第50話「レベルアップ」
ルミルとココハの様子が昨日までと違っているのは気がついていた。夕食後にマキアを加えた三人で風呂屋へ行くと言っていたし、もしかしたらマキアが何かしてくれたのかもしれないな。
「…レイトくん! 左から来ます! 一匹です!」
ココハが叫んで教えてくれる。
「よし、俺とルミルで対処する! 援護して!」
「分かったわ!」
ブレンとジェニオは前方で他の小狼二匹を相手にしている。俺はそれを横目で確認してから、増援にやって来た別の小狼に向かって剣を構えた。ルミルの矢が飛んでくる。しかし、それはいつものように力強いものではなかった。まるで当てるつもりはないみたいに、地面へと刺さってしまう。
「レイト、左へ! そっちへ誘導するわ!」
「え? うん、分かった!」
ルミルの矢が進路上に刺さるのか、小狼は跳躍しながら少しずつ進路から外れていく。何となく動きが読める。普段はそんなに矢を無駄射ちすることはないルミルだけど、今日は違った。
何本目かの矢が飛んできた時に、小狼の次の着地点が予測できた。俺は剣を振り上げたままそこに迫った。小狼も気づいてはいたみたいだけど、他に逃げ道はなく飛び込んでくる。
ガキン! と剣と牙とがぶつかりあう。そのまま倒せていたら良かったんだけど、相手も必死だからそう簡単にはいかない。ここからどうしようか……。
「レイト! そのまま抑えてて!」
ルミルの声が聞こえた。
視界の端にルミルの姿が映った。彼女は立ち止まり片膝を地面に付くと、上下に張った弦を強く引いていた。我流閃技の強襲だ。
ヒュンッ…と風の切る音がした。小狼狩りを始めてからはここまではっきりと聞くことはなかった音だ。小狼は耳がよく気がついたようだ。しかし、その矢は速く、避ける動作をしている間に胴体へと到達した。
「今だ!」
牙から解き放たれた剣を小狼へと向けて振り下ろした。
高く小さな声で「キャン!」と鳴いた小狼は赤い液体を流したまま地面へと倒れ伏せて動かなくなった。今の戦闘は上手くいった。いや、ルミルがそうなるように仕向けてくれたような感じがした。
「ルミル、ありがとう。戦いやすかったよ」
「そう。それなら良かったわ」
相変わらずの返事だったけど、少しだけ嬉しそうに見えた。
これがルミルの新しい攻撃手段ということだろう。今までの一撃に全力を込める方法ではなく、たくさんの矢を使って相手を翻弄する射ち方だ。確かに俊敏性の高い狼相手だと、この方が良いのかもしれないと思った。でも、あんなに矢を使ってしまって大丈夫なんだろうか?
俺の心配をよそに、ルミルは後退してココハの元へと向かっていく。矢筒を受け取って矢を補給している。そうか、ココハが持ってくれるようになったから、そういう戦い方ができるようになったってことか。
前方で戦っていたブレンとジェニオが戻ってくる。周囲に他の小狼の姿はない。みんなでルミルの矢を回収して次の相手を探す。
「…レイトくん」
「ん? どうかした?」
「…あの、レイトくんは小狼と戦う時って……どういう風になると楽なのかな?」
「どういう風……うーんとね。さっきルミルがやってくれたみたいに、相手の進路を塞いでくれると動きが読みやすくなって楽になるかな」
「…分かった。やって、みるね?」
「え? うん、お願い」
「…うん」
ココハが戦術的な相談をしてきたことに驚いてしまった。ルミルと同じように、ココハも自分の戦い方を必死に探ろうとしている。俺もまだまだ人に教えられるような立場じゃないけど、応援はしたい……してあげたいんだ。
「い、いたよ……四匹かな」
「よし、戦闘準備! ブレンを先頭に、右はジェニオとルミル、左は俺とココハで。マキアは周囲を警戒!」
「おっしゃ!!」
