第12話 眩しい太陽は遥かに
――破壊された噴水の水が噴き出すその場所で……。
ソラは自らの心臓を貫かれ、生と死の境界をさまよっていた。
「おい! 神薙ソラ! てめぇの力はそんなモンかよ! その程度のくせに俺を斬りつけた? はっ。笑わせんなよ雑魚が!!!」
デリエラ・オーフェルスは地面に倒れたソラの顔面を足で踏み続けている。
ソラは何も動けない。何も喋れない。――血が足りない。
――心臓が……動かない。
「ちっ。もういっそ……。――このまま死んじまえよ!!!」
――グサ。
ソラの冷たい体の心臓に何か鋭いものが刺さった。
救いたい少女がいる――。そう思って彼は目をゆっくりと閉じる。
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ソラは何もない、ただの暗闇の空間に流される。
自分の心の中か……。それとも実態のある異世界にまた転生したのか……。ソラには何もかもわからない。
『おいおい、ヒーローが悪に返り討ちされるストーリーなんてあり得るかよ……。かっこわりぃな。そもそも何故俺が異世界に転生して。裸の美少女と出会って。女子だけの魔道学院に編入して。そして、主席になって……。上手く出来すぎた話だ……。――いるんだろ? 俺の人生を操ってる奴が……俺を異世界に召喚した奴が……。いるんだったら出て来いよ! 隠れてないでよ!』
と、何もなかった筈の暗闇に一筋の光が入った。
『生きたいか……? もう一度、二つ目の命が欲しいか……?』
知らない人の声が頭の中からする。男の澄んだ声。だが、男の姿はどこにもない。
『お前は神様なのか?』
『私を神と思うならば、言葉遣いに気を付けることだ』
『なら俺に……チャンスをくれよ……!』
暗闇から二筋、三筋と次々と光が射す。
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もう動かなくなったソラを見てデリエラはその場から去ろうとする。
血がポタポタと垂れるその剣を振り払い、血を飛ばす。そして剣を鞘にしまおうとしてた――その時だった。
剣が地面に落ちた――。デリエラの右腕は飛んだ。本来見えるはずのない空間に自分の右腕は宙に舞っていた。大量の血液と共に。
デリエラは恐る恐る自分の右腕があった場所を見る。
――右腕はなかった。
デリエラは目を大きく開く。あり得ない。自分の右腕がなくなるだなんて。
「み、右腕……右腕がああああァァァァ!」
デリエラは右腕があった場所を左腕で押さえながらソラが倒れていたはずの場所に振り向く。
「どういう……こと……だよ……」
「――俺が……雑魚と? 誰が決めたんだよそんなこと……。俺を決めるのは……俺だけだデリエラ!!!」
ソラは立っていた。紅血の剣を手にして――。
(馬鹿な……。心臓の穴が塞がってる!?)
「神薙ソラ……貴様。何があった」
「あ? そんなのどこぞの神様が俺を助けてくれたに決まってんだろ……」
ソラはデリエラに向かってゆっくりと、歩を進める。
「来るな……!来るな来るな来るなああアァァァァァ!!!!!」
「イリスが……どんな気持ちでいるのか知ってんのかよ。母親を殺され……人々の苦の叫びを聞いて、ずっと責任を負ってきた……。その気持ちが分かるか? おい」
「やめろ……。右手が使えない相手をまだやるってのかよ! 冗談だよな……?」
ソラは驚愕しながら怯えているデリエラをギロっと睨めつける。
「ああ? 冗談……? お前が奪ってきた命の重みを味わえよ。デリエラ!!!」
ソラは剣を構える。
「――剣舞、千の舞――」
黒々と光りだす紅血の剣を右斜め上に振り上げ、縦に斬り下ろす。そして、3回の回転斬りを決め、剣を体と垂直に傾け、3回突き、貫通。相手の死角を横切って、背中を剣で斬り、開く。さらに、デリエラを横切りながら剣を横に薙ぐ――。
縦横無尽なその舞いが繰り出されたのはたったの3秒だった。
たったの3秒で仕留めたのだ。
デリエラは全身を血で覆われた。
「アア……アア……アァァァァ……」
デリエラは大きく口を開きながら灼熱の太陽を眺めた。
――が、左手を強く握りしめ、地面に落ちた剣を拾い、最後の足掻きを見せた。
デリエラはソラに向かって剣を振り下ろす。
ソラの紅血の剣は地面に叩き落される。
「馬鹿……だなァ……剣が無いお前は……戦え……ない……」
「俺が、いつ、剣使いと言った?」
「は……?」
ソラが拳を引く。ソラの拳に黒々な漆黒の魔力が集まり、周囲のコンクリートがゴォォと唸りを上げて、空中に浮きあがった。
「吹き飛べ――兇閃牙迅拳――」
「がはッ!」
漆黒の魔力を帯びた拳は一気にデリエラに打ち出される。硬いものが腹にめり込む感触があった。拳は腹に当たり、デリエラは30M先の家屋に高速で飛ばされる。勢いよく家屋に衝突し、全壊。
崩れ落ちる瓦礫と共に、埋まる男。
デリエラは生きているのか、死んでいるのかはどうでもいい。大切なのは怒りをすべてぶつけられたかどうかだ。
――彼は怒りを全て放った気がした。
――彼は最後の一滴まで込めて拳を放った。
――彼は真っ先にイリスの笑った顔を思い浮かべた。
――その時だった。
「ふっ」
微かに笑う声が後ろからした。
「誰だ!」
ソラが叫びながら後ろを振り向いた時には誰もいなかった。
(見られていたのか……?)
ソラにはもう、追跡する力などなかった。ソラが持っている全魔力をデリエラに放ったのだから。
――異様な魔力を感じた。
――あの男は一体。
しかし、ソラは灼熱の太陽を見上げて笑う。今更戦いを再開するだなんてくそくらえだ。目的は果たした。それで十分だ。
「イリス……。これでいいんだろ……。晴らしてやったぞ、イリスの分まで……」
――彼は遥かに遠い眩しい太陽を近くに感じながらそう言った。
第一章『黒の剣士』は次回完結となります。




