一 残響
その四、習合
「名推理でしたな」
悪所から離れて行く道中、世道が言った。
「む」
「裏で手を引いているのが、秦氏であったという下り」
刷雄は、嘆息する。
「新京造営以来、連中の身の入れようはあきらかじゃ。こたび、おのれの氏神を祀るにあたって、シャニムニ運動し、経費を請け負うのは見えておった。徐福の顔立ち、工夫商人その他、こんりゅう(建立)にたずさわっている面々の造作、その共通点に気づいてからは、一気呵成よ。氏族ぐるみ、しかも、経済も技術も全般に。秦氏なら、自ら請け負おう」
秦氏。
大陸からやって来た、東西(大和河内)の漢氏に並ぶ、渡来人系氏族の巨頭。
漢氏は、さかのうえ氏(坂上氏)などの氏族に分かれ、大蔵官僚や武人を出している。美濃に大きな技術者集団を擁するも、とつ国(外国)ぶりはすでにない。
異風は、もう、なくなりつつある。
国風の時代。
(連中のきらめきも、これより成熟する国風に息づくこととなろう)
祭祀の家藤原に属するものとしては、国風に軸足を置く以外の選択肢はない。
それでも、綾織りのように、あでやかで、異彩を匂わせるよこいと(緯)が、ところどころにのぞく。
そういうのは、悪くない。
そういう変化が、全体を活かすことともなろう。
背後から、霊感に響くものがあり、振り返った。
そこには、月をも脅かす、兵主、蚩尤の大身がある。
静物と化していて、尊像であり、それでいて、生きて、生彩を帯びている。
(毘盧遮那仏)
奈良の大仏をふと思う。あれも、渡来人の技術力のたまものだ。
あれほど巨大な造形を、鍍金する能力は、海の向こうならではだ。
刷雄の目に甦ったのは、奈良の大仏開眼会だ。
大仏は未完成だが、その日、神霊を宿す。魂を入れるのだ。
轟く声明(仏教声楽)ーーー列成す「散楽」サンガクの徒・・
散楽、というのは、circus団だ。
Alexandria
Greece
Roma
それらで発祥し、Silk Road を経由して、中国へ、日本へ伝来した。曲芸、軽業、奇術・・散楽とは、宮廷の格調高い雅楽とは対照的な、大衆芸能ということだ。変面という化粧をし、刀でjugglingしたり、あるいは火を吐いたかもしれない。
大仏に魂を入れる国家の儀式だ。
声明が朗々と響く中、そんな雑伎団が芸を披露するーーー供養する。
この一事で、渡来した頃の余熱が残っていた奈良仏教が、われわれの知る仏教とはまるで別物だったと分かる。
葬式仏教どころではない。
国際色を豊かに帯びた、明色の思想だった。
刷雄は、開眼会の年に、入唐した。だから、あのきらめきと異彩、興奮をよく覚えている。
唐散楽のみではない。あの日は、日本の久米舞や大歌も奉じられた。
林邑(Vietnam音楽)
高麗楽も。
異色の造形の面をつけた演者たちが、伎楽を演じた。伎楽面は、maskではなくhelmetだ。スッポリとかぶる。「治道」「迦楼羅」「金剛」「酔胡王」「崑崙」・・黙劇ながら、演者の肉体が躍動する雄弁さ!
おのれの内側で宿ったほとぼりには、当初、気づかなかった。
まぶちからこぼれたそれが、夜気に冷えた。
さみしい。
この気持ちに、理屈はない。
兵主は、ギギ(巍々)として、そびえる、と、形容すべき高みにある。
(おぬしらがいなくなるのは、さぞ寂しかろうよ・・異国人よ)
依然、うずき、どうかすると骨の根を揺さぶる震えを、押し殺す。
「与力しましょう」
世道が言う。彼も、蚩尤を見ている。
「天気すでに定まった以上、われらは従うのみ」
「うむ」
(盛事じゃ)
たけなわを飾らん。
古代以来の盛宴が、果てようとしているのだ。




