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第十一話 母なる艦


 平成三〇年十一月五日

 インド洋ソマリア沖

 AOE-428:補給艦「かすみがうら」 艦橋


 国際貢献のため、海上自衛隊はソマリア沖で数多く出没するソマリア沖の海賊に対策するため。汎用護衛艦である、DD-102護衛艦「はるさめ」、DD-110護衛艦「たかなみ」の2隻と護衛任務に参加している各国海軍への燃料物資補給のための補給艦を派遣していた。

 派遣されたAOE-428補給艦「かすみがうら」は、ましゅう型補給艦の能力強化版として、昨年就役したばかりの最新鋭補給艦であった。


「なぜこうなった」

 その最新鋭補給艦の艦長ポストに任命されたのは、これまでの人生なんとなく生きて、勤務態度も可もなく不可もなくの成績を出してきた彼であったが、これでも官大の二期生であり尊征たちのグループの一人である。寛大を卒業後、比較的裏方の仕事である、海上補給隊に本人が自ら進んで希望し、このまま裏方の仕事をこなし何事も無く退役する予定であった。しかし、補給艦「ましゅう」に配属されたことが、颯太の人生を大きく変えた。荒れる日本海で普段訓練を行う、補給艦「ましゅう」では機械では分からない海面と空気の流れを読むことが重要となる、実家が代々続く漁師であり普段から海に関わり続けていた、颯太は季候の変化を素早く察知し、より適切で素早い補給を行う事が出来た。この能力を持つ颯太を防衛省は高く評価し、最新鋭補給艦「かすみがうら」の艦長に据えたのであった。颯太本人も艦長になることを予測しなかったわけではない、むしろ予測していた。しかし、日本をはるか離れたインド洋での補給活動に参加することは予想外であった。


「艦長、左舷後方より補給対象艦目視しました、敵味方識別装置(IFF)の信号は青」

「予定通りのアメリカ海軍の駆逐艦だろ、艦名確認急げ」

「了解……艦名確認しました、アメリカ海軍駆逐艦ダニエル・イノウエです」

「報告通りと言う事か、イノウエに信号、本艦左舷速度二〇ノット針路110で並走せよ、本艦に補給準備あり。以上」

「艦長ダニエル・イノウエですよ」

「細かいことを気にしてると禿るぞ」

 颯太は艦長席から腰を上げ、左舷側の露天艦橋(ウィング)にでる、外はインド洋独特の空気と灼熱の太陽がギラギラと甲板をギラギラと照らしていた。颯太は「甲板上は灼熱地獄だな」とつぶやき、左舷後方から接近してくる、駆逐艦「ダニエル・イノウエ」に双眼鏡を向けた。


「距離800! 補給班は配置につけ」

「艦の間隔に注意、艦長、補給班の準備が整いましたいつでもどうぞ」

「待機させて、そのまま」

「ダニエル・イノウエまもなく本艦と同航……同行しました」

「よし、向こうも待っているみたいだ、速いとこ油を食わしてやれ」

 補給艦「かすみがうら」に完全に同航した駆逐艦「ダニエル・イノウエ」は補給の催促を示す発光信号を発信してきた。颯太はそのリクエストに応え、補給開始の指示を出した。


「通信士! 連絡は密に事故なんか起こしたら笑いものだぞ」

「了解です」

 現在、補給艦「かすみがうら」に搭乗する通信士は、この補給任務の前に乗り込んできており、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、中国語が堪能な通信士であった。このような連携が必須の任務になると意思疎通が大切となる、そのための措置であった。


「蛇管がまもなく繋がります」

「蛇管の接続確認ができ次第給油開始、給油燃料量五〇〇トン、航海日誌に記入、給油が開始されたら次に真水の補給だ」

 補給艦「かすみがうら」と駆逐艦「ダニエル・イノウエ」が給油パイプとロープでつながり、給油補給作業が開始される。


「艦長、補給作業は後十分ほどで終了します」

「分かった、引き続き注意していてくれ……暑っち、どうしてこんな所に」

 冬期の日本海での訓練の時、太陽の光を凄くありがたく思っていた颯太であったが、この赤道に近い海域だとその態様も疎ましく思い、少しは隠れてくれないかと、周りの空を見渡すが雲の影一つなく、湿気を含んだ空気が肌を撫でるだけであった。


「真水の補給は終わりました、もう間もなく燃料の補給も終わります」

「撤収作業急がせろ、予定ではあと八隻の補給がある、バラストの注水には充分気を付けろ」

 補給用の物資を満載しているだけあって、補給艦のバランス調整には一番気を使う分野だ、少しでもバラスト水の分量を間違えると、復元力が低下し転覆する可能性が高くなるからであった。


