異世界の取調室。カツ丼の匂いは自白剤より効く
異世界の取調室。カツ丼の匂いは自白剤より効く
ポポロ村駐在所、取調室。
無機質なコンクリートの壁に囲まれた、四畳半ほどの薄暗い空間。天井から吊るされた魔導ランプが、無骨なスチール製の机と二つのパイプ椅子を青白く照らしている。
手錠をかけられたままパイプ椅子に座らされているのは、先ほど村で放火配信を行っていた迷惑系冒険者の男だ。
腹をショットガンのゴム弾で撃ち抜かれた痛みがまだ残っているのか、前傾姿勢で時折「うぐっ」と呻き声を上げているが、その瞳には未だに反抗的な光が宿っていた。
「……名前は?」
「けっ。誰が言うかよ」
机を挟んで対面に座る俺は、バインダーに挟んだ調書用紙をペンで叩いた。
「黙秘権を行使するのは勝手だがな、村人への放火未遂と傷害未遂。それに俺への公務執行妨害は現行犯で成立している。調書が書けないと俺の残業時間が増える。早く吐いて楽になれ」
「舐めやがって……! たかが田舎の自警団の分際で! 俺のチートをどうやって消したかは知らねぇが、これでお前もタダじゃ済まねぇぞ!」
男は机に身を乗り出し、ギラついた目で俺を睨みつけた。
「俺はな、ゴッドチューブ登録者数100万人を誇る、あの『勇者ゼロス』様のファミリーの一員なんだよ! 俺が捕まったって知れば、ゼロス様が黙っちゃいねぇ! すぐにこの交番ごと吹き飛ばしに来るぜ!」
勇者ゼロス。
最近、ゴッドチューブの『配信勇者』界隈で飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びている男だ。なんでも【マネー】という特殊なチートを持ち、課金するほどステータスが跳ね上がるという反則じみた能力を持っているらしい。
どうやらコイツは、そのゼロスのおこぼれに与る下っ端配信者というわけだ。
「へえ、勇者ゼロスねぇ。大物気取りの迷惑系か。……だが、関係ないな。ここは俺の管轄だ。どんなチート勇者だろうと、村で暴れりゃしょっ引く。それだけだ」
「強がりやがって……! 絶対に後悔するぞ!」
男が喚き散らしていると、コンコンと取調室の分厚いドアがノックされた。
『リオン様ー! 入ってもよろしいですかー?』
ドアの向こうから聞こえてきたのは、鈴を転がすような、それでいてどこか熱を帯びた甘い声だった。
俺が返事をする前に、ガチャリとドアが開く。
「お疲れ様です、リオン様! 村を守っていただいて、本当にありがとうございますっ!」
姿を現したのは、ポポロ村の村長であり、元レオンハート獣人王国の第三姫君でもある月兎族の少女――キャルルだった。
動きやすい現代風のカジュアルな服に、タローマン製の特注安全靴。頭にはウサギの耳がピンと立ち、可愛らしい顔には満面の笑みが浮かんでいる。
キャルルは俺の横にピッタリとすり寄り、手にしたバスケットを机の上に置いた。
「あの、リオン様。激務でお疲れだと思いまして……私、お手製の『人参サンドイッチ』を作ってきたんです! さぁ、あーんしてっ♡」
「おいキャルル、今は取り調べ中だぞ。それに、近すぎる。制服にウサギの毛がつく」
「ええー? いいじゃないですかぁ。私の毛なら、リオン様に一生くっついてても……ふふっ♡ あ、それともお弁当より、私の方を先に『取り調べ』しちゃいますか? リオン様になら、私、隠し事なんてなにも――」
「しない。帰れ」
ヤンデレ気味に距離を詰めてくるキャルルを片手で制止する。この村の住人は、どいつもこいつもしれっと俺のパーソナルスペースを侵略してきやがる。
俺が冷たくあしらうと、キャルルは「ちぇーっ」と頬を膨らませたが、ふと机の向こうに座る男を冷ややかな目で見下ろした。
「……で、そこのゴミはまだ吐かないんですか?」
「ひっ!?」
さっきまでの甘々などこへやら、絶対零度の殺気を向けられた男がビクッと肩を震わせる。元近衛騎士隊長候補のプレッシャーは伊達ではない。
「ええ。勇者ゼロスの名前を出せば、俺がビビって釈放するとでも思ってるらしい」
「はっ、馬鹿ですね。リオン様がそんな三流配信者に屈するわけないのに。……リオン様、私がこの安全靴で顎を砕いて、少しお話を伺いましょうか?」
「やめろ、民間人(村長)に暴行させたら俺が始末書を書く羽目になる。……それに、ちょうど『アレ』が届いたところだ」
俺は立ち上がり、ドアの外で待機していた村の出前持ちから、ホカホカと湯気を立てる『それ』を受け取った。
蓋付きのどんぶり。漂ってくるのは、甘辛い出汁の香りと、ラードでカラッと揚がった肉の暴力的な匂い。
「……腹、減ってるだろ?」
俺は男の目の前にどんぶりを置き、ゆっくりと蓋を開けた。
黄金色に輝く卵とじ。タマネギの甘みと、肉厚な豚肉……アナスタシア世界では『シープピッグ』と呼ばれる魔獣の極厚カツだ。
「な、なんだよそれ……っ! 俺を買収しようってのか!」
「勘違いするな。これは俺の夕飯だ」
俺は割り箸を割り、男の目の前でカツを一切れつまみ上げ、大きく口を開けてかぶりついた。
