第61話「夜戦の怖さ」
休日を無為に過ごした翌日。出発の時間になるとココハからの合図があって一緒に集合場所の北門へと向かった。ルミルの矢作りを手伝って、代わりに少しだけ料理の仕方を教えてもらったらしい。昨晩は風呂屋へ行った帰りにルミルに送ってもらって帰って来たと言っていた。
みんなと合流してコイマの森へと向かう。マキアも無事に光魔法の新しい唱術を覚えたらしい。眩耀という、激しい閃光で相手の目を眩ませたり、夜だと灯りの代わりにも使えるらしい。
巨大猪との戦闘の際に、空に打ち上げられていたあの光……あれがその魔法だった。あれは夜なのに、まるで昼間のような明るさになるほどの強い光だったけど、マキアのレベルだとそこまでの明るさはまだ期待できないということらしい。真っ暗闇での戦闘になるよりかは全然いいんだけどね。
「正面! ルミル! ココハ!」
「任せて!」
「…はい!」
ブレンとジェニオはそれぞれ、左右から飛び出してきた黒狼と交戦中になっている。ここで近づかれるのは危険だ。
「ナナトさん、前に出ます。あとはお願いします!」
「了解」
ルミルの矢とココハの魔法で進攻を遅らせている間に、俺は最前線へと駆け上がる。ルミルが援護しやすいように、中央よりも少し右に寄って剣を構えた。そこへ黒狼が突っ込んでくる。大きな口を開き、鋭い牙で噛み付こうとしてくる。俺はそれを剣で防ぎ、抑え込む。
「…空気弾!」
圧縮した空気の弾丸が弧を描くようにして黒狼の胴体へと直撃した。緩んだ口元から剣を引き抜いて斬りつける……が、まだ倒しきれてはいない。
「ルミル!」
そう叫んで右へとステップを踏む。
ヒュンッ……と風の切る音と共に高速の矢が黒狼の額を貫いた。ルミルの我流閃技、襲撃だ。俺が正面で抱える場合はこの連携を使うことが多い。
「ルミルはジェニオの援護! ココハはブレンの援護に! レイトはそのまま正面の警戒!」
「はい!」
ナナトさんの指示は迅速だ。ナナトさんが指揮をしている戦闘は全員が安心して戦えている。俺の場合だとまだまだそういうわけにもいかない。リーダーとして情けないのは確かだけど、ナナトさんと比べても仕方ないし「それはまだまだ伸びしろがあるってことだろ?」と言ってもらえたことで、前向きに捉えられるようになった。
「ジェニオ! 左へ行けないようにして!」
「おっしゃ!!」
ルミルの言葉を聞いて、ジェニオが長槍で黒狼を左側から抑え込む。それを見たルミルは相手の側面へと駆けて行く。ジェニオと黒狼の左側を通りすぎ、通路の脇に生えている森の木に向かって飛び込んだ。一歩、二歩、三歩と走るように木を登っていく。四歩目で力強く蹴り上げて跳躍する。体が回転して頭が下に、足が上の逆さまの状態になりながら弓の弦を引く。
「逆跳!」
空中から放たれた矢は、黒狼の脳天から突き刺さって絶命させた。ルミルは回転を続け、体の向きが元の状態になると着地を決めた。
新しい我流閃技の逆跳は、敵が味方の向こう側にいて援護できない時に使うものだ。回り込んで射とうとすると仲間から孤立することになるし、この森の場合は茂みからいつ襲われるか分からないから危険だ。そこで、障害物を使って飛び跳ねて戻ることで孤立することを防ぎつつ、空中から矢を射つことで仲間の援護もできるようになった。
何よりも驚いたのは、ルミルはこれを特に練習することもなく、実戦でいきなり試してみたらできた……と言うのだからすごい。その勇気と才能は、ルミルが俺たち同期の中で最も優れた冒険者だということの証明だ。正直、悔しいとかを通り越して憧れてしまう。