「そ、それじゃあ……いくよ!」
ブレンが防御の体勢のまま小狼たちの中心へ向かって進んでいく。後ろの俺たちも左右に分かれてゆっくりと後を追う。
小狼たちが連鎖するように順々に起き上がっていく。気づかれた。ブレンは一気に駆けて距離を縮めていく。小狼たちは一斉に飛びかかろうとしたが、統制が取れていない為かお互いに体をぶつけあっている。二匹は盾に抑え込まれるように対峙し、一匹は盾を持たないブレンの右側を襲っている。ブレンも右手に着けた鉄製のグローブで耐えてはいるが三匹同時は危険かもしれない。溢れた一匹は左側からすり抜けてこちらへと駆けてきた。
「ジェニオはブレンの援護へ! ルミルはマキアを守って!」
「おっしゃ行くぜ!!」
「ココハ、援護して!」
「…うん!」
ジェニオが駆け上がっていくのと同時に小狼が迫ってくる。
「…空気弾!」
ココハの精霊魔法が飛んでいく。小狼は正面の地面へと直撃するのを見ると、跳躍して進路を左側へと変えた。まだ距離はある。
「…レイトくん! 次、左へ撃ちます!」
ココハから狙撃点を伝えられる。
俺は剣を体の右側で構え直し、前方へと駆けた。
「…空気弾!」
ココハの宣言通りに二発目は小狼のやや左側へと向かっていく。それを見た小狼は先程と同じように右側へと跳躍して進路を変えた。
着地点に向かって剣を振るうと、小狼は避けきれずに前脚に刃が触れた。そのまま転倒するように地面に叩きつけられる。すぐに立ち上がろうとするが脚を地面に立てることができずに崩れてしまう。俺は横から、苦しまないように一撃で首をはねて終わらせた。返り血が飛び散ったので少し後ろへ下がった。
「レイト! 右から三匹! まだ距離はある!」
マキアの声が聞こえた。
増援が三匹!? 数が多すぎる。ブレンとジェニオを確認する。向こうは残り二匹……いや、もうすぐ一匹は片付きそうだ。
「ジェニオ! すぐに戻ってくれ!」
出来る限り大きな声で叫んで知らせた。
遠くで何か叫んでいる声が聞こえたが、聞き直している余裕はない。
「ココハ、行こう!」
「…うん!」
俺たちはルミルのいる右側へと急いだ。マキアも一匹は抑えようと前に出ようとしている。俺も抑えられても一匹だ。受けられる数が足りない。ジェニオ……早く戻って来てくれ!
ルミルが矢筒から何本かを抜いて、全て右手で持ったままでその内の一本を弓につがえた。深呼吸をしている。そして、一射目が放たれた。真ん中の小狼に向けられたそれは容易く避けられてしまうが、小狼たちは左に二匹、右に一匹という風に分断された。
二射目は二匹になった左側の小狼の更に左側へと向かっていく。当然のように小狼は進路を変えようとするが、既に放たれていた三射目が挟み込むように飛んでいく。小狼は堪らず上に跳躍した。それを見たルミルは素早く四射目を構えて着地点へと力強く放つと、着地した小狼の額を見事に捉えて仕留めてみせた。
一射目から四射目までが十秒ほどのあっという間の出来事だった。残りは二匹。マキアは分断された一匹の方へと向かっていく。俺は残った真ん中の小狼へ……。その時だった。
「急速後退!!」
ジェニオが後ろ向きのまま跳躍して来て、滑るように着地を決め、鎖に繋がれて追いかけてきた長槍をしっかりと受け止めていた。位置は真ん中の小狼のやや左側だ。小狼は驚いたのか完全に失速している。
「ジェニオ! そいつは任せる!」
「おおよ! 任されたぜ!!」
あの距離からどうやって戻ってきたのか……たぶん新しい我流閃技を使ったんだろう。技名を叫んでいたような気がする。でも今は、考えてる暇はない。マキアが短杖を振って、小狼に飛び付かれないようにしている。ルミルも援護しようとしてくれているが、位置が悪いのか狙いが定まらないようだ。
