迷惑系勇者の悪意。炎上商法は許さない
迷惑系勇者の悪意。炎上商法は許さない
深夜零時。静まり返ったポポロ村駐在所の事務デスクで、俺は光るモニター画面を無言で睨みつけていた。
画面に映し出されているのは、緑色がかった暗視映像だ。
大宇宙管理局から『巡査長』の昇級特典として支給された【巡査ゴーレム】。本来は交番の警備用だが、俺はこいつにステルス迷彩を施し、村の各所に配置して『24時間監視の防犯カメラネットワーク』を構築していた。
「リオン様、熱いコーヒー淹れましたよ。……そろそろ仮眠を取られた方が良いのでは?」
隣で俺の肩を優しく揉みながら、村長のキャルルが心配そうに声をかけてくる。
彼女は村長としての激務を終えた後だというのに、俺と一緒に徹夜で交番に詰めていた。
「いや、今夜は寝るわけにはいかない。……明日の朝は、ポポロ村の特産品『月光薬』の出荷日だからな」
月光薬。陽薬草を村の聖なる泉に浸し、キャルルの月兎族としての闘気を注ぎ込んで精製される秘伝の薬だ。
欠損や不治の病すら治すその万能薬は、各国の医療機関や富裕層から喉から手が出るほど求められている、この村の生命線である。
「ゼロスって勇者は、異常なまでにPV(再生数)と承認欲求に執着してる。自分の顔に泥を塗ったこの村に、必ず報復(嫌がらせ)を仕掛けてくるはずだ。……来たぞ」
俺がモニターを指差す。
月光薬を保管している村の倉庫付近。暗視カメラの映像に、黒いローブを目深に被った三つの人影が映り込んだ。
『ヒヒヒ……警備の自警団はいねぇな。おい、早くその「腐呪の毒」を出せ』
『ああ。これを月光薬の樽に一滴でも混ぜりゃ、飲んだ病人は全員もがき苦しんで死ぬ。そうなればポポロ村は終わりだ』
『明日の朝、ゼロス様が「ポポロ村の悪徳商法を暴く!」って正義の生配信をしながら村に乗り込んでくる手はずになってる。最高の炎上商法だぜ!』
スピーカーから漏れ聞こえてきた下劣な会話に、俺の隣にいたキャルルが「っ……!」と息を呑み、双眸に激しい怒りの炎を宿した。
「人を救うための薬を……自分たちの再生数(お金)のために、毒に変えると言うんですか……! 絶対に、絶対に許しませんっ!」
「あぁ。同感だ」
俺はデスクから立ち上がり、ガンロッカーからM870ショットガンを乱暴に引っ張り出した。
ただのイタズラや村焼きなら、まだ「ウザい迷惑系」で済んだ。
だが、見ず知らずの病人の命を配信の『小道具』として使い、村を陥れようとするその悪意は、明確に越えてはならない一線を越えている。
「行くぞキャルル。……害虫駆除の時間だ」
* * *
「よし、鍵が開いたぜ。さっさと毒を――」
倉庫の裏手で、ローブの男が毒の小瓶の栓を抜こうとした、その瞬間だった。
パァァァァンッ!!
