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RETAKE MY LIFE(リテイク・マイ・ライフ)  作者: 光闇居士-Twilight Master


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第一章:カチンコは終焉(おわり)の合図

挿絵(By みてみん)


これは私の作品の「愛」というテーマに対する最大の実験である

おそらくは代表作品となろう!


【しおの】

重たい静寂を切り裂くように、電子音が響いた。


「本番、一分前。お願いします!」


助監督の鋭い声が、狭苦しいスタジオの空気を一気に緊張の沸点へと押し上げる。そこは新宿の外れにある、雑居ビルの地下。カビ臭い湿気と、強力な照明器具が放つ熱が混じり合い、まるで巨大な獣の胎内にいるかのような錯覚を抱かせた。


美咲——現在は「深津ゆな」という名で、画面の向こう側の数多の欲望を一身に引き受けている彼女は、冷たいベッドの上で、バスローブの襟をそっと合わせた。その指先は驚くほど白く、繊細な陶器のような光沢を放っている。しかし、その内側に流れる血液は、これから演じる「絶頂」という名の虚構に向かって、凪のように静まり返っていた。


「……ゆなさん、準備いいですか?」


返事の代わりに、美咲は薄く微笑んだ。それは、何年もかけて磨き上げた「無垢な処女」と「淫蕩な聖女」を完璧な比率で調合した、プロフェッショナルな微笑だった。

その時だ。


スタジオの隅、機材の山が影を作る暗がりに、場違いなほど真っ当な「清潔」を纏った男が立っていた。重そうな照明のバッテリーを抱えたその男の顔を見た瞬間、美咲の脳内のスクラップブックが、猛烈な勢いで逆回転を始めた。


(……健斗?)


間違いない。かつて千葉の海辺の街で、潮風に吹かれながら共に教科書を広げた、あの幼馴染の健斗だ。

彼は、この界隈にはおよそ似つかわしくない、知性の香りが漂う眼鏡の奥の瞳を大きく見開いていた。かつて「将来は人を救う医者になる」と語り、その言葉通り、現役で国立大の医学部に合格したはずの彼。今、その手にあるのはメスでも聴診器でもなく、AV撮影現場の重い機材だった。


「……五、四、三、二……」


カウントダウンが非情に刻まれる。再会の衝撃を言葉にする時間は、この世界には存在しない。美咲は、プロとしての矜持でその視線を断ち切り、カメラのレンズを見据えた。

——カチンコが鳴る。

そこからは、狂おしいほどの手慣れた儀式だった。男優が覆い被さり、美咲の肌を蹂躙していく。彼女は声を上げ、身をよじり、計算され尽くした恍惚を表情に貼り付ける。レンズの向こう側で健斗が見ている。その事実が、彼女の皮膚に、かつてないほど鋭い「羞恥」と「愉悦」の境界線を刻んでいった。


彼女の生い立ちは、ごく平凡な地方都市の、しかし少しだけ欠けた家庭にあった。父は蒸発し、母は酒と新しい男に溺れた。唯一の救いだったのは、隣の家に住んでいた健斗との時間だった。彼は、彼女に「命の仕組み」を説いた。細胞がどう入れ替わり、人間がどうして死ぬのか。その知的な響きに、彼女は救いを見出していた。


一方の健斗にとって、美咲は「守るべき生命」の象徴だった。奔放な母に翻弄される彼女を守るため、彼は「完璧な医者」になろうとした。しかし、医学部という白い塔の中に潜り込んだ彼は、命の重さを知れば知るほど、その脆弱さに絶望し始めていた。彼は、学費と生活費を稼ぐための深夜バイトのリストの中で、最も効率よく「生」から遠い場所を選んだ。それが、この現場だった。


撮影はクライマックスを迎える。

美咲は、演技を超えた何かに突き動かされるように、健斗の方を見た。


「……っ!」


彼女が真実の絶頂に達したかのような、激しい痙攣が全身を襲ったその瞬間。


世界が、爆ぜた。

鼓膜を劈くようなキーンという高周波。視界が真っ白に染まり、すべての重力が消失する。



「——ゆなさん、体調大丈夫? 休憩入れます?」

不意に意識が戻った。

美咲は、冷たいベッドの上にいた。先ほどまで感じていた、男の体温も、粘り気のある汗の感触も、すべてが消えていた。

隣には、バスローブを整えるメイク担当の女性。

正面には、モニターを確認する監督。


「あれ……?」


美咲は呆然とスタジオの隅に目をやった。

そこには、先ほどと全く同じポーズで、重いバッテリーを抱えた健斗が立ち尽くしている。


「……本番、一分前。お願いします!」

助監督の声が、デジャヴのように響く。美咲の心臓が、医学的には説明のつかない早さで鐘を打ち始めた。

彼女は震える声で、その名を呼んだ。


「……健斗?」


機材の影にいた男が、弾かれたように顔を上げた。その瞳には、美咲と同じ、底なしの混乱と恐怖が宿っていた。


「美咲……なのか? 僕は……今、確かに……」


「五、四、三、二……」


再び、カウントダウンが始まる。

逃れようのない、完璧な「リテイク」の幕が開いた。



【タイムループ対処手引き:第1条】


「再会の衝撃は3回目までに処理せよ」

ループの初期段階において、最も時間を浪費するのは「状況の確認」と「感情の爆発」である。奇跡的な再会も、10回繰り返せばただのノイズに過ぎない。驚きの表情を維持するのも疲れるだろう。まずは深呼吸をし、これから訪れる「終わらない一日」という監獄を、どれだけ優雅に過ごすかだけを考えなさい。


⭐執筆ノート:

本章は、美咲と健斗の「記憶」が保存されたまま、物理的な時間だけが巻き戻る現象の第一歩を描いたものです。ここではエッセンスを凝縮して初章としました。次章以降、二人の肉体的な交わりと精神的な摩耗、そしてループの「バグ」を利用した悦楽への逃避を綴っていくことになります。

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