼りにされているけど……本当は怖いと思う。こんな言い方をするのは失礼かもしれないけど、私みたいに心はそんなに強い人じゃないと思うから。それでも、みんなの期待に応えようって頑張っている姿は私に勇気をくれる。
三匹の黒狼はレイトくんと私で一匹、ジェニオくんとルミルで一匹、最後の一匹はルミルが我流閃技を使って単独で倒していました。
「我は唄う、光よ、かの者に癒しを……治癒」
マキアさんがブレンくんの治療を始めました。
「えっと……これで何匹?」
「全部倒したんじゃねーの?」
「早速ゴタゴタしちゃってるわね」
「…六匹、倒したよ?」
「そっか……ごめん。あっという間にみんなの姿が見えなくなって」
「それがこの森の怖いところだよ」
ナナトさんが木々の間から姿を見せました。
「他の森よりも木々の間隔が狭く戦いにくい。そこに生息しているのは統率の取れた狼の群れ。小狼と違うのは体格だけじゃないってことだな」
「はい……これはまた反省会ですね」
「ああ、そうだな。でも……その前に」
「どうしました?」
「何か様子がおかしい……」
「え?」
ナナトさんが森の奥へと視線を向ける。みんなも同じようにそちらを見ましたが、何がおかしいのかは分かりません。
「これだけ時間をかけても増援の一匹も来ないなんてな」
「あ、そういえば……」
「たまたま近くにいなかっただけじゃねーのか?」
「そ、そうかも……しれないね」
「…?」
何かが聞こえた気がしました。ほんの小さな音だったけど、確かに何かが。
「―――! ―――――!」
聞こえました。間違いなく、それはみんなにも聞こえていたはずです。
「おいおい、誰か戦ってんのか!?」
「黒狼たちがこっちヘ来なかったのは、あっちへ向かって行ったからかもしれないわね」
「これ、まずくないかな?」
「何がだよ?」
「黒狼って知能があるから、確実に殺せる方を狙うって話だったろ?」
「そうね」
「俺たちみたいなパーティーがあんなに苦戦してたっていうのに、それよりも向こうの方がピンチってことじゃないのかな?」
「そうだな。レイトの言う通りだと思うよ」
「だからどーするってんだよ? 助けに行くのか? まだ慣れてねえ俺たちが黒狼の群れの中に飛び込んで行って何ができんだよ?」
「それは……」
「レイト、君はどうしたい?」
「俺は……助けたいです」
「本気かよ!?」
「ジェニオの言いたいことも分かってる。でも、なんだろう……嫌な予感がするんだ」
レイトくんの言葉を聞いて、私も同じように不安な気持ちになりました。このまま見捨ててしまったら、ずっと後悔するかもしれない……と。
「どうする? 迷ってる間に全滅するかもしれない。その後に到着しても、見逃してもらえるかは分からないよ?」
「…レイトくん、行こう?」
「ココハ? うん、みんなごめん、行こう!」
「ええ!」
「う、うん……!」
「ったくよ! 仕方ねーな!!」
私たちは急いで声のした方へと向かいます。それは森のもっと西側。距離はまだだいぶあると思います。
「この方角……以前にも騒がしくなってた方じゃない?」
ルミルが走りながら言いました。
「確かに……前の騒ぎも同じ人たちだったのかな?」
「迷惑なやつらだな、おい!!」
必死に、必死に走ってみんなの後ろを追いかけます。何分くらい走ったのかは覚えていません。レイトくんが足を止めたのでみんなも同じように止まりました。
少し木々の間隔が広い場所へ出ました。小さな通路になっているみたいで、そこには十匹ほどの黒狼に囲まれている、他のパーティーの姿がありました。
「嘘だろ……あれって……」
レイトくんが怯えた表情でその人たちを確認しています。
「……ランデーグさん!」
……え?