「補給作業完了」

「よし、接続を切り離せ」

 燃料と真水の補給が完了し、補給用のパイプ蛇管の接続が切り離される、続いて物資補給用のワイヤーロープを切り離すのだが、手間取っているのだがなかなか切り離されなかった。


「切り離しませんね、どうしたんでしょうか仙石艦長」

「お前は米艦との補給は初めてだったか、米艦はな、補給が終わったら必ずやることがあるんだ」

「やること?なんです艦長」

「見てたらわかる、ほら来たぞ」

 新人の見張員が米艦との接続がなかなか切り離されずいた事に疑問を持ち、颯太に質問した、颯太は習慣だといい、見ていたら分かると言い、接続されていたワイヤーロープを指差した。


「なんですか、ダンボールですかあれは?」

 颯太が指差したワイヤーロープを伝って、大きなダンボールが一つブラブラと補給艦「かすみがうら」に送られてきた。


「あれはな、見ての通りダンボールだ」

「見たら分かりますよ、中身はなんですか」

「アメリカンサイズの馬鹿でかいホカホカのクッキーが山ほど入ってる、米軍の習慣でな、毎回手作りのクッキーを贈ってくれる、そう思うと米艦の補給もなかなか悪くないだろ」

 見張員は「美味しいのですか」と聞くが、颯太は笑いながら「毎回争奪戦が起こるほどだ」と言い、続けて「今日はいろいろな味が楽しめる」と言った。補給艦「かすみがうら」の補給スケジュールによるとあと八隻の補給のうち、五隻は米艦であったためであった。その日の昼食と夕食の食堂の机の上には、アメリカンサイズのクッキーが山ほど並べられていた。



 同日(夜)

 インド洋ソマリア沖

 AOE-428:補給艦「かすみがうら」 艦長室


 何事も無く、補給任務を完遂した、補給艦「かすみがうら」は補給物資が少なくなったため、自衛隊唯一の海外拠点である、ジブチに一度戻ることとなった。


 颯太は指揮を副長に任せ、今日の報告書を仕上げて休憩に入っていた。


「ジブチまであと八時間ほどか」

 米軍からもらったクッキーをバリバリと砕き、コーヒーで流し込むと言う、豪快にクッキーを頬張っていた、颯太は之が煎餅と煎茶だったらなーと思っていた。颯太が持ち込んでいた大量の煎餅と煎茶の茶葉は日本をたってから一ヶ月ですでに消失し、それからはもっぱら、このコーヒーとアメリカンなクッキーが夜の御供となっていた。


 もう一枚と颯太がクッキーをとった時であった、デスクの上にあった艦内電話が鳴った。どこからの電話だと示すランプは艦橋を示していた。


「うん、どうした艦橋」

『艦長、御休みの所すみません』

 電話の向こうからは、艦橋の逼迫した状況が読み取れた、颯太は「構わん」と一蹴し、副長に説明を求める。


『本艦に接近中の小型船を3隻探知しました、海賊かも知れません』

「はぁ、本艦を貨物船か何かと見間違えたのか」

『その可能性もありますが……とにかく艦橋へお上がり下さい』

「分かった今行く、総員配置につけておいてくれ」

 颯太は手に持っていたクッキーを口に突っ込み、艦長室を駆け足で後にする。艦橋に向かって駆けていると、けたたましい警報と乗組員が艦内を走り回る足音が艦内で反響していた。補給艦は軍に属する、軍用艦であるが見た目は、民間貨物船に近い、そのため夜半であるこの時間帯、ソマリアの海賊が貨物船と見間違える可能性も不思議ではない。

 

「どうだ、まだついてくるか」

 颯太は艦長室から駆け足で艦橋まで上がり、状況を再度確認した。接近中の不審船は3隻、いずれも小型船で速度は22ノット強と比較的高速だった。


「副長、両舷第四戦速、面倒事はごめんだ振り切るぞ、それとビデオをまわしといてくれ、批判もごめんだからな」

「了解、両舷第四戦速! 記録班に告ぐ録画開始!」

 補給艦「かすみがうら」は強力なLM2500型ガスタービンエンジンを4基搭載し、補給艦としては高速の二十九ノットの高速を実現している。これはもちろん民間の貨物船やタンカーよりも速い速度であった。補給艦「かすみがうら」は、第四戦速つまり二十七ノット、時速約五〇キロに上げる。


