第51話「デメリット」
夕方。ルトナの街。俺たちは狩りから戻ったその足で北東の高台にある宿屋へと向かった。部屋の扉をノックすると、中からナナトさんが顔を出した。
「お、どうした? みんなして」
「すみません、突然押しかけてしまって」
「構わないよ」
「あの、お話したいことがあって……都合が良ければ、一緒に夕飯を食べませんか?」
ナナトさんは無言のままで俺たちの顔を一人ずつ確認していく。一通り見渡すと少し笑ってみせた。
「いいよ」
短く、そう答えてくれた。
――リーシェの酒場。一階の最奥にあるテーブル席。ここはあの日、俺とココハがナナトさんと最初に訪れた時に案内された席だ。六人掛けのテーブルに七人はさすがに座りきれず、奥からジェニオ、ブレン、俺。反対側はルミル、ココハ、マキア。そして、通路に別の椅子を用意してもらって、そこにナナトさんが座っている。
話の前にまずは各々食べたいものを注文していく。もちろん酒も飲むつもりだ。ナナトさんは相変わらず果物と白湯を頼み、搾ってかき混ぜていた。近況報告をすると「順調そうで安心したよ」と言ってくれた。マキアも以前とは違って積極的に話すようになっていた。まだ完全に元通りというわけではないだろう。でも、確実に前に進んではいる……そんな感じだ。
「さて、そろそろ……話っていうのを聞こうか?」
みんなの腹がある程度は満たされたかな……というくらいのタイミングで、ナナトさんの方から切り出してくれた。
「……はい」
「ん、そんなに重たい話なのか?」
「いえ、そんなことはないですけど……いや、んーどうなんでしょう?」
「レイト、わたしから話そうか?」
「え? いや、ここはちゃんと俺が話すよ。一応まだリーダーだしね」
「頼りねーけどな!!」
ジェニオはもう何杯目かのビールが入ったグラスを口元へと運んでいる。
「ナナトさん、俺たちそろそろ……コイマの森へ入ろうと思うんです」
「そうか」
「個々にできることが増えてきて、パーティーとしての戦い方や限界も把握できてます。でも、ここから先はマキア以外はみんな未知の世界で……黒狼の姿を見たことがあるって程度でしかないんです」
「ああ」
「いろんな人たちから話では聞いています。黒狼は小狼とは全くの別物だと。俺たちは相手のことを知らないから、戦い方はまた一から組み直さないといけないかもしれない。そうなると、群れで襲ってくる黒狼はやっぱり怖くて……情けないですけど」
「臆病くらいがちょうどいいよ。一番危険なのは自分たちの力を過信すること、だよ」
「…………」
その言葉でマキアは目を閉じてしまった。
何かを思い出したのか、これから自分のトラウマになっている場所に踏み入れることを恐れているのか。
「それで?」
「え?」
「決意表明をするために、おれを呼び出したんじゃないんだろ?」
「……はい。ナナトさん、あの……俺たちの……」
「いいよ」
まだ言い終わってもいないのに返事をされた。
「え?」
「必要としてくれるんだろ? おれを」
「え、あ、はい! もちろんです!」
「おれはもう選択肢を間違えたりはしない。あの日、手放してしまった後悔はもう消えないけど、その十字架を背負っているからこそ、断言できることはある。君たちを守れるのは……おれしかいないってな」
「そ、それじゃあ?」
「ああ、君たちと一緒に行くよ」
「よっしゃ!!」
「よ、よかった……」
「当然よね」
みんなが口々に喜びを言葉にする。ココハも嬉しそうに笑っている。マキアは……不安と喜びがせめぎあっているような表情をしている。声をかけるべきだろうか? そんなことを考えていると、マキアの頭をナナトさんの左手が撫でるように叩いた。
「もう、大丈夫だから……」
ナナトさんがそう言うと、マキアはそっとナナトさんに顔を向けた。その顔は今にも泣き出しそうで、それを我慢するように下唇を噛んで静かにゆっくりと頷いていた。
良かった。もう大丈夫……という言葉は俺に重くのしかかっていたものも払い除けてくれるような気がした。リーダーという重責、戦闘中の指揮、そしてパーティーの意向や方針を決める最終的な判断など……そういうものはこれからは全てナナトさんがやってくれる。みんなから信頼されていて、認められている人だから。
俺にとってはリーダーという役割も良い経験になったし、ジェニオの扱いも含めて、全て任せてしまいたい。
「ナナトさん、それで……」
「待った」
右手を少し上げて手のひらをこちらへ向けて制止された。
「え?」