「…風鋭刃!」
高速に回転した刃が、ブレンの抱える黒狼の胴体を斬り刻んでいく。増援はもうない。戦闘終了だ。
「みんな、お疲れさま」
「わ、わりと、安定して戦えるように……なってきたね」
「だな。そろそろ奥へ進んでもいいんじゃねーの?」
「ナナトさん、どうですか?」
「うん、いいんじゃないかな」
「おっしゃ!!」
「ただ、もう日が暮れそうだし、明日にしよう」
「んだよ! やる気になってんのによ!!」
やる気になってても無理なものは無理だ。こういう時、リーダーが注意しないといけないのは本当に面倒くさいって思う。
「夜になると危険なのは分かってるだろ?」
「ああ、でもよ、そのためにマキアは修練してきたんじゃねーのかよ?」
「ええ。でも、あくまでも保険だから、確実に対応できるものではないし、避けられる危険なら避けた方がいい」
「んだよ、使えねーな!!」
「あんたね……」
「それじゃあ、夜の戦闘を経験してみるか?」
ルミルの言葉を遮って、ナナトさんが少し強めの口調で言った。
「ジェニオの前に進みたいって気持ちは悪くないと思うけど、最近の君はどこか焦ってる感じがするよ? どうしてレイトがこんなにも慎重になっているのか、マキアが何に怯えているのか、身をもって体験した方が早いかもしれないね」
そう。確かに最近のジェニオは休日を返上してまで仕事をしたがるし、どんどん先へ先へと進みたがる。たぶんそれは、兄貴と慕うネスカさんという先輩冒険者に憧れてて、早く追いつきたいとか、そういう気持ちがあるんだろうとは思うけど。俺たちには俺たちのペースがあるんだから、もっと仲間のことを見てほしい。
「夜戦……やってみよう」
「レイト、本気?」
「うん。早かれ遅かれ、いつかは経験しないといけないことだし」
「だ、大丈夫……かな?」
「…怖いかも」
「やることはいつもと変わんねーんだ、問題ねーよ!!」
「…………」
「マキアは心配?」
「……ええ。でも、明日から奥へ進むのなら、ここで夜の戦闘を経験しておくのは……悪くないと思う」
「決まりみたいだな」
「はい。ナナトさん、指導の方……お願いします」
「ああ。おれは、おれの役目をきちんと果たすよ」
――細心の注意を払い、いつでも逃げられるようにと、俺たちは森の出入口の近くで日が沈むのを待った。木々の間から漏れてきていた光の線は徐々に細く、薄くなっていき、遂には消えてしまった。夜が訪れた。森には灯りなんてないし、俺たちも灯りになるものを用意なんてしていなかった。完全に暗闇だ。仲間の顔も、森の木々も、足元さえも見えはしない。
「これ、ちょっとヤバいんじゃないの?」
前方からルミルの震える声が聞こえた。
「な、何も……見えないよ?」
「…………」
「ココハ、大丈夫?」
「…ん」
ココハの返事はとても小さかった。
「みんな、出口の方角は覚えてるね?」
「はい」
「夜でも黒狼たちには俺たちの姿が見えてる。この状況下ではこちらが圧倒的に不利になる。仲間の動きも分からないし、ルミルとココハちゃんの遠距離攻撃は不用意に使えない。なるべく密集して迎え撃つこと。勝てないと判断したら指示を出すから、その場合は全力で森の外まで走ること」
この暗闇ではナナトさんだって全員を守りきるのは難しいかもしれない。もしかしたら、夜戦なんてまだまだ早すぎたんじゃないのか? 俺は……間違えたのか?