「不審船速度上げました、速度約三十八ノット、距離五〇〇! 振り切れません」

「最大戦速、25ミリ機関砲の準備、曳光弾を装填して上空への威嚇射撃だ、それとファランクスのスイッチを入れて追尾しておけ」

「艦長、こ、攻撃をするつもりですか」

「奴らがしてきたら反撃をする、探照灯照射! 長距離音響装置(LRAD)、攻撃始め」

 かすみがうらに設置された探照灯2基が闇夜を割き、不審船3隻を浮かび上がらせる。さらに今回のインド洋任務のために取り付けられた、長距離音響装置、通称LRADが不審船に向けて起動し、警告音声を発信する。


「不審船アルファ方向を変えた、本艦よりはなれる」

「ベータ針路変更、本艦との針路かぶる」

「面舵一杯! 回避行動に入る!」

「お~もか~じ、一杯ッ!」

「不審船ガンマ、左舷に最接近!」

 かすみがうらの左舷側距離100メートルまで接近した、一隻の不審船はかすみがうらと並走し始めた。一瞬艦橋の空気が硬直したが、次の瞬間その空気は一気に恐怖へと変わった。

 訓練で聞きなれた、空気を振動させる独特の発砲音が海上にこだましたのである。


「総員伏せろ! 司令部に連絡だ! 2355(フタサンゴゴ)、本艦はソマリアの海賊より攻撃を受けた、自衛処置のため反撃する! 25ミリ機関砲射撃開始!」

 かすみがうらの左舷側に設置されていた25ミリ機関砲が上空に向けて、曳光弾を用いた威嚇射撃を始めた。曳光弾は飛んでいく間に発光することで軌跡がわかるようになっている弾丸のことで、威嚇や対空戦闘時の弾道修正に用いられる弾丸の事だ。

 甲板作業員が手動で、25ミリ機関砲を操作し射撃を開始した。この25ミリ機関砲は最新モデルとなると遠隔操作で艦橋から操作が可能で補給艦「かすみがうら」も遠隔操作ができるものを搭載予定であったが、予算不足が響き、防衛相は苦肉の策として、米軍の払い下げの旧型モデルを補給艦「かすみがうら」に搭載する事にした。

 放たれた25×137ミリ弾は闇夜に光の軌跡を描きながら消えた。まさかの発砲に驚いたのか、不審船の発砲が止む。


「本艦の所属を教えてやる、照明弾を上げろ」

 見張員の一人が艦橋に設置された、【信号拳銃】と書かれたボックスから、五三式信号拳銃を取出し、落す。


「何やってるんだ」

「いえ、初めてでして」

 よく見ると昼間の新人見張員であった。見張員はガチャガチャと手間取りながらもなんとか、照明弾(星弾)を装填し、露天艦橋(ウィング)に出て、信号拳銃を空に向けて構えた。


「う、撃ちます」

「速く撃て!」

「は、はい」

 パァン!と軽い音を立てて、照明弾が放たれた。続いて発砲音と違った、鈍く重い音が響く。照明弾がかすみがうらの上空でドーンと炸裂した音であった。照明弾は6秒の短い間であったが、独特の灰色の軍艦色で塗られたかすみがうらの艦体と艦尾に掲げられていた、所属を示す軍艦旗を浮かび上がらせた。


