第1話
ザアアアアア……
容赦なく降り注ぐ雨。それは世界の色彩を洗い流すかのような、冷たく灰色の水のカーテンだった。ゆっくりと、単調に、そしてどこまでも重苦しい憂鬱を孕んで落ちてくる。
その場所は、大都市に開いた生々しい傷跡だった。
忘れ去られた区画に食い込むスラム街。風化したコンクリートの腫瘍のような家々が、無秩序で息苦しいほどに積み重なっている。通りと呼べるものはなく、建物に挟まれた石の喉仏のような狭い路地があるだけだ。そこにあるのは、湿った回廊、安物のセメントと泥でできた迷宮。太陽の光が地面に届くことなど、滅多にない。
そして、雨は降り続いている。
発狂しそうなほどの執拗さで。まるで、眼下に広がる悲惨な光景を前に、空そのものが嗚咽を漏らしているかのように。
その住居の一つ――年月に蝕まれた薄汚い小部屋の中で、社会の底辺で生きる残酷さが、きっちりとその代償を徴収していた。
重苦しい空気。新鮮な血の、甘く鉄錆びたような匂いが充満している。
床には死体が散乱していた。
一家全員の存在が、無惨にも消し去られていたのだ。決して返せない借金が生んだ悲劇的な結末。上訴の余地などない、冷酷な死刑執行だった。
父親、母親、そして子供たち。彼ら以外にも、居間の猟奇的な光景を作り出している死体があった。五体満足な家族の遺体とは異なり、その侵入者たちの死体は、極限の暴力の痕跡を誇示していた。
――彼らの頭蓋骨は、完全に吹き飛ばされていた。
物言わぬ骸には白い布が掛けられ、薄暗い光の中で幽霊のような小山と化している。家は封鎖され、隙間風に揺れる黄色い規制線によって外界から隔離されていた。
バチャッ、バチャッ
外のコンクリートの廊下からは、水たまりを踏み潰す軍靴の重くリズミカルな音が響き、権力の接近を告げている。
その大虐殺の中心で、一人の男が静かに観察していた。
彼の視線が部屋を舐めるように動く。壁を恐怖の抽象画のように染め上げる血飛沫、床の隙間から滴り落ちる深紅の水たまり、そして着弾点にこびりついた脳漿と骨の破片を分析していく。
「……ひどい有様だな」
顔の半分を覆うマスク越しにくぐもった呟きが漏れる。
彼は汚れなき純白の防護服に身を包んでいた。それは周囲の汚濁や死と強烈なコントラストを成している。地獄に舞い降りた、外科医の天使のように。
スタッ……スタッ……
男は残骸を避けるように軽やかな足取りで家の奥へと進む。そして、白い布に覆われた小さな影の前に立ち止まり、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
バサッ
手袋越しの手で、布の端をめくる。
彼の目が細められ、氷のように冷たい双眸が覗く。
少女だった。
まだ十歳にも満たないだろう。彼女は仰向けに倒れ、天井を見つめていた。その瞳はガラス玉のように濁り、生命の輝きなど微塵も残っていない。
男の胸が微かに震えた。
内臓の奥底から、人間らしい何かが鋭い痛みとなって込み上げてこようとする。
(――っ!)
しかし、彼の表情は少しも崩れない。氷で彫り上げたかのような、無関心の仮面。彼はその感情を飲み込み、精神の深淵へと厳重に閉じ込めた。
「運び出しますよ、先生」
葬儀のような静寂を切り裂き、入り口から男の声が響いた。白衣の男は姿勢を崩すことなく、視線だけを後ろへ向ける。
ドアの前に立っていたのは、初老の男だ。仕立ての良いスーツにサングラス。絵に描いたようなベテラン鑑識官の出で立ちである。その後ろからは、ストレッチャーや機材を運ぶ他の検視官たちがなだれ込んでくる。死を収穫する準備は万端だった。
「ああ、すぐやる」
白衣の男の返事は、鑑識官に向けられた機械的なものだった。
作業が始まった。遺体は一つ、また一つと持ち上げられ、黒いビニール製の死体袋へと収められていく。
ジジィィィィッ
ジッパーが閉じられる音だけが、雨音に対抗できる唯一のノイズだった。泥だらけの路地に停められたバンへと運ばれ、彼らは無機質で冷たい解剖室へと送られていくのだ。
外では、雨が降り続いている。
永遠に止まないのではないかと思えるほどに。
男は荷台に、少女の小さな遺体を安置した。袋はまだ半分開いたままで、彼女の青白い顔が最後にもう一度だけ覗いていた。
彼はその生気のない瞳を見つめる。無邪気さを奪い去り、代わりに居座った沈黙の深淵を。
彼自身の目が、今度は強く閉じられた。
正気を保つための嘘を、もう一度自分に言い聞かせなければならない。
(俺にとって、これはただの……新しい死体にすぎない……)
ジジィィィィィィィィィィィィプッ!!