「ルミル! 俺が行くから、ジェニオとブレンの援護に!」
ルミルは無言で頷いてから、つがえていた矢を弓から離した。俺とココハは戦場を横断していく。マキアの左側から回り込みながら右手でココハに合図をする。
「ココハ! 右から狙って!」
「…はい!」
「マキア! 下がって!」
「…空気弾!」
精霊魔法がマキアの右側へと飛んでいく。小狼はそれに反応して左側へと跳躍して進路を変えてくる。俺は退いていくマキアの前に割り込むようにして小狼に斬りかかった。
ガキン! と剣と牙がぶつかりあう。今回はルミルの援護射撃はない。ここから先は一対一の勝負だ。押すか引くか……俺と小狼の間で駆け引きが生まれる。俺は攻める! そう思った瞬間に小狼は牙を剣から離した。俺は咄嗟に攻めることを止めて、纏っていたマントを外し小狼の視界を塞ぐように投げた。
……何か違和感のようなものを感じた。それは俺が、小狼の左側へと回り込んだ時に、はっきりとした現象として視界に飛び込んできた。俺は、俺を見ていた。巨大猪と戦った時と同じだ。マントが地面に落ちる頃には小狼がもう一人の俺へと噛み付いていた。その俺は消滅すると共に灰色の煙となって小狼を包み込んだ。
俺は……本物の俺は、小狼の横へと歩み寄る。小狼は巨大猪と同じで視界が奪われたように、そして、戦う気力も失せてしまったように大人しくしている。俺は静かに剣を構えるとその胴体へと思いっきり突き刺した。
「ギャン!」と鳴いた小狼はそのまま倒れ込んで息絶えた。あまりにも呆気なく終わってしまった。後ろを振り返ると、一部始終を見ていたのだろうココハとマキアが呆然とこちらを見ていた。そして、ジェニオとルミルがブレンの所に残っていた最後の一匹を、ようやく倒したところが見えた。
周囲を確認するがこれ以上の増援は無さそうだ。全部で七匹。俺たちが一度に相手できるのはせいぜい五匹から六匹くらいだったはずだ。正確には四匹と増援の三匹だったけど、自分たちの想像以上の戦いができた結果だと思う。ルミルの速射ち、ココハの援護、ジェニオの後退技、そして、俺の分身? とにかく、いろいろな要素が上手くハマったように感じた。またパーティーのレベルが一つ上がったのかもしれない。
一匹ずつ素材を回収してみんなと合流すると、少し休憩しようということになり、荷物を置いてある岩場の方まで戻ってきた。
「見たかよ! オレ様の我流閃技をよ!!」
「見たっていうか、気づいたらそこにいたって感じだったけど」
「だろ? 目にも止まらぬ速さってか!!」
いや、見ている余裕がなかっただけなんだけど。面倒だから口にはしない。
「急速後退な!!」
「す、すごい……ね。ジェニオくんの移動技はやっぱり縦横無尽……だね」
「だろ? 次はもっとすげーのを考えてるからな、楽しみにしてろよな!!」
高笑いをしているジェニオは放っておくことにした。
「ルミルは弓矢の射ち方を変えたんだね、特に増援が来たときのあれは凄かった」
「あれは……そうね。瞬速って感じかしら」
「お、ルミルも新技かよ?」
「威力は落ちるけど、素早く矢を射ることで相手の動きを制限させて、狙いやすい位置に誘導する……みたいな?」
「へぇ、サポーターとしてもアタッカーとしても使える技だね」
「そうね。強襲は完全にアタッカー寄りだったからね」
「つ、使い分けできるのは……強みだね」
「これを思い付いたのはマキアのおかげ。頼りになる先輩だわ」
「そうなんだ?」
「そう言われると……照れる」
「なんだよ、昨日の風呂は作戦会議だったのかよ?」
「そうね。とても有意義な時間だったわ」
「…私も」
ココハも同じようにマキアからアドバイスを受けたのかな。今日は動きがとても良かったように感じた。