「仲間にはなるよ。でも、条件がある」
その言葉には衝撃を受けた。正直、ナナトさんはやると言ったら無条件でも引き受けてくれると思っていたからだ。それはただの甘えなのかもしれない。いや、甘えだろう。みんなもその条件というものを自分がクリアできるのか……という心配の表情を浮かべている。ナナトさんはそんなみんなの表情を見て、笑った。
「そんなに構えるなよ。別に条件を満たせなければパーティーを抜ける……なんてことは言わないよ。ただ、おれを仲間にするメリットよりも、仲間にしたことで生じるデメリットを無くしたいだけだから」
「…デメリット?」
「そうだよ、ココハちゃん。それが何だか分かる?」
「…いえ、そんなデメリットなんて……考えられないです」
「誰か、他に分かる人は?」
誰も名乗りを上げることはない。当然だ。ココハが言った通り、デメリットなんて想像もできない。ナナトさんの腕は全員が自分の目で見て知っている。マキアに至っては上位五種族と戦える強さだとも言っていた。戦闘経験も豊富で戦い方だけではなく、戦う相手のこともよく知っている。そんな人が仲間になることでデメリットが生まれるとは到底考えられない。
「マキアは? 分からない?」
「……わたしたちが、今答えられないことが既にデメリットになっていますか?」
「そうだね、正解」
「どういうこと?」
「わたしたちはこれまで、分からないことに対してどうやって乗り越えてきた?」
「それはあれだろ、あれ……おいレイト、言ってやれよ」
「……みんなで話し合って、意見を出しあって、試してみて、それでもダメだったらまた話し合って……」
「そう。それを今はしなかった」
「つ、つまり、どういうこと……なのかな?」
「デメリットは何かと聞かれて、たぶん、全員が同じ事を考えてた。ナナトさんがいればメリットはあっても、デメリットなんてない……って」
「…うん、考えた」
「ナナトさんが仲間になると言った瞬間から、わたしたちは思考することを止めて、全てナナトさんに任せようとした。わたしたちは成長することを自ら捨てようとしてる」
確かにそうだ。俺はもう安心しきっていた。でも、それは仕方のないことだろ? ナナトさんに任せた方が確実に上手くやってくれる。この考え方が既に思考停止なんだろうか?
「みんな良かったな。こんなにも優秀なヒーラーを仲間にできて」
「え? あ、はい」
「美人だし、可愛いし、ちょっと真面目すぎるけど……それもまた可愛いよね」
突然のことすぎて、ナナトさんが何を言っているのかを理解するのに時間がかかった。
「……ちょっと、やめて……ください」
マキアは今までに見せたことがないくらいに動揺して、照れている。
それを見てナナトさんは笑っている。からかっているのか、本心なのかは分からない。この人はまだまだ謎の多い人だ。
「……さて、それじゃあ条件を言うよ? まずはレイト」
「はい」
「このパーティーのリーダーを引き続きやってくれ」
「……え?」
「それが条件の一つ目だ」
「な、なんでですか? ナナトさんが指揮をした方がいいと思いますけど」
「おれが全ての指揮をしてしまうと、困るのは君たちだって話はさっきしただろ?」
「それは……」
「レイトの重荷になってることはなんとなく分かるよ。でも、おれは向いてると思う。いつかこの経験が役に立つ日は来るんじゃないかとも思ってる」
「俺は……んー」
「…私も、レイトくんは……向いてると思う」
「わたしも」
「そうね、あたしもそう思うわ」
「ボ、ボクも……」
みんなが背中を押してくれる。というか、そんな風に思っててくれたのか……知らなかった。雰囲気でそう答えてるだけかもしれないけど。
「まあな……いいんじゃねーの? ここまで来たんだしな、途中で投げ出すんじゃねーよ!!」
まさかジェニオまでもそんなことを言うなんて。
いいのかな、俺で。ナナトさんを仲間にする理由の半分くらいは、指揮を任せたかったからだと思っていたんだけど。
「負担は大きいだろうし、全てとは言わないよ。特に戦闘中は余裕が無くなってくるだろうしな」
「……はい」
「全体への指示は基本的に任せるけど、必要になったらこっちで引き継ぐよ。後はそうだな……前衛の指揮は君に任せるよ」
「はい……え? 俺が前衛の指揮をするんですか?」
「ああ」
「レイトはサポーターだろ? それならナナトがやった方がいいんじゃねーのかよ?」
「おれは基本的には戦闘に参加するつもりはないよ」
「「え?」」
みんなの声が重なった。この人は今なんて言ったんだ?
