赤い鉄の国(3)
エリスの部屋の前。案内人はこちらですと小さな声で言い、そそくさと去っていった。マユさんはドキドキすると深呼吸している。
「行きます」
「う、うん!」
ちゃんとノックをして、返事がするまで待ってからドアを開ける。さっきのザッハトルテで十分気持ち悪いのに、頭が痛くなる甘ったるい匂いが広がった。バニラの香とは嫌がらせか。届け物をしたらさっさと逃げるに限る。
「こんにちは」
光の差さない暗い部屋だった。
暗い赤に囲われた部屋に人形達が居る。置いているではない。妙に生き生きとして、居るのだ。美しく着飾っている貴婦人とそれを手伝うメイド、若いカルヴァンに求愛する青年将校、仮面舞踏会を楽しむ貴族(ご丁寧に、どんなサイズの人形も仮面をつけている)、お茶会を楽しむ少女達、ソファーで眠っている少年……生活の一幕を切り取っている。人形はそれだけでない。天井まである棚にも収められ、一体一体にジオラマと同じく化粧されている。たまに、手足が千切れたり壊れたりした物もある。それでも捨てられずぐったりしていた。
顔の向きやポーズも違うのに、どの人形も自分達を見ている気になる。この甘い香のせいだ。家主はどこだ、早く手紙を渡して出て行きたい。
「あまり動かないでくれるう?」
部屋の奥から声が聞こえた。タンスに隠れて見えにくいが、隣の部屋に通じるドアがある。
「失礼しました」
しゃらしゃらとアクセサリーの音をさせて、小麦色の髪を結わえ上げた女性が出てきた。ここはチョウ族の国なのに、出てきたのはクモだった。上半身はヒトの女、下半身はクモ。ドレスから覗く下腹部と6本の脚は赤味の混じった長いふっさりした毛に覆われている。抱きついたら気持ちよさそうだが、女性の尻を無闇に撫でまわすことになるのでしない。どちらの部分もけばけばしく、この部屋と調和していた。
マユさんが袖をぎゅうっと掴む。ちらと見ると、目を剥いていた。このタイプの亜型は船にいないから驚いたのだろう。
「初めまして。武装商船ア」
「何の用?」
こっちに興味はなく、余計な挨拶は必要ないと。
「ルドルフ様からエリス様宛の手紙を預かっております。直接渡し、封を開けちゃんと読むまでの確認をするべしとの言伝も承っております」
「ルゥちゃんったら、アタシのこと信用してないんだあ」
あのサソリ、『ルゥちゃん』って顔だったかな。おっさんにちゃん付けする若い女の神経がわからない。
エリス嬢はヒトの腕で手紙を取る。ビリビリ手で破って、(たぶん)目を通した。
「他に何かある?」
そこまで団長に聞いていない。余計なことをする前にもう帰ろう。襲われたら反射でやり返してしまう。
「あ、あの、エリス様。アン団長からの贈り物があります」
そういえば背中の荷物は彼女宛とか言っていた。すっかり忘れていた。ナイスだ。
「荷物を降ろしてよろしいでしょうか。この」
「早く開けて」
荷物を開けると、チョウ族の恐怖に目を見開いた少女の標本が入っていた。
…………。……おう……。
……いや違う、人形だ、死体じゃないあせった。
死体献上なんて正気じゃない。そんなことしたら人生終わる、びっくりした。
「すぅーてきーい! 気がきくじゃなーい」
趣味悪いなデコ女。
あんな人形、近くにあったら悪夢を見る。誰かに送って悪夢を見させたいのか。死体をそのまま剥製にしたような精巧さの人形なんて、そのぐらいの使い道しかおもいつかない。
きゃあきゃあ喜びの声を上げて人形を取り出す。クモの部分がふりふり揺れて、犬の尾を連想した。白塗りでわかりにくいが、笑うと幼さが見えてかわいい。
「うるさい」
少年の声がした。マユさんのではない。室内を見渡す。何かが変わっている。
ふるり。
ソファーに座っている等身大の人形の羽が揺れた。鱗粉がぱらぱら落ちる。彼の組んでいる足が逆になっていた。
「生きてる!?」
ああ、でかい声を出すな。すごく睨まれた。人形っぽい奴の手が青白く光る。攻撃する気満々だ。
いけるか、20m? しかしラグのある魔法でよかった。物理だったらもう殴っていた。
「今はだーめ。人形が壊れちゃう」
エリス嬢にたしなめられ、少年は青白い光を消した。鼻を鳴らすと、足を組み直す。彼女よりこっちが危ない。
「うふふ、昼寝の邪魔をされたからって怒らないのお。筋肉、お人形をあの子の近くに置いて。おチビちゃん、名前はなんていうの?」
筋肉って。
「マユと言います」
「マユちゃん、あなたに着てもらいたいお洋服があるの。こっち来て」
「いえ、ぼく、男なんで……」
「わかってるわよぉう。男の子の服も女の子の服もいっぱい持ってるのよ。は・や・く!」
「えぇ〜……」
マユは奥の部屋に連れ込まれそうになる。嫌そうな態度を出さないようにしているけど十分出ている。機嫌を損ね何かあってからでは遅い。私も付いて行く。
「なんでアンタも来るの。着替えみたいの?」
「いいえ。マユさ」
「じゃ、あの子の相手したげて。あの椅子に座っていいから。ほらほら」
蜘蛛の脚でつんつんされる。追い出されてしまった。何もなければいいが。少年の相手をしてみよう。