「不審船アルファ、ベータ離れます! ガンマそのまま本艦と同航! 距離極めて近い!」

「離れない気か、舵戻せ!」

「舵中央! よ~そろ~!」

「どうするんですか艦長!」

「考え中だ!」

「えぇ!」

「うるさい! 長距離音響装置(LRAD)をつかって停船を呼びかけろ! 銃撃が更にあれば、不審船事態への射撃を許可する」

 颯太の景気が良すぎる命令に、艦橋に居る乗組員は戸惑う、その様子を見た颯太は「責任は全部取る」と声を張り上げた。


「艦長、頼みますよ、LRAD再起動します」

 副長が身づから、艦橋に取り付けられたノートPCを使い、コマンド入力を行う。そのコマンドに従って予め録音されていたソマリ語で不審船に対し停船を呼びかける。


「ふ、不審船、速度落します……停船を確認」

「ふぅ、臨検隊準備、充分注意して、拘束し逮捕せよ、被害報告も報告してくれ」

 緊張の糸が切れたのか颯太は、艦長席に深く腰を掛けた。臨検隊が海賊を拘束を行っている間、各所から報告が、上がってきた。


「機関室は異常なしか、燃料タンクも大丈夫と、被害は艦橋の窓と後は艦体に複数の被弾痕か……司令部を通じて防衛省(うえ)に連絡は言っていると思うが、副長報告を頼む」

「え!? 自分がですか」

「他の被害箇所があるかどうか、艦の責任者として、目視確認する義務がある」

「報告がめんどくさいからって、そんな理由を見つけなくても……艦長は本当に官大の卒業生なんですか」

「官大でも、俺みたいなやつもいれば、仕事熱心で口うるさい奴もいる」

 その後ジブチで詳しい検査を受けた補給艦「かすみがうら」は被害微小とされたが、司令部はかすみがうらに日本に帰還するように命じた、かすみがうらの代わりに補給艦「はまな」が派遣されることとなった。



 平成三十一年一月八日

 東京都:新宿区市谷本村町

 防衛省:海上幕僚監部


 防衛省にある、海上自衛隊の最高司令部である、海上幕僚監部。ここに、中東から戻り、申し訳程度の休暇を過ごした、颯太が召喚された。召喚理由は中東地域における補給艦「かすみがうら」襲撃事件の報告であった。


「なんでこんなことに……仙石入ります」

 海上幕僚長執務室の前で大きくため息をつき、意を決して、扉をノックし執務室に入る。執務室のデスクには、第三十六代海上幕僚長、村崎(むらさき)隆司(たかし)海将が座っていた。


「おぉ、仙石か、待ってたぞ、まぁ座れ」

「はい、失礼します」

「中東では大変だったようだな、かすみがうらは定期メンテも前倒しで行う事となった、ドック入りは一ヶ月だ」

「そんなものですか」

「補給艦が海賊と一線を交えた事はこっちでもかなり大きなニュースになってな、さらに逮捕した六名が大物過ぎたな、六人とも海賊活動をここ三年で百回以上行っている常習犯だ、各国から感状が政府に届いている」

「はぁ、それでは、自分がわざわざここまで来て報告する必要がなかったのでは」

「ところがだ、左巻きが色々と五月蠅いのが日本だ、そこで少しほとぼりを覚ますために、来月にはかすみがうらを下りてもらう事になる」

「はぁ、それで自分は、どこに」

「心配するな、次の所属も内定済みだ、え~と、どこに仕舞ったかな」

 隆司はデスクの引き出しを片っ端からあけ、封筒を探す。颯太はその様子を内心呆れながら見ていたが、相手は日本に四人しかいない大将の位を持つ、海上幕僚長である、機嫌をそこさせないよう余計なことは言わなかった。


「あった、これだこれだ、開けてみてくれ」

「はぁ、拝見します」

 颯太は封筒を恐る恐るあけるとそこには、日本航空の羽田空港発、サンフランシスコ国際空港行の航空チケットであった。


「なんですかこれ」

「見ての通り、航空券だ。実はな、俺もこの役職について初めて知ったんだが、サンフランシスコで秘匿艦が就役間近らしい、そこで貴様が艤装委員長に選ばれたわけだ」

「はぁ、何故自分が」

「貴様が艦長を務める、さがみ型補給艦かすみがうらは、一応海上自衛隊(うち)では、最大の基準排水量二万三千トンだ、この秘匿艦は基準排水量六万五千トンと文字通り、バケモノとなる、それを操るとなると、出来るだけ大きさに慣れた人材と指揮能力が高い人物が必要となった」

「それで、自分がですか」

「そう言う事だ、まぁ楽しようとして、補給部隊に入ったのが悪かったんだな」

 隆司はそう言うと「部外秘、旅の栞」と大きく書かれた新書サイズの本を颯太に渡した。颯太はそれを受け取り、執務室から退出した。


「旅の栞ってなんだよ、はぁ、どこで計算がおかしくなったんだ」

 颯太は、あくまでも幹部大学校二期生の首席尊征らの陰で楽して暮らすことを目標とし、さっさと定年して田舎の一戸建ての軒下で平和にまったりボケ~っと毎日を過ごすことを夢としていた。しかし現実はこれであった。



平成三十一年二月十三日

 アメリカ合衆国

 カリフォルニア州

 サンフランシスコ国際空港 


 アメリカ合衆国、サンフランシスコ国際空港。ここに一人の日本人が降り立った。二月一日付で日本国海上自衛隊一等海佐に昇進した、仙石颯太であった。颯太はものすごく不本意ながら、海上自衛隊が極秘裏に戦力化を目指している、秘匿艦の艤装委員長を任されたのである。この、艤装委員長というのは、艦が戦力化したのちに艦長となる人物であり、かなり重要なポストであった。