「どういうことよ?」
「言った通りの意味だよ。条件の二つ目……戦闘は極力自分たちで行うこと」
「まてよ! それならアンタを仲間にする意味なんてねーだろ!!」
「後衛の指揮はするし、必要ならば戦うよ。だけど、俺が前に出たら君たちが戦えなくなるだろ?」
「そ、それは……そうかもしれない」
「おれが戦うのは、相手の数が君たちよりも多い場合、誰かが負傷したり危険だと感じた場合、それから……君たちでは太刀打ちできない相手と遭遇した場合、かな」
相手が七匹以上じゃないと戦わないということか。六匹までは俺たちだけでもやれると……いや、やれないといけないってことだろうな。負傷したり危険になるのは正直のところ何度もありそうだ。黒狼は小狼とは違う。まだ戦ったことはないけど、簡単にはいかないと思う。
太刀打ちできない相手……それはたぶん、黒狼のことではないんだろう。コイマの森の奥地に生息しているらしい魔獣……マンティコアだったか? そいつとは出会いたくないけど。絶対に。
「それはあたしたちの腕を評価してるってことでいいの?」
「……まぁ森へ入る前にちゃんと見せてもらわないとかな。今はまだ君たち自身の言葉でしか知らないからね」
「信用してねーのかよ?」
「そういうことじゃないよ。以前にも話したけど、相手のことを知ること……これが何よりも大事だ。それは味方に対しても同じことだよ」
「そうですね。俺も見てもらった方がいいと思う。個人の力もそうだけど、パーティーとしての動きとかもあるし」
「そうだな……じゃあ条件の三つ目だ」
「まだあんのかよ!!」
ジェニオが強めにツッコミを入れたけど、ナナトさんは構わずに進める。
「パーティーの役割分担についてだけど、今はディフェンダーのブレン、アタッカーのジェニオ、ヒーラーのマキア、サポーターはレイトとルミルとココハちゃん……だよね?」
「はい、そうですね」
「うん……アタッカーを二人にしようか」
「アタッカー……ですか?」
「メインアタッカーはジェニオで問題ないけど、黒狼相手だと決め手は多い方がいい」
そうだよな。群れで戦うのが得意な黒狼は多いと十匹を超えるみたいだし、ランデーグさんたちはそれで仲間を二人失っているし、マキアたちもそれが原因で森の奥地へと追い込まれていったんだ。
「それじゃあ俺が……」
「いや、レイトはサポーターでいい。前衛の指揮もあるし、攻撃に専念できないだろ?」
「それじゃあルミルですか?」
「……いや、ココハちゃんにやってもらう」
「…え? 私?」
突然の指名に驚くココハ。
俺も驚いてるけど。いくらなんでもそれは無理なんじゃないか? ココハの魔法では相手を倒すことはできないし、そもそも当てることすら……。
「できないか?」
「…できません」
「どうしたらできる?」
「…分かりません」
「考えよう。みんなはどう思う? ココハちゃんがアタッカーになるにはどうしたらいい?」
「そんなの簡単だろ。狼を殺せるような魔法を使えばいいだけだろ」
「簡単に言うなよ。ココハの魔法を作るのがどんなに大変だったのかは知ってるだろ?」
「じゃあ他に何か方法はあんのかよ?」
「それは……分からないけど」
ナナトさんは何も言わない。自分たちで答えを出せということだろう。
「あたしも、ジェニオの言う通りだと思うわ」
「ルミルまで……」
「だってそれしかないでしょ? アタッカーになるってことは、トドメを刺せないといけないわけなんだから」
「それはそうだけどさ」
「ココハ、牽制矢と決定矢の話……覚えてる?」
マキアが何かの話をココハに尋ねた。
「…うん。今後の課題として牽制矢……空気弾の軌道変更の練習と、決定矢……新しい魔法の習得」
「ええ、それが必要なんじゃない?」
