長岡京
〽かしこまる四出になみだのかかるかなまたいつかはとおもふあはれに
鬼火が燃え、百鬼が進み、蝙蝠が舞う。
早良親王の一行は、京洛の雨空を進んでいく。
蒼や碧の鬼火に照らされて、雨が染まる。
その凄愴さが手伝って、というわけでもないが、敗勢の感があった。
大伴の鬼どもは、依然、昔日を忍び、すすり泣いている。
(孤児だ)
と、鬼どもの神輿に担がれながら、早良親王はそう思う。われらは、切り離されている。
世の理に、あるいは、それ以上に、世間の情に。
つれなく離れられて、かつて、そのおそば近く仕えることが誉れであった御方からすら、遠ざけられ。
(今ここに、この忠勇武烈の臣すら、悲嘆慷慨し涙に溺れておる)
なにかがおかしい。
と、袍をまとい、蝙蝠扇を口許に寄せ、目を閉じる。
報われるべきものどもが、なぜ、このような因果応報をこうむっている?
(因果そのものが)
と、思わざるを得ない。
す、と、目を開ける。
闇と鬼火の下、長岡京は、寝静まり、五月雨に黙りこくっている。
緘黙。そして、三川の流れる水音。
闇のより濃い輪郭に没している家々。
あの、大和の山中に整然雄渾と築かれた平城京に比べ、条坊が入り組み、水勢が盛んなぶんだけ、どうにも、雑然とした印象がする。
(変わったのだ。因果の掟そのものが)
美徳と悪徳、その価値基準が。
paradigm が。
古代的な、諸豪族の最たるものとして、大君が君臨する時代。
その相剋と角逐のために、ひしめくライヴァルを退けるために、大軍の武勇は必要だった。
だが、朝廷の実力と権威が歴然とし、天皇が、「日出るところの天子」になり、諸民諸豪を服わせる絶対性と至当性を手にされた。
それこそが、本朝の栄光の嚆矢だが、国内戦争の終結は、大伴氏の没落を意味しているーー「軍事」の氏族は、性格を変えた。
大伴家持をはじめ、万葉歌人に富むまでに。
太平の時代に、軍隊の発言力は低下する。
替わって、ふじかずら(藤蔓)のごとく繁栄した、蘇我氏にもつながる祭司の一族、藤原氏が、宮中に台頭する。
はびこった(蔓延った)
大伴氏は、追いやられた。
時代は変わるーーー変わらぬものは取り残され、
変わったものすら、落魄は免れぬ。
時代が変わるとき、その節目に、取りこぼされるものは出るのだーーー容赦なく。
あの兵主の部のように。
(仏法も、そうよ)
かつて、仏教はきらきらしく、輝かしく、王朝鎮護の威風を以て迎え入れられた。
時代が、それを求めていた。
大君の治世が盤石のものとなり、豪族との間に日の本が開ける。国家の体制を定め、文化を興すため、大陸から、仏法をはじめ、さまざまなものが招来される。
天地と仏国、来世の真理を説く仏教は重んじられ、その頂点が、聖武天皇の遷された平城京であり、奈良朝で、天平時代だ。
聖武天皇は、上皇になられてから、自ら「三宝の奴」とまで称された。
仏・法・僧の奴隷に過ぎない、ということだ。
天平時代は終わった。
延暦となった。
奈良の都は、ここ、長岡の地に。
主な事由は、他ならぬ、仏法諸寺と距離を取るためだという。
(終わったのだ)
車の中にも聞こえてくる、雨の音。
依然、遣唐使はおくられるし、彼らは、きらびやかな文物を持ち帰るであろうが、それを無批判に重んじた段階ではなくなっている。
もっと主体的に、自らに役立たせ、包摂する段階だ。
(呑み込んでゆくのだな)
早良親王は、口の端から、毒焰をたなびかせる。
嘆息、したのかもしれない。
長岡の都を見る。
時代と時代の変わり目に口を開けた深淵ーーとめどなく、呑み込んでいく・・善きもの、悪しきもの・・・それは、きらぎらしき新生だ!
下手をしたら、おのれも。
(敵であるわしですら、敵として必要とするかよ)
延暦御代毒虫の宴。
この天平時代の遺物こそが、祟り神に廻ることで、新京は、光り輝く新時代に立っている。
そういう、はざかい期(端境期)の首都なのだ。
時代と時代の境目。
大陸から渡来した思想を、文化を、仏法を、氏族を。
貪欲に包摂して、
それらの向こうに、国風を打ち立てんとする・・
新しきもののことごとくが、光り輝くものとは限らぬが。
だからといって、止まるでもなく。
このよどは。
このうずは。
怪物の咽頭はーーーーー!
「長岡京よ。おぬしを言祝ごう」
日の本はここから生まれる。古代世界は幕を閉じた。
「わが愛着と愛執の限りを過去へ押し流した怒濤よ
「その愛憎の炎を以て、うぬに淫し、うぬを呪い抜こうぞ
「それこそが早良親王が祝福と知れ」
天は答えぬ。
雨も。
長雨の中、百鬼夜行が行く。
魔王は、そっと、つぶやいた。
流れゆくもの、人の世、人の常・・
それで済ませている一切合切へと。
「化物が」