「ぎゃあっ!? な、なんだ!? 顔に何かが当たって……目が、目がァァァッ!」
男の顔面に激突したソフトボール大の球体が弾け、強烈な蛍光オレンジ色の塗料が周囲にぶち撒けられた。
「なんだこの塗料!? 光ってやがる! 拭いても落ちねぇぞ!」
「そりゃそうだろうな。タローソン(コンビニ)特製の『防犯カラーボール』だ。魔法の染料が編み込まれてるから、一度浴びたら一週間は暗闇でもピカピカ光るぜ」
暗闇の中から、ショットガンを肩に担いだ俺がゆっくりと歩み出る。
その隣には、安全靴を履き、ダブルトンファーを構えたキャルルが殺気を放って立っていた。
「さ、サツ(警察)だ!? なんでバレて……っ、チィッ! 俺には【影潜り(シャドウ・ダイブ)】のチートがあるんだよ! 逃げるぞ!」
別の男が足元の影に飛び込もうとする。
だが、俺は黒い革手帳を掲げ、冷酷に言い放った。
「建造物侵入、および毒物混入による大量殺人未遂。――現行犯で逮捕する」
『※警告:重大な規約違反を確認。【影潜り】を凍結します』
「はっ? うごぼァッ!?」
空中に赤い警告ウィンドウが出現した瞬間。男は影に潜り込むことができず、ただの硬い地面に顔面から激突して鼻血を吹き出した。
「な、チートが消えた!? お前ら、こいつらを殺せ!」
最後に残った大柄な男が短剣を抜いて襲いかかってくる。
「月影流――顎砕きッ!!」
「がはァッ!?」
キャルルが踏み込みと同時に放った跳び膝蹴りが、大柄な男の顎を正確に(かつ死なない程度に)打ち砕いた。
空中に浮き上がった男の腹に、俺はM870の銃床を叩き込み、地面に縫い留める。
「あ、あがっ……がはっ……」
「動くな」
俺は呻き声を上げる三人の男たちの背中を踏みつけ、流れるような手付きで銀色の手錠をかけ、一網打尽に拘束した。
クンッ、と鼻を鳴らす。
俺の【嘘を見抜く嗅覚】が、こいつらから漂う『底意地の悪い金銭欲』と、計画を狂わされた『恐怖』の匂いを正確に捉えていた。
「……ゼロスにいくら貰った。お前らが毒を盛って村を炎上させ、明日あいつが正義の味方気取りで乗り込んでくる。そういうシナリオだったんだろ?」
「ひっ……! な、なんでそこまで……」
オレンジ色の塗料まみれになった男が、ガチガチと歯を鳴らして震え上がる。
「普段なら、面倒な書類仕事が増えたって愚痴るところだがな」
俺は男の頭髪を掴んで無理やり顔を上げさせ、氷のように冷たい視線を叩きつけた。
「てめぇらの再生数(金)のために、無関係な病人を巻き込もうとした。……その薄汚い悪意だけは、絶対に許さねぇ」
「ヒィィィッ! ご、ごめんなさい! 全部ゼロス様に言われた通りにやっただけで……!」
事勿れ主義の小市民警官から放たれる、底知れない本気の殺気。
それに当てられた工作員たちは、泡を吹いて完全に失神した。
「リオン様……」
「キャルル、こいつらを留置場に放り込んでおいてくれ。……忙しくなるぞ。あの三流勇者は、これで完全に後戻りできない一線を越えた」
ゴッドチューブの規約違反どころの話ではない。
これは、ポポロ村に対する明確な『テロリズム』だ。
* * *
翌朝。
ルナミス帝国のホテル。
勇者ゼロスの部屋からは、物を叩き割るけたたましい音が鳴り響いていた。
「使えねぇ……! どいつもこいつも使えねぇゴミばかりだァッ!」
深夜に実行させた毒物混入計画が、またしてもあの忌々しい巡査長によって完全に阻止された。
工作員からの定時連絡が途絶えたことで、計画の失敗を悟ったゼロスは、怒りで顔の血管をブチブチと浮かび上がらせていた。
「俺のシナリオを……俺の完璧な『正義の制裁配信』を、よくも台無しにしてくれたな……ッ!」
ゼロスのエンジェルすまーとふぉんの画面には、彼のチャンネルのスポンサーである炎上神『ワイズ』からの催促のメッセージが大量に届いている。
『おい、どうなってる。昨日の配信の撮れ高が最悪だぞ。早くあの村を燃やして数字を作れ』
「クソが……ッ! どいつもこいつも、俺をナメやがって!」
ゼロスはギリッと歯を食いしばり、禁断の連絡先を開いた。
それは、大宇宙管理局から厳しく監視されている、アンダーグラウンドの『闇ギルド』の回線。
「……裏工作が通じないなら、金で全てを解決してやる。俺の【マネー】の力は無限だ」
ゼロスは血走った目で、通信の向こうにいる相手に吠えた。
「おい! 魔王軍の残党でも、違法な傭兵ギルドでも何でもいい! 俺の全財産を注ぎ込んでやる! 一万……いや、大軍勢を用意しろ! あのポポロ村の交番を、物理的に更地に変えてやるんだよォォォッ!!」
迷惑系勇者の歪んだプライドは、ついに村全体を巻き込む『戦争』の引き金を引こうとしていた。
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