終章
■終章
「お前達……本気で覚悟しておけよっ」
大教会庁へ帰り着いて早々、グローリアとヘンリーはラザファムから怒鳴られた。怒りに顔を紅潮させていたラザファムだったが、ふとヘンリーの瞳の色を見てギョッと目を剥いた。
「アメディック、お前……その目……」
「もう嘘を吐き続けることはやめた。ボクは赤目だから。……そう言うことで」
「はっ? いや、待て。意味がわからな――」
「ヘンリー」
ラザファムやシェパード隊長、副隊長達の合間を縫って、一人の老人が進み出た。
逆十字のピアスが揺れる。
ヘンリーの表情からすうっと色が脱けていく。
老人――大司教は微笑んだ。
「おかえり、二人とも」
◆
グローリア グローリア グローリア
明日を希う存在全てに栄光あれ
唐突に、歌が止んだ。
唸るように、かの子守唄を口ずさんでいた老人は、左耳朶に光る逆十字のピアスに触れる。
「グローリア……“栄光あれ”の名を持つ少女。栄光など……ましてや幸せなど、掴めるはずがない」
あいつは赤目だからな、と軽い口調で老人は嗤った。
酷薄な笑みを浮かべる老人の後ろに、付き従う若い男性の姿があった。
「赤目に幸せなどやってこない。生まれ落ちた時から、赤目は原罪を背負っている」
「そう、ですね」
彼らは燭台を持ち、グルグルと室内を回っている。部屋の中央にある祭壇で、二つの影が暴れていた。
――――絶叫が、轟く。
しかし、その悲鳴は室内を反響するばかりで、外に漏れ出でることはない。
救済を乞う者達の叫びがまた一つ、その部屋に染みついた。
◆
これが始まり。唐突に幕上げした、悲劇じみた喜劇の始まり。
――ああ、続きを読みたいのは山々だけれど、ここから先は内容が書き換えられているようだ。
羊皮紙はこれだからいただけない。容易く内容を改ざんすることができてしまう。
これから先に起こった出来事は、写本のページが書き換えられているから正確なことが後世に伝わってきていない。
だから、本当に彼女達に幸せが降り注いだかどうかはわからない。
でも、これだけは言える。グローリア達はたしかに生きた、と。
あの哀しき時代をね。
……いずれまた、続きを知る人が僕のもとを訪れたなら、君に彼女達の物語の続きを君に話すと約束するよ。
――真実はまだ、何一つ明かされていないからね。
バラバラと、風に煽られて写本のページが捲れていく。とあるページが開いた途端、示し合わせたように風は止んだ。
「……ヘンリーの嘘つきっ」
家族になると言っていたのに。
グローリアに幸せが降り注ぐよう、守ると言ってくれたのに。
――グローリアは、酷薄な笑みを浮かべる変わり果てた彼を前に、滂沱の涙を流した。
◆
「ダルテ! もう怪我は平気なの?」
「うん。グローリアは……相変わらずだね」
「何それ」
赤目の少女と少年は赤目部隊の談話室でじゃれ合っている。つい最近までは暗い影が蔓延っていたはずの赤目部隊。
しかし、たった一人の少女が入隊しただけで雰囲気が一変した。
「アメディック、お前本当に赤目だったのか?」
「うん。聖学校の時分から一緒なのに気づかないなんて、ビエロフカの目は節穴だね」
「…………」
人間と赤目が交流を深めることなど、皆無に等しかったのに。
少女――グローリアを中心として、優しく温かな輪が広がろうとしていた。
ねえ 神様
この世にある全ての魂は 等しく生きることを許されているのでしょう?
ならば 私は願います
生を全うし 死に流れるその瞬間まで
空に流れる星達の如く 我々に幸せが降り注ぎますように
グローリア グローリア グローリア
明日を希う存在全てに栄光あれ
ねえ 神様
信ずる者は報われると あなたは赤土の上にひれ伏す私に仰ってくれたでしょう?
だから 私は祈ります
不幸を乗り越えた先にあるだろう 幸福を
空に流れる星達の如く 我々に幸せが降り注ぎますように
グローリア グローリア グローリア
明日を乞う存在全てに栄光あれ
〆