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65.エピローグ 妖の王の再臨

 暗い闇の中。


 彼は目を覚ました。


 ひんやりとした、固い石の台座から、ゆっくりと上半身を起こす。


 どれだけの間眠っていたのだろう。

 今は良く思い出せない。

 ただ、気の遠くなるような時間だったのは確かだ。


 ——ここは、どこだ。


 彼はあたりを見渡した。


「……お目覚めになられましたか、我らが王よ」


 台座の横で、跪き首を垂れる者があった。


 病的に白い肌、灰色の長い髪。

 酷く痩せている。


 跪いているためにはっきりとは分からないが、平均的な男よりは小柄で、平均的な女よりは少し背が高いように見える。

 僅かに(おもて)を上げたその顔も、男にも女にも見える中性的な造形だ。恐ろしく整った顔立ち。


 ……だが、その声は確かに年老いた男のそれだった。


「誰だ」


 彼は短く誰何の問いを発する。

 静謐で、それでいて一切の偽証を許さない、絶対的な【王】たる器の者の声。


「……私めはレイヴノールと申します」


「闇に魅入られし妖精か」


 彼は目だけを動かして跪く男を見下ろし、


「何ゆえ余に首を垂れる」


「貴方様の配下に加えていただきたく」


「何故だ。そも、汝らは余の眷属に非ず」


「貴方様とともに、妖魔の夢を見たいからにございます」


 男は淀みなく答えた。


「……」


 彼は何も言わずに男を一瞥する。


 男の喉がゴクリと音を立てた。

 額に玉のような汗が浮かぶ。


「……いいだろう。余が許可する。汝の好きにするがいい」


「おお……!」と、男の顔がぱっと明るくなる。

 同時に、その瞳が狂喜に輝く。


「私めは、貴方様に害をなす者ども——『光に祝福されし子ら』どもが、心底我慢なりませぬ。貴方様をこのような場所に閉じ込めた、あの憎き光の乙女どもも」


 そこで言葉を切ってから、また少しだけ顔を上げ、そして言葉を続ける。


「あの女どもを、今こそ八つ裂きにしてやりましょう。いえ、それだけではとても足りませぬ。その末裔どもも一人残らず皆殺しにしてやりましょう——王よ!復讐の時にございます」


 彼はしばらく無言でその男の目を見つめていたが、やがてぽつんと呟いた。


「復讐か」


「はい」


「興が乗らんな」


「……は?」


 男は彼の予想外の言葉に、困惑した表情を浮かべた。


「復讐など、そのような些事はどうでも良い」


「王よ……!貴方様は、憎くないのですか!?このような場所に縛り付けられて……」


「そのような感情は、余にはない」


 彼は表情を変えずに答えた。


「では、貴方様は何を……何をお望みで」


 男のしわがれた声は、さらに水分を失って掠れていた。


「救いだ」


「は……?」


「虐げられてきた憐れな子どもたちの”救済”こそが、余の唯一の望みである」


 彼は男から目を逸らさずに、そう告げた。


「な、なんと」


 男は目を見開いた。


「なんと崇高な……!」


 そして興奮で頬を赤らめ言葉を続ける。


「王よ!貴方様の望みは我が望み。いえ、()()の望みにございます。ああ、貴方様の時代に生まれた我らは、なんと幸運なのでしょう……!」


 恍惚の表情を浮かべ、男はしわがれた声で続けた。


「……王の崇高な目的を叶えるための軍勢を用意しております。今はまだ数も少ないですが、貴方様のお力ですぐに成長することでしょう」


「そうか」


 彼は小さくうなずいて、台座から降り、立ち上がる。


 その瑞々しい裸体の肩に、男はそっと外套を掛けた。

 そして広い部屋の端に見える扉を指し示す。


「さあ、どうぞこちらへ。王の手足となる大妖魔たちが、貴方様の御成りを待っておりますれば。この私めをいれて八名。丁度、王の象徴たる蜘蛛の脚の数と同じにございます」


 男は恭しく頭を下げる。


「八体の大妖魔……『八妖』……か」


「はちよう?」


 彼が微かに呟いた言葉に、男は首を傾げた。


「いや。少し、懐かしい気がしたのだ。もっとも余の記憶ではないかもしれないがな」


 彼は静かに首を振った。


「……左様でしたか。王は、眷属たちの記憶さえもお見えになるのですな」


 男は驚愕の表情を浮かべた。

 それから、しばし考え、そしてまた口を開く。


「しかし『八妖』ですか……良い響きですな。それでは、各々が軍勢を率いる“将”として、我ら八名を『八妖将』と称するのはいかがでしょうか」


「『八妖将』か……悪くない。よきにはからえ」


「はっ。……では、残る七名の『将』を、ご紹介いたしましょう」


 男が厳かに扉を開く。


 ——扉の先には跪く七体の大妖魔。


 案内をしていた男もその場で膝を突き、彼に向かって首を垂れた。


「——子どもたちよ」


 彼は妖魔たちを見回してから、ゆっくりと口を開いた。


「父の暴虐、人間達の傲慢に、今日まで良く耐えた」


 異形の姿の妖魔(グリム)たちを見回す。


「今、ここで余は宣言する。永かった人間達の時代は今日、終わった。これより先、世界は我ら妖魔の時代となろう」



 ——それはこれから始まる人と妖魔の戦争の、苛烈な開戦の号令に他ならなかった。



 Epsode3 fin.


お読みいただき、本当にありがとうございました!

もしよろしければ、評価や感想などいただけますと大変嬉しいです……><!


第4部ではいよいよ”人間”と”妖魔”の本格的な戦い『妖魔戦争』が始まります!

1~2週間程度の準備期間後に連載開始予定です。

よろしければ、是非第4部もお読みいただけると、光栄です。



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