「え~とッ、栞によると、迎えがいるはずだ……うん?小腹が減ったら喫茶店「サンライズ」ここのサンドイッチが絶品……役に立たない情報ばかり載ってるな、後で行ってみるか」

 防衛省で隆司から、直接手渡せた「旅の栞」に文句を言いながらも、小腹が減って、少し気になるのも確かなので、後と言いながらもさっそく喫茶店「サンライズ」に足を運んだ。


 颯太は流暢な英語でおすすめであるベーコンエッグサンドとコーヒーを注文し、あらためて「旅の栞」を読み返す。


「マジで美味いな、もしかしてこいつ意外と役に立つ?」

 ベーコンエッグサンドを齧り「旅の栞」の有効性を再認識する。

「美味いだろ、ここのサンドは。うちの社員のおすすめだからな」

 颯太の真横から、英字新聞を読んでいた人物が話しかけた。颯太は誰だと思ったが、その疑問はすぐに溶けた。


「久しぶりだね、颯太君」

 颯太に話しかけた人物は一条尊明であった。彼は扶桑重工業「サンフランシスコ造船所」で秘匿艦「CV-63キティホーク」に付きっきりとなっていた。


「尊暁さんでしたか」

「ようやく、艤装委員長の到着と言うわけか、もう副長は現地入りしている。それを食ったらさっさと行こうか」

「なぜここにいることが、というか向かえって尊暁さんだったんですね」

「その栞を製作したのは、うちの観光課だよ。大体予測できている」

「まじですか、部外秘って何だったんですか」

「知るか、そんなこと」



 カリフォルニア州

 扶桑重工業株式会社「サンフランシスコ造船所」


「でかいですね」

「敷地面積は確かにでかいけど、ドックが二基しかない。作業効率は横浜造船所のほうが高いぞ、おまけに二基あるドックのうち一基は三年前から使用不可だ」

「それが例の秘匿艦ですか」

「察しがいいね、そういうことだ、副長は一週間前に現地入りしている、詳しいことは副長に訊くといい、防衛省の話では一週間以内に初代乗組員が集まるそうだ」

「手回しのいいことで」

「さっそく見るといい、副長は多分艦橋にいるはずだ、二号ドックまで案内しろ……颯太君、彼についていけばドックまで行ける、彼は一応日本語はできるから心配はいらない」

「ありがとうございます」

 尊暁と別れた颯太は、ヘルメットをかぶったアメリカ人に二号ドックまで案内され、自分が艦長を務めることとなる艦を見上げて愕然とした。


「六万トンを超えるバケモノと聞いて、予測していたけど。予想通り空母なのか」

 颯太の目の前には、まさに海の要塞であろう鋼鉄の城が静かにその艦隊を休めていた。一隻で小中国の軍事力に匹敵するといわれる空母はまさに海上における要塞であり、浮かべる鋼鉄の城であった。


 颯太は案内されるがままに、艦内へと足を踏み入れ、艦長室に入った。艦長室にはすでに颯太の真新しい幹部常装第一種冬服が届いており。その制服の上には手紙があった。


「幕僚長からか、どうせたいしたことは書いてないんだろ」

 手紙の内容は颯太の予想通り、たいしたことは書かれてなく、ただこれから先の暫定的な予定と、幹部常装第一種冬服は給料から天引きしとあまり聞きたくない情報も書かれていた。


「制服は天引きかよ、予算で落ちろよこれくらい」

 颯太はそう文句を言いながらも、新しい幹部常装第一種冬服に袖を通す、袖に輝く階級章と金ボタン輝くダブルスーツ。正に海軍の定番であると言える。いくら普段から覇気に掛ける颯太でも、それなりのオーラを出すことが可能な不思議な力を持っている。


「名札はこれか……練習空母ほうしょう、練習艦になる訳か、ある意味後方支援というわけになるか」

 机の上に置かれていた名札には「練習空母TVC-3501ほうしょう」と書かれていた。ほうしょうはこれからアメリカで三ヶ月の完熟訓練を行い、その後に政府発表と同時に海上自衛隊の海上訓練指導隊群に編入予定であった。


