二 ひょうすべ
兵主神社の建立は、急速に進む。
下京へ詰めかける工匠、荷役、商人は、ずいぶんな数になり、人も物も、盛んに投入される。
「何事か」
京中の人々は耳目をそばだたせた。
「ほれ、下京の官社」「にぎにぎしいのう」「いやはや、これはなんというのか」
兵主神社建立に集うものたち、その、不思議に通底するものがある風貌に、見入る。
「鬼か」
そう言ってあやしむものもいる。
鬼、というのは、ばけもの一般を指す。
そして、殺人鬼とか、仕事の鬼とか、尋常一様を外れた人間をすらいう。
「使鬼」
「陰陽師どもの式神か」
「おお、そういえば」
うわさ話を吹聴するものも出る。
「本当に、式神やも知れぬぞ。ほれ、春日大社が建立された折り」
「ああ。あの大工事」
「当時、監督を務めておったたくみのかみ(内匠頭)が、人形をひとに変えて使役したという。式じゃ」
「式神」
「あれらも、その伝やも知れぬ。兵主神社建立のため、使わされた式神よ」
「そう言われれば、どことのう異相」
「妙に、顔立ちが似通っておるのう」
秦の血がいかに薄まっていたとしても、大人数が集まれば、人目を引く。
ちなみに、兵主神社は、他にもある。
滋賀、奈良、兵庫、岡山、壱岐、と、秦氏の渡来と、勢力発展のルートに点在している。 実際、創建も古く、この物語以前のものが多い。
祭神の兵主神は、素戔嗚尊や、八千矛神、おほなむちのみこと(大己貴命)大物主神、要するに、おほくにぬしみこと(大国主命)となる。
荒ぶる軍神の一面を持つ記紀神話の神々だが、秦氏の神である兵主が、習合したのだろう。
春日大社の人形を式神とし、工事を手伝わせた件でも、秦氏の影がちらついている。
秦氏は古くから藤原氏に接近しており、その氏社である春日大社の工事にも、協力した可能性が高い。
秦の手のものは、式神なのだ。
秦氏が、建立に励む様は、氏社を建立しようとしている、という事情を知らぬと、異様に映る。
ひょうすべ
という呼び名が、一般的になっていった。
兵主部、と、書く。
兵主神に奉仕し、その社の建立にいそしむものども。
民部省・兵部省・文部省の「部」
部署、部族、語り部の「部」だ。
ひょうすべ。
兵主神の一族。
さつき(皐月)が近づき、五月雨の前駆がぱらつく。
曇り空の下、細雨に打たれ、鬼気迫るギョウボウ(形貌)で、兵主部が、励む。