「今日はココハにもたくさん助けてもらったし、俺はすごく楽だったよ……ははは」
「…私、ちゃんとできてた?」
「うん、すごく戦いやすかった」
「…良かった」
ココハが安堵している様子を、マキアとルミルも安心したように見守っている。
「ったく、レイトおめえよお?」
「なんだよ?」
「楽なんてしてる場合かよ、我流閃技もねーおめえが一番頑張らねーとだろ?」
「あーそれな……もしかしたら、使える……かも?」
「は?」
「さっきの戦闘でまた出たんだよ」
「え、そう……なの?」
「うん」
「…レイトくんが、二人になったのを……私も見ました」
「わたしも、今回のははっきりと見えた」
ココハとマキアがそう言ったことで、あれが夢とか幻ではなかったことが分かる。
「どうやったのか覚えてるの?」
「んーまた試してみないとだけど、なんとなくこうかな? っていうのはある」
「はっきりしねーなあ。使えるのか使えねーのかどっちだよ?」
「だからまだ分からないって。もしかしたらって言っただろ」
「レ、レイトくんのあれは……魔法なのかな?」
ブレンが思い出したように言った。
「た、確か……魔力測定室で水晶が反応したって……言ってたよね?」
「あ、うん。そうだった……自分でも忘れてたよ」
「レイトの属性は?」
マキアに問われる。
「えっと、灰色は影……とか言ってたかな?」
「影の薄いおめえにぴったりじゃねーか!!」
「…さっきの、もう一人のレイトくんも……灰色の煙になってた」
「ええ。でも、そんな魔法は聞いたことがない」
「影魔法ってことじゃないの?」
「違う。影魔法も確かに珍しいけど、ちゃんと唱術化されているし、レイトのように無意識に使えるものじゃない」
「…レイトくんも、精霊術士だったり……する?」
ココハが呟いた。
もしかしたら、その可能性もないわけではないのか? 精霊魔法について少し思い出してみる。
「影の精霊ってか?」
「精霊の存在は人間には確認できないから、何とも言えない」
「レイト自身はどう思うのよ?」
「んー、俺は……俺自身をイメージしたことはないし、というか自分の姿を客観的に見たこともないから、その線は薄いかなって思う」
「…そっか」
「まぁなんにせよだ、使えるか使えねーのかの方が大事だろ。どんどん試していけよ」
「そうだな。そうする」
「よっしゃ! ひとまず全員が我流閃技やら魔法やらを使えるようになったわけだしな、森に踏み込むのも時間の問題だな!!」
「そうね」
「き、緊張して……くるね」
「…うん」
みんなは緊張していると言うけど、実際には期待している部分もあると思う。自分たちがどこまで成長しているのかを試したい……という欲求のようなものは冒険者なら持っているからだ。
「慎重に進みましょう。こういう時こそ、ちゃんと自分たちにできることを見つめ直さないといけない」
マキアのその言葉は重たい。
それは彼女自身がコイマの森で経験してきたことだから。また同じようなことが起きてしまったら、彼女はもう冒険者として立ち上がることはできないだろう。
「俺たちは成長してる。でも、それは俺たちのレベルがまだまだ低いからだと思う。どんなことだって、始めたばかりの頃は覚えることが多いけど、身に付くことも多いんだ。これからだよ。もちろん仲間の成長は喜ばしいことだし、分かち合って、共に高め合っていきたい」
「…うん!」
「でもよ、オレたちだけだと限界もあるぞ?」
「ああ、だから……そろそろいいかなって」
そう言ってマキアの顔を見た。
みんなも気がついたのか、視線がマキアに集まっていく。マキアも当然気づいただろう。少し視線を下げたが、顔を上げて強く頷いてみせた。
「……分かった」
「よし……今夜、ナナトさんに会いに行こう!」