 コンコンと、艦長室のノックされる、颯太はネクタイを締めながら「入れ」と言う、入ってきたのはつなぎに着替えた尊暁であった。


「流石に官大の二期生だな、さっきまでのやる気のささが嘘のようだ」

「からかうのはよしてください」

「まぁいい、早速だがこの艦を紹介しよう」

「尊暁さんがですか、防衛省の技術者ではなく」

「この艦の線引きをやったのは俺だ、この艦の責任者としてこの艦のことは俺がよく知っている、そして次からは颯太君、君がこの艦の責任者だ」



 TCV-3501:練習空母「ほうしょう」  格納庫


「ここが、ほうしょうの格納庫だ、従来のアメリカ空母は甲板にも艦載機を駐機させて百弱の艦載機を運用できたが、もともと日本は考えが少し違う、一機百億円以上の虎の子を飛行甲板に雨ざらしに保管すると言う考えは日本人にはない」

「ではどのように」

「簡単だ格納庫の面積を広げ格納庫に艦載機を入れちまえばいい」

 尊暁は「この無駄に広い空間に」と言う、その声は格納庫内を反響し大きく響いた。確かに無駄に広い空間であり、様々な利用ができると、颯太は考えた。


「ほんと、簡単に言いますね」

「いうのは簡単だ、実際これはかなり難しい、しかし俺達はやり遂げた、ほうしょうの格納庫には機種にもよるがアメリカ空母と同じ百機弱の艦載機が運用可能となった、もっとも設計時の机上の空論に過ぎないがね」

「艦載機は何が入るんですか、ファントムですかね」

「まぁ、それではないだろうな……エレベーターは左舷に一基、右舷に三基とレイアウトもアメリカ海軍のそれと変わらない堅実な設計になっている、おい、上げてくれ」

 尊暁と颯太は、本来なら艦載機が乗るはずのエレベーターで飛行甲板に上がる。飛行甲板はただ広いだけで、何人かの工員が作業をしていた。


「ここが見ての通り飛行甲板、広さはサッカーコート三面分と言ったところだ」

「日差しが暑いです」

「この時期の日差しはありがたいんだけどな、まぁ飛行甲板の照り返しもあるからな、此処はカタパルトだけだからすぐ終わるぞ」

「スチームですか」

「ッは! 発想が古いね、いまは電気の時代だよ颯太君、アメリカ海軍で最新の空母ジェラルド・R・フォードは電磁式カタパルトを装備している、レールガンを世界に先駆けて実用化したわが国には余裕で創れるものだ、そして、この練習空母ほうしょうには、四基の電磁式カタパルトこいつの電力をどこから取るかは苦心したが例のバッテリーを積むことで解決した」

「PB01型の事ですか」

「うん、扶桑重工(うち)ではただバッテリーで通っている、開発したのは技本だが生産は扶桑重工(うち)の科学廠だ、このことが洩れたのか最近は本社が騒がしいらしいな」

「サイバー方面ですかそれとも……」

「あぁ、物理的にな、ここも簡単に入ってきたが、警備は厳重だぞ、そこの入り口に立っている歩哨もアメリカ海軍の軍人さんだ」

 尊暁はほうしょうへの入り口に立つ、堅のいい男性に視線を向ける、彼はその視線に気づいたのか、尊暁のほうを振り向いて、手を振った。


「あいつとは、家族ぐるみで何回か食事をしててな、結構仲がいいんだ」

「そうなんですか」

「さぁ次は機関室だが」

「一番底ですか、普通はそこから上に上っていくんじゃ」

「思い付きで行動してるから、行き当たりばったりだ」

「そういうとこ、似てますよね」

 颯太は「さすが親子ですね」と言った、尊暁は「親子だからな」と言い艦橋から艦内へと入り、機関室へと向かった。



 TCV-3501:練習空母「ほうしょう」  機関室


「機関室もかなり悩んだ、従来の蒸気タービンをリメイクしてそのまま使用するか、それともガスタービンエンジンに換装するか、ガスタービンを載せるにしても、主流の統合電気式推進にするか」

「統合電気推進式のほうが合理的だと思いますが」

「確かに合理的だ、だがなバッテリーのせいで、統合電気推進式にすると、事実上航続距離が無限となることを、政府が許可しなかった」

「なるほど」

「なんだかんだあったが、協議の結果、結局は蒸気タービンエンジンをリメイクするという形で搭載することになった、幸い扶桑重工(うち)は船舶用エンジンとして蒸気タービンエンジンと高圧高温のボイラー製作には慣れていた、搭載した結果、ボイラー二基に対し蒸気タービン一基これを四組搭載し、計算上は三十二万馬力、最大速度は三十四ノット以上、これは公試で確かめてくれ」