「ジェニオは正面に、レイトは右。戦闘が始まったらマキアには眩耀を継続的に使ってもらう。持続時間は?」
「はい……十秒くらいなら」
「は!? 短けーな! おい!!」
「そんなものだよ。その短い時間で戦況の把握に努めないといけないし、ルミルとココハちゃんは攻撃のチャンスになる」
「…はい」
「みんな、眩耀の光は相手の目を眩ませることができるほど強い光だから、直視しないようにだけ気をつけて」
ナナトさんとマキアはこの暗闇の中でも、作戦を伝えようと話しかけてくれる。マキアの声は少し震えているような気はした。でも、この森では誰も死なせたくないって気持ちは誰よりも強いはずだし、声を出して意志疎通をすることがこの暗闇では何よりも大事なことなんだろう。
「みん――」
みんなに声をかけようとしたその時だった。ガサガサッとどこかの茂みから物音がした。それは、一つ二つではなく、既に囲まれている……そう思った。
「戦闘準備!」
俺たち前衛の男三人で、ルミルとココハを背中で挟み込むようにして密集陣形を取った。マキアは……たぶんナナトさんのそばにいる。
「我は唄う、光よ、かの者に輝きを……眩耀」
それは俺たちの頭上へと打ち上げられると、強い光を出して周囲を照らした。
「なにい!?」
ジェニオが動揺する声を発した。
俺も正面の方に目をやった。そこにはなんと、三匹もの黒狼が既に五メートルほどの距離まで近寄って来ていた。眩耀の強い光を見たのか、目を閉じて動きは完全に止まっていた。
「どいて!」
咄嗟に動いたのはルミルだ。
すばやく弓を構えると、俺とジェニオの間から一番右の黒狼へと矢を放つ。それは見事に額へ命中した。
「ガルゥゥゥウ!」
茂みから黒狼が飛び出してくる。
俺の方じゃない。きっとブレンの方だろう。確認している余裕はないし、頭上の光も弱々しくなってきている。そろそろ効果が切れるのかもしれない。
「連続使用はできない! 身を守って!」
「ジェニオはとにかく槍を振り続けろ! ブレンはそのまま防壁を維持! レイトの方も必ず来るぞ!」
「くそがあ!!」
隣で長槍を激しく左右へ振る音が聞こえる。
光は消え、森は再び暗闇に染まる。
「レイト!」
マキアの声が聞こえた。
肩を掴まれた。咄嗟のことだったので何をするのか理解することもできなかった。
「我は唄う、光よ、かの者に救いを……護盾」
そうか、護盾を使っている暇はなかったから、それに気づいて来てくれたのか。
「マキアはそのままレイトとブレンの間に! ココハちゃん、こっちへ!」
「…はい!」
マキアと入れ替わるようにココハがナナトさんの方へ向かったようだ。暗くて見えないけど大丈夫なのか?
「次の眩耀でブレンの方へ風鋭刃を」
「…はい!」
そうか、暗闇で見えないし、仲間に囲まれてるせいでココハは魔法を使えなかったのか。ナナトさんはあの十秒間でそれに気がついたということか。
「くそ! いやがる! こっちに来んじゃねーよ!!」
「我は唄う、光よ、かの者に輝きを……眩耀」
二回目の光が打ち上げられた。
「…風鋭刃!」
ココハがすぐに動いた。その様子は俺の方からは見えないけど、きっとブレンの方は片付いたことだろう。ルミルとジェニオも僅かな隙に攻撃を繰り出していく。これで三匹くらいは倒せたのかな?
「ガルゥゥゥウ!」
遂に来た。俺に向かって黒狼が茂みから飛び出してきた。
その瞬間に光が消えてしまった。いや、待ってくれよ。俺はブレンのように盾を持っていなければ、ジェニオのように射程のある武器でもないのに。
ドンッと何かがぶつかる音がした。きっと黒狼が護盾に体当たりをしたんだと思った。確実に目の前にいる。ここで出し惜しみはできない。俺は前方に殺気を強く出し、そのまま右へ回避行動をとった。
幻影……その姿は見えないけど、出現させられたことは何となく分かる。黒狼の唸り声を聞きながら位置を予測する。飛びかかった。今だ!
暗闇で剣を振ることの怖さをその一瞬で知った。すぐ近くにマキアもいるはずだ。少しでも間違えたら仲間を斬ってもおかしくはない。その恐怖で剣を握る力が少し緩んでしまった。倒せたのか? 斬った感触はあった。でも、確かめるのはそっちじゃない。
「マキア?」
「え、なに?」
「あ、いや……大丈夫?」
「ええ。次、そろそろ」
「分かった」
ジェニオのつらそうな息が聞こえてくる。正面は残り一匹だったか? 四匹は倒したとして、次で終わるだろうか。
「我は唄う、光よ、かの者に輝きを……眩耀」
三回目の光が打ち上げられた。その瞬間、ものすごい悪寒に襲われた。何かがおかしい……そう感じた。仲間は全員いる。増援も現れてはいない。でも、何か違和感が……。
「レイト!」
ナナトさんの叫び声が響いた。
どうしてナナトさんがそんなに慌てた声を出していたのか、さっきの悪寒はいったいなんだったのか。それはすぐに分かった。
「ガルゥゥゥウ!」
黒狼が俺に飛びかかってきた。
それは茂みから現れた増援ではない。ましてや、ジェニオと交戦中だった相手でもない。さっきまで倒したと思い込んでいた、俺が斬ったはずの黒狼だった。そう、違和感の正体はこいつだ。足元に倒れているはずの死体がそこにはなかった。死んでいなかったんだ。俺は押し倒されるようにして背中から地面に倒れ込んだ。
「レイト!?」
「何やってんだ!!」
「…レイトくん!」
まずい……何とか牙は剣で防げたけど、このまま暗闇に戻ったら死ぬ……殺される。何とかしないと。
「ガルゥゥゥウ!」
「ガルゥゥゥウ!」
ここで増援!? 嘘だろ……?