椅子は主人用の特注であろう2脚しかなく、ヒトが座るには不向きだ。しかも少年は目をつぶっている。ジオラマや人形の精巧さはわかっても興味がないので、自然、視線は目の前の少年に注ぐことになる。
マユさんも大概だが、彼も結構な「美少女」である。肌色は彼の方が陰鬱な印象を与えるが。そして、妙ちきりんで哀れな格好だ。
淡い緑の髪を右側は胸まで伸ばし内巻き。左側は肩までで外巻き。右半身はフリルの長袖長ズボン、左半身は袖がギザギザの半袖半ズボン。右羽は緑がかった黒に縁取られ、覚めるような濃い青が紫へグラデーションを伴って変わってゆく。左羽も同じく黒に縁取られ、美しいグラデーションは何かに食われたかのように途切れている。その身体的欠損と蜘蛛の巣模様の肩掛けは、この部屋の人形にふさわしく見えた。
「何」
また睨まれる。ジロジロ見すぎてしまった。
「人形のように美しい方だと思いまし」
地面が僅かに、不自然に揺れた。何だろう。窓は分厚いカーテンに閉ざされ、外の様子を確認出来ない。反射で床に寝そべり耳を当ててしまった私の動きに少年は不信感を表す。
「何をしている」
「地面が揺れました。何かが崩れる音も僅かに……右?」
大雑把にしかわからない。
「研究練の方角だ。地震が起きたと?」
「それにしては不自然な揺れでした」
「ふうん」
興味がなくなったのか、また目を閉じてソファーにもたれた。沈黙が続く。
ドンドンドンドン。扉が大きく叩かれる。
「エリス様、緊急事態です! 研究所が革命軍に襲撃され、D練が破壊されました! 今すぐ出陣してください!!」
物騒な国だ。団長が行ったのはどこだろう。心配だ。
「本当だったんだ」
「嘘は言いません。大変ですね」
「僕には関係ない」
彼にはどうでもいいことらしく、ソファーで寝転んだまま。有事に動かない上司とは終わっている。私はただの客なので干渉出来ない。めんどくさいし、する気もない。
ドンドンドン。
「エリス様、エリス様!? 有事で、ギャアアア……」
ドアノブを捻る音の次に断末魔。
このガキ、殺りやがった。
ソファーから身を乗り出す少年の手からは青い光が発されている。
うるさかったからか、許可なく入ろうとしたからか。どちらにしろ、使用人をぽこぽこ殺すのに変わりない。こんな奴がのさばっている国だから、革命軍もがんばるんだな。
なぜ、私に手を向ける。反撃禁止、反撃禁止と自分に言い聞かせる。
「動かなくていいんですか。ご飯とか減らされません?」
私は仕事を忘れてぶらぶらしていると、ご飯の量を減らされることがある。彼はどうだろう。
「そんなこと、……ああ、スイーツを1週間分せびられたことがあったな。君、行くよ」
「んん?」
彼にとってスイーツの有無は重大らしい。腰に短剣を差して出撃の準備をしている。うまく言えばさっきの兵士も死なずにすんだろうに。
「まだ遊びたかったのにい。革命軍ってなんであたしの邪魔ばかりするのかしら。あれ、スルト、珍しくやる気?」
少年はスルトという名前のようだ。
兵士の声はちゃんと奥まで届いていた。エリスはさっきよりレースが控えめな服だ。マユさんは糸で縛られずるずる引きずられている。予想通り女物の服。よそ行きのドレスに身を包んだお嬢さんらしい。化粧もされていて、やや血色が良く見える。
「貴族向けの高い店で食事が出来そうです」
「他に言うことない?」
「似合ってます」
「ぼく男だよ!?」
半ギレで睨まれる。せっかくの化粧が崩れるから、顔芸は控えるべきだ。
「いつまで喋っている。早く来い」
「がんばってねえ」
さっきのは聞き間違いではなかった。なぜ私が行かなければならない。何をしただろう。
「エリス様、スルト様、本日はお忙しいところどうもありがとうございました。すっかり長居してしまいまして」
「君が戦うんだからな」
嫌だめんどくさい。
「こちらで結構ですので、お気遣いなく」
「あんた強情ね」
「サンさんちゃんと敬語使えるんだ」
黙っていてくれないか。
「私が行く理由がありませんから。やはりあ」
「じゃあ作ってあげるう」
ことさらに甘ったるい声でエリスは笑うと、マユさんの小さな肩にヒトの手を、身体にクモの脚をがっきと絡めた。爪の出た脚がゆっくり沈んでいく。
青白い顔からさらに血の気がひいた。
「その子は関係ないでしょう」
「あんたが戦っている間、この子に酷いことしないであげる。うふふ、そんな殺気立たないで。その斧はなあに?」
いつの間にか斧を具現していた。ムカッ腹が立ったら気づかぬ間に具現させるのはよくある。自分のことながら意外だが、マユを人質扱いされて頭にきたようだ。
「……これは失礼。殺る気がうっかりもれました」
「殺る気いっぱいでうーれしーい! いってらっしゃあい」
「行ってきます。マユさん、すぐ戻ります」
言葉を出さず、ただこくこくと頷く。
スルトの手から青い光が出る。
「じっとしていろ」
「はい」
光は大きく広がり、揺らめきながら私とスルトを包む。視界がぼやけ赤い部屋がぐにゃりと歪み、黒と茶色ばかりの部屋に移った。




