八 五月雨
長岡の地に、雨が降る。
天を覆う鈍色の雲は、大きく、広く、重なり合って、そこから、しとしと降っていた雨が、今や、絶え間なく、雨粒の線で視界を占める。
皐月も、下旬に入って、梅雨が本格化している。
〽さみだれによのふけゆけばほととぎす ひとりやまへをなきてすぐなり
刷雄は、図書寮で、鬼火が燃え、巻子がひとりでに宙を舞うなか、雨音を聞きながら、仕事を進める。
悪所にばかりかかずらってはいられない。
(やはり、製紙部署が入り用になる。木簡竹簡ではかさばってゆかぬ)
昼下がり、陰陽寮の遣いが来た。
刷雄は世道を呼び、奥の間で高橋御坂からの書状を見せる。
悪所は、至極無事平穏になった。
猖獗を極めていた病が、少しずつ、着実に、終息へ向かっている。
五月雨の中、唐様のジュウイ(戎衣、兵装)をまとった、ひょうすべ(兵主部)らしきものどもが哨戒し、槍や剣で、疫鬼を追う。
(蚩尤の眷族か)
「具合が良さそうじゃのう」
「われらも、精励しましたからな。唐様を、大和振りへ」
「わしも若い頃、向こうから取り入れたものよ。まだまだ、くり返さねばな」
ふ、と、沈黙が生まれる。
同じことを思ったのだろう。向こうからやって来て、こちら側のものになる。
いいも悪いもない。
個々人の事跡とか、志操とか、そういうものではないのだ。
「・・間もなく、土工司も、悪所の工事にかかるとのこと」
「いつにのう、動きが早い」
笑う。
「定めし、経費も労力も、他にあてがあるのじゃろうて」
「とんでもないものですな。秦氏の財力は」
「あれらが、いつ頃から畿内に植民し、開拓に励んでおると思う。秦の技術は多岐にわたるが、その最たるものは、農業と土木ぞ。富も技術の蓄積も、いくらでも、じゃ」
「悪所も、ひとだんらく、というところですか」
(落ち着くべきところには、落ち着かせたはずじゃ)
ことをえのまつり(竣工祭)では、大伴の軍歌を捧げ、軍神を皇城の守護神にした。
やれるだけのことはやっている。
それでも、なお。
どこか、不安が残るのだ。
この新京にあって、もとい(基礎)をたがえる、歪んだ基礎の上に、はたして、長久の都が建つのだろうか?
腑に落ちない、というのか、やり残した感覚が、心から離れない。




