2 荒野を越えて帰ろう
成人した次の日にはもう、私は一人でベルティスから旅立っていた。情報を集めながらひたすら待ち焦がれていた瞬間だったので、惜しいなどという発想すら湧かなかった。
未亡人に関する黒い噂は常に付き纏い、あの土地の住人はついぞ私たちに心を開かなかった。
使用人はお母様の息がかかった者以外は全員入れ替えられたが、ベリンダだけはイフィクレスのために残された。
「どうか、ご無事でのお戻りを」
この私に、そんな優しいことを言ってくれたのは彼女だけだった。
それからは毎日喪服のまま、オルランドの足取りを求めてさまよった。
フライナ家の財産には意地でも手を出さなかったため、実のお父様の遺産や私の服、宝石は全て旅費に変わることになる。
黒玉の首飾りさえも売ってしまってからはいつも金策に走っていた。私たち以外のメレンヴィル一族も、外聞を気にしていくらかは出してくれていたが。
そんな状況だったものの、あの子に貰った真珠の腕輪だけはどうしても売れなかった。
本来ならコルデリアが受け継ぐはずだったところを、一つ私にとねだったのだとは後で教えられたことだ。あまり物に頓着しない姉様らしい話である。
銀の鎖と真珠の光沢は美しくて優しく、いつも幸せな思い出だけを見せてくれた。
オルランドの居場所は掴めていなかったが、私もただ闇雲に探していたわけではない。ここまで急に姿を消したということは、マルガ河を伝って逃げたはずだと分かっていた。
王国一のこの大河はいくつもの支流と村と街と都市を有し、最終的には大陸有数の港湾都市に流れ込んでいる。あの子が逐電に成功できたのは、この水流の恵みに他ならないだろう。
だが犯人のみならず私も、河畔の大都市に逃げたのか支流を遡ったのか、海まで行き着いたのか見当もつかなかった。
ある日は雑踏の中に紛れている気がし、ある日は人里離れた山奥に隠れている気がした。
二年が経ち、ついにマルガ河の河口、レステル湾に辿り着いたのだと突き止めた日には、安堵のあまりその場に座り込んでしまった。
やはり、私は間違っていなかった。少なくともあの日、家族と諸共に殺されてはいなかったのだ。
あの子は生きている! どこか遠い所で!
それからはどこにでも行った。キテイラ帝国、アントリー共和国、セレネイス王国、イプルナ島にも行った。
しかし、オルランドはどこにもいなかった。それは希望でもあったが、絶望の可能性でもあった。
あのまま母が追手を差し向けていないとは考えにくい。レステル湾にいたと私が確認できたということは、人に記憶されていたということだ。
もし、先回りされていたら? 人知れずこの世からいなくなっていたら?
その結末を想像しない日など一日もなかった。それでも探し続けたのは生存を信じているからなのか死亡を確認するためなのか、それともこれまでの労力のためなのか自分でももう分からなくなっていた。
そんな流離を続けていたが、ある時規模の大きい戦争で、シルキアン王国から出られなくなった。
故郷のエウシェリア王国もキテイラ帝国の侵攻を受けており、新聞に載る兵士の名前や、伝え聞く惨状には心が痛んだ。
小規模ではあったが、ベルティスも戦地の一つだった。あの地には帰りたくもあり帰りたくなくもあったが、弟やベリンダや顔見知りたち、墓地のことは常に心配の種だった。
結局、一年と数ヶ月をかけて戦争は終結した。エウシェリアと同盟国のセレネイスは奮戦の甲斐ありキテイラに勝利を収め、私は久しぶりにレステルの港に帰ってきた。
ちょうど皆の命日の少し前であり、港街はかなり様変わりしていた。多くの兵士が行き交い、ほぼ全ての窓から国旗が掲げられていた。
まだ穴が開いた建物や焼け跡も見られたが、それでも祭日のように浮かれた雰囲気がある。
どの店にもこの国の将軍や皇帝の肖像画が飾られ、セレネイスの名を冠した酒瓶や菓子が買い求められていた。
そのような空気の中、次の出発に向けて休んでいるとそこの部屋の主人がやってきた。
「お客さんが、ディーナ・メレンヴィルお嬢さん?」
「ええ。そうですけど」
「郵便局が手紙を預かっていましてね、さっき届けに来ましたよ。フライナ卿とかいう人からですぜ」
シルキアンを出航する前に、イフィクレスへ宛てた手紙の返事だ。急いで渡された手紙の封蝋を剥がし、裏返して中身を確認した。
短い文章が子供っぽい字で、素っ気なく書かれている。
ほとんど最初から本題に入っていたが、内容が内容だったために全て読み、理解するにはかなりの時間がかかった。
「……帰ってきた? あの子が?」




