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第八章その5 灰は自治体によって燃えるゴミだったり燃えないゴミだったりする

 3日間にわたる除草作業はとうとう終了した。今宵は久野瀬家へのお礼も兼ねて、広くなった裏庭でのバーベキューだ。


 バーベキューコンロ、それに折り畳みチェアとテーブルは納屋にしまってあった古いものだが、状態も良かったのでまだまだ使える。たぶん30年くらい前のアウトドアブームと言われた時代に購入されたものではなかろうか?


「庭が広いっていいことですね」


 夕焼けに照らされた庭は土が剥き出しになっている。端の植木以外すっきりなくなってしまった庭を眺めながら、俺は焼けたトウモロコシを手にしてしみじみと話す。


 前にも庭で桶風呂を沸かしたことがあったが、やっぱバーベキューは格別だな。もし実家のマンションで同じことをやろうものなら、まず間違いなく消防と警察に通報される。


 天花ちゃんの誕生を記念するキンモクセイもちゃんと残しておいた。しかし俺の右手人差し指には、今でも絆創膏が痛々しく巻きつけられている。


 イラガの毒性はかなり強いそうで、昨日からずっとずきずきとした感覚が治まらない。毛虫用の殺虫剤も散布しておいたが、成長し切ってからでは効きが悪いようだ。当面は木には近寄らずイラガが羽化するのを待って、その後剪定するなどして対策したい。


「おいしーい!」


 焼けたばかりの肉を美里ちゃんと天花ちゃんが頬張る。嬉しそうなこの顔を見られただけでも、食材費をケチらず奮発して良かったと思える。


「先生、ありがとうございます!」


「いいんだよ、好きなだけ食べなよ」


 何せ全部県内産の近江牛だぞ。こういう時は出し惜しみせずにパーッと使いたいよな。


「大八木さーん、いませんかー?」


 その時、玄関の方から男性の声が聞こえた。


「裏庭でーす、どうぞー」


 俺はトウモロコシを呑み込んで呼び返した。しばらくすると、母屋の陰から町内会長の室田さんが顔を出した。


「室田さん、どうしたんですか?」


 トウモロコシ片手に町内会長に近付く。室田さんはすっかり様変わりしてしまった俺の家を見て、驚きを隠せないようだった。


「いやあ実は今日、観光協会の広報課の人がうちに相談に来たんですよ。大八木さんに仕事を頼めないかって」


 そう言って手渡したのはA4サイズの紙の冊子だった。1枚目は『新年度パンフレット作製について』と無機質に印字された文章だが、2枚目以降には地図や写真が参考資料として添付されている。


「市内観光の新しいパンフレットを作るので、そのイラストを依頼したいんだそうです。どうです、引き受けるなら担当者にそう伝えておきますが」


 まさかパンフレットの依頼なんて初めてだ。それも相手は観光協会、公務員にも通じるお堅い組織だぞ。


 たしかにまったく無関係なイラストレーターに依頼するよりも、市内在住の同業者を使った方が市民の受けも良いのだろう。しかし俺も一応は業界でそれなりに名を挙げたと言っても、一般層まで浸透しているとは言えないはずなのに。職員にサブカル好きな人でもいるのかな?


 とはいえ観光協会からの依頼は魅力的だ。ここでコネクションを作っておくと、後々より大きな仕事を依頼されるかもしれない。仕事のスケジュールも余裕があったはずだ。


「わかりました、引き受けますとお伝えください。後日打ち合わせをしたいので、私の電話番号もいっしょに」


「いやあありがとうございます。それにしても……すっかり見違えるようですね」


 ほっと安心した様子の室田さんが、改めて庭を見回す。


「せっかくですし、室田さんも寄っていきます?」


 俺はささやかにアピールするように、トウモロコシをそっと上げる。後ろでは久野瀬さんの旦那さんが缶ビールをちらっと持ち上げていた。


「いいんですか? それでは」


 室田さんは目を輝かせ、俺たちの輪に加わった。


「ははは、こういうのは久しぶりです」


 椅子に座り込んだ室田さんは皺だらけの顔を赤くしながら、缶ビールをぐいっと傾ける。


「昔は仕事終わりに皆で集まっていたものですが、何分歳を取ってしまいまして、大勢で飲む機会もめっきり減ってしまいました。時間はあっても体力がありません」


 都会のように近くに飲み屋があるわけではないので、誰かの家に集まるのが普通のことだったのだろう。この家にも大型の鍋があるもんな。


「そうだ、ちょっと待っててください」


 室田さんはまだ中身の残っている缶ビールをそっと置くと、急ぎ足で敷地の外へと出て行った。しばらくして戻ってきた室田さんは、折り畳み式の台車に段ボールをくくりつけていた。本当は車で運びたかったが、酒を飲んでいるからわざわざ歩いて持ってきてくれたのだろう。


「うちで獲れた野菜です。どうかもらってください」


 そう言って荷紐をほどき、縁側に段ボールを置く室田さん。そんなつもりはなかったのに、なんだか申し訳ない。


 俺が「ありがとうございます」と言って焼けたばかりの肉を差し出すと、室田さんは「いえいえ」と言いながら受け取った。


 結局陽が沈むまで飲めや食えやのどんちゃん騒ぎは続き、男衆だけでビール1ダースを消費してしまった。その姿を傍から見ていた女衆は、すっかり呆れ果てていた。




 その夜、居間の床に座り込んだ俺は天花ちゃんといっしょに、室田さんの持ってきた段ボールの中味を吟味していた。


 畳の上に並べられるのは、トマトにナスにカボチャにトウモロコシ。さすがは農家の室田さん、色も形も良い夏野菜が盛りだくさんだ。


 これを使って天花ちゃんに夏野菜カレーを作ってあげられるぞ。あれはひき肉とナスをいっしょに煮込めば滅茶苦茶美味いんだ。


「ん?」


 その中にひとつ、見慣れない野菜を発見した俺はそれを手に取った。


「これ何だ?」


 表面は淡い緑一色。大きさも形もラグビーボールのような楕円形だが、皮はスイカのように硬くちょっとやそっとじゃ凹みそうにもない。中身も詰まっているのか、見た目以上にずっしりと重みを感じる。


 キュウリ? ズッキーニ? 丸っこくて見たことも無い謎の作物に、俺の頭からはいくつものクエスチョンマークが湧き出した。


 困惑する俺の顔をみて、目を丸くするのは天花ちゃんだ。


(冬瓜、知らない?)


 そう書いたメモを見せて不思議そうに頭を傾ける。だが俺は余計に混乱してしまった。


「これ……何て読むの?」


 そう言った時の天花ちゃんの驚いた顔と言ったら、まるで宇宙人でも見たかのような反応だった。

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