サクッ、ジュワァァ。
衣に染み込んだ甘辛いツユと、分厚い肉の旨味が口いっぱいに広がる。
「んんっ、美味い。やっぱり疲れた体にはこれだな。……で、お前は夕飯、まだだったよな? さっき村で暴れ回って、魔力も底を突いてる」
「ごくっ……」
男の喉が、無意識に大きく鳴った。
腹を撃たれて体力を消耗し、チートを剥がされた無力な肉体。極限状態の空腹に、目の前で美味そうに食われる極上のカツ丼。
これはただの食事ではない。警察伝統の『精神的拷問』だ。
「食べたいか? 素直に洗いざらい吐けば、特別にこいつの特盛を出前してやってもいいぞ。もちろん、俺のポケットマネー(自腹)でな」
「くっ……! ふ、ふざけんな! 誰がそんなもんで……!」
強がる男だったが、俺のスキル【犬のお巡りさん】の超感覚――『嘘を見抜く嗅覚』は、男から発せられる微細な汗とフェロモンの変化を正確に捉えていた。
強がりの裏にある、激しい空腹と恐怖の匂い。こいつはもう、心が折れかかっている。
「そうか、いらないか。なら俺が全部食うだけだ。……美味いなぁ、このタマネギの甘みがたまらない」
「…………っ!」
「そういや、ゼロスって奴はお前が捕まったこと、知ってるのか? お前みたいな末端、トカゲの尻尾切りで切り捨てられるんじゃないか?」
「ち、違う! ゼロス様はそんなことしない!」
「本当にそう言い切れるか? お前のチートは俺が完全に『凍結(BAN)』した。能力を失ったお前を、あの【マネー】至上主義の勇者が助けに来ると思うか?」
匂い。そして、ロジカルな絶望感。
男の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「もしお前がこのまま黙秘を続ければ、俺はお前をドンガン地下帝国へ身柄移送する。あそこの強制労働施設は地獄だぞ。一生、暗い穴倉でツルハシを振るう人生になる」
「い、いやだ……そんなの……」
「だが、素直に自白して捜査に協力するなら、情状酌量の余地はある。……カツ丼、食いたくないか?」
俺が二切れ目のカツに箸を伸ばした瞬間――。
「わ、わぁぁぁぁぁっ! 喋る! 全部喋るからぁぁっ!!」
男は机に額を擦り付け、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら泣き叫んだ。
「お、俺はゼロス様の命令で動いてただけなんだ! ポポロ村を燃やして、その炎上配信でPVを稼げって言われて……! 俺はただの末端のパシリで、逆らえなかったんだよぉ!」
「なるほど。ゼロスの指示による組織的犯行というわけか」
俺はペンを走らせ、調書に的確に供述を記録していく。
「よし、よく喋った。キャルル、ルナキン(ファミレス)のポポロ支店に、カツ丼の特盛を一つ出前頼んでくれ」
「はいっ、リオン様! もう、リオン様の取り調べの手際、最高にクールでかっこいいですぅ♡」
キャルルが目をハートにして通信機を取る中、俺は冷めた目で泣き崩れる男を見下ろした。
これで裏付けは取れた。迷惑系配信者、勇者ゼロス。
ただの炎上商法なら俺の管轄外だが、ポポロ村に実害を出そうとするなら話は別だ。
俺の平穏な定時退社を邪魔する奴は、いかなるチート野郎だろうと、この警察手帳とショットガンで社会的に抹殺する。
(……とはいえ、相手は登録者100万人の大物か。面倒なことになりそうだな)
冷めていくカツ丼をかき込みながら、俺は深いため息をついた。
* * *
同刻。
ルナミス帝国の高級ホテルの一室。
「……なんだと? ポポロ村の放火配信が強制終了された?」
豪奢なソファに腰掛ける男――イケメンに整形し、白い歯を輝かせる勇者ゼロスは、手元のエンジェルすまーとふぉんの画面を見て顔を歪めた。
「俺の直属のパシリが、たかが田舎村の交番勤務のお巡りにしょっぴかれたって? しかも、チートを凍結されただと……?」
画面に映し出された、警察手帳を突きつけて無慈悲にゴム弾を撃ち込むリオンの姿。
「ふざけるな……! 俺の完璧な炎上計画を邪魔しやがって。たかが公務員風情が、俺の【マネー】の力に逆らえるとでも思っているのか」
ゼロスはギリッと歯を食いしばり、スマホの画面を強く叩いた。
「いいだろう。なら、あのポポロ村ごと物理的に潰してやる。金ならいくらでもあるんだ……最強の傭兵と魔獣を雇って、あのクソ警官を絶望させてやるよ」
迷惑系勇者の歪んだ悪意が、ポポロ村駐在所に迫ろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「カツ丼の拷問、異世界でも強すぎる!」
「キャルルちゃん、可愛いけど圧が怖い(笑)」
「大物勇者との対決がどうなるのか気になる!」
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次回、第3話「害獣駆除の許可が下りました。クリムゾン・バレット装填」
ついにリオンの【カクテル・バレット】が火を吹きます! お楽しみに!




