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兵主部壱 長岡混沌京  作者: ずずつすず
魍魎の街
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七 魍魎

 一方で、「鬼遣(や)らい」のかけ声とともに、菅原世道と十二人のわらわ(童)が、列をなしてゆく。

 

 世道が、異形異装をしている。

 くろきころも(玄衣)に、紙の鬼面。

 しかも、眼が四つえがかれている。

 三つまたの鉾とホウジュン(方楯)をもち、この左右のジモツ(持物)を、ガンガンと打ちならし、

 「鬼遣らい」

 の、声をあげる。

 

 方相氏だ。

 後続の童たちが燃えるたいまつ(炬)を手に、

 「鬼遣らい」

 と、唱和する。

 本来の、宮中行事としての追儺なら、宮人もこぞって参加し、桃の弓や葦の矢、さらにふりつつ(振り鼓)なども持ち出される。

 

 世道と童の十三人のみが、京中をねりあるく。

 

 時折、鉾と楯をガンガンやり、

 「鬼遣らい」

 と、叫びながら・・

 

 えらく草臥れる。

 

 遠景としては、異形の装いをした大男と童たちが、のしかかるような星空と暗闇の中、野道の観のぬぐえぬ新京をすすみ、声をあげる。

 

 いかにも古代的な、大自然と、ちっぽけな人間の営為であった。

 

 しかし、これは、呪術だ。

 

「鬼遣らい」の声が出るつど、ひぃぃー、ぎゃぁあーー、と、なにかが、物陰でかける。 にげていく。

 

 それらの手足や相貌が、月明かりにはえる。

 

 疫鬼どもだ。

 ぎらつく目玉

 餓鬼のような四肢

 さもしくとがった牙・・

 

 さて、京城のぐるりをめぐれば、じつに数里になる。

 

 一度にあるきどおしでいられるはずもなく、途中、いくどか休憩する。

 下京をめぐっているおり、休憩にはいると、

 

 「すまん。はずすぞ」と、世道がいった。

 

 「え、えぇ」と、童子の一人が、とまどった顔になる。「他行するのですか?」

「うむ」

 

 子供ばかりで、このうらぶれた下京に、と、かわいそうになる。

 が、だいじょうぶだろう。

 rite(儀式)なのだ。

 方相氏は、方、つまりsquareにつかえるもの・・地水火風の四大、

 

 日月星辰の四象。

 東西南北、

 艮乾巽坤の四角、

 

 それらを浄化するものだ。

 

 

 かるがゆえ、四角祭のこの夜、京中を巡って、四囲と四隅を点検する。

 すみっこには、悪しきものが溜まるから、それを追いだしていく。

 

 結界を強化する。

 

 その列を、長岡人たちは、神異と霊異をおびた、異界のもの(物、もののけ)として目撃する。

 (鬼だ)

 と、長岡人は畏懼(イク、畏怖しおそれる)し、むしろなり、木戸なりのおくで、ちぢこまってある。

 

 古代のーー根幹のーー脈々とつたわる、われらがroots

 

 世道は、列からはなれると、小泉川のながれをききながら〝悪所〟へむかう。

 

 弊屋の建ち並ぶ街のあちこちから、異臭を発している。

 夜だというのに、夜気のさやかさ(清かさ)が、人糞とそのいきれにけがされている。

 

 (えらい場所じゃな)

 世道はうめきながら、ほしあかりにてらされる水路や、何かひっかかる箇所でもあるのか、山なすおぞましい物体を見る。

 わーん、

 と、蠅がとぶ。

 病者のうめきがきこえる。

 地獄のような陋巷。

 

 「鬼遣らい」

 と、声をだしつつ、だす、と、沓で、地面をふみしめる。

 パラパラ、

 豆でもまくように、小鬼どもが、物陰から飛び出し、屋根から落ちて、逃げちっていく。

 

 (焼け石に水・・いま必要なのは、かわや〈厠〉に水じゃ)

 豊麗な水量であり、それを引き込む工事だ。

 

 世道は、ぶぜんとしたここちで、臭気と病魔がまんえんする悪所をあるく。

 川のながれが、人体と人界が出した排泄物で、よごされている。

 

 都会の汚点ーー人外魔境。

 

 と、

 足をとめた。

 

 ぴちゃぴちゃと水音がする。

 小泉川のほとりに、臭気にまじり、魔気がわく。

 なんともけがらわしく、ボウバク(茫漠)としたものが、

 凝《じ》っと、世道をみている。

 

 朦朧ーーー

 

 (狸《まみ》か?

 (いや)

 「モウリョウ(魍魎)じゃな」

 世道はつぶやき、

 方相氏の三つまた矛をつきだした。

 追儺《ついな》の霊験、

 鬼の難を追いやらう。

 魍魎の、朦朧とした肢体が千切れ飛び、

 「あ、あ、あ、あああ」

 と、うめきを発して、滅失する。

 

 魍魎。

 水沢や墓地の怪異だ。

 中国の本草綱目に、こうある。

「罔両(魍魎)は好んで死者の肝を食す。そのため、『周礼』に、ほこ(戈)を取って塚穴(壙)に入り、方良(魍魎)を追いやる、とあるのである」

(カラヨウ〈唐様〉か。ら(・)し(・)い(・)のう)

 

桓武帝が唐土に深い関心をお持ちであることは明らかだ。

 王朝の恒例として遣唐使をおおくりあそばされるのみならず、この長岡京の南郊で、唐様の、天をまつるコウシ(郊祀)をとりおこなわれている。

 この時、桓武帝は、みずからの手で血肉のかたまりである生贄をおそなえになったという。

 

 そも、桓武帝の母親の一族はやまと氏(和氏)・・渡来人系だ。

 (本邦ぶりと、大陸のありかたの、せめぎあい。なんと、カクシャク〈矍鑠〉たる混沌)

 水のながれが無数の泡沫をむすび、それぞれがのしかかり、つみかさなり、はじけて、あわさって・・そうやって、水の下から姿を現すものが、よろこばしいものばかりとは、かぎらないのだ。

 汚泥

 糞

 (よからぬものも、いろいろわきだすーーーなぜじゃ。遷都もその設計も、至当であったろうに)

 

 ただしきあや(条理)が、周囲の事情にからまり、ついには、わけのわからないものに変じる。

 Labyrinth

 世道は、暗然とした気持ちで、悪所をはなれる。

 

 

 

 

 

  


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