「了解です」

「蒸気タービンは海自ではロストテクノロジーになりつつある技術だが、対策はしている、そのため機関員には二か月ほど前から現地入りし訓練を行っている」

「これは頭が上がらなそうですね」

「たしかにな、ボイラー室は一応無人化されているが、メンテは必要だ、高温高圧ボイラーの影響で暑いからな一応空調を利かせているが、摂氏五〇度ほどが精一杯ってことだ」

「まさに縁の下の力持ちといったところですか」

「そういうことだ」


 TCV-3501:練習空母「ほうしょう」 航海艦橋


「そしてここが艦橋というわけだ、ほうしょうの艦橋構造物はニミッツ型を踏襲している、六層構造になっていて、最上層が主航空管制室ほうしょうの航空管制の要だな、そして五層目のここが航海艦橋颯太君、君の畑だから説明は不要だろう」

「はい、大丈夫です」

「ならいい、この下が司令部艦橋になっているが、練習艦であるほうしょうは、司令部が乗ることがないと思うが、万が一のために設備だけ残している」

「有事の際護衛隊群の旗艦となるためですか」

「運用については、防衛省が決めることだ、造った側は口出しが出来ない」

「それはそうですよ」

「艦橋はこんなものだ、俺が出来るのはこんなもんだ、ドックの外の設計事務所にいるから一回りしたら声をかけてくれると良い、副長は上の航空管制室だ、知り合いだが挨拶ぐらいしておけよ」

「はい、有り難うござい……知り合い?」

 尊暁は颯太が聞き返す前に艦橋の隔壁を超えて、颯太の視界から消えた。


「知り合いって誰だよ、まぁ顔合わせも大切か」

 颯太は航海艦橋を一回りし、主航空管制室に向かうため階段を上った。


TCV-3501:練習空母「ほうしょう」

主航空管制室


 練習空母「ほうしょう」の艦橋構造物の最上階に位置する、主航空管制室。特徴は左舷側がすべて窓になっており、目視での航空管制をよりやりやすいようになっていることだ。


 その航空管制室では複数人が作業を行っていた。練習艦とはいえ、空母であることには変わらない、そのためかチェックも念入りであった。


「おい、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

 颯太が隔壁が重く開く音に反応したのか、航空管制を務める乗組員が声を荒げた。だが、颯太はそれには何の反応も示さずに悠々と主航空管制室に入った。


「聞いて、ッ!失礼しました!艦長とは知らずに」

 声を荒げた乗組員は注意にもかかわらず、悠々と入室してくる人影を見たが、その人物の袖章を見て、瞬時に一等海佐、艦長だと理解して敬礼とともに謝罪の言葉を述べた。


「いやいい気にするな、今日着任した仙石颯太だ、まぁ気軽によろしく頼むわ、副長がすでに着任をしているという話でとりあえず探しているんだけど」

「あぁ、はい、副長ですね、今呼んできますんで」

「済まんな」

 乗組員は航空管制室を抜けて裏側の物陰得て走って消えた。

 

しばらくして、乗組員が副長らしき人物と来たが、颯太にはその人物に見覚えがありすぎた。


「艦長が本日着任するとは聞いていましたけど、まさかあなただったとは」

 その人物は颯太と同じ、幹部大学校の二期生にして、規律に厳しく、最近まで護衛艦ひゅうがで航空管制の任についていた人物であった。


「これはまた、めんどくさい」

「めんどくさいとはなんですか、だいたいあなたは……」

「あ~、はいはい、分かった分かった、それで副長はどこまで勉強をした、この六万トンのバケモノをどこまで分かった」

 尊征たちの中では、口うるさく説教魔で有名な、北条陽菜であった、彼女は颯太の言ったことに、艦長としての自覚が足りないと続ける気であったが、颯太はそれよりも早く、陽菜に艦長としての立場で質問をした、これには陽菜も少しむっとした。


「む、仕事モードに入るのね、艦長正直私も、このほうしょうについては分かりかねています、基準排水量六万五千トン満載に至っては八万九千五百トンで通常動力型の軍艦としては世界最大、艦載機数は最大で一〇五機、乗組員の数はハイテク化で削減されたと言っても、艦の運用に一八〇〇名さらに航空機運用で一五〇〇名で合計三三〇〇名この数字だけでも普段の護衛艦の十倍一体運用にどれだけの費用が掛かり、私達がそれを運用できるほどの器を持った人間なのか」