「撤退する! 女の子から! 走れ!」
「でも、レイトが!」
「助ける! でも全員は無理だ! とにかく走れ!」
ココハが、マキアが、ルミルが……出口に向かって走っていく。
「ジェニオ! ブレン!」
名前を呼ばれると二人も急いで反転して駆け出す。頭上の光が弱まっていく。やばい。シュッ……と刀を振る音が聞こえた。俺の体の上に乗り上げていた黒狼の胴体が、真っ二つに裂かれて吹っ飛ばされる。
「レイト、立て!」
「はい!」
剣を杖代わりにして起き上がる。咄嗟にナナトさんと背中を合わせるようにして剣を構えた。
光が消えた。もうマキアもいない。黒狼は残り何匹だったかな? 何も見えない。恐怖で体が震える。きっとナナトさんにもそれは背中越しに伝わっていると思う。
「レイト、走れるか?」
「……はい」
「合図したら出口に向かって走れ。みんなと合流したらすぐに街へ戻るぞ」
「はい」
黒狼たちの唸り声が聞こえる。どうしてまだ襲ってこないのかは分からない。こんな暗闇で複数を相手にすることなんて俺にはできないし、まだ生きていることも不思議だ。
出入口の方から微かに光が見える。あれは……眩耀? マキアが道を示してくれたのだろうか。きっと俺たちが戻ってくることを信じて待ってくれている。
「走れ!」
その声と共に背中で感じていたナナトさんの存在を失った。
俺は走り出した。もう何も考えないでとにかく走るしかない。黒狼は森の外まで追いかけてくることはないらしい。それは夜でも同じことなのかは分からないけど、それに賭けるしかない。
「ガァウ!」
背後から黒狼の悲鳴のような声が聞こえた。
……ナナトさんは、もしかして戦ってるのか? こんな状況で相手に向かって行ったのか? 俺を逃がすために? 少しだけ後ろを振り返ってみた。弱まっていく光の中でナナトさんが刀を振っているのが見えた。俺を追いかけてくる黒狼はいない。でも、動いている影はナナトさんを含めても三つはあった。光が消える前に振り返るのを止めて全力で走った。
どれくらい走ったのかな。もう森の外だったりする? 今日は月も、星ひとつだって見えないくらいに曇っていたかな? 覚えていない。がむしゃらになって走っていると、前方に何かの気配を感じた。ドンッとそれにぶつかってしまった。「おおん!?」それは変な鳴き声をする生き物だった。硬くて冷たい外皮をしていて、体長は俺と同じか少し大きいくらいだろう。
「森の外までは追いかけて来ねえんじゃねーのか!? くっそ! おいブレン助けろ!!」
「……ジェニオ?」
「あ!? おめえ……レイトかよ!?」
「あ、あぁ」
その生き物はジェニオだった。外皮だと思ったのはこいつが着ている軽装の鎧で、俺はそれを頬で感じていた。今俺は、ジェニオに抱きついている状態みたいだ。
「レイト、怪我は?」
「大丈夫、なんともない」
「おめえ! いつまでくっついてんだよ!!」
「悪い……安心したら力抜けちゃって……」
「レ、レイトくん、無事で……よかった」
「…ナ、ナナトさん……は?」
「分からない……。俺を逃がした後もまだ戦ってて、たぶん二匹くらい残ってたと思う」
「ヤバいんじゃないの? 助けに……は行けないか」
「……大丈夫。信じて待ちましょう」
マキアの震える声が言った。
雲が動いたのか、月灯りが森の出入口を照らした。ここは森の外だった。目の前にはジェニオの顔。抱き合う俺たちを驚いた顔で見ている仲間たち。そして……。
「なんだ? 二人はそういう関係だったのか?」
森の中から現れた、刀を腰に帯びている軍師の姿があった。