「そうね、マキアのアドバイス通りになったわね」
「あ、新しい魔法を……作るの?」
「ココハはまだそういうのは想像できないみたいなのよ……何か良い案があったりしない?」
ココハの新しい魔法か。今使えるのは空気弾と追い風の二つ。これらはサポーターとしての用途が大きい。アタッカーとなるともっと殺傷力の高い魔法がいいんだろうな。
「こういうのはオレに任せろって。要はあれだろ? 斬属性の魔法を作ればいいんだよ」
「…斬属性?」
「属性って火とか水とか風とか……そういうのじゃないの?」
「それは魔法属性な。オレが言ってんのは物理属性のこと」
「…物理、属性?」
「いいか? 例えばオレの槍なら突属性、レイトの剣なら斬属性、ルミルの弓矢なら射属性だ。空気弾は……打属性だろ? 打属性の威力は腕力、または魔法力依存なんだよ。ココハの場合ならよほどの魔法力がねえと殺せねーんだよ」
ジェニオが淡々と話していく。なんでこいつはそんなに詳しいんだ? 属性とか魔法とか……適性もなかっただろうに。
「手っ取り早く殺せる魔法なら斬属性だろ。通用しない相手もいるけどな、狼には問題なく通るだろ。まぁ撃つって意味だと射属性の方がイメージはしやすいだろうけどな」
「あんた……なんでそんなに詳しいのよ?」
「あ……? なんで、だろうな?」
「なによそれ」
「話してる時は当然のことだろって思ってたんだけどな。今考えてみりゃーなんでそんなこと知ってたのか分かんねーわ」
無意識に話してたのか? それは……もしかしたら消去される前の記憶と何か関係があったりするのだろうか? 気にはなる。でも、今はその話をしている時間じゃない。
「とにかくさ、斬属性? の魔法だよね。どういうのがいいかな?」
「け、剣の形にして飛ばしたり……するのはどうかな?」
「それだと射属性だけどな。斬る……なんだからな、せめて回転してる剣を飛ばすくらいはしねーとな」
「ココハ、どうかな? イメージできる?」
「…ごめんなさい、難しいです」
「空気弾の時はナナトが球を投げてるのを見てイメージしたのよね?」
「…あ、うん」
ココハがチラッとナナトさんの方を見たが、ナナトさんは微笑んで返すだけで助言をするつもりはないみたいだ。答えを聞くのは簡単だけど、それだと自分で魔法を作っていく精霊術士としては成長できないということだろう。
「ジェニオの言った回転する剣……刃にした方がいいかしらね? とにかく、それを見てイメージするのが良いんじゃない?」
「ええ。でもどうやって?」
「適当にナイフでも投げればいいんじゃねーの?」
「そうだな、明日の朝に買いに行こう。それで、休憩の時間を少し長めに取ってココハの練習する時間に充てようか」
「それでいいと思う」
反対意見は出ない。
「ココハ、それで大丈夫かな?」
「…うん。ごめんね? 森へ入るはずだったのに」
「これはみんなの為でもあるんだ。闇雲に進んでも怖いだけだからさ、まだまだ準備できることがあるって分かったし」
「レイトは臆病者だからな!!」
「そうだ。俺は臆病だから大丈夫だと思えるまでは進まない。誰も失いたくはないからね」
「…うん」
俺たちの方針は定まった。コイマの森は少し遠のいたけど、これも自分たちの身を守る為だ。
「ナナトさん、すみません。せっかく誘ったのにまだ時間がかかりそうで……」
「ん? いいよ。俺もみんなの動きはちゃんと見たかったし。それに……条件はもう一つあるからな」
えー……という声も遂には出てこなくなった。ナナトさんが俺たちのことを考えた上で、足りない部分がまだまだあると教えてくれている。これはそのほんの一部でしかないんだろう。俺たちの進む先……この人は何歩先まで見ているのだろうか。