「難しいことを考える、俺は難しいことと、めんどくさいことは嫌いだ、だから後方部隊を希望して補給艦に配属されていたのに気が付いたら、中東そしてここだ、めんどくさいことこの上ない、そういうことで俺は最小限しか勉強しない、防衛省がほしがっているのは、俺の操艦能力だ、逆に言えば艦長として指揮と操艦さえちゃんとしていたら文句は言われないということだ」

 颯太の言うことに、明菜はかなり呆れた顔をする。その顔に颯太は「仕事はちゃんとする」と言った。


「それでは、艦長よろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ、補佐頼むよ」



平成三十一年三月十九日

アメリカ合衆国

カリフォルニア州

扶桑重工業株式会社「サンフランシスコ造船所」


 乗組員が全員そろった、練習空母「ほうしょう」は艦船公試を行うため、サンフランシスコ造船所を出ることとなった。この後はアメリカ海軍サンディエゴ海軍基地に入ることになっていた。


「ボイラー圧正常値、艦長!機関始動いけます」

「機関始動まで、半日か結構時間がかかるな、よしアメリカ海軍旗掲揚、CV-63空母キティホーク出港する」

「了解、ドック注水開始!」

 轟音と共に大量の海水がキティホークが艦体を休めていた、ドックに注水される。ゴォオっといった音がドック中に響き作業員の作業を妨げる。


「艦体固定解除用意ッ! 間もなく規定水深」

「機関始動用意ッ」

「ドック内注水完了、舫い放て、艦体固定解除」

「艦長より、総員に通達する艦固定を解除する、動揺に注意」

「ドック閘門(ゲート)解放!」

「舵中央、両舷後進一杯」

 ドックの閘門が解放され、ほうしょうが動き出す、ドックに入っている期間は五年と半年、新たにほうしょうとの名を得たアメリカ海軍空母キティホークは大海へと公試のため旅立った。



平成三十一年三月二〇日

 太平洋洋上 

TCV-3501:練習空母「ほうしょう」 航海艦橋

 

 サンフランシスコ造船所を出た、練習空母ほうしょうは、欺瞞のため「CV-63キティホーク」と名乗り、アメリカ海軍旗を掲げて公試に臨もうとしていた。周辺海域はアメリカ海軍が封鎖しており、周囲の安全は保障されていた。


『CV-63キティホーク、貴艦の航路安全は確保済みだ、久々に海上を存分に駆けるといい』

「了解、これより公試に入る。周辺警戒宜しく」

『OK、巡洋艦レイクエリー通信終わる』

「よし、まず、速力試験を行う。両舷機関一杯」

「アイ・サー、速力試験開始、両舷機関一杯」

 練習空母ほうしょうは、最高速度を測るため、ボイラー圧力を上げ、大量の蒸気をタービンにたたきつける。高圧蒸気がたたきつけられたタービンは回転速度を上げ、推進器となるスクリューを回し、海水をかき回す。


「艦長、一杯ですか、長時間の場合、機関破損の危険性があります」

「副長、公試は艦の性能を知るいい機会、このバケモノがただの巨大な鉄クズか、優秀なバケモノか見極めるいい機会だと思うけど」

「搭載ボイラーに疑問があります」

「尊征のところの優秀なボイラーだと聞いてる」

「確かに数多くの事例がありますが、軍用は初めてで高圧型で過去類を見ない超高圧型だと」

「速度二十八ノット」

「議論をしてる暇はなさそうだな、副長心配なら機関室に状況報告を要請」

「了解しました」

「速度三十ノット、まだ上がります」

「空母としては合格点ラインを悠々通過か」

「艦長、機関室から報告です、ボイラー全八基異常なし、まだ余裕なり」

「まだ行けるな、機関室に通達、異常があれば逐次報告」

波を切りほうしょうの速度が三十三ノットに迫ろうとした時であった、ほうしょうの艦体が突然不気味な振動と共にうなりを上げたのは。


「艦長、各部署より、異常振動の報告があります」

「各部署に通達、この振動は間もなく収まる。副長、まだ上がるぞ」

「速度三十四ノット」

「アメリカ海軍最速を超えるか」

「速度三十五ノット」

 速度が三十五ノットを超えると、小刻みな振動と異常音はふとおさまった。


「速度三十六ノット……速度三十六ノットで固定、最大速度は三十六ノット」

「軍艦としても合格点か次は旋回試験だ、各部署の固定確認急がせろ」

「アイ・サー」

 最高速度三十六ノットは九万トンに近い艦体がたたき出した速度としてかなり驚異的な数字であった。この事実に触れた艦橋乗組員は自分たちが、操る艦がたたき出した記録を誇りに思い歓喜したのだった。


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