72 今後の予定は
早朝から、モッシュが宿を出ていくのが気配でわかった。
昨晩のうちにしっかり話し合い、すでに見送ったため誰もその姿を見ていない。
ただ、リグは目覚めていた。ギリギリまで起き上がって駆け付けようか迷った上で、ポレットの隣でずっと寝たふりを続けた。
(大丈夫。モッシュは戻ってくる。俺の勘は当たるんだ)
もはや勘というより願望に近かったが、リグはベッドの上で丸くなって耐えた。
テオドールの予想通り、その日は魔法省の人たちが来ることもなかった。
傭兵の仕事すらないため、リグとテオドール、ポレットの三人は暇を持て余すこととなったが、昨日のようなことが起こるよりも暇なほうがずっといい。
今日はカオンも朝から出かけている。特に何も言わなかったが、きっと実家関係のことで出ているのだろう。
もしかしたら、本当に縁を切る手続きをしているのかもしれない。
いずれにせよ、カオンから言われるまで聞かないでおこうとリグは決めていた。
深夜になってカオンが戻ってきたらしく、翌朝目覚めると早起きだったポレットと静かにお茶を楽しんでいた。
「……カオン、ちゃんと寝たの?」
「ええ。三時間ほどは」
「リグもお茶を飲みますか?」
「あ、うん。ありがとう」
あまりにもいつも通りだったため、リグは呆気に取られてしまう。
カオンも何も話すつもりはなさそうだったので、やはりいずれ教えてくれるまではそっとしておくべきなのだろう。
彼がいつも、リグたちにそうしてくれているように。
テオドールが昼過ぎまで起きなかった以外はそのまま何事もなく一日が過ぎ、さらに翌日。
太陽が真上に来た頃にモッシュが帰ってきた。前ほど拘束されなかったようで、リグは心底ほっとした。
「思っていた以上にあっさりと受けいれてくださった」
モッシュは開口一番、そんなことを言った。
本当に意外だったらしく、モッシュ本人ですらいまだに呆けた顔をしている。
もちろんリグも、正直なところあまり信じられそうにない。思わず疑いを口に出してしまった。
「それ、大丈夫なのか? 油断させてるだけとかじゃ……」
「それはない。これでも陛下との付き合いはそれなりに長いんだ。それこそ、王太子になる前からのな」
思いのほかモッシュと現国王の付き合いが長かったようで驚いたが、そのモッシュがそこまで言うのなら今代の国王は本当に人格者なのだろう。
少なくとも、この間の平民を見下す貴族のように話すら聞いてもらえないなんてことはなさそうだ。
(ポレットのことも、悪いようにはしないと約束してもらえたらいいんだけど)
そこまで考えてリグはハッとする。
これではまるで、ポレットはもう厄災の魔女として捕まってしまうと諦めているみたいではないか。
考えを振り切るようにリグが首を横に振っていると、モッシュが再び話を始めていた。
「ポレットの精密検査は信頼できる魔法使いと俺たち、そして陛下だけが立ち会うそうだ」
「えっ、陛下もですか?」
「ああ。自分の目で見極めたいと。問題なければ陛下の名のもとにポレットが無害であると認定してくださるそうだ」
「それ、最強じゃん! やるねー、陛下!」
「テオドール、不敬だぞ」
思っていた以上に、国王はこちらのことを気遣ってくれているらしい。珍しくカオンも驚いた様子だ。
モッシュはきょとんとした様子のポレットの頭に大きな手を乗せ、優しく撫でる。
「ポレット。今度、ポレットのことを詳しく検査しなくちゃならないんだ。みんな一緒に行くが、知らない大人もいる。怖いか?」
モッシュの「検査」という言葉に反応したポレットは脅えた目をした。
初めての魔女検査の時と同じように、検査の結果に怖がっているのではなく検査で痛いことをしないかどうかが不安なのだろう。
リグはそんなポレットの前に跪き、小さな両手をそっと取る。
「不安だよな。でもきっと、痛い思いとかはない、と思う。どうなの、テオドール」
「んー、どうかなー。痛みよりも退屈の心配をしたほうがいいんじゃない?」
「だってさ。どうだ? 少しは安心したか?」
ポレットはリグの手をギュッと握り返し、もじもじとまだ不安そうだ。
それから少しして顔を上げたポレットは、誰も思ってもいなかったことを言う。
「リグにぃも、けんさ、するの?」
「えっ、俺?」
「ポレット、ひとりだけ……?」
もちろん、検査をするのはポレットだけだ。
だが、思い返してみれば魔女検査の時は先に大人たちが、そしてリグが平気だと見せてあげたことで安心させたではないか。
今回はポレットだけが、それも前よりも様々な検査をするのだから不安に思うのは当然と言えた。
言葉に詰まったリグだったが、ポレットの潤んでいく目を見て思わず口を開く。
「い、いや! 俺もやる!」
「えっ」
驚きの声を上げたのはモッシュだ。まさかリグがそう出るとは思わなかったのだろう。
「全部は無理かもしれないけど、ポレットが不安に思う検査は先に俺がやってやるよ!」
「それは……出来るんですか? テオドール」
「ま、まぁ時間がかかるだけで出来るんじゃない?」
「嫌がる人はいるかもしれませんね……」
「嫌がらせておけばいいじゃん。ポレットちゃんだって嫌な思いして検査するんだから、そのくらい耐えてもらわないと」
それもそうだ。リグが検査したところで無意味ではあるが、時間と手間がかかるだけだというのならやったっていいはず。
モッシュは少し考えた後、フッと笑った。
「よし、それでいこう。検査にかかる費用は魔法省持ちだしな。向こうは先日無理に俺たちを連れて行ったという負い目もあることだし、借りを返させてやろう」
「この程度で借りを全部返せると思われても困るんだけどー」
「いいじゃないですか、テオドール。魔法省にとって研究費用が減るのが一番痛いのでしょう?」
「それはそう!!」
どうやら、決まったらしい。それはそれで、どんな検査をされるのか、また他の魔法使いや国王からどんな目で見られるのかは少し心配だ。
その心配が顔に出ていたのだろう、ポレットがリグの顔を覗きこむ。
「リグにぃ、ポレットいるからね。こわくないからね」
「ぶふ……っ!!」
「テオドールっ! 笑うなっ!」
どうやら、ポレットはリグも検査を怖がっていると思ったらしい。
非常に納得がいかないが、ここは否定しないでおいたほうが良さそうだ。
「……ありがとな、ポレット。一緒なら怖くないな」
「うん!!」
怖がりな兄と思われるのは悔しいが、そのおかげでポレットの勇気が出たのならそれでいい。
少し複雑な心境になりながらも、リグはポレットと二人で励まし合いながら検査当日を待った。




